第一章 一話 夢か現か異世界
それは竜馬にとって唐突な出会いだった。
目が合うと両者ともに動きを止めた。それは一瞬の出来事だったが竜馬にとっては十秒にも一分にも感じられた。まるで時間が停止したかのようだった。
相手の瞳に映る自分の姿、その自分を見て随分間の抜けた顔をしていると竜馬は思った。そして自分の瞳に映る相手の姿。それを一言で表すなら花だった。南国に咲く花、ただ波風で揺れるような弱々しさはまるでなかった。
というのもその花がラフレシアばりに大きかったからだ。そんな大きな花弁を鬣のように首回りから生やしており、頭部は鰐のように細長く、口には鋭く尖った牙が並んでいた。首から下も鰐ようだったが前足、後ろ足共に鰐とは思えないほど長かった。そんな不思議生物と竜馬は目を合わせたまま固まっていた。
時が動くと同時に不思議生物は口を大きく開き、竜馬に向かって突進を始めた。
竜馬は竜馬で不思議生物が口を開くようなしぐさを見せた途端、迷うことなく相手に背を向け、脱兎の如く駆けだした。いかに喧嘩慣れしているとはいってもさすがに規格外だった。
「なんだあれ?新種のUMAか! いやUMAって全部新種みたいなもんか」
そんなことを叫び、全力疾走しながら竜馬は考えた。
いや待てよ。さすがにこれは夢だろう。
日々の生活じゃ物足りない自分自身がこんな非現実的な夢を見せているに違いない。
第一いくら自分の運動神経が良いとはいっても野生動物相手にいまだに逃げ続けられているはずがない。
そして、これが夢だというならばあんな珍獣一匹恐れることはないのではないかと。
竜馬は足に力を込めると思いっきり地面を蹴り、上へ跳んだ。そして、木の枝に手を伸ばし、掴み、そのまま逆上がりをするように一回転した。竜馬を追いかけていた生物は竜馬を捉えることが出来ず、竜馬の下を通り過ぎる。その背中に向かって竜馬は枝を蹴り、ダイブすると共に飛び蹴りをお見舞いした。
「俺の夢で好き勝手やってんじゃねえ!」
現実ではありえないほどのスピードと威力を発揮した蹴りを受けた生物は鈍い轟音と共に背中をくの字に曲げて地面に倒れ伏した。
その脇に竜馬は鮮やかに着地する。
「うん、やっぱこれ夢だわ。にしてもイメージ通り十点満点で決まったな」
清々しい顔で竜馬は言った。
そして倒れた奇妙な生物に目を向け、観察してみる。がしかし、近くにいると首周りにある巨大な花から独特の異臭が漂ってくる。この匂いで他の生き物をおびき寄せるのだろうかなどと考え、竜馬は顔をしかめながら早々に謎の生物から離れた。
にしてもこんなリアルで面白い夢は中々お目にかかれないし、せっかくだから精一杯楽しもう。
竜馬が心に決めると森の先に三日月の上半分みたいな形の物が地面から出ているという妙な建物が見え、そこに見るからに怪しい男が入っていくのを見て竜馬は笑みを浮かべた。
建物の中へ入るといきなり下へ続く階段になっていた。
竜馬は特に気を付けようとも思わず、階段を下りていった。すると天井に潜んでいた蝙蝠のような、それもカラスほどの大きさをしたものが何匹も襲いかかってきた。竜馬はそれを意気揚々と一匹ずつ片手で捉え、握り潰し、あるいはまとめて蹴り落とし、またあるいは羽をちぎっては別の蝙蝠目がけて投げつけ、蹴りつけた。
蝙蝠をすべて倒し終えて先に進むと、落とし穴のようなトラップから落ちてくる天井(ニードル付き)、果ては石像ガーゴイルまでもが出てきた。
ただそれら全てを夢だと思い、自分の思い通りにできると思っている竜馬の前ではガーゴイルでさえ粉々に砕け散った。
そんなこんなで竜馬が怪しいと感じた人物が命を削って召喚した下級悪魔や丹精込めてつくったトラップなどリアルな血と努力と汗の結晶をものともせず、力技で突破していったのであった。
そして、そのガーゴイルが守っていたであろう扉を開けると、そこはまるで映画にでも出てきそうなほど古風な牢屋だった。
総司が再び目を開けると、石造りの天井が見えた。そして見渡せば先ほどと代わり映えしない、殺風景な牢屋の中。
つまりこれは夢じゃないってことなのだろうか? と総司は疑問に思う。
ひとまず総司は体をよじって何とか立ち上がり、手を伸ばして大きく伸びをしようとしたが、手枷のせいでうまく出来なかった。
手枷はもちろん、音を立てる鎖も鬱陶しかった。
ふと思いつき、夢かどうかを確かめるという意味も込めて、力強く鎖を踏みつけた。途端に激しい金属音が牢屋内に木霊した。
明らかに現実世界での法則を無視した威力だった。
普通ならここで夢と判断する所だが、鎖を踏みつけついでにぐねった足の痛みは現実そのもので、法外な威力に呼応するように痛みも度を越えていた。
「痛っあぁぁ~~~!」
これは夢だと思って下手な行動をとらない方が良さそうだと、総司は痛感した。しかし、鎖を踏みつけて得たものは痛みだけではなかった。
鎖が少し千切れそうになっていた。後、数回踏みつければ外れそうなぐらいには。
総司は痛めた右足が多少回復したのを見計らって、今度はしっかり態勢を整え、狙いを定めてから再び鎖を踏みつけた。それを四回ほど繰り返すと見事鎖を外すことに成功した。石の床もひび割れたたがそんなことは気にしない。
待ちかねたように両手を伸ばして背伸びをするとあらゆる箇所が音を立てた。
このぶんならこの手枷も外せそうだし、鉄格子も壊すことが出来るかもしれない。それでなんとか外に出れたなら竜馬を探してみようか。
総司がそんなことを考えた矢先、不意に声をかけられた。
「五月蠅いと思えば、ようやく目を覚ましたか」
総司が慌てて辺りを見渡すが誰の姿も視界に捉えることができない。
そんな総司を見てか声の主は笑い声を上げた。
「クククッ、ここじゃ、ここ。ほれ、お主の目の前じゃ」
言われて総司が前を向くがやはり誰もいない。
そう思った瞬間、総司の足元から前に向かって存在する影、その影が突然伸びた。いや浮かび上がった。
それは人の形になり、瞬く間に美しい女の姿になった。そして、最後には蝙蝠のような翼を生やした。
「戯れに拾ってみたが、中々に面白そうな人間じゃな。お主」
そう言って鋭く尖った犬歯と爪を見せつけながら、吸血鬼の女王は笑みを浮かべた。




