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5 そして出会う

 始業式が無事に終了し、HRでは見事図書委員を勝ち取り、その他細々した連絡を聞いて今日はおしまいだ。早く帰れるのは、いつまで経っても嬉しいものだ。下校の準備を終え、挨拶を交わしながら教室を後にする。

 今日はどうしよう。本屋に行って参考書と小説を買って、帰ってから着替えてジョギングして、予習と復習……でいいかな。


「江口楓さん」


 頭の中で予定を決めつつ、昇降口で靴を履き替え、少し歩いたところで声を掛けられた。そちらに視線を向け、そしてその出で立ちに呆然としてしまった。


 ボロボロの黒いマント。真っ黒のフードを目深に被り、首元には大きな首輪。手には細長い、杖。ふわり、と地から30センチ程浮いているその姿は、魔法使いと表現するのにぴったりだった。低い声は、ノイズがかかったように聞こえづらく、元の声が分からない。ただ、身長は高そうで、女子ではないだろうと思う。


 ――説明した通り、能力がある人間もいる。彼もそうなのだろう。だが、そういう人間は少ないのか……それとも、使わないようにしているのか。

 私は、能力持ちの人間を見たことがない。いや、「実は私、悪魔の子孫なの」とか軽くカミングアウトされたことはある。その後、数人が名乗り出たりもした。けど、力そのものを見たことはない。


 だから今、ちょっと……いや、かなり動揺している。

 まさかこんな風にお目にかかる日が来るとは思っていなかったし、私を知っているみたいだし。だというのに、私には相手が誰か全く分からないわけで。


「突然で申し訳ありません。ですが、自分はもう限界なのです。こうするしか、もう弱い自分には方法がないのです」

「え、あの、何言ってるんですか。というか、貴方は誰ですか?」


 私の問いかけに、彼はにやりと口元を上げて笑った。粘着質なその笑みに、鳥肌が立った。早々に立ち去ろうと背を向ける。しかし、一歩踏み出したところで、すぐ目の前に男は現れた。こうなると、不気味な恐ろしさが際立ってくる。こいつは、何が目的なんだ。

 周囲に視線を向ける。下校途中の人が数名いて、こちらを見ている。何人かは慌てた様子で校内に戻っていく。もしかしたら、先生を呼びに行ってくれたのかもしれない。それなら、少しだけ待てばこの状況がどうにかなるかもしれない。


 そう安堵するものの、しかし現実はそう甘くはなかった。男は私に手を伸ばし、左手で頬に触れてくる。その手の冷たさにゾッとし、何故か身動きが取れなくなってしまった。それに満足そうに笑うと、右手の杖を額に押し付けてくる。木の細さと固さは容赦なく私に痛みを与えてくる。


「貴方を、愛しています」


 その言葉の真意を尋ねる前に、杖は青い光を発した。目の前で起こった発光に、思わず強く目を閉じる。その瞬間、誰かが私の名前を叫んだ。だけど、突然体の節々に痛みが走り、返事をするどころではなくなる。筋肉痛を何十倍にも酷くしたような痛みは、しかしほんの数秒で治まった。不気味なものを感じつつ、恐る恐る目を開ける。


 そして、視線の違和感に眉をしかめた。目の前にあったはずの男の顔は上のほうにあり、見えるのはお腹の部分。首を回せば、いつもより遥かに低い視界。そっと視線を下げれば、ぷにぷにとした短い手足。制服はだぼっとして、かろうじて体にかかっている程度。


 さあっと血の気が引いた。この感じには、覚えがある。この世界で意識がはっきりしたときに近い。あのときよりは大きいが、それでもこの体型は。


 もしかして私は――子供になってしまったのか。


「楓!」


 もう一度叫ばれた名に、ゆるゆると顔を向ける。そこにいたのは、生徒に連れてこられたのであろう、私の担任、須黒先生だった。焦った顔で、こちらに走ってくる。それを見、そして男へと視線をずらす。男は先程とは一変して、困ったような顔をしていた。

 私が何かを口にする前に、走り寄ってきた先生が後ろから両肩に手を置いた。首だけで振り返れば、切羽詰ったような、真剣な顔で男を睨みつけていた。


「お前、楓になにしやがる。どこの誰だ。生徒か、教師か。……答えろ」

「答える必要はありませんね。ああ、それにしても、これは予想外でした」


 男は溜息を吐いて、杖を宙で軽く振った。それに再び困ったような顔をすると、少し後ろにさがり、私たちと距離を取る。

 このままどこかに行かれたら、元に戻れるか分からなくなってしまう。そうだ、呆然とする前にあいつを捕まえないと。手を伸ばそうとしたところで、男はぴたりと止まった。


「ここまで魔力を消費するとは思いませんでした。すぐに準備に取り掛かれる筈だったのに。すいません、魔力の回復にしばらくかかってしまいそうです。準備だけでなく、回復の時間も合わせて……もしかしたら、一年はかかってしまうかも」


 男が何を言っているのか、理解が出来ない。いや、それは最初からだったか。はじめて言葉を交わした瞬間から、こいつのことは理解出来なかった。準備って、何のことだ。一年って、何の期間だ。拳を握り、睨みつける。


「それは、私を元に戻せないって、そういうこと?」

「いいえ。貴方を元に戻すことは簡単です。むしろ、そうすれば自分の魔力も戻ってくる」


 ますます理解の出来ない言葉に、答える気なんてないのではとさえ思ってしまった。しかし、先生は何かを察したようだった。肩を掴む力が、僅かに強くなる。


「そうか。魔力を楓に注いで、その魔力に子供の姿にするような命令式を埋め込んでいた……そうだろう? だから、楓に注いだ魔力を自分の中に戻せば、体は元に戻るし、お前の力も回復する、と」

「ご名答です。ただ、予想以上に子供に変えるのに力が必要だったみたいで。今では、こうして微量の魔力で出来る、浮遊や――」


 不意に、男が杖をこちらに向けって振るった。それに身構えるが、杖の先から出た淡いオレンジの光は私の周りにまとわり付き、そして体にかかっていただけの制服がみるみる縮んで、この姿にぴったりのサイズへと変わった。ぽかんとして男に視線を戻せば、にこりと笑う。

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