十四話 最初の夜、略して……
竜馬にとってありがたいことに片づけは他の騎士が手伝ってくれた。ただ竜馬としてはどうせなら全部やってくれよと思った。
水道がないこの世界では水の調達のためには川か井戸までいかなければならない。そして今回の場合は川だった。
そして、竜馬は流れで水汲みを手伝う羽目になり、彼が自分に割り当てられたテントの中に入った時には日が暮れていた。
テントに入り、入口を閉じられると竜馬の中からサッキュンが飛び出してきた。
途端に竜馬の体を疲労が襲う。
「うおっ、なんか急に疲れた」
「合体すると体力も上がるからね」
そう言うサッキュンの顔にも疲労が見え、竜馬は目の前にあった尻尾掴みながら敷かれた敷布団のような布の上に倒れ込んだ。
「何で尻尾掴むのよ!」
「いやなんとなく。にしてもあれだな」
「なによ?」
尻尾を掴まれたままのサッキュンは怪訝な顔で竜馬を見る。その身体は相変わらずフヨフヨと宙に浮いている。
「なんか風船を持ってるみたいだな。もしくは糸付けた蜂」
「誰が蜂よ! てか離して!」
竜馬は仕方なく尻尾を離した。
「そんじゃあ今日は早いとこ寝るか」
「ねえちょっと、なんか忘れてない?」
仰向けで横たわる竜馬に詰め寄るようにしてサッキュンは言った。
「なんかってなんだよ?」
「契約の時アタシが出した条件覚えてる?」
「ああ、毎晩夢で俺の生気をもらうだっけ」
「そうよ。今日はその最初の夜。つまり初夜でしょ」
「その略し方はなんかおかしくね?」
「言い方なんてどうでもいいのよ。アタシが言いたいのはなんでそんな自然体でいれるのかってことよ。少しは緊張とかないの?」
「まあ忘れてたしな。色々、本当に色々あったし」
「む~、そうかもしれないけど」
サッキュンが抗議しようとした時、入口に人影が見え、声が聞こえた。
「すいません。リューマ様いますか?」
「おう、ミエナか」
「今大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ。入ってこいよ」
「はい。えっと、失礼します」
ミエナはおずおずとテントの中に入ってきた。そして、サッキュンの存在に気付くと慌てて頭を下げた。
「あっ、えっとサッキュンさんもこんばんわ」
「こちらこそこんばんわ。って今更だけどサッキュンって名前どうにかならない?」
そんなサッキュンの要求は無視して竜馬はミエナに来訪の理由を尋ねた。
「なんだ眠れないのか?」
そんな竜馬の言葉にミエナは恥ずかしそうに頷いた。
「まあ日が沈んでそこまで時間が経ったわけでもないしな。このキャンプ内をぶらぶら歩いてれば眠くなるんじゃねえの」
「馬鹿!」
そう言ってサッキュンは竜馬の頭を叩いた。
「痛ってえな!」
叩かれた竜馬は即座にサッキュンの腕を勢いよく引っ張り、そのままサッキュンの額に頭突きをかました。
「ぎゃんっ! 何すんのよ!」
悲鳴を上げて額を抑えながらサッキュンは言った。
「俺は与えられた痛みは倍以上で返すって決めてんだよ。てか頭突きしたら頭が痛えんだけど、殴っていいか?」
「いいわけないでしょ!」
なにはともあれサッキュンの言うとおりにミエナは竜馬のテントで眠ることとなり、今では竜馬と並ぶように仰向けで横たわっている。
「せっかくだからなんか話すか?」
「それならリューマ様の話が聞きたいです」
「俺の話ね」
「それアタシも聞きたい。正直リューマについて何も知らないし」
サッキュンは空中から二人を見下ろすようにして言った。
「まあいいけどよ。信じるかどうかはお前ら次第だぞ。あの変な鎧の騎士様には話にならんとか言われたし」
「わ、私はリューマ様の言うことはなんでも信じます」
「いやそれもどうかと思うぞ」
真摯な眼差しで言うミエナに、なんでこんなに信用されているのだろうと竜馬は疑問に思った。
「いいから早く話してよ」
「そうだな。まず俺はこの世界の人間じゃないみたいだな」
二人の顔に疑問符が浮かぶのを見て、竜馬はさらに話を続けた。
「いやさ、気付いたら森の中で仰向けに寝ててな。見たことない動植物ばっかだし、夢でなきゃ異世界だな。俺にとっては」
「あれ? 待って。リューマって人間だよね?」
「人間だよ。いや待てよこの世界の人にとって俺ってまともな人間なのか?」
竜馬がミエナの方を見ると、ミエナは少し考える素振りを見せてから答えた。
「私みたいな者からしたらリューマ様はすごいと思います。魔法も使えるし、強いし」
「魔法ならお前もつかえるじゃん」
「私には傷を治すことしか出来ないし、リューマ様に比べたら……」
「充分すごいと思うぜ。傷を治すなんて俺には出来ねえし」
竜馬が言うと、ミエナは嬉しそうに笑った。
「そういやこの世界の人間って皆魔法使えんのか?」
「皆が使えるわけじゃありません」
「そうそう、持ってる魔力の量がある程度多くないと使えないし、努力しても半分ぐらいのしか使えるようにならないんじゃない?」
持ってる魔力ってゲームでいうMPみたいなものかと竜馬は考えた。きっと才能みたく生まれた時点で決まっているのだろう。結局この世界でも才能は大事なわけかと竜馬は当たり前ながらも少しだけ残念に思った。
「それより、別の世界から来たっていうなら竜馬の世界ってどんなところなの? アタシが住んでた魔界みたいだったりする?」
「どんなところか。……いや待てよ。お前が言う魔界ってこの世界に含まれるのか?」
「うーん。一応別世界ってことになるのかな? ただ昔から人間と交流があったし、別世界としてもこの世界にすごい近い世界とかって何言ってるんだろアタシ」
「なら俺はその魔界よりは遠い世界から呼ばれてきたのかもな」
「何で?」
「知らん」
「誰にも会わなかったんですか?」
「俺がこの世界で最初に会ったのはミエナだからなってなんでそんな嬉しそうなんだよ」
厳密に言えば竜馬が最初に見たのは魔術師レイムだったが、それを言うのは躊躇われた。
「魔法陣とかはなかったの?」
「それらしきもんはなかったな」
三人で頭を捻る。竜馬にとっては色々分かったことも多いが、この世界へ来た原因の究明は完全に行き詰ってしまった。
「なんか考えたら余計疲れたし、今日はもう寝ようぜ。俺の世界の話は明日してやるから。ミエナはどうするよ? 自分達のテントに戻るか?」
「えっと、迷惑じゃなければ……ここで」
ミエナは恥ずかしそうに言った。
「じゃあそれで。おやす……」
「あ、あの……」
竜馬の言葉を遮ってミエナは言葉を発した。ただ言葉の続きは言いづらそうにしていた。竜馬は促すように何だと訊いた。
「その、手を握ってて貰えたらと思って」
またぞろ恥ずかしそうに言っているのかと思えば、どこか不安そうに懇願するような目が竜馬は気になった。
「別に構わんが」
そう言って竜馬がミエナの手を握るとミエナは嬉しいというよりはどこか安堵したような表情を見せた。
これはなんなんだろう。純粋な好意とはなんか違う感じがするな。と竜馬が思っているとサッキュンが竜馬にそっと耳打ちした。
「いっそ優しく抱きしめてあげたら」
竜馬は身体を横に向けるとミエナの身体を持ち上げ、再び仰向けになり、ミエナを自分の身体の上に下ろしてサッキュンに言われた通り抱きしめた。
その間、ミエナは何か小さく声を上げていたが、竜馬が抱きしめると何か察したのかありがとうございますと礼を言って、竜馬の心臓の音を聞くように胸に頭を乗せ、彼女もまた竜馬を抱きしめた。
その顔は少し涙で濡れているように見えた。
しばらくするとミエナは寝息を立て始めた。それを確認して竜馬はサッキュンに小声で話しかけた。
「でこれなんだ?」
「言っていいのか分かんないけど、きっと怖かったのよ」
「怖いって俺じゃないよな」
「アンタって本当に人の気持ちが分かんないわよね」
「そりゃ人の気持ちは考えないようにしてるからな」
考えた所でどうしようもないと竜馬は付け加えた。人の気持ちなど考えていては自分の欲を満たす妨げになると竜馬は考えていた。ただ彼が仲間と認めたものに関しては別だが。
「まあこの子は色々あったみたいだし、催眠が聞いてなかったってことは一応自分達がどうなるか、仲間がどうなったか知ってたってことでしょ。でも何もしなかった出来なかった。悪い言い方をすればこの子は仲間を見殺しにしちゃったのよ。もちろん家族や知り合いが殺されるところも見てたみたいだし、それだけでもこの子にとってはトラウマでしょ。当然魔術師も怖い。でも死んだ村の人達に恨まれるのも怖い。自分は村の人達に優しくしてもらったけど、自分はなにもしてあげられなかった。一刻も早く供養したいって言ったのもそういう気持ちあったからじゃないかな。だから助けられた他の女の人達に可哀想って気遣われるのも居心地が悪かったんじゃないかしら。その点あなたはほとんど気を使わないし」
「いや俺だってある程度は気を使ってるぞ」
「ともかく、そんなこの子にとってあなたは自分を助けてくれた上に自分が本来するべきだったけど出来なかったことをやってのけた恩人、自信に溢れてて絶対的に強い存在。だから一緒にいれば安心するし、離れれば不安になる。って感じ?」
「それじゃこれは好意っていうか依存だな」
「どっちもじゃない?」
「そうなのか?」
「人間ってそういうもんでしょ。色々なもの抱えて、それに振り回されながら生きてくっていう」
「確かにそうかもな」
竜馬がそう言って目を閉じるとサッキュンが小声で話しかけてきた。
「ねえ、この子に手を出さないの?」
「うーん、俺は仲間にはなるべく暴力を振るわないようにしてるからな。やられたら反射的やり返すけど」
「いやそっちの手を出すじゃなくて性的な方」
「性的に手を出すって。なんだ、尻でも触るか?」
そう言って竜馬はミエナの尻を撫でた。するとミエナが小さく声を上げたので慌てて手を離した。
ミエナは起きることなくすぐに寝息を立てた。
「起こしたかと思ったわ」
「でも別に何しても許してくれるんじゃない?」
「じゃあ殴ったりとか暴力的に虐待しても大丈夫かな?」
「……最低」
サッキュンは蔑んだ目で竜馬を見下ろした。
「いや冗談だよ。言ったろ仲間にはなるべく暴力を振るわないって」
「どうだか」
「まあいいや。てかさ、顔近くて寝れねえんだけど」
「しょうがないじゃない。あなたの中で待機してたら、頭に声が響いて寝れんとか言うし。いいから早く寝てよ」
「そう言われてもねえ」
「それなら無理矢理眠らせちゃう?」
「そんなんできるのか?」
「そりゃあ夢魔だし」
「だったらミエナのやつもお前が寝かしつかせてやれば良かっただろ」
「それじゃつまらないじゃない」
「はあ、もうなんでもいいからさっさと寝かして、生気でもなんでもとってけよ」
「じゃあアタシの目を見て」
竜馬はサッキュンの目を見つめた。
まるで自分がその瞳に吸い込まれるかのような錯覚の後、竜馬は夢に落ちた。
夢とは何か?
昔から現代に至るまで研究が続けられている。あらゆる説の中には眠りから目覚めないように見る。記憶を整理をしているなどがある。
そして、その人間の欲求を表すとも言われている。
もしサキュバスやインキュバスがいるならば彼女達が見せる夢はその人間の欲を満たすものを見せるのだろう。
竜馬にとってもそれは例外ではない。
竜馬は学校の屋上にいた。
その屋上から見える景色にはあっちでは見ることのなかった高いビルやマンションがそびえ立っている。それはまさしく竜馬の住む街であり、元の世界が遜色なく再現されていた。
あまりのリアルさに竜馬は夢から覚めたのかとさえ思った。
竜馬は屋上を回るようにして、全方位の景色を感慨深く眺めた。
たった一日離れていただけだというのに妙に懐かしさが込み上げてくるのを竜馬は感じた。
そうしていると、魔法陣から出てきたのと同じように屋上の床からサッキュンが浮き出てきた。
「なにこれ! なにこれ! もしかしてこれがあなたの世界?」
「そうだよ。てかこの夢はお前が見せてるんじゃねえの?」
竜馬の言葉をサッキュンは首を振って否定した。
「ううん。確かにアタシは夢の内容を操れるけど、今はまだあなたの夢に入っただけだし」
「そうか、ならやっぱりこれは夢か」
「そこから疑ってたの?」
「もう常識とか前提なんてあったもんじゃないからな。ただそれにしてもすげえ再現度だな。さすが夢」
竜馬は金網に触れて外の景色を再び眺める。普段なんとなくしか見ていないはずの看板に書かれた広告さえ再現されている。
これならコンビニに入れば普通に雑誌が読めるかもしれないと竜馬は思った。ただ内容がどうなっているかは分からないが。
「ねえ、あの大きい建物は何?」
「んっ? ああ、あれは……ビルだ」
「ビル?」
「鉄骨で出来たでかい建物って意味だ」
「テッコツっていうのは?」
「鉄は知ってるか? まあ金属でもいいや」
「うん、それは知ってる」
「それを使って建物を作るとああなるんだよ」
「えっ、じゃああれ全部金属で出来てるの?」
「そうだよ。まあ、内装は別だけど。基本は金属だな」
「リューマの世界にはすごい錬金術師がいるのね」
「いやいねえよそんなん」
「じゃあどうやってあんなに大きな金属を用意するのよ?」
「あれはな。家を建てるのと一緒で足場を作りながらちょっとずつ組み立てていくんだよ」
「うーん、そんなので出来るものなの?」
「まあ後は科学技術の力だな」
「何それ? 魔法?」
「確かに昔の人間からしたら魔法だわな。ライターでさえ驚きそうだ」
「ライター?」
「あー今から見せるわ」
竜馬は手元にライターを作り出し、その時に気付いた。
昼間に刃物やらを作った時より楽に能力を使える。というより現実とは違い、自分の夢なのだからなんでも出来るのだろう。
ただ、作る時の感覚は現実と大差がない。そうなると現実でのあの能力は夢で出来ることの劣化版ということになる。
竜馬がボタンを押すと火花が散り、問題なく点火した。
その様子を見て目を丸くするサッキュンに竜馬はライターを投げた。ボタンから手が離されたことでガスが出なくなり、当然火も消える。
だがそんなことを知らないサッキュンは慌てて回避した。
「なるほど、夢じゃ俺から離れても消えないのか」
屋上に音を立てて転がるライター見て竜馬は言った。
「なにするのよ! 危ないじゃない!」
「危なくねーよ。ボタンから手を放すと消える仕組みになってんだから」
「知らないわよ、そんなの!」
「じゃあお前も使ってみろよ」
そう言って竜馬は新しく作ったライターをサッキュンに差し出した。
「それアタシにも使えるの?」
「使い方が分かれば誰でも使えるのが科学技術なんだよ」
「ホントに? 急に火が出たりしない?」
「これの青っぽいボタンを押さない限り火は点かないし、そんな欠陥品作んねえよ」
サッキュンは恐る恐る手を伸ばし、指で摘まむようにしてライターを受け取った。
「で俺がさっきやったみたいにそのボタンを押せば火が点く、ボタンから指を離せば火が消える。簡単だろ? ほら、やってみろ」
「ちょ、ちょっと待って。まだ心の準備が……」
「変なこと言ってないでやってみろよ」
サッキュンは意を決してボタンを押すと小さな火が灯った。
「へえ、ホントに誰でも出来るんだ」
サッキュンは感嘆の声を漏らし、ライターを点けたり消したりした。
「まあ俺の世界にはお前の世界みたいに魔法はねえけど、そういう誰でも使える道具を作る科学技術ってのがあるんだよ」
「それって魔法よりすごいんじゃない?」
「そうか?」
「だって誰でもあんな大きなものを作れるんでしょ? えっと、ビルだっけ?」
「やり方が分かって、道具があって、その使い方が分かればな」
「魔法は出来ない人は一生出来ないし、そっちのがすごいと思う」
「確かにこっちの最先端の軍事兵器を使えばそっちの世界は簡単に征服出来そうだな」
「じゃあもし竜馬の世界とアタシ達の世界がつながったら竜馬の世界の人達に支配されちゃうのかな?」
「どうだろうな? そっちの世界での強い奴ってなにが出来るんだ?」
「うーん、アタシ達悪魔の中でも上位の悪魔は一撃で街を廃墟にできるらしいけど」
「じゃあこっちの世界の最凶兵器水素爆弾といい勝負をするかもな。たぶん被害的には水爆のがたち悪いだろうけど」
「水爆って何?」
「俺もあんま詳しくないんだけど、核融合とかいう星を作る力を利用して大爆発を起こすってやつだな」
「星を作る力って……大魔法ってレベルじゃないじゃん」
「そうかもな。そうか大分ファンタジーな世界だと思ったけど、俺がいた世界も大分ファンタジーだったんだな」
「ファンタジー?」
「幻想的、まあ夢みたいってことだ」
「たしかに見る限り夢の世界ね」
サッキュンは竜馬の街を見渡して言った。当然サッキュンにとっては目新しいものしかない。
「そういや夢に入って生気を取るって話だったけど、どうなってんだ?」
「一応夢に入ってるだけでも精気をもらえるんだけど……」
サッキュンは急に妖しい笑みを浮かべて竜馬に近づいた。竜馬の首に腕を絡め、その身を密着させる。
「だけどなんだよ?」
「相手がその気になってくれた方が効率がいいの」
「その気ってどうするんだよ?」
竜馬の言葉にサッキュンは呆れ顔になった。
「ねえ、ホントに分からないの?」
「うーん、サキュバスだしエロいことするとか?」
「分かってるじゃない」
「でもなあ、なんか気が乗らないんだよな。夢だし」
「むしろ夢だから好きに出来るでしょ。奥さんのことも恋人のことも考えなくていい。ただ自分の欲に素直になればいいだけ」
「そう言われればそうかもな」
「あなたも素直になりなさいよ。きっと気持ちいいから」
「そんなこと言われてもなあ」
「じゃあアタシが素直にしてあげる」
サッキュンは竜馬と目が合うようにより一層顔を近づけた。吐息がかかる程の距離、でもなくもはや鼻と鼻がくっつくほどの距離だった。
竜馬はそれでも慌てることなく、目の前にあるサッキュンの瞳をまっすぐに見つめた。というより竜馬にはサッキュンしか見えなかった。物理的に。
そんな竜馬の態度はサッキュンのやる気に拍車をかけた。何がなんでもこの男を自分の虜にし、精気をカラッカラになるまで吸いつくしてやろうと。
いや死んだら困るし、やっぱり吸い尽くすのは止めておくとして、自分の身体無しでは生きられないようにしてやると、竜馬のことを思ってるんだか思ってないんだかよく分からない闘志を燃やした。
サッキュンが術をかけ始めると竜馬は眠りについた時と同じ、その瞳に吸い込まれ、落ちていくような錯覚に陥った。
サキュバスの力は人の中にある欲望という獣を大きく育て、その獣を縛る理性という鎖から解放するものだ。
しかし、サッキュンが解放し、竜馬が理性という手綱で制御していたそれは竜馬が総司の助言を基に創り出し、今日という日まで丹念に育て上げてきたもの。食欲、睡眠欲、性欲に代表される動物的本能、生理的な欲求とは趣が異なる攻撃欲や破壊欲、支配欲など理性から生まれる人間的な欲求の塊。
狂気と呼べる怪物だった。