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1 序章 落とされて異世界

 うっわーーーまぶし……。日差しきついな。何処だここ?っと、あれ?体が動かないな。

 声は……。


「異世界ってなんじゃそら!」


 よし出るな。一応目線も変えられるか……。木造家屋?板張りの天井って珍しいな。おぉ?なんだ?暗くなった?なんか近い……。ってデケーなんだ?人か?人っぽいなでかいけど。


「すいませーん。ここ何処でしょうか?まことに申し訳ないんですが、今どんな状況でしょうか?」


「**********************」


「*************」


 ぁー……わっかんねーなこれ。言葉しゃべってるってのはわかるけど日本語じゃないな。このでかい人達?は敵意はまったくなさそーだなー。それだけが安心かな?

 って、おぉぉお?


「*********ソーマ***」


「って、すっげえイケメン!?何々なんなの?あれ?俺食われるの?マジ勘弁してください。食ってもおいしくないですから!!!」


 身長175センチ体重72キロほどの俺を軽々持ち上げてめっちゃ口開いてる……。ぁー異世界とかなめてたわー。普通に暮らしていけるとか思ってました。まじぱねーっす。つーか動けねーな。


「****ソーマ***、****」


「エリオット*****」


「***リリア***」


 ところどころ聞き取れる単語は名前かな?

 つーか眠い。ぁ、こりゃ駄目だ。眠い……。

 次は五体満足で眼が覚めますように……。



 三ヶ月後



 今日も今日とてかわらない一日が始まる。

 ぁーなんだかな……。思ったように身動きが取れないのは結構ストレス溜まるわ……。

 どうやら俺は今赤ん坊らしい……。らしいってのは状況的憶測からなんだけど見渡せる場所はすべて木で作られた格子。しかも俺を含めてあるのは場所一杯の布団。せめてもの慰めとしてなのか変な人形とか周りに散乱としてる。

 天井からなんか釣り下がってる物とかあればわかりやすいんだけどな。文化が違うのかそんなわかりやすいものはないようで……。


「ぁー暇だわ。今日も排泄物垂れ流す日々だわ」


 つーか、赤ん坊からスタートって喜んでいいのか悪いのか……。言葉とかどうすっかなー。なんとなく言ってることとかニュアンスで感じることはできるようになってきたけど、言葉って三歳くらいまでに覚えなきゃ覚えづらいって言うしな……。脳みそ34歳で一から覚えるってかなり不利じゃね?

 精神が体に引っ張られるのか知らないけど頻繁に眠くなるし、なんか叫ばなきゃ授乳してくれないからこれは死活問題だしな。しかも授乳してくれる人が結構な頻度で違う人ってのも頷けない。今更おっぱい程度でうろたえる様な人生は送ってないけど……。そりゃ最初はびっくりしたさ、でも赤ん坊ならこんなもんだろ?


「すいませーん。お腹空いたんでお乳くださーい」


 とりあえず日に何度ももらわんと生きていけないのが玉に瑕といったところか……。


「後おしめ変えてくれるとうれしーでーす」


 未だ日本語しかしゃべれんし、おそらく声帯もそんなだから泣いてるかわけわからん事言ってるとしか思われてないっぽいのが救いか。

 ……安い人生だな俺……。

 そうこう騒いでるうちに傍に居たメイドさんぽい人が出て行く。確かルカだっけ?ルサだっけ?

 今日はダレが来るんだろうな。



 さらに三ヵ月後



 ようやく寝返りもできて物につかまって立つことができるようになってきた。

 このごろはつたないながらも何とかこっちの言葉がしゃべれるようになった。

 といっても二言、三言ってところだけど。

 後歯が生えてきたせいかすっごい歯がかゆい……。


「ソーマ。そっちは危ないわよ」


 後ろから抱えられる。

 あぶねえ。もう少しで壁にゴツンってところだった。

 首は据わったもののハイハイしてると上が見えんな……。

 ハイハイで50歩以上這いでようやっと壁ってのもすごいな。この一室だけで借りてたマンション以上に広く感じる。


「まーま?ありぃあと」


「もー、ソーマったら可愛いわねぇ。ちょっと早い気もするけど眼を離すと危なくなってきたわね」


 ぁー……。

 早いとこ現状確認したいしな。でもこの部屋以外は出れないから仕方ないよね。


「エリオットにも話しておかなきゃ駄目ね。最近のソーマは暴れん坊ですよーって」


「まーま?」


 猫かわいがりとはまさにこのこと。抱きかかえてくれた美女はリリアさん。恐らくこの世界での生みの親。金髪碧眼20前という恐ろしくスペックの高そうな美女?美少女といっても通用しそうだけど……。乳母がとっかえひっかえだからいまいち確信は持てないけど常に家に居てある程度傍に居てくれるから間違いないとは思ってる。


「ソーマ。だめでちゅよー。危ないからママと一緒にパパを待ってましょうねー」


「ぱーぱ?」


 こっちで眼を覚ましてから初めて見た人が恐らく俺の父親だろう。男性は白髪の生えた燕尾服っぽい人か最初に見た金髪碧眼のイケメンだけ。といってもこの部屋でだけだけど……。


「エリオットも今日は早く終わるって言ってたからすぐに会えるわよ。楽しみに待ってましょうねソーマ」



 こっちに着てから恐らく一年くらい経った。

 最近はたっちして少しなら歩き回ったりもできるようになったけど、ノブの位置が違いすぎてまだあんまり部屋からは自由に出れない。


「かあさま。ごほんをよんでください」


「あらあらソーマは甘えん坊でちゅねー。今日は何を聞きたいのかしら?」


 この頃になるとある程度言葉も聞き取れるし、しゃべれるようになってきた。まだ少し片言って感じだけど。

 絵本なんてものは無いけど英雄譚とか魔法書なんてのは存在するみたいで、初等教育どうしてるんだろうとは思うけどまぁ、読み物があるってのは助かるね。


「りゅうのおはなしがいい」


 この世界には竜や魔物、亜人に魔法なんてのが当たり前に存在する。

 初めて聞いた物語。

 正直難易度高すぎだろ異世界。

 おまけってなんだよ!?記憶もちって事か?そこそこ裕福そうな家庭に生まれたってことか?

 地球の記憶なんて生かせそうに無いんですけどー!?

 この家庭に生まれたのは幸運だとは思うけどさ……。

 一年居て思ったけど医療やらなにやら地球とは違うなーと何処と無く感じることはできたし、ここ以外だと死んでてもおかしくないとは思うよ?


「男の子はそういうの好きねー。じゃあ、今日はこれにしましょうか」


「かあさまありがとう」


 こうして何度目かの竜退治の英雄譚をききつつ日々を過ごすのであった。



 2歳になった。



 この頃になると疲れやすいもののほぼ屋敷のすべてを回ることができるようになった。

 どうやらそこそこ裕福な家庭と思ってはいたが、なんと領主の家庭だったようだ……。

 今日こそ神に感謝した日は無い。

 しかし、子供の頃の記憶ってのはいつかなくなるものだと思ってるけど、前世の記憶ってのはいつ無くなるんだろうな……。


「ん?ソーマ、用事かい?もうすぐ終わるから少し待っていなさい」


「はい。とおさま」


 金髪碧眼超イケメンのエリオットさん。この世界での俺の父親。仕事もできる上に領民にも愛されているらしい。らしいってのは屋敷の下働きの人たちから聞いただけだからだ。おかげで俺はすごい可愛がられている。感謝が絶えない。


「そういえば今日は午後から町を回る予定だけど、一緒に行くかい?」


「はい!ぜひおねがいします!」


 まじかー!ようやっと外にでれる!

 そりゃ敷地内はちょくちょく出てたけど、町がどうなってるかなんて俺にはわからんからねー。皆の話聞くしかなかったしさ。

 父さんに色々話してもらおうと思ってたのにまさかの外に出れるチャンスが来るとは!


「ははは、元気だな。父さん嬉しいよ。すぐに片付けるからルサかルカに言って準備をしてもらってきなさい。それまでには終わらせるよ」


「わかりました。とおさま。じゅんびしてもらってきます」


「ああ、行っておいで。あわてて転ばないようにね」


 双子のメイドはまだあんまり見分けがつかない上に名前が似た感じだから良く間違えてからかわれてしまう。

 四苦八苦しながら準備をしてもらい父さんの仕事が終わるのを待つ。


「ソーマ様。旦那様の準備が整いました。どうぞこちらへ」


「ありがとうサヴァ」


 よっしゃー!初家の外!楽しみだ!

 喜び勇んで白髪の執事についていく。

 巨大な玄関を抜け石畳の先には立派な門構え。ここから先は未知の世界。


「ソーマ待たせたね。サヴァ後は頼むよ。ほら、おいで。今日は馬車で行くよ」


 恭しく礼を返す執事を後に馬車は道を行く。


「すごい……」


 石畳をゆっくりと走る窓から初めての景色。思わず感嘆の呻きが零れる。

 これが俺が生きていく世界。

 町並みは何処と無く外国の古い田舎のようで、人は様々。話に聞いていた亜人などがちらほら見える。獣耳ってやつかーと変に感動。

 しかし、やけにカラフルな髪の人が多いな。


「ソーマ危ないよ。こっちに着なさい。何か珍しいものでもあったかい?そういえばこうやって出かけるのは久しぶりだね。赤ちゃんのころに何度か出たきりだったね」


「いろんなたてものがあります。ひともたくさんです。あれはなんですか?」


 町並みにひとしきり感動し、あーだのこーだの質問をする。そうこうしている内に目的の場所に着いたようだ。


「さて、父さんはギルドで少し話をしてくるよ。すぐに戻るから馬車に居るかい?それとも一緒に中に入るかい?」


「ぎるどとはなんでしょうか?おじゃまでなければいっしょにいきたいです」


 手を引かれて入った場所は冒険者ギルド。

 中は少し閑散としているものの様々な人がいる。軽食や歓談できるスペースがあり、奥には紙がごちゃごちゃ張ってある。

 ここは魔物退治等いろんな依頼をしたり、それを受けたりする場所らしい。やはり異世界は侮れないな。


「これはこれは、エリオット様。ようこそいらっしゃいました。こちらは御子息様ですな?」


 入ってすぐにカウンター奥の禿頭で鋭い眼差しの男性に出迎えられる。こちらを一瞥し、表情が穏やかになる。


「今日は頼むよハイセ。息子のソーマだ。ほら、挨拶を」


「はじめまして。そーまです。よろしくおねがいします」


「これはご丁寧に、ハイセと申します。以後お見知りおきをソーマ様。少しお父様をお借りしますね」


 柔和な笑みを返してくれたものの、すぐさま隙の無い動作で父と共に奥の部屋に入っていく。待ってる間にと職員をつけてくれた。さすがに奥までは付いていけなかった……。

 付いてくれた職員が言うには領地近隣の魔物の間引きや怪我や病気に効くような薬草の採取。その他もろもろと言った事を依頼しており、その進捗の確認と今後の指針の相談をしてるらしい。

 さすが父様。俺の人生超安泰じゃね?


「しかし、坊ちゃんはまるで英雄の生まれ変わりといった容貌をなされてますね」


「そうですか?ふつうだとおもいます」


「いえいえ、その黒髪黒瞳。御伽噺の英雄そのものですよ」


 そう、なぜか金髪碧眼の両親から黒髪黒瞳。まさに日本人然とした俺が生まれた。これすらも神のおまけなのだろうか……。

 元日本人の俺からしたら違和感無くて助かるんだが、両親がどう思ってるか怖くて聞けない……。


「初代ノクタル卿も確か黒髪黒瞳だったと聞き及んでおりますので、恐らく坊ちゃんはその血を濃く受け継いだのでしょう」


 戦々恐々としている俺をよそに、職員が嬉々として語りかけてくる。

 正直疑問が解けて助かった。恐らく隔世遺伝という奴だろう。血がつながってて良かったー。


「すまん!戦えるものはどれだけ居る!?」


 職員と談笑していると扉が乱暴に開き、どたばたと騒々しく冒険者らしき若そうな男が滑り込んできた。


「門の手前で隊商が襲われた。恐らく40程。ゴブリンの群れだ!クソッ!弓持ちが居やがる!」


「落ち着け!衛視への連絡は?護衛の数と積荷はなんだ?状況と距離を詳しく頼む」


 騒ぎを聞きつけたのかいつの間に戻ってきたハイセさんが、若い男に詰め寄る。父様も横に居て苦い顔をしている。状況は芳しくないようだ。


「積荷は奴隷だ!護衛は俺を含めて7人。3人やられちまった!奴らいきなり矢を!槍持ちもいくらか居た。門を出て2キロ位だ。衛視は防衛に出ている。詰め所にはもう報告をした!」


「エリオット様!」


「わかっている!戦えるものはすぐに出るぞ!隊伍を組めるものは迅速に!一気に叩く!!これは領主より緊急依頼だ。戦果を挙げたものには弾む。喜べ!うまい酒が飲めるぞ!ハイセは私とだ!」


「とおさま!?」


「ソーマ。君はここで待っていなさい。なにゴブリンなんて物の数じゃないさ。すぐに片付けて戻ってくるよ」


 微笑んで、でも笑っていない眼で父様は出て行く。沢山の冒険者達が後を追う。一人残された俺はどんな顔をしていたんだろうか?指示を飛ばしながら律儀についてくれる職員は俺の顔をうかがいながら安心させるような顔をしてくれている。


「大丈夫ですよぼっちゃん。エリオット様はこの領屈指の実力者です。ゴブリンの50や100なんてすぐに倒して戻ってきますよ」


「……はい」


 ……どれだけ時間がたったのだろうか?窓から見える景色はたそがれて茜色に変わっている。

 何度目かのため息のあと不意に鐘が鳴り響く。1回。2回。3回……。


「ぼっちゃん!戻ってくるようです。今の鐘は帰還の合図です」


 矢も盾も堪らず職員の言を受けて走り出す。扉を潜り抜けいくつかの路地を超えざわめくカラフルな人だかりにたどり着き人垣を抜けた。

 門前には凱旋してきた父様たちが居る。

 口々に賞賛を浴びる血に塗れた父。傷を負ったのかここからではわからない。息を切らし急ぎ駆け寄る。


「と…お……さ…ま?」


 こちらに気づきにこやかに微笑む父様。後ろには奴隷らしき粗末な服を着た小さな女の子。



 目に付く赤。



 フラッシュバック。


「う、あぁあ……」


 がちがちと噛み合わない歯を鳴らし、根元から凍るような寒気に襲われる。

 血だ。血が、血に塗れて、血に染まって、血が……ち、が、チチチチチチチチチチチ。



 視界が赤くなる。



 ――雑踏の中。ビルが聳え立つ路地。日は真上に近い。後ろには女の子。着物は乱れ息もあらわに叫んでいる。


 ああ、そうだ俺はここで死んだんだ。


 目の前には血塗られた刃。泡を吹いて笑う影。

 轢かれた痛みより……滅多刺にされた痛みより、体中が沸騰したみたいに熱い。

 体の穴という穴から赤色が足りないとばかりに血が溢れて行く。

 ……何もできない。


 そうか。俺は……。――



「ソーマ!ソーマ!?大丈夫か?しっかりしなさい!ハイセ後は任せる!」


 体ごと揺さぶられ、目の前には赤よりも紅い父の姿。呼吸ができない。意識が薄れていく……。



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