二話 異世界交流
複雑にウェーブがかかっていながらも腰の辺りまで伸びる長い髪。それよりも目を引くのがその色。血のように紅く、ルビーのように鮮やかな輝きを放っている。
黒を基調としたドレスはやたら露出が多く、貴金属のような装飾品も身に着けていたが、それでも透き通るような白い肌が惜しげもなく晒されていた。
そして、背中からは蝙蝠か悪魔のような翼を生やし、頭部にも小さな翼が一対生えていた。口元からは人間に比べて少し長く鋭い犬歯が見え、爪も人のそれとは比べ物にならないほど長く鋭かった。
背は総司と同じか少し高いぐらいだろうか。振る舞いは不遜で大人びているものの顔立ちには若干幼さを残していた。
薄暗い牢屋の中、それら全ての要素が合わさりその姿は妖艶で美しかった。
その吸血鬼は総司の足もとにある千切れた鎖を見て不敵な笑みを浮かべた。
「それにしても自力でその鎖を壊すとは中々活きのいい。とても兵には見えぬ体躯というのにたいしたものじゃ」
「それはどうも。先ほどの言葉から察するに自分はどこかで行き倒れでもしてたんですか?」
「いかにも。妾が自らの手で倒れておったお主をここまで運んできたのじゃ」
「それは有難うございます。助かりました。外で寝てたら風邪を引いちゃうんで」
「礼を言うならもう少し丁寧に頭を下げたらどうじゃ?」
総司の目を見据えて吸血鬼は言った。
「それが、手枷が邪魔でうまく体を動かせなくて、外してくれたりしませんかね」
冗談を言うように笑いながら総司は吸血鬼の視線から目を逸らさずに言った。
その様子を見て吸血鬼は笑みを広げた。
「それは今から出す問いの答えによるの」
「答えられることならなんでも答えますよ」
総司もそう答えて笑みを作り、その笑みの裏で必死に考えを巡らせていた。
これはまずいな。見るからにファンタジーの住人なのはひとまず置いておくとして、相手の纏う雰囲気というか威圧感が半端ない。間違いなく上位とか格の高い存在だ。質問の返答次第では何をされるか分かったものじゃない。
なんとか逃げ延びたいけど、影から登場されたせいで、鉄格子には鍵がかかったままだ。外れた鎖みたいに何度か蹴りを加えれば開くかもしれないが、それでは不意を突いて横をすり抜ける程度じゃ全く時間が足りないだろう。
やるならば竜馬がいつもやるように相手を先手必勝で再起不能にするしかない。
幸い、おそらくここでは一番もしくはある程度偉いであろう存在が部下も連れずに直接会いに来たということはよほど人手不足か、自分がある程度相手からみて価値がある可能性を持っているということだろう。まあ一番可能性が高いのは自分の強さに自信がある場合なんだけど。
それでも、一対一ならまだなんとかなるかもしれない。
まあ相手に無能が一人でもいた方が楽だったんだけど、ここはとりあえず慎重に質問に答えるしかない。
と総司は心の内で溜息を吐いた。
「それではまず、なぜ妾の領地に入った?」
最初の質問から総司は非常に焦った。
まず、自分がどこにいたかも分からないのだ。かといってただ単に覚えてないですと言うのは非常に怪しい。信じてもらえる気がしない。
てか領地ってなんだ? どこだ? 訳が分からない。とはいえ黙っているわけにもいかない。こういうのは黙っている時間が長ければ長いほど説得力がなくなっていくものだ。
さて、一体どう答えたものかと総司は思案した。
「自分は日本という国の東京という地方に住んでいるんですが・・・」
「ん? ニホン? トーキョ?」
すぐさま疑問を口に出す相手に総司は一先ず胸をなで下ろした。
訳わからんことを言うなとか言われて、問答無用でなにかの容疑者にされるような事態は避けなければならない。総司は気持ちを落着けさせつつ言葉を紡いだ。
「あれ?一応世界でも先進国って言われている国で、その国の中で一番有名な街なんですけど、知らないですか?」
「うむ、知らん。聞いたこともないわ」
ああ、やっぱりここは日本じゃないとか以前に地球じゃないな。やはり夢かもしれないと思ったが今は夢とか考えている場合じゃないとその考えを頭の隅に追いやった。
ともかく、この世界がどういう世界なのかを知っておきたい。竜馬はさらに話を続けた。
「侍とか刀とかの発祥の地なんですけど」
「カタナというのは知っておるぞ。サムライとやらは知らんが」
「その刀って武器ですよね?切れ味の鋭い」
「そんなこと当たり前じゃろ。まあ切れ味についてはナマクラから業物まであるじゃろうが」
「じゃあ鎧兜ってありますか? 侍っていう兵隊が戦うときに着るものです」
「鎧と言うと騎士連中が着込んでおるあれか?」
「騎士? 騎士って百年ぐらい前に滅んだんじゃ、まあ侍も滅びましたけど」
「待てい! 百年前に騎士が滅んだ? 何をいうとるんじゃお主は? 騎士がいなければお主等が大事にしておる国とやらを誰が守るんじゃ?」
「そりゃあ最新の機械ですよ。戦闘機に戦艦、ミサイルにライフル。こっちの世界じゃ最近無人で戦ったりしますよ」
「ん? こっちの世界? いやそもそもキカイ? セン何とかにミサ・・、って知らん言葉を連発するでないわ!」
「あっすみません。えーと一から説明すると……、てまずはこの世界がどうなっているか知らないと説明出来ないんでちょっと質問に答えてください」
「しょうがないのう」
「電気って知ってますか?」
「デンキ?」
「雷とかサンダーの類なんですけど……」
などといつの間にか質問する側とされる側の立場が入れ替わっていた。
それから二人は小一時間ほど問答を繰り返した。
「・・・うーん、なるほどの。別世界の住人だったというわけか」
吸血鬼は何か納得したように頷いた。
「あまり驚かないですね」
「まあ妾も元々は別の世界におったからの」
「え? じゃあなにかしらの出来事があってここに来たんですか?」
「そうじゃな。数十年は前のことじゃが、結局ここへ来た原因は分からなかったの」
「異世界の住人が来るってよくあることなんですか?」
「そう毎日あることではない。第一お主の言うことを全て信じたわけではないぞ。お主が妄想でそんなものを語っておるのかもしれんし、大体なんじゃキカイって結局分からんわ」
「そう言われても電気の力で動く、あらゆる種類の金属などで出来た部品の寄せ集めぐらいしか自分じゃ説明出来ないし。何か実物があれば……」
そう言って総司は自分が携帯電話を携帯していたことを思い出した。もし壊れていないならば電話は繋がらなくとも動くはずだ。
「証拠って言ったら変ですけど、僕のズボンの右ポケットの中にその機械が入ってます。この手枷外してくれれば取り出せるんですけど」
「ほう、それなら妾が取ってやろう。お主が妾に危害を加えないという保証はないからのう」
総司の期待は外れ、吸血鬼は総司に近づくと総司の右ポケットの中をまさぐり始めた。
「ちょっ! どこ触ってるんですか!」
「うるさいのう。そう動くでない」
吸血鬼は片方の手を総司のポケットに突っ込み、もう片方の手で総司の体に腕を回すようにして動きを抑え込んだ。そうすれば当然彼女の持つ豊かな胸が総司に密着することになる。
「いや、えっ、待っ、てか爪が刺さって痛い! というかこれセクハラだって!」
牢屋に総司の悲鳴が響いた。
たっぷり時間をかけて吸血鬼は携帯電話なるものを取り出すとそれをしげしげと眺めた。
その様子を総司は吸血鬼から距離をとるように四隅、鉄格子の扉がある方へ避難して見つめていた。
「で、これをどうするんじゃ?」
「それは今時珍しく開くタイプなんで、今は二つ折になっている状態です。開けば動きますよ」
総司が言うと吸血鬼は恐る恐る携帯電話を開いた。
「おおっ!何やら光っとるぞ!」
吸血鬼が携帯のバックライトに驚いている。それを見て総司は携帯電話に目が奪われている今ならばいけるかもしれない。
そんな考えが浮かんだ途端、携帯電話が鳴りだした。
「うひぅ!」
吸血鬼は可笑しな声を上げて携帯を床に落とした。
「おい!なんか震えて鳴いておる! ど、どうすれば……」
「たぶん電話です。ちょっと画面を見せてください」
「ガメン?」
「あーめんどくさいなあ。さっき光ってた部分です」
総司が言うと吸血鬼はなにやら文句を言ったものの携帯電話を拾い上げ総司に見せた。
着信画面に映っているのは竜馬の二文字。
総司はこの世界にも電波があるのか? と疑問に思ったが、とりあえず電話に出てから考えることにした。
「ちょっとそれ一度返してください。てかこの手枷外してください」
「それは出来んとさっき言ったじゃろうが」
「いいから早く、早くしない電話切れちゃうんで」
「うーむ、全くしょうがないのう」
そう言って吸血鬼が差し出された手枷の真ん中を指でなぞった。すると魔法でも使ったのか手枷は真っ二つに切れ、総司の腕から外れた。
「有難うございます」
そう言って総司は携帯電話を受け取り、着信ボタンを押して電話に出た。
「…………」
なんの音も聞こえない。どうやらもう切られてしまったようだ。
「相変わらず気の短い」
総司が画面をみるとすでにホーム画面に戻っており、不在着信が表示されていた。念のため確認すると間違いなく竜馬からの着信だった。しかし、電波は圏外になっている。念のため竜馬に電話をかけてみたがそれが繋がることはなかった。
今の着信は一体なんだったのだろう?
総司は目の前で説明を心待ちにしている吸血鬼をしり目に首を傾げた。
その男の名はレイムといった。
魔法に溢れるこの世界で彼の力は秀才であっても天才ではなかった。
魔術学校に通い、魔術を学んだものの彼の望む技術を彼がものにすることはできなかった。彼は火の玉を飛ばすなど基本的な魔術は使うことが出来たし、時間をかければガーゴイルやゴーレムを作ることもできた。しかし、天使や悪魔、精霊を召喚する才能はなく、出来て下級の中でも下のアピスという蝙蝠のような悪魔を呼ぶのが限界だった。
それでは彼の目的を達成できなかった。彼は在学中にある理論を立てた。その理論によれば魔界とは違う異世界に住む、より強大な神魔霊獣を呼ぶことが出来る。その理論を完成させた時、彼の胸は高鳴った。しかし、誰もその理論を認めることはなく彼を嗤った。彼は自分の理論を証明するために禁を破り、指名手配されるようにまでなった。
しかし、それもようやく終わる。
そんな時だった。
侵入者を告げる警報にレイムはアピス、ガーゴイル、そして彼が誇る最強のゴレームを迎撃に出した。それ以外にも魔術的なものからそうでないものまで多数のトラップを仕掛けていた。だから例え、王国の騎士団が攻めてきたとしても召喚を終えるだけの時間を稼ぐ自身があった。
しかし、唐突に背後の扉が轟音と共に開け放たれた。
彼の目に映ったのは見慣れぬ服装の少年、そしてその背後にあるバラバラに解体された自分のゴーレムだった。
「いやいや中々楽しいアトラクションだったぜ、クズ野郎」
「そんなバカな!私のゴーレムを倒すなど」
狼狽する魔術師レイムをよそに竜馬は話を続ける。
「そう、最後のゴーレムだけは面倒だったわ、しぶてえし、一発くらっちまったし、夢だったはずなのに痛えしよ。俺さ、相手を痛めつけるのは好きだけど自分が痛いのは嫌いでさ。痛いとイライラしてくるんだよな。あれをバラバラにしてみたけどなんかスッキリしねえし」
「は?夢?一体何を言って・・・」
竜馬はレイムの言葉には全く耳を貸さない。
「むしろあれを殴れば殴るほど手が痛くてイタクテ。ああ、やっぱり駄目なんだって気づいたね。やっぱ殴るなら人間じゃねえと」
竜馬の口が裂けるように笑みを作り、レイムが言葉の意味を頭で理解する前に、体がその意味を思い知ることになった。
結局、これは夢ではなかったのだが、レイムにとって竜馬は悪夢そのものだった。




