オキテ
マリの部屋に外人女の霊が出る。
最初はボクも半信半疑だった。涙目で『お姉ちゃんあたしあの部屋イヤッ』と袖を掴むマリに、『ははっ中1にもなってまるで赤ちゃんだなぁ』と笑った。
住み慣れた土地を離れ、先週引っ越してきたばかり。環境の変化に伴う思春期の不安定なウンタラがもたらすナンタラカンタラだと思った。
「ボクよりママに相談したらどうだい」
「ママに?」
マリは鼻をすすった。
「トドみたいにカーペットに寝っ転がって、週刊誌ひろげておせんべバリバリしてるだけのママに?」
「おまえが反抗期まっさかりなのは分かった。とりあえず落ち着きなさい」
泣きじゃくるマリをなだめたりすかしたりした結果、『今夜一晩ボクが代わりにお前の部屋で寝てあげよう』と約束した。
そして、ピンクのカーテンとぬいぐるみの動物たちに囲まれた空間で一晩過ごした結果、
「出た」
「でしょ?」
目の下に隈を作ったボクに『そら見たことか』という顔でマリが言った。
「金髪の女だね。目の色はグレーだ」
「暗くて分からなかったけど、お姉ちゃんが言うならそうかも」
「美人だ。霊でさえなかったらボク好みだ」
「お姉ちゃんほんと綺麗な女の人好きね。そんなに好みなら部屋替わってよ」
「いや待て。それとこれとは別問題だ」
いくら美人でも限度というものがある。ベッド脇に腰かけ白い顔をヌウッと近づけて、ニタニタ笑いながらイントネーションのおかしい訛った日本語で『オキテ』『オキテヨ』と一晩中ささやきかけてくる女なんて、どれだけ好みでもお断りだ。
「しかし、『オキテヨ』か。ボクを起こしてどうするつもりだったんだろうな」
「え?」
マリがきょとんとした。
「起こして、って?」
「聞かなかったのか。『オキテヨ』。イントネーションはおかしかったが、『起きてよ』、英語でいうとウェイク・アップだろう」
マリは黙り込んだ。
「お姉ちゃん、言いにくいんだけど」
「何だマリ」
「その女の人、訛ってない。日本語上手だと思う」
どういう意味だ。
「あれ、『掟』よ」
「は?」
「おきて。きまりごと。わくぐみ。だからね、『起きて、起きてよ』じゃなくて」
――掟。
――掟よ。
唇がひきつった。
「何、の」
「それが分かってたらあたしだって泣かないわよ」
金髪の女のニタニタ笑いが、視界の端をよぎったような気がした。
「きまりごと、わくぐみ」をテーマに800字以内の制限を設けて書いた作品です。……の、つもりがどうしてもまとまらず1000字弱になってしまいました。初稿は1100字を超えていたのでこれでも相当削っています。