十三話 夜の足音
騎士団の野営キャンプは森を抜けた先にあり、大がかりなテントのような物や複数の騎馬がそこで待機させられていた。
「馬があんなら連れてきてくれりゃよかったのに」
「木々が生い茂る森を馬で移動するなど愚行中の愚行だぞ」
「へえーそうなんか」
そう答えて竜馬はカレーもしくはシチューに見えるものをスプーンを使って口に運んだ。
本来ならもっと手早く摂れるものを食べるらしいが、助けられた女達を気遣ってこのスープ? になったらしい。
ユナの言葉とは裏腹に事情聴取とやらは触り程度で済み、本格的な事情聴取は街にあるという騎士団の支局で行われることになった。
それでも今この場にいるのは竜馬とユナだけでミエナ達は食事を済ませ、今はテントで休んでいる。
「あんたが言うようにまずはここに来るべきだったかもな」
「なんだいきなり」
「いや俺はともかく他のやつらは大分疲れてるみたいだったし」
「なにも食べずに森の中を歩き続けたんだ仕方無いだろう。とはいえ村の人間を一刻も早く供養してやりたいという気持ちも分からんでもない。つまり……」
「まっ、無事だったから良かったって話だな」
「そんな風に簡単にまとめるのはどうかと思うが、そういうことだ」
「で他の騎士連中はどこ行ったんだ?」
竜馬達がキャンプに着いた時、ユナとは違い一般的な甲冑に身を包んだ騎士達は慌ただしく動いていた。
最初は自分達を探してあくせくしているのかと竜馬は思ったがどうやら違うようだった。
騎士達は竜馬達への対応もそこそこに数人を残し、騎馬に跨ってキャンプを出た。
「貴様に答える義理はない」
「……そうかい」
竜馬はぶっきらぼうに答えた。
「と言いたいところだが、正直言って私もそこまで把握しているわけではない。この後にそれに関して話を詳しく聞くことになっている」
「じゃあここで呑気に飯食ってていいのかよ?」
「貴様には聞きたいことがある?」
「なんだ誕生日でも教えてやろうか?」
挑発ともとれる竜馬の言葉にユナは応じず竜馬に問いを投げかけた。
「貴様は何者だ?」
「人間。名前は新藤竜馬。年は十八歳だ」
「聞きなれない名だ。どこの出身だ?」
「日の本、通称日本だ」
「聞いたことが無いな。どこにある?」
「聞いたって無駄だと思うぜ。次元の壁でも超えない限り辿りつけない気がするしな」
「ならば目的はなんだ? なぜあの森にいた?」
「目的なんか無えし、何であそこにいたかなんて俺が知りたいわ」
ユナの質問に間髪入れずに竜馬は答え、一連の答えについてユナは一通り考えを巡らせた。
「話にならないな」
ユナはそう言って立ち上がった。
「やはり、詳しい話は街できくことにする。今日は休めばいい。お前のテントは最初に説明した通りだ」
それだけ言い残しユナは立ち去った。
その様子を見た竜馬は残ったスープを口の中へかきこんだ。
「てかこれは俺が片づけろってことか?」
後に残された多くの食器と鍋を見て竜馬は呟いた。
「(なあサッキュン……)」
「(アタシは手伝わないわよ)」
言い終わる前に断られた竜馬は無言で立ち上がった。
「総司がいれば勝手にやってくれんだけどな」
今傍にいない相方が一段と恋しくなる竜馬だった。
竜馬の元から離れたユナは部下である騎士の一人からある報告を受けた。
近くにあるピアノエルという村の様子がおかしいという。
なんでも騎士団が村に入ることを許さないらしい。
ただ厳密に言えばその村へ入ることを直接拒んでいるのは別の隊の紋章を付けた騎士との報告だった。
その紋章はアンドロフ隊の紋章であり、その隊にはなにかと黒い噂が絶えなかった。
アンドロフ隊の隊長であるドルフシュタイン・アンドロフは貴族の出身であり、ユナの率直な感想は腐っているだった。
そのイメージをアンドロフ隊全体に持っていた。
貴族の威を盾に身分の低いものは見下し、王族には取り入ろうとするその姿にユナは常々嫌悪感を抱いていた。
ユナが尊敬するケーニッヒ隊の隊長レジオンドは平民の出であり、武功によって今の地位に就いていた。そうなると必然的にケーニッヒ隊に志願する人間は平民出身者が多く、ユナ自身もその一人である。
一方のドルフシュタインはたいした武功もなく家柄とコネで隊長の地位に就いている。そうなるとこちらには貴族や貴族に取り入ろうとする人間が志願する。
当然、両者の隊の仲は険悪であり、アンドロフ隊の騎士達はケーニッヒ隊を貧民の集まりと見下し、ケーニッヒ隊の騎士達はアンドロフ隊を騎士の真似事をしているに過ぎないと馬鹿にしている。
故にアンドロフ隊が駐屯しているピアノエルでケーニッヒ隊が門前払いをくらう程度の嫌がらせはあったとしても不思議はない。
ただピアノエルに出向いた騎士達の報告ではどうにもそのアンドロフ隊の騎士の様子がおかしかったという。
具体的にいえば相手の対応が良かったということだ。
まず敬語を使われたという。この時点で普段の隊同士のやり取りではありえない。
さらにケーニッヒ隊が村に入れることが出来ない理由を丁寧にその場で教えられたという。
村で伝染病が流行っているため、外から来る人間を入れるわけにはいかない。また他の村や町へ中から人をやることも出来ない。伝染病はこちらでなんとかするからなるべく近づかないよう他の隊や村に伝えて欲しい。と近隣の村で唯一存在する関所にある門の上から言われ、頭まで下げられたという。
普段なら理由など説明せず、問答無用で門前払いだ。その上、アンドロフ隊の騎士がケーニッヒ隊の騎士に頭を下げるなど今まで一度たりともなかった。
一体あいつらはどうしたんだとその場にいたケーニッヒ隊の騎士とそれを聞いた騎士達の間で話題になった。
そんなどうしようもない理由でピアノエルの町は疑いの目を向けられていた。
ユナ自身もその話を最初に聞いた時は耳を疑ったが、他にも話を信じられなかった騎士達といっても全員だが、その内の数人が話を確かめるためにピアノエルへ出向いた。
その数人の報告ではまるで自分達を知らないかのようだったという。
つまり、ユナの部下達が出した結論は甲冑の中にいるのはアンドロフ隊の騎士ではないということだった。
ユナも話を聞く限りではそう感じたが、それでどうするというのが問題だった。
直接アンドロフ隊にピアノエルに駐屯している貴様達の仲間の態度が礼儀正しくておかしい。中身は別人だろと言ったところで取り合わないだろう。むしろ今迄からすればそれが自然だ。
いっそ、他の隊に頼んで確認を取るかとも思ったが、こんな下らない理由を根拠に調べてくれと言うのは抵抗がある。
第一、本当に伝染病が流行っていて、たまたま駐屯している騎士がアンドロフ隊に所属しているもののケーニッヒ隊を目の敵にしておらず、それを理由に田舎へ飛ばされたという可能性がないわけではない。
ユナはこめかみを抑えて考えていたが、一先ずは助けだした女達を街へ返すことと、竜馬という男への事情聴取、今回の事件の報告を優先するべきだろうという結論をだした。
そうやって考えを巡らせている間にもピアノエルという村から伝染病が蔓延するように、ある吸血鬼と一人の人間による支配が近隣の村へと拡がっていた。
そして、日は暮れて世界は夜を迎える。