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3 始業式

 昇降口に張られたクラス名簿に目を通す。全部で四つのクラスがあるが、成績で分けられるわけではない。成績優秀者だけが固まらないように調節はされているらしいが、ほぼランダムだ。

 A組に自分の名前を見つけ、ざっとクラスに目を通す。中等部のときの友人の名前をいくつか見つけ、ホッとする。大体は持ち上がりだが、数名知らない名前があるから、彼らは外部生だろう。


 靴を履き替え、教室へと向かう。一年生は三階だ。階段を昇り、廊下を歩く。見慣れた顔ぶれが楽しげにはしゃいでいて、時折挨拶を交わす。そして教室に入り、既にいた友人へ笑顔で挨拶する。今年もよろしく、と言いながら黒板に張られた紙で自分の席を確認する。

 うわ、教壇の目の前だ。さぼったりするわけではないが、嫌だと思うのは昔から変わらない。



 机に荷物を置いて、友人達の会話に混ざる。楽しく話しているうちに、予鈴が鳴り、皆ぞろぞろと席につく。隣の席が外部生の女の子で、不安そうにしていたので話しかけた。少しすると、幾分か表情が和らぐ。最初は皆不安だもんね、なんて言っているうちに本鈴が鳴り、教師が入ってきた。

 見慣れたその顔に、クラス中から親しげな声がかけられる。



「なんだよ、せっかく高等部になったのにまーたマサちゃんかよ」

「きょうも素敵な天然パーマっすね」

「えー、マサちゃん担任なの?」

「お前ら、先生を敬えよ。えーってなんだ。喜べ」



 むすっとして、不満げな顔をする先生に私は苦笑いを零した。

 黒髪の天然パーマで、糸目に眼鏡の先生は、中等部のときの生物教師だ。分かりやすい授業をしてくれるし、質問すれば懇切丁寧に教えてくれる。口には出さないが、私の尊敬する先生の一人である。そして、一番信頼する先生でも、ある。まさか高等部で担任になるとは思わなかったが。

 若く、確かまだ二十台半ばであったはず。親しみやすさから生徒からの人気も高い。


 名前は須黒将人(すぐろまさと)。見た目もよく、頭も人柄もいい彼は――例の乙女ゲームの攻略対象である。

 とはいえ、二周目から出来る隠しキャラで、しかも勉学のステータスがほぼマックスでないと攻略出来ない難易度の高いルートだ。主人公のクラス担任ではなく、接点もなかなか持てず、人気ではあるものの攻略本を使わずに出来たプレイヤーはほぼいないという話だ。例に漏れず、私もそうだった。はじめて買った攻略本が、何を隠そうこのゲームの本である。どれだけのめり込んでいたのか、と今更ながらに恥ずかしく思う。


 中等部で、初めて須黒先生に会ったときは驚いた。まさか本当に攻略キャラに会うとは思っていなかったから。まあ、私には関係ないと他の先生と同じように接していたけども。彼には助けられたこともあり、こりゃ主人公惚れるわと人事のように思った。

 不意に先生と目が合う。その瞬間、須黒先生は安心したような顔になる。



「よし、楓がいるなら楽できるな。こいつらのストッパーは頼んだ」

「須黒先生、生徒に押し付けないで下さい。そういうのは学級委員に頼んでください」

「え、お前が学級委員やるんじゃないのか?」



 首を振って否定する。内申的な意味では学級委員がいいのかもしれないけれど、私は図書委員がやりたいのだ。高等部の図書館は広く、専門的な書物が多いらしい。委員になって、少しでも多くの時間、勉強に費やして知識を広げたい。


 先生は不満そうに唇を尖らせた。止めろ、いい歳してそんな顔。そんな風にしていると、私が好きなんじゃないかって勘違いするぞ。しないけど。

 この人は生徒を皆名前で呼ぶ。そこが、更に親しみやすいといわれるところでもある。そして須黒先生は、真面目な生徒に対して特に好意を向ける。男女構わず、真面目な子を大切にする。私も、その中の一人だ。信頼されている、とも言う。


 こうやって頼りにされると、その期待に応えようと自然に思えてしまうのだから、まったく須黒先生の人柄には恐れ入る。しばらく悩み、そして私は溜息を吐いた。



「分かりました。学級委員がいないときや、委員以外でも人手が必要なときは、私がやりましょう」

「さっすが楓!」


 途端に笑顔になる先生に、少しばかり照れてしまう。私を信頼し、頼ってくれる。今までだって、こんなことは何度もあった。須黒先生だけでなく、友人や他の先生からも。だけど何度体験しても、全幅の信頼をされることには慣れやしない。恥ずかしくて、それでいて誇らしい気持ちになれて。だから私は、もっと立派になろうと、皆からの信頼を裏切らない人間であろうと、努力を重ね続けることが出来るのだ。


 無駄話から始まってしまったが、簡単な朝のHRをする。とは言っても、これからの始業式の話のみだ。うちの学校の始業式は、途中までは普通と分からない。校長や理事長からの話。話が長いのは、大体どこも同じだろう。


 そして、ここからが、他とは違うところだ。去年学校内で一番活躍した部活は、文芸系、運動系からそれぞれひとつ選出され、壇上で出し物をしなくてはならない。例えば、賞を多く取ったとか、大会で優勝したとか。最終的にどの部活か決定するのは生徒会だ。


 これには断る権利も存在している。だが、出し物を断った部活は、私の知る限りではない。その理由というのは実に単純で、部費を前年の倍ほど貰えるからだ。断れば、それは次に活躍した部活へと権利が移動し、倍の部費を貰うことは出来なくなる。

 だからどの部活も、出し物をする権利を得ようと必死になる。結果、どの部活のレベルも高くなる。上手いことできていると思う。


 私は勉強や、自主的に運動する時間が削られるのが嫌で部活には入っていないから、部活に参加する生徒たちの気持ちはよく分からないが。ちなみに、前世は一応美術部だったが、あまりに緩く、皆ただ集まっておしゃべりしているだけだった。

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