表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/10

2 私というもの

 ふわあ、と欠伸を零した。昨日は勉強のあと、息抜きにゲームをした。それが面白くて、つい夜更かしをしてしまった。今日から新学期だというのに、私は何をしているのか。今日は早く寝ることにしよう。

 ふと、周囲の赤い制服を着た学生を見やり、この光景も随分慣れたものだなと改めて思う。



 私は江口楓(えぐちかえで)。もったいぶることもないので言ってしまうが、一度死に生まれ変わった、前世の記憶がある人間だ。



 最初は戸惑ったが、これはつまり「強くてニューゲーム」だとそうそうに立ち直った。

 前世は、流されて生きていた。それなりに頭の悪い学校に通っていたし、資格なんて何一つ持っていない。田舎だったのに、お金の都合で車の免許も取らず、就職活動では選択肢の幅が狭く、苦労したものだ。


 そんな就活の最中、着慣れていないスーツ姿で信号待ちをしている最中に車が突っ込んできて、人生さよならゲームオーバーだった。

 ――軽く言っているが、かなり痛かった。手も足も変な方向に曲がって、はじめて感じるあまりの激痛に声すら出なくなった。そのくせ、意識はいつまでもあって、結局数十分後に救急車が来て運ばれた辺りでようやく、死ぬことが出来たのだ。せっかく来て、私を死なせまいと努力してくれた救急隊の方には申し訳ない。


 そうして、私はしばらくの間、ぼんやりとしていた。何も見えない。それでいて、暖かく、優しい空間で波のようなものに身をゆだね、穏やかな気持ちで過ごしていた。どれくらいそこで過ごしたかは分からないが、不意にその空間がなくなった。まるでシャボン玉のようにはじけて消えて、目を開けたとき、私はこの世界に生を受けていた。


 意識がはっきりしたのは、二歳のときだ。あの空間は、もしかしたら母さんのお腹の中だったのかもしれない。だけど、そこから出てすぐに目を開けたのに既二年経っていたということは、やっぱりお腹の中ではなかったのだろうか。そうなると、私がいたあそこはなんだったのか。


 結局いつも堂々巡りになってしまう。答えの出ない問いから目を背ける。

 意識がはっきりした私は、きっと子供らしい行動が出来ていなかっただろう。幼稚園では周りとなじめなかった。だけど、母さんも父さんも、そんな私を愛してくれた。

 前の世界の家族を忘れることはない。私を育ててくれた、愛おしい家族。だけど、私は欲張りだから。前の世界の家族も、この世界の家族も、どちらも失くしたくない大切で愛おしい存在だ。優劣なんかつけられない。私の、大切な家族。


 ――記憶がある、それは強みだ。これは強くてニューゲーム。前世で妥協したもの、全てを諦めることなく手に入れようと思った。当時は小学生だったので圧倒的に簡単だった勉強も、運動も努力し、友人関係を大切にした。家族には日々感謝し、胸を張って誇れる人間であろうとした。


 元々の私は惰性で生きていた。そう簡単に変わることは出来ず、何度も諦めて「これだけ頑張ったのだから」と妥協しようとした。でもそのたびに、ふたつの家族を思い浮かべて、必死にその考えを否定した。努力の甲斐あり、成績は常にトップ。運動もトップまではいかなかったが、上位だった。学校ではクラスメイトからも教師からも頼られ、両親は私を「自慢のわが子」だと言ってくれる。



 ああ、生きることはこんなにも苦しくて大変で――それでいて、なんて幸せなのか。



 前世のことなんて、誰にも話せない。信じてもらえるなんて思わないし、私ですら時折信じられなくなるのだ。私の妄想で、前世なんて本当はなかったのでは、と。

 だけど、あの記憶を、あの経験を含めて私なのだ。前世であった全てを、妄想なんかで片付けてなるものか。例え……本当に、私の荒唐無稽な妄想であったとしても、私はそれに生かされているのだ。ないがしろになんかしない、なかったことになんかしない。


 小学校卒業まで一年を切ったある日、母さんが持ってきたのは学校のパンフレット。せっかく頭がいいのだから、と家から通える範囲でいくつかの学校をピックアップして、私に見せてくれた。もちろん、小学校の友人たちの大半が進む公立でも良いと。

 選択肢の幅を広げてくれる母には、いくら感謝してもしたりない。

 パンフに目を通していると、他とは違い異彩を放つ学校があった。


 中高一貫のその学校は、豪奢な校舎に、「コスプレか」と思わず突っ込みたくなる鮮やかな赤い制服。

 私立桔梗学園(しりつききょうがくえん)。そこに映る人々の中には、どうにも地毛とは思いがたい鮮やかな髪の色の人間がいた。一人二人、なんてものじゃない。半数は、日本人らしい黒髪ではない。私は、母の目の前だというのに「まじか」と真顔で呟いた。もちろん、不思議そうな顔をされた。


 この学園の名前には、覚えがあった。私は生前、それなりのオタクだった。今でもオタクではあるが。でも前ほどではない。前はフィギュアとかポスターまで集めていたから。今は漫画とゲームだけだ。ちょっとほしいとは思うけど。閑話休題。その頃に好きだったゲームのひとつ。所謂、乙女ゲームというやつだ。そこの舞台が、この桔梗学園なのだ。


 まさか、ここが乙女ゲームの世界だなんて思いもしなかった。というか、想像できるはずもない、そんなこと。そのときの衝撃は結構なものだったし、最初に選択肢から除外した学校だった。ゲームがどうこう、とか考えたくなかったからだ。でも最後の最後で、一回はきちんとパンフレットを読んでおくかと目を通し、その教育システムや学校の設備、大学への進学率……その他諸々に心を強く惹かれてしまった。


 どうせ、主人公でもライバルでも友人でもないのだし、第一主人公と同じくらいの歳なのかも分からないのだ。関わりが絶対にあるわけでもない。それなら、後悔しない人生を送るため、ここに行ってみようと、私は桔梗学園への進学を決めた。


 桔梗学園はこの辺りでは一番偏差値の高い学校で、受験のレベルも高く、進学を決めた日から私は今まで以上に勉強に取り組んだ。結果、私は無事入学することが出来た。


 それからもう三年――いや、今日で四年になる。

 中等部から高等部への進学試験もパスし、今日からは桔梗学園高等部一年だ。最初は着るのも恥ずかしかった、コスプレ……じゃない、赤い制服にも慣れた。カラフルな髪色の人たちも気にならなくなった。


 不思議なことに、誰もカラフルな髪色をおかしく思っていないようだ。小学校の皆は黒髪だったのに、学園やこの近くに住まう人たちは多くが黒ではない。だが、私以外は誰も――両親ですら、まったく気にとめない。

 もしかして、これが世界の強制力だろうかとぞっとしないものを感じながらも、平和にやってきた。

 友人も出来た。尊敬する先輩も、可愛い後輩もいる。教師からの信頼も厚い、と自負している。努力を欠かさず、今でも成績は学内トップクラスだ。



 ああ、幸せだ。



 中等部ではなく、高等部の校舎へと足を踏み入れながら、私は緩やかに微笑んだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ