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十六話 足を引く過去

「この身は貴方の血。たとえ生きる世界が違くとも、我が魂は永遠といえる時を貴方と共に」


 その誓いの言葉を最初に聞いた時、ニカは笑った。

 次にその誓いの言葉を聞いたとき、ニカは涙を流した。

 二度目の誓いの後、男はニカの世界から姿を消した。

 その時のニカは姫で、男は騎士だった。

 共に過ごした日々も、その男の姿も、何気ない会話も、肌の感触も、髪の匂いも。

 心に刻み込み、永遠に忘れ去ることはないと思っていた記憶は気の遠くなるような年月を経て、朽ちるように曖昧になっていった。

 覚えているのはその誓いの言葉と男の血の味、そして男が常々言っていた、いつかまた未来で会えるという言葉だけだった。

 いつかまた未来で会える。

 それこそニカが永遠を生きる理由であり、希望だった。

 どれだけの時が流れようとその男を想う心だけは変わらなかった。

 否、変わらないどころか、時を経る毎により強くなっていった。

 時には狂ってしまいそうなほどに。

 ただそれも時が経つことで落ち着き、今はただ会える日が来るのを静かに待つだけだった。

 

 

 そんな夢からニカは目を覚ました。

 気だるそうに上半身を起こし、夢の余韻に浸った。

 総司が来てからというもの昔のことをよく思い出すようになったとニカは思った。

 人と話すようになったからだろうか。そういえば別れたばかりの時は男の夢ばかりを見ていた気がする。それにしても久々に夢を見た。

 全く数百年と生きたというのに恋する乙女のようだとニカは苦笑した。

 そこでまるでタイミングを見計らったかのように総司がティーセットと共に入ってきた。このように総司が来てからというもの寝起きに総司が選んだ紅茶かコーヒーを飲むのが日課になった。まるで姫として暮らしていた頃のようだ。だから昔を思い出すのかも知れないとニカは考えながら紅茶を口に含んだ。


「全く、よくもまあ毎回妾の目が覚めた所で来れるのう。部屋の前で待っておるのか?」

「そんな、ただの偶然ですよ。むしろよくもまあタイミング良く起きれますね」

「うむ、匂いで起きるのかの?」

「確かにそれはあるかもしれないですね。紅茶の香りで起きるってなんか貴族らしいというか」

「いやお主の血の匂いじゃな」

「そっちですか!」

「紅茶の後は朝食を貰うとするかの」

「……普通に食べ物の方でいいんですよね?」


 冷や汗をかきながら言う総司にニカは意地の悪い笑みを浮かべた。


「さて、どうじゃろう? そもそも食べ物の定義から決めねばのう」

「僕は食べ物じゃないですよ。まあ、献血と思えばどうってことないですけど」

「献血とな?」

「献上する血液で献血です」

「まるで生贄じゃな」

「そうかもしれないけど違います。献血は血が足りない人とか、誰かを助けるためのものなんで。まあ実際に血液を入れる場合は輸血って言いますけど」

「なるほどのう」


 頷き、ニカは残った紅茶を飲み干した。


「さてどちらにするか本当に迷うのう」

「仕事があるんで出来れば献血は避けたいんですが」

「そうじゃのう。城の管理だけでも手間じゃろうしの」

「僕もニカさんみたいに分身できればいいんですけど。この際、村から人を連れてくるっていうのはどうですか?」

「それはない」


 ニカは強く言い切った。


「妾はお主に興味が湧き、ある程度信用しておるからこうして傍に置いておる。故に他の人間をここに置く気はない」

「その言葉自体は嬉しいんですけど、さすがに炊事、洗濯、家事全般から手に入れた村の管理まで全部を一人でこなすのは厳しいですって」

「一理あるの」

「……一理だけですか。ちなみにニカさんが手伝ってくれたりは……」

「せん」

「ですよね」


 予想していたものの清々しいほどの即答に総司は了承するほかなかった。

 とはいえこのままじゃ過労で倒れるかもしれないなと総司は頭を悩ませた。

 今現在、近くにある二つの村を総司とニカは支配していた。支配と言っても定期的に食料を貰うだけだが、その見返りとしてニカの分身を村の用心棒として置いていた。

 その分身はピアノエルの街にいた貴族とその部下である騎士達の血から創られており、二十人余りから作られた分身二人は用心棒として十分すぎるほどの強さを誇っていた。

 さらに本来は情報収集の役割もあるのだが、如何せんニカにやる気がないので情報収集は総司が自分の目と耳と足を使って行っていた。

 家事全般と村の管理、特に昨日は別の騎士団から訪問があったという。どうにも雲行きが怪しい。ただニカの辞書に危機感の文字はなく、総司の食事を食べるか、話を聞くか、寝るか、そしてたまに気晴らしとして空を散歩するという自堕落な生活をしていた。

 全てはニカが持つヴァンパイアクイーンとしての能力と自信によるもので、いざという時はこの上なく頼もしい彼女も事件を未然に防ぐという点では全く頼りにならなかった。

 ティーセットを片づけつつ、心の中で頭を抱える総司だったがニカがふと怪訝な表情を浮かべた。


「どうしたんですか?」

「何かがこの城に近づいておるようじゃ」

「何かってどういう存在ですか?」

「詳しいことは分からんが大小様々な群れが荒野を移動しておるようじゃの。人のような形もいくつか混ざっておる」

「うーん。それだけだとなんともいえないですね。気になりますけど」

「しようがないのう。食事を済ませたら確認するとしよう」

「食事優先なんですね」

「当然じゃ」

「分かりました。準備は出来ていますので」

「相変わらず段取りがよいのう」

「いえいえそうでもないですよ」


 総司は笑顔で答え、その言葉にニカは満足気に頷いて立ち上がった。そして、その首筋に牙を立てた。





「素の状態で噛まれると普通に痛いんですけど」

「お主が心の準備が出来てるというからじゃ」

「いや出来ていたのは食事の準備です」

「同じことじゃろ」

「全然違います」


 そんなやり取りを交わす総司とニカは夜明けの白み始めた空を移動していた。例のごとく総司は吊るされている状態である。


「これは貧血で倒れるかも……」

「その時は献血だか輸血をするゆえ安心せい」

「ちなみに合わない血を入れるとへたしたら死んじゃうって知ってますか?」

「知らん。だがまあ大丈夫じゃろ」

「その根拠は?」

「妾の血を入れればヴァンパイアとなって甦るからじゃ」

「それって一度死んでないですか? というかそういう仕組みだったんですね。遠慮します」

「賢明な判断じゃな。呪いを中途半端に受け継いだところで良いことなどない。中途半端な不死ほど見苦しいものはないからのう」

「ヴァンパイアも色々と大変そうですね」

「まあの。……ん? 見つけたぞ」


 ニカの言葉に総司が下を見下ろすと異様な集団がそこにあった。

 色取り取り、大小様々、形も色々、ぬいぐるみのように柔らかそうなものからアンティークドールのように堅そうなものまで揃った人形達の群れ、その中心には人形のように精巧で繊細な印象を与える銀糸の髪に白磁の肌を持つ少女がいた。

 それは間違いなくレイアだった。

 ニカが目の前に舞い降りるとレイアは敵意の籠った目でニカを見上げたがすぐに無表情になった。


「お前は何者じゃ? ここから先は妾の城しかないないぞ。理由次第によっては……」

「その前に僕を下ろしてくれませんか? 恰好がつかないってレベルじゃないんですけど」


 依然吊るされた状態で抗議する総司をニカは呆れた様子で溜息を吐いて、そのまま地面に落とした。


「グフッ!」


 降下していたため、大した高さではなかったもののそのまま地面に激突した総司は悲鳴を上げた。

 それでもすぐに立ち上がり、服に着いた土を払った。


「……もうちょっと優しく落としてくれても良かったんじゃ」

「妾の発言を邪魔した罰じゃ」


 ニカは総司の隣に降り立ち、血の翼をしまった。


「邪魔したつもりはなかったんですけど……」


 総司はレイアに目を向けた。


「うーん、今はともかくさっきは敵意の籠った眼でニカさんを見てたけど……」

「そうじゃったかの?」

「どんだけ疎いんですか。まあ強いからこその余裕でしょうけど」

「そうじゃな。不死故に暗殺の心配もないしの」


 じゃあなぜ自分は牢に入れられてたのだろうと思い、総司は溜息を吐いた。


「……それで君はニカさんになにか用があるのかな?」


 レイアは黙って総司を見つめた。総司にはその眼から先ほどのような敵意は感じることができなかった。


「応えよ」


 ニカさんが強く言ってようやくレイアは口を開いた。


「……あなたにはない」

「じゃあまさか僕?」

「違う」

「となるとニカさんを誰かと間違えたとか?」


 レイアはゆっくりと頷いた。


「しかし妾と誰かを間違えることなどあるのかのう?」

「なんでですか?」

「妾のような存在は早々おらん」

「確かに見た目的にも性格的にも能力的にも早々いませんよね」

「……翼」

「翼?」

「あの男も悪魔のような翼を生やしていた」

「悪魔とは失敬じゃのう」

「じゃあニカさんみたいな翼を生やした男がいると」

「よく見れば結構違った。赤くなかったし」

「……なんじゃ、では奴ではないか」

「奴?」

「古い知り合いじゃ。ほとんど覚えとらんが」

「なるほど、でその男を探してると」


 レイアは再び頷いた。


「それも大分嫌ってるみたいだね」


 少し間を置いてレイアは呟くように小さく言った。確かな敵意と殺意を込めて。


「……お父さんの仇だから」


 その言葉に総司とニカは黙った。


「そいつがこっちの方角に逃げたから追いかけた」

「でもこの辺りには他の人間なんていませんよね、ニカさん?」

「そうじゃな。ヒト型なのはその娘だけじゃ」

「本当に?」

「妾は嘘などつかん」

「じゃあどこに?」

「うーん、勘だけどこっちの方角へ逃げるフリして別の方角に逃げたんじゃないかな?」

「そんな……」

「その男の人とどれぐらい前に会った?」

「……日が沈む少し前に」

「じゃあ大体半日経ってるのか」

「うむ、もしその男が夜間は行動していないならばまだ見つけられるかもしれんのう」

「たしかにニカさんなら分身飛ばせば出来るかもしれませんけど」

「けどなんじゃ?」

「いや自分から人を助けようなんて意外だなと」

「弱者を助けるのは強者にしか出来んとお主が言うたのじゃろう」

「あれはあくまでそういう選択肢が増えるって話です」

「まあよいじゃろう。暇じゃし」

「それが本音ですか」

「さて妾がお前を助けてやろう。その代わりにお前の話を聞かせてもらう。どうじゃ?」


 レイアはしばらく無表情で停止していたが頷いた。


「分かりました」

「良かろう。では城に戻り、総司の料理でも味わいながら話を聞くとするかの。……人形が命を持った経緯をの」


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