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2 一章 初めての奴隷

 あの後倒れた俺は屋敷に運ばれ何事も無く翌朝には眼が覚めた。ショックのせいか髪の色が白くなった。両親は無事を喜んだが、髪を見て申し訳なさそうな顔を見せる。そして以前に輪をかけて甘くなったように思う。

 それと魔物の討伐は成功し幾らかの軽症者は出たが馬車についてた護衛以外の死者は出なかったらしい。

 あれから1年かけて髪は黒く戻ったものの一房だけ戻らなかった。そのうち戻るかな?白い房を見るたび両親の顔が少し暗くなる気がしてやるせなくなる。



 7歳になったが前髪は一房、白く染まったままだ。


 できることを試しわかったことといえば、俺には戦うことができないということだった。


 抜身の剣を持った相手を前にすると身がすくみ歯の根が合わなくなる。どうやらトラウマになったようだ。

 かといって魔法を覚えようとすると「体をめぐるマナを感じろ」という教師の言葉をまったく理解できない……。

 マナってなんだよ……。魔力はあるらしいが魔法をまったく使えないらしく使おうとすると魔力が霧散してしまうらしい。日本人なめるなよ!こちとら科学の申し子だ!不思議現象なんてわかるわけ無いだろう!


 ……それらを見た父の寂しそうな顔が頭から離れない。


 幸いこの歳で兄になり親の跡を継げる弟が生まれた。名前はエレン。うっすらと見える髪は金。眼は碧。きっと将来は両親に似た全うな跡継ぎになるだろう。


「……さて、計画を前倒すか」


 エレンが成人するまでに独り立ちできるようにしなければいけない。

 恐らく俺はこの家を継げないと思う。民の前に立ち、導いて行くには戦えない俺の出番は無い。

 だからこそこの4年間、様々な手段を用いて情報を集めた。


 まず国の名はグランエスト。帝都エストールにて帝政を敷き、先住民である亜人を蛮族とし討伐を繰り返し版図を広げていた。いわば侵略国家である。


 俺が住んでいるノクタル領は帝都の南に位置し、サウラスト辺境伯領の最南端男爵領になる。

 領には港があり他国他領との貿易、交易路としての便も良く恵まれた立地といえる。夏は少し暑いものの南方に位置する割りには気候は穏やかで作物等の育ちもいい。領民も数を順調に増やし、ここノクタルは三万人規模の『都市』といえるほど栄えている。父、エリオット・ノクタル男爵の治世は順調といえるだろう。


 次に魔物。大陸全土に生息しその生態は様々。種族も動物種から竜種まで色々な種類が居るらしい。動物種やゴブリンなんて小型種は気がつけばいつの間にか町の近くに巣を作ってたりする。この存在のおかげで冒険者ギルドなんて半民間施設がある。魔物の討伐や古代の遺跡調査等、危険な仕事を自己責任で請け金を稼ぐ。命をかけるだけあってその儲けは莫大なものになるようだ。

 もちろん熟練のと枕詞が付くが、大きな依頼を一つこなせば2,3ヶ月は遊んで暮らせるらしい。


 最後に奴隷制度。この世界で一応のセーフティーネットの役割を果たしているらしく口減らしや戦禍による孤児、犯罪による労働刑罰。

 奴隷は税を払う必要が無く主人が年に一度人頭税として国に納める。特殊な用途を除いて一般的には働き盛りの男性が高く、子供が安い。さらにこの国では亜人種は人より下に見られているためもっと安い。

 特殊な器具?を使って奴隷契約を結ぶらしく反乱等は無い。自由になるためには自らを買い取るか主人が開放すればいいが、生活に慣れきったり税を払うのがいやで奴隷のままで居る者もたまに出るらしい。主人次第ではあるが衣食住はもちろんのこと空いた時間に内職をして小金を溜め込むものも居るそうだ。


「まずは父上だな」


 幸いにも廃嫡もされず、放逐もされなかったが何をするにも領主である父の許可が要る。

 年端も行かず、戦えない俺では統治に口を出せるはずも無く、身を起こすのに手も足りなければ、何をするにも資金が小遣いだけでは全く足りていない。

 なのでまずは奴隷を手に入れる。


 領主である父の許可があれば7歳の俺でも奴隷商になめられず奴隷を手に入れることができるだろう。問題は父が許可をくれるかどうかだが……。


「父上。ソーマですが、入ってもよろしいでしょうか?」


 あれこれと考えをめぐらしながら、父の執務室にたどり着き扉をノックをする。


「ソーマかい?どうぞ」


 一拍をおいて扉を開け礼を持って入る。

 目の前には机の上の書類とにらめっこをしている優しそうな青年の姿。

 こちらに気づくと穏やかな笑顔を向けてくれる。


「お仕事中申し訳ございません。実は父上にお願いしたいことがありまして……」


「ソーマがおねだりをするのは3歳のときに屋敷に風呂を作って以来だね。あれは僕もリリアもすごく楽しめて良かったよ」


 俺の前髪を一瞥して少しさびしげな顔をし、にこやかな顔に変わる。

 戦えないことが判ってからは放り出されるのを恐れて、おとなしくすごしていた俺からの久しぶりのおねだりに父は様相を変える。


「実は、奴隷を手に入れたく思いまして……父上の許可をいただけたらと」


「……そうか、もうそんな歳か。お金は足りるのかい?もちろん買うのは構わないけどソーマがきちんと面倒見るんだよ?ちゃんと躾とかできそうかい?なんなら人をつけて教育しても構わないよ?」


 まるでペットを飼うかのごとく気軽に声をかけてくる。

 あっれー?何だこれ?

 少し考えた顔をした後、感慨深げに手を顎に添え、うんうんうなづき嬉々とした表情の父。

 何これ?俺の暗雲とした今までの計画はなんだったんだ?あっれー?

 難しく考えていた俺がまさしくバカのような気がしてくる。一大決心だったんだけどな……。


「ああ、もちろん死んだらちゃんと墓も作るんだよ?きちんとご飯もあげないといけないし、今から見に行くのならサヴァをつけてあげようか?」


「いえ、父上。そこまでのご迷惑はおかけできません。できれば父上には許可書を作って頂き変装をして見に行こうかと思っています。何か不手際があって領に迷惑がかかるといけませんし……」


 平静を装い喜色満面にまくし立ててくる父になけなしの牽制をかけ、こちらの要望を伝える。

 つーか、執事であるサヴァを付けるって他から見たらノクタル領で買い上げることになるんじゃね?俺の貯めた小遣いで買える奴隷なんて子供になるんだけど、変な評判が立ったらどうするんだろ……。


「難しいことを考えるねソーマは……。僕は君が優しくて賢い子だと理解しているつもりだよ?親の贔屓目かもしれないが君が危ないことをするとは思ってもいないし、誤った道を進むとも思ってない。むしろ僕の息子として奴隷を買い民を救おうと思うその意思を尊重するよ」


 朗らかな笑みを浮かべる父。

 何だこれ?すさまじく謎な高評価を受けている気がする。俺なんて所詮役立たずで、弟の予備だと思ってるんですけど?

 そういえば奴隷はセーフティーネットの役割を持ってるんだっけか……。父からすれば力ない領民を助けたいが為の行為と思えるのか?高貴なものの義務って奴か?

 まぁ、甘えれるなら甘えればいいか……。


「ありがとうございます。許可証をいただければ今日にでも市に見に行こうかと思います。過分にして今まで私のためにと頂いた物が金貨2枚分程あります。これで買える者を見繕いたいと思っております」


「ふむ。そうかい?お金が足りなかったら言ってくれるといい。君は君の思うまま好きにすると良いよ。許可証だね?すぐに書くから少しそこで待っていなさい」


 返答に少し落胆したような表情が見えるが、なんとも無いように言いペンを走らせる。

 思いのほか問題なく話が進んだ。俺の4年間はなんだったのだろうか……。この歳になったからすんなり話しが進んだと思いたい。さすがに独り立ちしたいから計画上奴隷が必要とは言えないし、ここまでの評価を受けるとなんとなく騙した気がして心が痛い……。

 というか父の認識する奴隷の立場と俺の認識する奴隷の立場の齟齬が酷いような気がする……。奴隷の命はすさまじく軽そうだ……。



 父との気が抜けるようなやり取りの後、部屋に戻り灰をかぶる。

 どうやらこの世界では黒髪黒瞳は目立つ。大陸全土でも一人居るか居ないかと言った所らしい。どおりで町の中で黒髪を見かけないわけだ。

 染色剤なんてのがあれば話は早いんだけど、そんな便利なものは無いので灰で髪の色をごまかす。少し粗末な服を手にマントを念のため頭からかぶる。偽名も作ったほうが良いか……。


「灰かぶりだし、アッシュで良いか……」


 変装したときはアッシュで通そう。我ながらセンスが無いがシンデレラじゃないだけまぁ、いいだろう。


「センスは投げ捨てるもの!」


 ……むなしい。気を取り直して行くとするか。

 今から出れば昼過ぎには奴隷市には付くだろう。

 貰ってから一度も抜いたことが無い小剣を念のためにと腰に帯び、颯爽と向かう。屋敷を出る前に母に見つかって説教を食らいそうになったがメイドが助けてくれて助かった。けどルカもルサもサヴァも何も言わなかったのに……。


 空は雲ひとつ無く、温暖な気候もあいまってさわやかな昼下がりといえよう。良い奴が見つかるといいな。


 昼を少し過ぎて人もあまり居ない露店市を抜け、いくつかの路地を超える。さらに奥まった場所にひっそりと石造りの建物が並んでいる。事前に場所は調べていたからここで間違いない。


「幾ら領主の許可があると言え、7歳の小僧が一人で来るのは少し無謀だったか?」


 目の前まで来るとさすがに不安になってきた。今から戻ってサヴァをつれてくるべきか迷う。


「まぁ、なるようになるか……。最悪にげりゃいいさ」


 気持ちを新たに前に進む。柵を越えると奴隷市だ。


「よう坊主。なんか用か?こっからはアブねーぞ」


 唐突に柵の影からガタイの良いドカタって感じのおっちゃんが声をかけてくる。

 びびったー!?うぉ、心臓がバクバク言ってる。やっべぇ、悲鳴を上げそうだった……。


「やぁ、おっちゃん。奴隷を見に着たんだよ」


 手を上げ平静を装いボンボンって感じに砕けて声を返す。せっかく変装してるんだし領主の息子ってばれたくも無いしな。どっかの金持ちのバカ息子とでも思ってくれると助かるし。


「ほう?金持ってんのか?持ってんなら客だな。どんなの探してんだ?」


 あれ?許可書とかいらんかった!?まじかー……。まぁ、なんにしても親の許可は要るからいいか。

 値踏みするようなねちっこい眼を向けておっちゃんが聞いてくる。


「そんなの決まってるだろ?俺みたいなのでも扱えて買える奴さ」


「金は幾らあんだよ?案内してやるぜ?」


 底意地の悪い顔をしたおっさんが迫ってくる。ちょっと怖い。


「……教えるわけ無いだろ?うまいこといって巻き上げるつもりだろ?でも、案内は欲しいな……。銅貨5枚でどうだい?」


「がはは。しっかりしてんな。まぁ、大丈夫だろ。せっかくだし10枚で付いていってやるよ」


「高いな。6枚だ。それ以上なら他に頼むさ。名前も言わないおっちゃんは信用できないしね」


 節約すれば銅貨3枚で飯が食える。大人が居るほうが心強いがこれ以上巻き上げられると正直もったいない。


「いい度胸してるな坊主。気に入ったぜ。俺はドワイ。そこの青い屋根の奴隷商だ。せっかくだからうちで見ていけ。坊主の欲しい奴も見つかるだろうさ」


「ありがとうドワイ。俺はソ、アッシュだ。よろしく頼むよ。ゲホッ」


 バシバシと俺の背中を叩き豪快に笑いながら言ってくる。ちょ、むせる。

 というかあぶねー……。本名言いそうになった。つか奴隷商かよ……。門番かと思っちゃったよ。自分の店に案内して金も巻き上げるつもりだったなこの人……。


「気にすんな、坊主が何処の誰でも金を持って奴隷を買って税を払えば誰も何も言わんさ。坊主が王様でも領主の息子でもな。名前も案内する場所も言ったんだ。ほれ、6枚寄越せ」


 結局取るんかーい!?……仕方ないのでしぶしぶと1枚2枚3枚4枚5枚6枚……未練をこめて1枚づつ渡す。ニヤニヤといたずらっ子のような顔をされてもおっさんだし気持ち悪いよ……。

 しかし最初から判ってて試されたっぽいな。まぁ、いい人だと思っておこう。父が手をまわしたのかもだし……。



 案内され入った場所は薄暗く粗末な机と椅子が並び、少しすえた匂いが漂っている。やっぱ間違ったかな?とりあえず手近な椅子に腰掛ける。


「さて、坊主……いや、アッシュでよかったか?こっからは商売だからな、素人のようだし質問があれば答えてやるぞ?後何か持ってるなら先に見せておけ」


 目の前でドワイがふんぞり返り腕を組みながら鼻息荒くまくし立てる。何処のヤクザだよ。本当に商人なのか?


「金を持っていて奴隷を買うなら何処の誰でも構わないんじゃなかったのかい?それでも見せろと言うならこちらもやぶさかではないよ?まずは相場とどんな奴隷が居るのか聞かせてもらいたいね」


「肝が据わっているのは良いが、頼れる物があるなら頼っとけ。今のままじゃ坊主には売れんぞ?相場としちゃ10歳以下のちっこいのは金貨1枚から2枚。以上は3枚から上はピンきりだな。坊主の手札が無いならこれ以上でもこれ以下でもなくなるぞ?もちろん相場より倍以上だすなら喜んで売ってやろう」


 ぐだぐだ言いながら丁寧に相場を教えてくれる。邪険にはしていないようだ。いわゆる駆け引きか?事前に調べた相場と差はあまり無い。商売だからその日その日で値段は変わるだろうし、ぼったくってるということは無いだろう。


「まずは今居る奴隷の数と年齢、性別、人種を知りたいな。後俺はアッシュだ。それ以上でもそれ以下でもない。それが判るなら手札を切ってもかまわないよ」


「抜かすな坊主。手札を切ったら名前を呼んでやる。今居るのは14人。男が8の女が6.亜人はそのうち男女合わせて7だ。歳はお前に近そうなのが亜人含めて8だな。歳が10以上は6だ。何をさせるつもりか知らんが、はしっこいのは揃えている。坊主の目的に合うかはわからんが、うちで一番高いのは金貨28枚だな。坊主が買うなら56枚だ。その歳で色が欲しいってわけでもないだろ?」


「あんたが売らないと言うなら仕方が無い。払った銅貨6枚分他を案内してくれれば良いよ。10歳以下の男女亜人含めてとりあえず面通しさせてもらえないかな?素直そうなのが居れば嬉しいな」


「言ってろ坊主。まずは顔を見せろ。そんなマントを羽織った怪しい奴にゃ俺以外でも売らんぞ。売ったとしてもぼったくるさ。そんなやましい格好をしてりゃ仕方ないだろう」


 言い捨てさらにふんぞり返るドワイを尻目に、そういやマント脱いでなかったなーと今更思い出す。つーか、父は関係なかったのかな?不貞の輩を演出するつもりは無かったんだが、緊張してたんだろうか?ここ、暗いし灰もかぶってるから別にいいか?売ってくれないのも困るしね。


「そいつは失礼したね。これで良いかい?他にこういうのも持っているよ」


 言ってマントを脱ぎ、ついでに父から貰った許可証と腰の小剣を差し出す。こいつで何も変わらなかったら場所を変えよう。日を改めても良いし、数日で急いで買う必要も無い。


「ふむ。改めさせてもらうぞ。……こいつは……良いもん持ってるからもしやとは思ったが……」


 顔を一瞥し、許可証に目を落としたと思えば剣を抜いて彫られている模様を丹念に眺める。

 いやーーーーー、さっさとシマッテェエええええ!!!!息が荒くなるぅううう……。トラウマが出ちゃうううぅう!!


「ふー。こいつは驚いたな。まぁ、坊主が本物でも偽者でも良い。いや、アッシュだったな。面通しをしよう。今から並べるから茶でも飲んで少し待ってろ。ん?何してんだ?ヒキガエルみたいな面をして……」


 許可証と剣を返してもらい出された茶を飲む。苦い。きっと平静は保てた……はず……。倒れなくて良かった……。



「ドワイ。7人しか並んでないぞ?」


 並べられた奴隷は7人。猫、犬、鳥、後は人が4人。鳥に至っては羽が生えてる。空とべるんかな?

 鎖がじゃらじゃらと音を立てる中、粗末とも言いがたい服のようなものを着た奴隷を観察し、思う存分もふもふの獣耳、尻尾や羽を弄ぶ。簡単な身体検査もしたが、いやーんとかきゃっとか女の子から聞こえるのは構わんが男も初心なのが多いのは勘弁して欲しかった。しかし、体を洗っていないのかすえた匂いが酷いな。服も洗ってないんだろうな……。


「あとの一人は訳ありだ。お前にゃ売りたくねぇ。その中で気に入ったのは居ないのか?ガキは労働にゃ向かんし男は金貨2枚、女は1枚。亜人はそっちの鳥は銀貨80枚で猫は70。犬は95枚だ」


 やはり男は子供でも高いな。大体だが庶民が一人で一年暮らすのに節約して銀貨80枚ほど。銅貨は100枚で銀貨1枚。銀貨は100枚で金貨1枚になる。もうちょい大きい貨幣もあるが、今はいいだろう。


「この中で頑丈なのは?ある程度荒事をするのも想定しているんだが?」


「なら亜人のほうがいいだろうな。身体能力は高い。餓鬼だから仕込むのは大変だし食費やら何やらで金がかかるから基本育ちきらんがな。物を仕込むなら人のがマシだぞ」


「見せてくれない最後の一人は亜人?なら見ときたいんだけど?」


「鬼だ。オーガ、巨人族とも言うな。荒事にはめっぽう強いがそいつは出来損ないでな。まともな奴に売って後で文句を言われるのが嫌なんだよ」


 言ってドワイは薄い頭をかき、嘆息が洩れる。本気で売りたくなさそうだ。


 鬼。通常は鉱山や危険地帯に回されることが多い労働奴隷。一般的に人よりも大きくなりもちろん膂力も高い。大きさゆえ機敏ではないがその力は今の俺には何者よりも変えがたい。


「出来損ないねぇ……。まぁ、見て判断するよ。ただの子供の戯れと思ってくれりゃいいよ」


「抜かせ。お前みたいな餓鬼がそうぽんぽん居てたまるかよ!しっかたねぇなぁ……。こっちだ。付いて来い。……見りゃ判るだろう」


 連れられて入った部屋は窓が無く先ほどの部屋よりさらに薄暗い。壁から鎖が一杯生えてるな……普段はここに奴隷が纏められているのだろう。脇においてあるつぼからは強烈な匂いがする。……近づくと倒れそうだ。

 視線を凝らす。

 部屋のすみに首から鎖を生やした少女が一人。見た限り服は着ておらず眼は少しうつろ。こちらに気づいてるだろうが視線を向けることはない。額から生えた綺麗な一本の白い角に眼を奪われる。


「判ったろ?そいつは角が一本しか生えてない。同族にも疎まれてな、この歳まで飯もろくに食ってなかったようだ。同族には売らんと言う事で引き取ったんだがな……。そいつが他の鬼と同じように育つかも判らんし、すぐに死ぬかもしれん。アッシュのような後ろ盾のあるまともなのには売りたくねぇんだよ」


 ドワイが振り向き嘆息と共に言い放つ。

 見た感じ俺より年上か?立ってないから背は判らないがぱっと見頭二つ分ほど背が違いそうだ。鬼なんて始めて見たんだが角が一本だと何かまずいのか?もしや普通は角が二本や三本あるのか?まぁいい。


「喋っても?」


 一言断りをいれドワイが頷くのを見て少女の前に立ち、勤めて紳士に言う。


「はじめまして」


 少女がうろんな目で見つめてくる。動作は鈍くこちらを認識しているものの何が起こっているのかわかっていないようだ。言葉喋れないのかな?


「……はじめまして」


 もう一度少女の眼を見て語りかける。コミュニケーションが取れないのなら諦めるしか無いかな?犬の亜人なら鬼には劣るだろうが頑強だろう。病気を持っていてすぐ死なれると困る。値段が安けりゃ考えるが……。


「ぇ、ぁ……は、はじめまして」


 数瞬の後驚いた表情で挨拶を返す。うんうん。やっぱ挨拶は基本だよな。振り返るとドワイも驚いた顔をしてこちらを見ている。何でだ?

 言葉は問題なさそうだし、簡単に身体検査してみるか……。つかなんで服着てないんだ?やましくないのにやましくなりそうなんですが……。


「立ってもらっていいかな?そうそう、少し触るよ?うん。大丈夫そうだね。次は舌を出してみて?」


 のろのろとした動作で立ち上がる少女をよそに裸体を確認する。骨や間接がおかしくなってたりはなさそうだ。舌もきれいな色をしているから内蔵が悪いとかもなさそうだな……。素人判断だが問題は無いみたい。飯を食ってないからか華奢な肉付きも相まってモデルみたいだ。すらりとした四肢。顔立ちも整っている。俺が七歳じゃなかったら犯罪だなと一人ごちる。目もうろんだがにごっていたりするわけも無く栄養が足りていないくらいだし、これは家でしっかり飯を食えば良いだろう。

 ついでに角もひとしきり触ってみた。感触は心地良かった。


「名前は?」


「……13番……」


「本名?」


「……ここに来たのが13番目だから」


 疎まれて売られたんだっけか。名前もらえなかったのかな?受け答えはできるし後は、家に連れて帰ったら養生させれば問題なさそうか?


「ドワイ。値段は?」


 振り返り驚愕しているドワイに言葉を投げかける。


「……銀貨60枚で良い。後の面倒は見んぞ?」


 ひとしきり髪をかき嘆息しつつあきれた顔をしたおっさんが言う。


「ありがとう。じゃあ、これで。釣りは出るよね?ついでだからさっきの案内料で服をもらえないかな?このまま裸の女の子を連れて行くような変態じゃないんでね」


 懐から金貨を1枚渡し、訳あり買うんだからそれくらいいいよね?と子供の特権を利用した笑顔で服を要求する。


「ああ、釣りは出るし、服は……まけといてやろう。書類を書くのと契約石を持ってくるから付いて来い。13番もだ」


 そう言って少女の鎖をはずし、さっきから嘆息しかしてないおっさんは諦めた表情でやる気の無い手を振る。


「契約石?」


 そういや奴隷契約は特殊な器具を使うとは聞いていたが……それのことかな?


「ん?なんだ?知らんのか?まぁ、その歳じゃ知らんか……、まとめてやるからさっさと付いて来い。どうせ契約で使うんだ」


 最初の粗末な机のある部屋に戻る。先ほどまで並んでいた奴隷達はいつの間にか居なかった。別の従業員が連れて行ったのかな?鎖を壁につなぎなおされた鬼の少女は、横に立ってきょろきょろとしている。

 改めて出された苦い茶を飲みつつしばらく待っているとピンポン玉くらいのまだらな色をした石と紙の束を持ったドワイが戻ってきた。


「ほれ、これに名前を書いておけ。別に本名じゃなくても構わん。税さえきっちり払えばな」


 渡された書類に書かれている内容を読みアッシュの名でサインをしていく。書類は裏地に変な模様がかかれており怪しさ満点だ。内容に問題は無く、税に関してと金を払わなかったらどうなるかだのの説明が書いてある。年に一度人頭税を払うが初年度は半額だそうだ。三枚にサインし、二枚はそれぞれが持つようだ。しかしあの石はどうやって使うのだろうか?


「書けたか?書けたらその石をこの書類で包め。適当でいいぞ」


 疑問を抱きつつ言われたとおりに石を包む。


「そしたらそれを奴隷の胸……心臓の辺りだな。押し付けて魔力をこめろ。そうやって名と魔力を呪で刻む」


「ぁー……俺魔法使えないんだが?」


 少女の胸に石を押し付けたまま固まってしまった。赤らんだ顔の少女。えーっと、どうしよう?


「魔力も無いのか?あるなら魔法を使うつもりで石に集中して込めろ。代理でやる方法もあるが金もかかるしあまり勧められたもんじゃない。どうしてもというならやるが?」


 手を振り、言われるがまま魔法を使うつもりで手のひらの石に思いっきり魔力をこめてみる。普段なら霧散していくらしいんだけどどうなるかな?

 途端、体中の力が抜ける感覚に襲われる。少女は嬌声を上げその場に崩れ落ちる。


 ……手の先に石は無かった。異世界まじぱねーっす。


「ふん。できるじゃないか。これで契約は終わりだ。というかどれだけ魔力を込めたんだ?奴隷が倒れるのははじめてみたぞ?」


「……少しでいいなら最初から言ってくれ。連れ帰るのに人手を借りたりは?」


「男だろ?役得だと思って負ぶってさっさと帰れ」


 倦怠感に襲われ息も絶え絶えに返す。額に汗を浮かせ椅子に腰掛けたまま動けない俺を尻目にドワイが服を手渡してくる。


 こうして紅い髪をした一本角の鬼は俺の奴隷になった。



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