六話 召喚は計画的に
「……ふぅ、ちっとやりすぎたか」
竜馬は変わり果てた魔術師を見て呟いた。
「いや死んでないし、後、二、三本は杭を打っても良かったな」
魔術師を視界から外し、竜馬は考えた。操られた女たちはどうしようかと。
あれだけ痛めつけて解けないと言ったのだから魔術師の言っていた、解けないという言葉は本当だろう。ただあの言葉から察するに解くことが不可能というわけではなさそうだ。誰かああいう魔法みたいなものに詳しい存在がいれば解けるかもしれない。
そこまで考えて竜馬の頭に一つのアイデアが浮かんだ。
「悪魔にやらせればいいか」
悪魔ならばそう言う呪いのような魔法には詳しいだろうし、悪魔とは言っていなかったが。あの魔術師が呼ぼうとしていた凄そうなやつならそのくらいわけないだろう。と竜馬は勝手に決めつけた。
「あのでかい魔方陣もあと少しで完成とか言ってたし、なんか適当にやればなんか出てくんじゃねえかな」
竜馬は魔術師に悪魔召喚の方法でもきこうかと思ったが、喋ることも動くことも出来ない有様だったのを思い出して諦めた。
悩みながらも竜馬はとりあえず大きな魔方陣に近づいてそれを眺めた。
幾何学的な図形や意味の分からない言葉が複雑に、それも何重にも書かれていた。そしてよく見れば図形を描いている線も小さな文字の集合だということが分かった。こんなものをつくるのは相当に苦労しただろうと竜馬は少しだけレイムの評価を改めた。
「漫画とかだとここでなんか呪文でも唱えれば何かしら出てくんだろうけど……、まあテキトーでいいか」
そう呟いて竜馬は右足を上げ、魔方陣の外側の円を強く踏みつけるように足を振り下ろした。
「出て来い悪魔!」
すると、竜馬が足を下した部分から光の波が立ち、それは魔方陣の線をなぞるように伝っていき、遂には魔方陣全体が輝いた。
そして、魔方陣の中心は穴が開いたかのように黒く変色していった。
その穴のような闇から、まるで水の中から浮き出るように一匹の悪魔が召喚された。
「あれ? なんかいつもと違うような……まあ、いっか。アタシを呼んだのはあなた?」
召喚された悪魔は背に生やした黒い羽根、背後でユラユラと揺れる尻尾、頭から生えた角を除けば総司と同い年かそれよりも幼い少女にしか見えなかった。
淡い桃色の肩まで伸びた髪、来ている服は服というよりも水着や下着のような布を付けているだけで、艶めかしい肢体を大きく露出しているという非常に目のやり場に困る恰好だった。
その魅惑的な肢体とは逆に背丈は竜馬より頭一つ分は小さく、幼い顔に蠱惑的な笑みを浮かべていた。それがどこか背徳的な魅力を醸し出していた。
がそれはあくまで一般的な視点で竜馬が抱いた感想は別だった。
「……うわぁ弱っそう」
「ちょっとサキュバス相手に何を求めてるのよ」
「へぇーお前がサキュバスか、実際はそんな見た目なんだな」
「何言ってるの? サキュバスは相手の理想の姿で現れるのよ。つまりこの姿があなたの考える理想の女性、欲の具現化よ」
サキュバスは空中を浮遊しながら色々と態勢を変え、自分の身体のあちこちを眺めた。
「中々良い姿じゃない。気に入ったわ」
そう言って今度は竜馬に見せつけるようにその場でくるりと一回転した。
その姿を見て竜馬は少し考える。
「お前が俺の理想かー」
「なんで残念そうに言うのよ」
「いやだって俺の理想っていじめて面白い奴ってのは見た目関係ないから除くとして、なるべく年近い方がいいけど年上か年下っていえば年下。体つきとか胸とかは色気ないよりはあった方がいいな。髪はそこまで長くなくていい。で綺麗よりは可愛いほうがいい……言ってて気づいたけど確かに俺の好みが反映されてるな」
「でしょ。てか契約するつもりなら早くしてよ」
「契約? あーそういやそういうのいるんだっけ。それって具体的に何すんの?」
「えっ? そんなことも知らないで呼んだの? よくまともに召喚出来たわね」
「まあ魔方陣書いたの俺じゃなくてあの魔術師だし」
竜馬が指を指した方向をサキュバスが見ると、杭を十数本ほど生やした人間がいた。おそらく男だろうとサキュバスは思った。
「何あれ?」
「生かしたオブジェもといクズ魔術師だ」
「ようはあなたが魔方陣を横取りしたってこと?」
「いや、ただ成り行きだな。本当はもっとすごいやつが出てくるはずだっただろうし」
その言い方にサキュバスは少しむくれたが、自分が出てきた魔方陣を見て、確かに自分のような下の上に位置する悪魔を召喚するのにここまで大層な魔方陣をしようすることはないだろうと渋々納得した。同時に召喚されてから身体に感じる違和感もこの不釣り合いな魔方陣のせいかもしれないと思った。
「で契約ってどうすんだ? 血か生贄でも捧げるのか」
「そういうのは契約後の話よ。まずは契約書出して」
「えっ、契約書?」
「そうよ。魔術教会が発行している正式契約書三枚に条件を書いて、合意したらお互いサインして仮契約完了。それぞれの控えを残してもう一枚を教会に送ったら完全に契約完了」
「何その事務的な流れ」
「昔は違ったみたいだけど、今はなんかこうビジネスライクな感じになっちゃったのよ。知能がないアタシより下の悪魔相手なら別なんだけど」
「なんだかな。夢なのに夢壊された感じだ。てかそんなもん持ってねえよ」
「知らない時点でそうなるわよね。じゃあ今回は縁がなかったってことで」
「まじで商談みたいだな」
「似たようなものよ。それじゃあね」
そう言ってサキュバスは下降し、出てきた場所へ戻ろうとしたが、サキュバスが出てきた魔方陣の光は出終わった段階でとっくに消えており、中心にあった黒い闇も消え失せ、灰色の床に戻っていた。
当然、サキュバスが触れてもその身体が沈むことはなく床に座り込むような姿勢になった。
「ちょっとこれどうなってんの?」
「なんだよ、帰るんじゃなかったのか?」
「出来ないからきいてるんでしょ!なんでもう魔方陣が消えちゃってるの。普通、仮契約が終わるか、悪魔が返るまで残ってるものなのに」
「そういやまだ完成はしてないみたいだったな」
「なんでそんな状態で呼ぼうとするのよ! あれっ、でもそれだと魔力で創られた身体が消えるはずなのに。えっ? じゃあ、もしかしてこの身体って実体?」
「よう分からんけど、帰れないなら協力してくれ」
「そういうのは契約してからの話なの」
「じゃあとりあえず口約束みたいのでいいんじゃね」
「何それ?」
「お互い条件言ってお互いが了承したら契約成立みたいな。どうせこのままだとお前どうしようもないだろ?」
「確かにそうだけど」
生物が生きるために栄養を摂るように、この世界に存在するために悪魔には悪魔なりの栄養を摂る必要があった。それはサキュバスも例外ではなく、このまま魔界にも戻れず実体でフラフラしていては消滅しかねない。本来なら悪魔が人間界で死んだとしてもそれは召喚者の魔力によって創られたもので、本体は魔界にあるので案外どうとでもなるが、今回はなぜか本体をこの世界に合う形に変換された上で召喚されたようだった。当然、死んで魔界に戻れる保証はない。
「……いいわ。正式な契約とはいえないけど」
「よし、じゃあお前から条件出していいぞ」
竜馬は意気揚々と手を叩いて言った。竜馬は竜馬なりにこのファンタジーな展開を楽しんでいるようだった。サキュバスはそんな竜馬に対して至って真面目な顔で言った。
「毎晩、あなたの夢に入って、あなたの精気をもらうわ」
「生気か。そこは悪魔らしいな。にしても夢のまた夢に入るのか」
「んっ、夢のまた夢? それになんか誤変換があったように聞こえたけどまあいいや。あなたの条件は?」
「さっきも言ったけど俺に協力しろ。それだけだ」
「そんな甘い条件でいいの?」
「ああ、いいよ。俺はお前の条件を受け入れる。お前は今の条件で契約するか?」
「ええ、契約するわ」
どうせ口約束だし、どんな条件でもまずくなったら反故にすればいい。そう思ってサキュバスは言葉を発した。
しかし、言葉を言い終わった瞬間、淡い光が二人の身体を包み、竜馬は経験したことがない不思議な感覚に襲われた。その感覚をサキュバスは仮契約時のものと似ていると感じた。ただそれよりもより強く異質な感覚だった。
竜馬の場合、この世界に来てからの一連の行動により、なんだかんだで疲弊していた身体が活力を取り戻し、二日間ぐらいなら延々と全力疾走を続けられそうな気分になった。
サキュバスも似たような効果を感じていた。力が湧き、魔力がみなぎる。それを契約による能力の底上げだと理解したサキュバスは困惑した。
口約束が本当の契約になったのだ。それも今までからは考えられないほどの力の増大だった。精気を吸うことによる供給もいらないのではないかと思えるほどに。
「なんか急に強くなったような気分だ。レベルアップってこんな感じなんだろうな」
「アタシもこんなの初めて。今なら中級ぐらいの悪魔なら勝てるかも」
光が消え失せると二人はそれぞれ驚きながら感想を漏らした。
「てか何が起こったんだ?」
「たぶん契約が成立したんだと思う。なんか違う気もするけど」
「契約ねえ」
「うん。でも契約で強くなるのは悪魔の方だけだった気がするんだけど」
「うーん、じゃあやっぱさっき言ってた正式な契約じゃないってことか」
首を傾げる竜馬は再び身体のあちこちを確認するような仕草を見せるサキュバスのある部分に目を止めた。
それは先ほどからゆらゆらふりふりと揺れる黒い尻尾っだった。
「なあ、ちょっと後ろ向いてくんない?」
「何? 女の子のお尻が好きなの?」
サキュバスは悪戯な笑みを浮かべてくるりと背を向け、空中でポーズをとるように上半身を捻り、形の良い尻を竜馬の方へ突き出した。
ただ竜馬の目は揺れる猫じゃらしを猫のように尻尾へと向けられていた。
竜馬が改めて観察すると尻尾の先は矢じりかハートマークのようになっているのが分かった。
「そんなに熱心に見つめられると感じちゃうわ」
そう言ってサキュバスが小さく笑うと、竜馬は何気なくその尻尾を掴んだ。
「あ、ちょっと尻尾離して! 引っ張らないで!」
竜馬が触った尻尾の感触はまるで蛇のように滑らかでひんやりとしていた。中々良い触り心地だと感じた竜馬は撫でるように尻尾に指を滑らせた。
「ダメぇ! そんな風にしたら、お、おかしくなっちゃうぅ~~~っ!」