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3 一章 初めての奴隷 裏 鬼編

 じゃらじゃらという音で眼が覚める。夜が明けても窓の無いここは薄暗くいつも変わらない。


 すごしていた集落から連れられ、たどり着いた場所は奴隷市場。屋根があるとは言え外よりも劣悪な部屋に押し込められ、多様な人種達と共に寝起きをする。首には鎖。服は無い。幸いにも日に2回、塩気の薄い野菜くずのスープが出る。


「……どうして」


 ふと声が洩れた。考えてもどうしようもないのはわかっている。自分は角を一つしか持ってなかった。仲間だと思っていた皆は2本の角を持っていて、私を見て出来損ないと言う。この歳になっても親の顔は見たことが無く、軒下に置いてくれた人がこれ以上ここにいても私のために良くないと、わずかばかりの金と引き換えに売った。だとしても身包みまで剥ぐ必要はあったのだろうか?


 3日で涙は枯れた。嗚咽は4日目に出なくなった。視界に映る物はすべてがぼやけて見える。7日も経つと匂いを気にしても仕方ないと悟る。このままここで朽ちようと誰も私を見てはくれないだろう。きっとこれは夢で眼が覚めたら村で……ふふ、どっちにしろ私は……一人だった。


 ぼんやりと焦点の合わない目で虚空を眺める。

 きっと何か悪いことをしたんだ。私が知らない間にとんでもなく悪いことを……。だから誰も私を見てくれないし、助けてくれない。


 部屋が騒がしい。ざわざわと周りが色めき立っている。何かあったんだろうか?ふと、視界を扉に向ける。


「13番はここに居ろ」


 開け放たれた扉から明かりが漏れ、男が何か言っていて、13番とは私の名前だったっけ?周りからはじゃらじゃらという鎖の音とクスクスと笑う小さな呟きが聞こえる。ぁぁ、私はやっぱり何か悪いことをしたんだろう。誰からも必要とされないんだ。奴隷としても必要とされないのなら何で私はここに居るんだろうか?


 虚ろな眼がさらに胡乱になる。糞尿漂う部屋に一人。あはは。どれだけ自分を呪えば私はいなくなるんだろう?このままひざを抱え石になろう。そうだ、そうすれば何も考えなくて良い……。



「喋っても?」


 知らない声が耳を打つ。あはは。やっと私が消えた。

 焦点の合わない目が影を捉える。影はどんどん大きくなった。首をかしげて目の前で止まる。 


「はじめまして」


 ……ハジメマシテ……。はじめましてってなんだっけ?ぼんやりと目の前の影を見つめ始めてかけられた声を反芻する。影は不思議に微笑み私を気遣うように見つめてくる。


「……はじめまして」


 はじめまして……挨拶かな?奴隷にもなれない私に?誰も周りに居ない。じゃあ、私で間違いないのかな?


「ぇ、ぁ……は、はじめまして」


 とっさに言われた言葉を返す。目の前の影は満足したのか嬉しそうに微笑む。影は後ろを一瞥し私を見て言葉を続ける。


「立ってもらっていいかな?そうそう、少し触るよ?うん。大丈夫そうだね。次は舌を出してみて?」


 ずっと座って固まっていた体が軋む。言われて立ち上がり思ったよりも小さな影が体に触れる。……あったかい。小さな手が優しく体を撫でる。ぁ、角……。手が角をさわり舌に触れる。石になろうとした顔が熱い。貧相な私を見て楽しいのかな?ろくに食べてない体は骨が浮き、ずっと座っていたから筋張って硬いだろう。

 遠慮がちに触れてくる手は心地良く体に熱を与えてくれる。自愛に満ちた眼をした少年を見る。……影じゃない。


「名前は?」


「……13番……」


 村では名前を呼ばれたことは無かった。あるのかも知らない。……嫌われたかな?


「本名?」


「……ここに来たのが13番目だから」


 嫌われたくない。何で私は13番なんだろう。綺麗な顔をしたあどけない表情の少年。はじめてみた宝石のような人。この人にだけは嫌われたくない……。落胆させてしまっただろうか?


「ドワイ。値段は?」


 ぇ?少年は後ろを振り返り声を出す。開け放たれた扉の前に店主が居る。そういえばこんな顔だったっけ?面倒そうに髪をかき諦観の念が込められた声が聞こえる。


「……銀貨60枚で良い。後の面倒は見んぞ?」


 ……銀貨60枚。私は幾らで売られたんだっけ?少なくとも銅貨か銀貨かは知らないけど数枚だったと思う。何でそんな意地悪を言うの?少年の胸からきらきらと光る綺麗な物が見えた。呆然とする。何で?簡単にそんな?見えたのは恐らく金貨だ。はじめてみる。銅貨や銀貨が何枚もあってやっと1枚ってくらいしか知らない。


「ありがとう。じゃあ、これで。釣りは出るよね?ついでだからさっきの案内料で服をもらえないかな?このまま裸の女の子を連れて行くような変態じゃないんでね」


 まるでいたずらが成功したような顔で少年が微笑む。軽く頭を撫でてくれた。心地良い。


「ああ、釣りは出るし、服は……まけといてやろう。書類を書くのと契約石を持ってくるから付いて来い。13番もだ」


 店主はやる気がなさそうに手を振りながら鎖をはずす。

 ……これは現実なんだろうか?私はまだここに座っていて、ずっとどこかを見ている。そんな私の生んだ願望。ぁぁ、本当だったら良いなぁ……。触れてくれた手。熱が残ってる。こんな夢想。枯れたはずの涙が出そうだ……。



 明るい部屋に連れて行かれ、鎖を壁に繋ぎ直される。少年の顔がはっきりと見えた。ぁあ、綺麗だな……。こんな綺麗な人が私を買ってくれる。夢みたいだ。

 座ってお茶を飲んでる姿が凛として見え、育ちの良さが見て取れる。

 ……私なんかで本当にいいんだろうか?先ほどまでの不安とは別の不安が胸を襲う。私の胸中をよそに少年と店主はなにやら話をしている。

 やり取りをぼんやりと眺めているとふっと少年の手が胸に伸びてきた。

 手のひらと変な紙に包まれたものを私の胸において話している。冷たい……ちょっと恥ずかしい……。顔変じゃないかな?明かりにさらされた私の体は骨が浮き華奢なのも相まって余計に貧相にも見えるし、さっきよりも薄汚れて見えるだろう。嫌だな……嫌われたよね?……悲しいな。


 悲観していると急に、体に何かが入ってくる感覚に陥った。何これ?あったかい。嫌な感じはしない。目の前の少年と繋がっている気がする。さっきまで触れていてくれた熱を体中に感じる。


「んああ、あぁあぁあ……」


 私は情けない声を出して崩れ落ち気を失った。




 心地よい揺れ……頬に流れる優しい風。暖かい。


「ん?眼が覚めた?気分はどう?気持ち悪かったりしない?」


 ふと揺れが止まり、すぐ傍からかけられた声に戸惑う。あれ?私……なにを?ゆ……め?明るい……空が、綺麗。地に足が着いていない。夢かな?夢の続きならさっきまでの優しい声が聞こえるのも頷ける。枯れたはずの涙が出てくる。


「うぁ?だ、大丈夫?背負ってきちゃったから気持ち悪くなっちゃった?困ったな……」


 ぁぁ、神様。これが夢なら覚めないでください。本当の私はきっとあの暗い部屋で一人朽ちてるのでしょう。死ぬ間際の儚い妄想。感謝します。髪を揺らし嗚咽を漏らす。


「ごめん。一度降ろすよ。気をつけてね」


 体を包んでくれた熱が無くなる。地に足が着き途端に現実に気づく。ぁあああ、……外だ。少年が居る。黄昏てきた日を背に綺麗な人が心配そうに私の顔を覗き込む。


「ち、ち違う、んです。そ、そとに、で、あ、あ、あなた……。うああぁああああ」


 言葉にならない。支離滅裂に取り乱す。駄目だ。迷惑をかけちゃだめだ。名前を!


「な、なまえ。おしえて、ください」


 精一杯振り絞った音は声になってくれた。


「ああ、そういえば言ってなかったね。……アッシュ。今はこう呼んどいてくれるかな?とりあえずもうすぐ家に着くから歩ける?無理なら又背負うから言ってね」


 そう言って頭を撫でてくれる。あどけなさが残る笑顔が眼に沁みる。優しくされて涙が止まらない。駄目なのに……捨てられたくない。アッシュ。反芻する。この人の名前。黒い瞳の私のご主人様。


「んー。まぁ、もうちょっとだから背負っていくよ。気分が悪くなったら言ってね」


「ますたぁ……」


 小さく呟いた言葉は聞こえなかったようだ。おぶられ、心地よい揺れと熱が再び体を包む。……又迷惑をかけてる。駄目なのに……。今度は不甲斐なさで嗚咽が止まらない。

 ますたぁ、ますたぁ、ますたー、私の、私だけのマスター。


「夕日が綺麗だね。君の髪の色と同じ色だよ。いつまでも13番じゃ困るし、名前どうしようか?」


「ますたぁ?……好きに呼んでくれたら……いいです」


 道を行く中、嗚咽をさえぎってマスターが声をかけてくれる。小さな体なのに、大きい私を背負って大変なのに、声を……かけてくれる。きっと、私を気遣ってくれている。こんな出来損ないなのに、今も迷惑をかけてるのに……。13番。それ以外の名前で呼ばれたことは無い。お前とか、こいつとか、おいとか……。大丈夫。マスターの傍に居れるなら何でも……。こんな私にマスターは優しいなぁ……。


「マスター?ああ、そうだね。……茜。この夕日と同じ君の髪の色。アカネでどうだろう?」


 あかね。この綺麗な夕日と同じ。いいんだろうか?素敵な言葉。美しく響く言葉。こんな汚い私なのに綺麗な名前。マスターは綺麗なものをくれる。ぁああ、嬉しいなぁ。嬉しいのに涙が止まらない。泣き止まない私を慰めてくれる。泣きたくないのに……。


「ぁ、あ、りがとう、ござ、います」


 もっと言いたいのに言葉が続かない。私はなんてちっぽけなんだろう。言いたいことも伝えたいことも何も出てこない。マスター、マスター、マスター。ぁぁ、私のマスター。


「ん。気に入ってくれたら嬉しいよアカネ。もうちょっとで家に着くからがんばってね」


 あかね。アカネ。マスターに呼ばれる私の名前。ふふ、嬉しいなぁ。綺麗な夕日と同じ名前。マスターがくれた名前。ああ、私はこんなにも幸せだ。きっと今まではこのためにあったんだ。綺麗な黒い瞳の素敵な人。この人のためならなんだってできそうだ。この人が私のマスター。



 大きな、とても大きな門が目の前にある。

 マスターに断って立って歩く。手を繋いでもらって連られた場所はマスターよりも私よりも背が高い門。マスターが何か言うと大きな人が門を開いてくれる。

 石の道を進んでたどり着いたのはもっともっと大きな建物。すごく大きい。話に聞いたお城みたい。大丈夫かな?マスターこんなところに何か用事があるのかな?

 あっ、扉の前に居る怖そうなおじいちゃんがマスターに何か言ってる。怒られるかな?私のせいでマスターが怒られるなら……前に出なきゃ。……マスターに止められた。何で?私何かしたかな?ずっと負ぶってもらってたからかな?又迷惑をかけたかな?


「ようこそアカネ。ここが家だよ。今日からここで一緒に暮らすからよろしくね」


 マスターが何か言ってる。家?暮らす?ここで?ありえない。屋根があって、明かりがあって、私が過ごしてきた何処よりも広くてお城みたいに大きくて、マスターと一緒だなんて、ありえない。私は出来損ないで、奴隷で、暗くて狭い部屋に住んでた。汚い私がこんな綺麗で明るいところに居ると汚れちゃうよ?ダメだよマスター?マスターが怒られちゃうよ?だからマスターが怒られないように私は外でいいよ?こんな大きな建物じゃなくてさっきの大きな門の前でいいんだよ?


「……外で大丈夫です……。マスターが怒られます」


 やった!がんばった!ちゃんといえた!マスター褒めてくれるかな?嬉しいなぁ。頭撫でてくれるかな?角も触ってくれると良いなぁ。


「……アカネ。ここで一緒に暮らすよ。大丈夫。誰も僕を責めないし、怒らないよ」


 言って抱きしめてくれる。小さなマスターは一杯一杯に汚い私を抱いてくれる。ぁあああ、マスターが汚れちゃう。ダメだよマスター、私に触ると汚れちゃう!触ってくれるのは嬉しいけどマスターが汚れたらダメだ。マスターは綺麗で私とは違う。


「サヴァ?風呂は沸いてる?ああ、ありがとう。じゃあ、風呂のあとに1人分ご飯の追加を頼むよ。父上と母上は?今日は無理か……。仕方ないな。明日にでも紹介するとしよう。悪いけど部屋を一つ頼むね。アカネこっちだよ?」


 後ろに居た白髪のおじいちゃんに何か言うとマスターが手を引いてどこかへ連れて行ってくれる。ダメなのに、嬉しくて……。風呂ってなんだろ?


「風呂はわかるアカネ?知らない?そっか、じゃあ嫌かもしれないけど一緒に入ろう、なんてね。ルカかルサと入るといいよ。入れてやってくれる?ぇ?ダメ?困ったな……俺が先?別に構わないのに……仕方ないなぁ、悪いけど一緒に入ろうかアカネ。じゃあ、服を頼むよ」


 おじいちゃんと別に後ろに並ぶ同じ顔をした二人の綺麗な女の人。知らない人は怖い。気づかずマスターの袖をぎゅっと握る。優しそうな顔をした同じ顔の二人が見てる。きらきらと光る廊下を進む。大きな扉の前でマスターが止まった。知らない人はもう居ない。


 扉をくぐると少し狭い部屋。かごが並んでる。狭いけどここも綺麗な場所。いいのかな?私がここに居ても……。マスターが裸になる。やっぱり綺麗。


「アカネもここで脱いで、このカゴに服を入れて付いておいで」


 あれ?……私、何で服着てるんだろ?判らないことはいいかな?……綺麗な服。気づかなかったけど……マスターに言われたから服を脱ごう。汚いけどマスター嫌いにならないかな?……嫌だなぁ。


 手を引かれ扉をさらにくぐると部屋の中に湯気の立つ泉があった。

 へんなの?裸なのに寒くない。ここに入ればいいのかな?あぁ、もしかして今からこの熱そうな泉で料理にされちゃうのかな?……マスターが食べてくれるなら嬉しいなぁ。こんなガリガリで食べるところのなさそうな私でもマスターの役に立てるんだ……。マスターに食べられてマスターと一緒になれるなら、きっとすごく、幸せだろう。……そっか、一緒に暮らすってそういうことなのかな?きっとそうだ。痛くないといいなぁ。早く入ろう。


「アカネまずは体を洗わないといけないよ。湯が汚れちゃうからね。石鹸は判る?知らない?じゃあ、洗ってあげるからそこに座って眼をつぶって」


 マスターに止められる。……料理だもんね?汚いと食べてくれないよね?でも、マスターが最後に洗って食べてくれる。嬉しいなぁ。必要とされるなんて考えたこと無い。私、おいしいといいな。マスター喜んでくれるよね?不味かったら嫌だなぁ。出来損ないだし……。


 温かい水を頭からかけられマスターが泡と一緒に頭をわしゃわしゃとかく。ぁぁ、気持ち良い。なんだろう?涙が出ちゃう。嬉しいけどもう最後なんだと思うと止まらない。もっと一緒に居たかったなぁ……。


「もう一度湯をかけるから眼をつぶっててね。石鹸が眼に入ると痛いからね。後ろはこんなもんかな?前は自分で洗ってね。うん。綺麗になったね。石鹸を洗い流したら僕も洗うから、先に湯につかってね」


 泡の付いた布で体を磨かれる。気持ち良い。マスターがしてくれることはすべてが気持ち良い。ぁあ、もっと味わっていたい。前もして欲しいけど、わがままは言っちゃダメだ。言われたとおりに磨く。水をかけてくれた。驚いたことに汚かった私は見違えるように綺麗になった。マスターは魔法使いみたい。汚かった私を綺麗にしたマスターは私にしてくれたように泡をかぶり体を磨く。……髪の色が……灰色だったのに……。


「……髪……色が」


「ん?ああ、黒髪は目立つからね。変装してたんだ、やらないよりはいいかなって……。どうしたの?先に入ってていいよ?ぁー、怖いのかな?すぐ洗うから待ってて」


 黒い。はじめて見た。綺麗な黒い髪。振り抜いた髪が一房だけ白い。白と黒が雫をはじいて、艶やかに輝く漆黒の宝石みたい。体を磨いたマスターは私を連れて泉に入ろうとする。ダメだよマスター、私を料理してくれるんじゃないの?マスターまで入っちゃダメだよ!


「肩まで浸かって。そうそう。100まで数えたら出るよ。夕暮れはまだ冷えるから、ちゃんと温まるんだよ。数わからない?じゃあ、一緒に数えようか?ついて数えてね」


 心地良い温度の水に肩まで浸かる。こころがぽかぽかする。気持ち良い。マスターと一緒。下ごしらえかな?怖くないように一緒に入ってくれたんだろうな。やっぱりマスターは優しいな。

 100まで一緒に数えて泉を出る。体を拭いてくれた。

 裸で出ようとしたら怒られた。料理されるのに新しい服を着るなんて変なの?新しい服はさっき脱いだ服よりも綺麗だった。マスターも綺麗な服に着替えてる。乾ききっていない白が混じる黒い髪は光に煌き輝いて見える。かっこいいなぁ。


 又手を引かれてきらきらとした廊下を進む。たどり着いたのは大きな扉。マスターに付いて中に入る。さっきまでのきらきらが嘘のようなもっと光り輝く部屋。良い匂いがする。不意にお腹が鳴った。……恥ずかしい……。マスターが微笑んでる。


「サヴァ、今日はいっぺんに持ってきて。マナーは判らないよね?今日は構わないから好きに食べて。ナイフとフォーク、スプーンは使ってくれると嬉しいけどね。ほら、お食べ」


 言われて、目の前の机に宝石箱をひっくり返したような綺麗なお皿が並ぶ。上に乗ってるのは料理だろうか?これが料理というなら私が今まで食べてたのはなんだったんだろう?言われるがまま席に着き、こわごわと手をつける。……口に運ぶ手が止まらない。夢中になって食べる。ぁぁ、マスターが見てる。黙々と手が止まらない私を見て微笑んでいる。少し恥ずかしい……。


「ほら?口の端についてるよ。おいで。うん。綺麗になった。今日は疲れただろう?部屋に案内するからもう寝てしまおう。明日からは色々と動くから楽しみにしててね」


 私の顔に布を当て顔をぬぐって頭を撫でてくれる。食事が終わってマスターに連れられたのは綺麗な部屋。四角い木の台に布がかけてある。中に綿でも入っているのか弾力があって手触りが気持ち良い。窓がある。マスターの部屋かな?マスターはこんな部屋を持ってるなんてすごいなぁ。今日はずっと感動しっぱなしだ。マスターの奴隷になれて綺麗にしてもらっておいしいご飯を食べて、マスターと一緒に居れるなんてまるで夢のよう。

 ガリガリだから今日は食べてくれなかったけど、ちゃんと太ったらあの宝石のような料理にしてくれるんだろう、楽しみだなぁ。


「ここがアカネの部屋だから。疲れてるだろうから寝ちゃって構わないよ。僕の部屋はとなりにあるから何かあったら呼んでくれるといい。ルカとルサにも言っておくしね」


 ぇ?無意識にマスターの袖を握る。一人は嫌だ。一緒が良い。でも迷惑はかけたくない。涙があふれそうだ。

 マスターは所在無さ下に頭をかくと仕方ないなって呟いて隣の大きくて広い部屋に連れて来てくれた。


「今日はここで一緒に寝ようか。明日からはできるだけ一人で寝れるようになってね」


 ぁぁ、優しいマスター。マスターのぬくもりが気持ち良い。マスターと手を繋ぐ。あったかい。すぐに意識が薄れる。



 一ヶ月目。マスターが勉強を教えてくれる。簡単な文字や計算ができるようになった。マスターは何でも知っている。


 二ヶ月目。マスターが冒険者から戦い方を教えてもらうようにって人を付けてくれた。マスターが武器や防具を買ってくれた。大事にしよう。


 三ヶ月目。マスターがギルドに登録してくれた。初めて依頼を受けた。一人で行くのは少し怖かったけど言われたとおりにやれば簡単だった。貰った報酬を全部マスターに渡す。褒めてくれた。


 四ヶ月目。マスターが色々な説明を書いた紙をくれる。すごい。魔物の対処法とか役に立つ薬草、簡単な武具の整備の仕方。マスターが全部書いてくれた。


 五ヶ月目。マスターが冒険者のパーティーを頼んでくれた。これで一杯魔物を倒せる。もっと役に立てるかな?


 半年もたつと一人でできる冒険者の依頼は少なくなった。毎日が楽しい。毎日が新しい。毎日がマスターと一緒。甘い、甘い、甘い暮らし。


 あの薄暗い部屋で一人石になろうとした惨めで汚い私はもう居ない。

 もう、戻れない。

 とろけるような甘い蜜の中に沈んでいく。

 宝石箱のようなきらきらした毎日をマスターとすごす。

 ぁぁ、マスター。もっともっと蜜を塗ってください。

 私はいつでもあなたに食べられます。

 双子のメイドを背で追い抜き、少しふっくらとした体はマスターのおかげでいつでも磨かれています。

 甘く、甘い、蜜をたっぷりと塗ってどうぞ心行くまで堪能してください。

 この体、心はすべてマスターのものです。

 だから私に手を出してください。

 もう、戻れません。


 ……もうすぐ一年が経つ。マスターとすごす日々は一向に色あせない。私はこのままマスターと過ごす。なんて素敵なんだろうか。こんなに幸せな日々は無い。


「アカネ。出かけるから付いてきて」


「はい!マスターお供します」


 嬉々として返事を返し、すぐに準備を整える。

 今日は何処へ行くんだろ?出かけるってことは今日は外でお食事かな?何を食べさせてくれるかな?それとも新しい武器や防具を買ってくれるのかな?楽しみだ。夢みたいな日常はまだまだ続く。こんなに幸せでいいんだろうか?嬉しいけど怖い。


「今日は奴隷を一人買うよ。これで少しは楽になると思う」


 ぇ?待ってくださいマスター。何と言ったのですか?私はもう要らないのですか?私では役に立てませんでしたか?努力します。がんばります。なんでもします。お願いします。捨てないでください!

 あはは、こんなに幸せだから罰が当たったんだろうか?

 マスター。マスター!マスター?

 あはは、壊れちゃう……、壊れちゃうよぉ……ますたぁあ!!!




今日の投稿はここまでになります。

初めての作品になるので色々とつたないところはあるでしょうがよろしくお願いします。遅筆のため更新頻度は低いのでご了承ください。

5万字位書き溜めたら投稿しますので、気長にお待ちください。

ご意見、感想、誤字脱字などご連絡頂けたら幸いです。


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