8 魔法講座そのに、と思考
そういえば、と須黒先生に何故そこまで詳しいのかと尋ねた。魔法使いについて、やたら詳しい理由を。命令式を含めた、魔法に関することに、どうして人間の先生が。
その答えは実に単純で「学生の頃、クラスに魔法使いがいて、そいつから聞いた」と。ただ、あまりその人が好きではないらしい。魔法の自慢ばかりしてきたうえに、やたら突っかかってきてうっとしかった、と先生は顔を歪めてそう口にした。
先生の話しと、例の魔法使いを思い浮かべると、どうも、魔法使いという生き物は変な奴らが多いらしい。考えしかり、行動しかり。無駄な理解をしてしまった。いや、でもこれは手がかりになる……のか? まあ、そう簡単にぼろは出さないだろうけども。
目を閉じて、思い出す。些細な言動も、忘れないようにしなくては。思考回路を読むなんて出来ないが、少しでも多くを覚えていれば、それらしい人間を見つけたときの判断材料になるかもしれない。
――何が愛しています、だ。思い出して、不快になる。本当に愛があるっていうなら、きちんと顔を見せて告白してこい。それからなら、真面目に考えて返事するのに。そういう段階を踏まず、好きだから他の人にとられないために子供にするってどういうことなの。本当、おかしいだろう。
そもそも何故私なのだろうか。可愛い子なんて他にもいるのに。というか、この学校は全体的に顔面偏差値高いんだぞ。可愛いから美人まで揃っているなかで、平凡な私を選んだ理由はなんだ。……いや、ちょっと見栄張った。平凡ではない、かも。吊り目気味なんだよね、私。そのせいで、きつい性格と思われがちだ。背も、女子にしては高い。169だ。ぎりぎり170ではない。ないったら、ない。
男子って、可愛くて守りたくなるような子のほうが好みなんじゃないの? 私は可愛くもないし、守られるようなキャラでもない。自慢できるのは頭脳と体力。見た目や中身は、自分でもそこまで良いほうとは思わないんだけどな。いや、中身はそんな悪いと思いたくないけども。友達とかは大切にしてるし!
「黙り込んでどうした」
「いえ、私の何がよかったんだろうって思って。ほら、この学校って美少女多いじゃないですか」
そう口にして、ふっと気がついた。もし、見た目でないなら。頭がいいところとか、運動が出来るところとか、そういった見た目に関係しないところで惚れたというなら、少なくとも一度は私と魔法使いは話したことがあるのではないだろうか。
希望が見えてきた気がする。そうならば、絞られてくる。先輩と同級生と後輩と先生と……。あれ、わりと多い?
「今度はなんだ」
「私が話したことのある人かもって思ったんですけど、先輩から後輩まで異性の知り合いってわりと多くて」
「ああ、なるほど。でも、それはどうだろうな。ほら、何気ないことで惚れることってあるだろ。何かで助けてもらったとか、遠くから笑顔を見てとか」
「あー……」
少女漫画みたいだが、その可能性が確かにないわけではない。話しをしたことがあるないは、あまり意味がなくなってしまった。再び机に突っ伏す。くっそ、予想外に手がかりがないな。これじゃ手詰まりだ。何からしていいのかが分からない。
心が折れかけている私の頭を、不意に須黒先生が撫でてきた。手を振り払う気力も起こらず、そのまま撫でられる。手大きい……って、自分が小さいからか。あ、駄目だ。やっぱりあの魔法使いむかつく。見つけたら絶対殴ろう。心の中でそう決め、暖かな手の温度に目を細める。
どうすればいいだろう。命令式っていうのを理解しないと、勝手に魔法を解くことも出来ないらしいし。これもう魔法じゃないだろ、呪いだろ。悪いことしてないのに、なんで私がこんな目にあわないといけないんだ。こんな姿で、どう生活――。
「あ」
この状況、家族にどうやって説明したらいいんだろう。
不意に気がついたのは、私にとってはとても大切なことだった。
随分前の大掃除のとき、子供服は全部捨ててしまった。今すぐ戻れないというのなら、生活していくうえで子供用の服が必要になってくるだろう。今は服くらいしか思いつかないが、きっと他にも必要なものは多々でてくるだろう。えええ、ちょっと待って。こんな訳の分からないところで、お金を使わないといけないの?
優しい両親なら、きっと文句も言わずに買ってくれることだろう。でも、ここの学校にいれてもらったのに、更にわがままを重ねるなんてしたくない。
貯金があるし、自分で買おう。すぐに帰れば、きっとまだ家に誰もいないから大丈夫だろう。
ああ、でもなんて言ったらいいんだろう。魔法使いのせいなんていって、信じてもらえるだろうか。ファンタジーな存在を知って、理解していたとしても、受け入れてくれるだろうか。もし家族に否定されたら、私は冷静でいられるだろうか。
泣きたくなるほどの不安が襲ってくる。私は、どうしたらいいのだろうか。
「楓」
須黒先生の低くめの声が私の名を呼ぶ。顔をあげれば、穏やかに笑う先生がいて。何故か、それを見た途端、不安がなくなるような錯覚を覚えた。何ひとつ、解決していないというのに。
「楓は俺の可愛い生徒だ。大丈夫、先生が絶対に犯人を見つけてやるから、安心しなさい」
今悩んでいたのは家族のことだし、これだけ手がかりの少ない状況で、どうしてそういいきれるのか分からない。けれど、心がすっと軽くなるのを感じた。普段は浮ついていて、皆に「まさちゃん」なんて呼ばれていて、頼りにならなさそうなのに。やっぱり、先生なんだなぁ。だから私、この人のことを一番尊敬しているんだ。
ゆるりと頭を振って、私も笑った。
「駄目ですよ、先生。私が見つけて、フルボッコにするんですから」
一瞬、ぽかんとした先生はすぐにくつくつと笑い、やがて声をあげて大笑いした。私もそれにつられて笑い出す。
「お子様がフルボッコなんていうんじゃありません」
「中身は子供じゃないんで。先生こそ、魔法使いのことを犯人なんて」
「こんな事件おこした原因だ。犯人だろう」
そうしてまた笑いあった。うん、なんでだろう。今なら頑張れそうな気がする。ひとしきり笑ったあと、先生と向き合う。これからのことを相談しよう。
魔法使い、いや、犯人を見つけるために、まずは情報を集める。最初はクラスメイトから。カラフル髪の人で、私も先生も能力を知らない人のことを、周囲の人間に聞く。本人に聞いても、嘘をつかれてしまうかもしれないからだ。それで魔法使い以外であれば犯人ではない。少しずつでもいい。出来ることからやっていこう。一年経つ前に、見つければいいのだから。