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旅立ち


凍るような場所で、




凍るような声で、




燃えるような瞳で。





「何だと?」





右京は、王に責任を問われていた。





「鍵を失くした挙句、鍵師は旅に出た、と?」





羽を縮ませて、右京は小さく小さくなる。





「はぃぃ。。。ご、ごめんなさぁい…」





次に来る怒声に備えて、ぎゅっと目を瞑る。




が。





「うーむ…」





予想に反して、王は考え込む素振りを示す。




右京の怒られている所を一目見ようと、横で面白がっていた左京も、王の深刻そうな顔に不満げである。





「あんだよ、もっと怒ったっていいんだぜ?」





そんな憎たらしい弟を、きっと睨みつける右京。





「何よ、元はと言えば、あんたが行く番だったのを逃げたからあたしが行ってあげたんでしょ!本当ならあんたがここで怒られる立場だった筈よ!」





「俺はそんなヘマはしーまーせーんー!残念でした、べー!」





べろべろべろべーと舌を出す左京。





「こんの!言わせておけば!」





「あんだよ、やるかー!?」





今にも掴みかからんばかりの勢いで、2人が睨み合う―





「五月蝿い!!!!!!!」





王の一喝。




双子はそれに対して、ぐっと押し黙るものの、無言の睨み合いは続いている。




王は苛々している気持ちを落ち着けるように、トントンと人差し指で椅子を叩きながら、目を瞑り考え続ける。





やがて―





「どうやら、この国を揺るがす何かが、起きているらしいな」





大きな溜め息と共に結論付けた。





「「え?」」





声がハモってしまった双子は、一度王に向けた顔を、また目の前の天敵に向ける。





「真似すんなよな」





「はぁー??あんたこそ何ハモってんのよ、気持ち悪い!」





ビュッ!ドガッ




額を擦り付けあう程の睨み合いの僅かな隙間を、固い物がものすごい速度で通り過ぎた。





「あっぶね」





「うひゃ」





既の所で避けた2人はそれぞれ呟く。





見ると、壁に扇子が突き刺さっている。




それを確認すると、2人してゆっくりと扇子の出所を辿った。





「「…こわっ」」





無愛想な顔を、益々無愛想にして、余り王座から立ち上がることのない少女が、立ち上がってこちらを見つめている。




それは身の毛のよだつような恐ろしさだ。





「…話を…聴く気が、あるのか?」





ぞわっと逆立つ真っ白な髪の毛が、王の怒りのバロメーターである。




同時に、瞳は燃え上がる。




―うちの王は、短気でいけない





行儀良く気をつけをしながら、仲の悪い双子の従者は同じ事を思った。





「お前達は、楽観的なのが良い所でもあり、悪い所でもあるな」





はぁー、と大きく溜め息を吐き、王は憂いを帯びた表情をする。




お互い一括りにされたことがどうにも許せなかったが、これ以上やり合うと本気で罰を受けることになりそうだったので我慢した。




「右京の報告にもあったように、雨が降ったことはわかるな?」




双子は頷く。




タイミングが一緒で、イラっとするがそれぞれ自分を制する。





「では、この国で以前に雨が降ったのはいつか、思い出せるか?」





「それは―…」





言い淀む2人に王は頷く。




「支配する世界のひとつが、滅びる直前だ。」





それは、先王の時代。




空気を司る世界は、様々な生命が存在する空間を支配している。




数は無数に在るが、温度師が首からぶら下げている数々の温度計が示す各空間が、特に主要な管理地である。




その中のひとつが消えたからと言って、この世界の住民は痛くも痒くもない。




己の世界は存在し続け、何も変わらずに生活していける。




ただ、ほんの少しだけ、物の発注が減る位である。




しかもそれが、どこかの世界が滅んだ影響だとは夢にも思わない。




だから、雨が降ったからと言って、それが不吉と結びつかない民は騒ぎ立てることはしない。




珍しい、何かがおかしいんだな、と感じる程度なのだ。




だが、統治する者にとっては大問題である。




一つの空間を滅ぼすという事は、王の価値を失う事と言っても過言ではない。




現に、先代はこの出来事によって、王権を剥奪された。




勿論その頃まだ王に仕えていなかった双子は知る由もなく。




雨が降った事実は知っていても、それがいつだったのかを思い出せないのは当然だった。





「そうでしたっけ…世界が滅びるって、そんな簡単に?」




右京があわわわと動揺を隠すことなく訊ねた。





「簡単にではない。兆候はある筈。先代はそれを見逃した。」





力なく王座に座りなおした少女はそのまま、また考え込む。





「…雨が降ってからどれくらいで滅びるんだ?」





左京の質問に、王はかぶりを振る。





「分からんのだ。そこに住む者達に寄る。…ただ、一つだけ言えることは―」





そこまで言うと、王は天を仰いだ。





「今、消える兆候を示しているのは地球だという事だ。」






________________________



荷物を鞄に詰め込む右京を、床に頬杖を付きつつ見ていた左京が、突然ごろりと仰向けになった。





「なぁ、鍵師って、どこに行ったわけ?」





「知らないから捜すんでしょ」





ぶすーっとした表情のまま、右京が答える。




先程王から命令が出された。





第一に一刻も早く鍵師を捜し出すこと。





第二に絶対零度の鍵をもう一度手に入れること。





この2点である。




地球の滅びる原因は、ここの所の全体熱の上昇にあるというのが、王の見立てだ。




右京たちだって、それには同意する。




聞く所によれば、太陽光線の有害物から守る膜というのも、破壊されているという。




水に浮かぶ氷も溶け出しているとか。



そして、その原因はなんと、地球に住む人間自身なのだというから驚きである。



兎にも角にも、消える定めにある地球を、とりあえず時間稼ぎでも繋ぎとめる為には、絶対零度の鍵がなんとしても必要なのだ。





「自分達で散々したい放題に使ってきたツケが回ってきただけじゃねーか。なんで俺らが滅び行く人間共のために毎回走りまわるんだよ。勝手に逝けっつぅんだよ」





左京が天井を見つめながら、毒吐いた。





「でも、地球が滅びちゃったら、王様は代わっちゃうんだよねぇ?」





右京はぽそりと呟く。





「おかしーよな。奴らが自滅するのに、尽力しているこっち側が責任問われるなんてよ」





やるせない気持ちを吐き出すかの如く、左京が強い口調で言った。





________________________


待機&情報収集組みの左京が姿を消した後、詰め終わった荷物を前に右京は座り込む。





「きれいな、星だったなぁ…」





鍵屋の天井に描かれた惑星と、一際目立つ地球を思い出していた。




遠い遠い何処かにあるあの星は、この世界と繋がっている。




でも、それを地球は知らない。




知らないけれど、守られている。




守られているのに、壊している。




そして、滅びるのに、道連れを必要とする。





「絶対、許さないんだから…」





今の王が大好きな右京は、地球が滅びるのをなんとしてでも食い止めたかった。



それと同時に、人間という存在が憎たらしく思える。




王がただの民に戻る時。




それは、死を意味する。




王と王に仕える者に与えられる力は、並々ならぬものであり、仕えた頃から年を取ることはない。




従がって、一度止められた時間が動き出す事は、これまでの齢をそのまま身体に受けるということ。




耐えることの出来る者は存在しない。




それゆえに、この国の王の責任は非常に重い。




空間を支配しなければならない世界は多くある。




そして、自分の生きる世界の統治もしなければならない。




裏を返せば、自国以外は空間の支配さえ成功していれば良いのだが―





「ん?」





右京はそこでふと疑問を感じ、首を傾げた。





そういえば、前回滅びた世界は、一体どんな理由で最期を迎えたのだろう。






「きっと、空間の関係なんだろうけど…」





失われた世界は、きっと自分達のことで精一杯で、




自分達の知らない所で、




誰かが自分達のために命を落としているなんてこと、



気づかなかったろう。





「人間達もそうかな…」





17歳から変わることのない、自分の手を見つめた。




王が退く時は自分も共に去ろうと決意して、明日からの旅立ちに備え睡眠を取るため立ち上がった。





白い羽毛が、一枚。




宙をふわりと舞って、音も無く、落ちた。





________________________



旅立ちの朝は、誰もがうきうきするような―




雪空だった。





「いやー、右京の門出を祝うかのような良い天気だな!」





厭味ったらしい口調の左京をギロリと睨むが、当人はそんなの慣れっこで気にもならない。




今日ばかりは、右京もそれ以上文句を言う気にもなれず、小さく溜め息を吐いて、王座の前にひざまずく。





「それでは、この右京。王のご命令により、鍵師の追跡に向かわせていただきます。」





右京がそう言うと、王は立ち上がって、右京の頭の上に手をかざした。




目を閉じて、すっと息を吸うと、細く吐き出す。





「これでどこの空気にも順応できようぞ。幸運を祈る。」





王が幾分頬を緩ませて、言葉を発する。




恐らく、微笑んだようだ。





―もしかすると、王と会うことはこれで最期になるかもしれない





目の前の少女の珍しい表情を見つめつつ、右京は嫌な予感に襲われる。





―いや、そんなことにはさせない





ぶんぶんと頭を振って、滲む視界をなんとか追っ払い、もう一度王を見つめ、そして頭を下げた。





「そんな心配しなくたって大丈夫だって!城には俺以外にも沢山居るんだし。右京の仕事もやっておいてくれるって」





へらへらとお門違いな励ましをする左京の言葉を聞き流し、右京は立ち上がる。




「では、行って参ります!」





扉の前で、もう一度勢い良くお辞儀すると、バサッという羽音と共に、右京は姿を消した。










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