十五話 夢の国へようこそ
今までにないほど清々しい気分で竜馬は目を覚ました。
「いやーなんかすげえ夢見たような気がするな」
サッキュンが言っていた良い夢のおかげだろうか。生気盗られた割に全然疲れた気がしないな。これなら別に毎晩生気盗られてもいいような気がすると竜馬は思った。
相変わらず自分の横にミエナが寝ているのを確認したところでサッキュンが自分の頭の中にいないことに竜馬は気付いた。
身体を起こして辺りを見渡した。テントの中は暗く、まだ夜が明けていないようだった。そして、テントの隅でうずくまるサッキュンの姿を見つけた。なんというかどんよりした暗いオーラを身に纏っていた。
「なにやってんの?」
竜馬が声をかけるとサッキュンはビクリと肩を震わせたが何も答えなかった。
仕方なく竜馬は立ち上がりサッキュンに近づいた。
「どうしたんだよ? そんなとこで」
「……」
「答えろよ」
「……なんでもないです」
「なんで敬語なん?」
その言葉にサッキュンは飛び上がり、涙目で竜馬を睨みつけた。
「あなた……様、のせいで……す」
「まるで敬語で様を付けなきゃならない呪いみたいだな」
サッキュンは唇を噛み締めるようにして押し黙った。
「あれ? まさかあれって夢じゃなかったのか? いや夢だけどお前にとっては現実なんだっけ?」
「……あなた様と違ってあたしは実体で夢の中に入るんです」
「じゃあ夢でお前をバラッバラにした時、実際にお前もバラッバラになってたのか?」
竜馬の言葉にサッキュンは頷いた。そして思い出したのか身を震わせて涙を流した。
「そうか、となると、えーと、とりあえず様は付けなくていいし、敬語じゃなくていいぞ。てか好きなように喋っていいぞ」
竜馬が言い終わると栓が外れたようにサッキュンの口から暴言が飛び出した。
「馬鹿! 鬼! 悪魔! 人でなし! 変態! あなたなんて、あなたなんて、キライ! 嫌い! 大っ嫌い! 死ね! 死んじゃえ! うっ、ううぅ……」
涙声の罵倒の末、途中から本格的に泣き出したサッキュンに竜馬はどうしようもなく焦った。
なるべく仲間には手を出さないとか言っておいて、あんなことをしたとあってはさすがに具合が悪いと竜馬は思った。
「あー、まあさすがに悪かった。すまん、いやむしろホントに有難う。今までで一番満足したわ。うん、たしかにお前は俺の理想の女だったよ」
「……」
「そうだそうだ。最初に決めた契約内容に戻そう。でもってもう二度と契約内容は変えない。これで安心だろ?」
竜馬が言うと、二人の中で枷が外れるような音がした。契約が再び更新されたのだ。
「……もうあんなことしない?」
「ああ、しない」
「じゃあそれも契約にいれてよ。もうアタシにひどいことしないって」
「分かった。もうお前に夢でしたようなことはしない。契約に追加する」
が何も起きない。二人の間に沈黙が流れる。
「あり?」
「あり? じゃないわよ! 何で更新されないの。さっきまでは出来てたのに」
「あっ、もしかしてさっきもう二度と契約内容を変えないって言ったからか?」
「そ、そんな……、騙された!」
「いや騙してねえよ。俺も今気づいたんだよ」
「うぅ、これから毎晩あんなことされちゃうんだ」
頭を垂れながらサッキュンは地面に落ち、手をついた。
「だからもうしねえって、口約束で申し訳ないけどよ」
「あなたの言うことは信じられない」
サッキュンの言葉を聞いて、竜馬は彼女を抱きしめてみた。
「離して!」
サッキュンの抵抗にあい、竜馬はすぐ離れた。
「いきなり何するのよ!」
「言うことが信じられないって言うから態度で示そうかと。にしても随分嫌われたもんだな」
「当たり前でしょ」
どうしたものかと竜馬は頭を捻った。
よくよく考えればサッキュンに欲を解放されない限りああはならないと思うが、今のサッキュンにそんなことを言っても機嫌は直らないだろう。
色々と考えた末、一つの案が思い浮かんだ。
「そうだ! 良い夢を見せてやるよ」
「良い夢って、何言ってんの?」
「まだ朝じゃないみたいだし、夢で俺の世界を再現して、案内してやるよ。いやさ、俺の世界に夢の国と呼ばれる場所があるんだけどさ。行ったことないやつはかなり楽しめると思うぞ」
「夢の国?」
「そう夢にぴったりだろ?」
少しは興味が湧いたのかサッキュンは竜馬の言葉を頭から否定するのではなく、黙って考えるような仕草を見せた。
「絶対にお前にひどいことしないし、てかお前が俺に術をかけなきゃ暴走もしないから大丈夫だって。謝罪とお礼も兼ねてんだしよ」
「……分かった」
「じゃ決まりだな」
数分後、夢の中で二人は夢の国と呼ばれる遊園地の前に立っていた。
観覧者やジェットコースターなど、サッキュンにとってはどれも初めて見るものだった。
目の前の景色に目を丸くするサッキュンに竜馬はお決まりのセリフを言った。
「夢の国へようこそ」
そうして夢の中の夢の国を一通り堪能した竜馬とサッキュンはベンチに腰かけていた。
「どうよ、感想は?」
明るく言う竜馬に対し、サッキュンの顔は冴えない。が合体の結果そこそこ楽しんでいたであろうことを竜馬はなんとなく感じていた。
「俺のことは抜きで考えたらどうだ?」
「最初からここだったらすごい楽しかったのに……というかもっと楽しめたんだろうな」
「多かれ少なかれ楽しめたなら良かったわ。まっ、人を楽しませるための場所だから当然といえば当然だけどな。あっ、お前は悪魔だったな」
「……」
「まだ機嫌は直らないか?」
「当たり前でしょ。こんなので許すと思ったら大間違いよ」
「今だから言うけどよ。ぶっちゃけあれは半分お前のせいだろ」
「は? 何言ってんの? 完全にあなたが悪いでしょ」
「でもお前の術がなきゃ、ああはならなかっただろ」
「それは……そうかもしれないけど」
「まっ、俺には他人にどうこう言う資格はないわな」
竜馬はそう言ってあるお菓子を創り出した。
「何それ?」
「これはなチュロスといって、ここに来たら俺と総司が絶対に食う食い物だ」
竜馬は二つ創ったチュロスの片方をサッキュンに差し出した。それを渋々サッキュンは受け取った。
「アタシは悪魔だから食べれないわよ」
「味わうぐらいはできんだろ。お前が本体でも夢の物は所詮夢、幻みたいなもんなんだから」
竜馬は自分の分のチュロスをかじり、眉を潜めた。
「なんだろう? 味はすれど一向に腹はふくれないこの感じ」
首を傾げながらもチュロスを頬張る竜馬を見てサッキュンも試しに一口かじってみた。途端に心地良い食感と甘味が口の中に広がった。生まれて初めて人の食べ物を口にしたサッキュンだったが、今なら食事なんてものに拘る人の機微が理解できるような気がした。
「……美味しいかも」
「だろ。うまいんだよこれ。夢じゃ全然腹いっぱいにならねえけど」
でも色んな食い物を味わいたい時はむしろ都合がいいかもなと竜馬は考えた。
「うーん、こんなことならもっとうまいもんいっぱい食っておくんだった。松坂牛とか」
「ギュウって牛よね?」
「おお、牛はこの世界にもいるのか?」
「角生やしたそこそこ大きい四足で、草を食べて、モーって鳴く生き物でしょ?」
「そうそう。俺の世界にもそれがいてさ。やたら高い牛はやたらうまいと相場は決まってんだよ。まっ、食ったことないけどな」
「確かに牛を美味しそうに食べる悪魔を見たことがあるけど、そんなに美味しいのかな?」
「たぶんだがその悪魔の舌は当てにならないと思うぞ」
「うん、アタシもそんな気が……」
そこまで言いかけてサッキュンは思い出したように口をつぐんでそっぽを向いた。
「お前、実は大分機嫌直ってただろ?」
「アタシはそんなちょろい女じゃありません」
「あーそうだな」
「何よ! その棒読みな感じ!」
「いや別に」
「決めた! 今決めた! 絶対に許さないから!」
「もういいよ許さなくて。そんじゃそろそろ起きるか」
「えぇ! まだ乗ってない乗り物あるのに!」
「ノリノリじゃねえか!」