十一話 真偽の証明
竜馬達の前に現れたのは一人の騎士だった。それも男ではなく女だった。
騎士といえば甲冑だというのに性別が分かるのはなぜか?
確かに女は甲冑のようなものを着ていた。ただ一般的な飾り気の無い甲冑とは違い、竜馬が絶対にデザイン重視で作っただろと言いたくなるものだった。
具体的に言うと、まず一般的な甲冑に比べ露出が多い。頭部は竜をモチーフにしたリースのような被り物をしていたが顔も普通に見え、この時点で女だと近くで見れば分かるが、同性から人気のありそうな女にしては凛々しい顔立ちは遠目から見れば男に見えるかもしれない。
被り物からはみ出た髪は水色で甲冑の色も髪の色に合わされていて、全体的にはその髪より少し濃い色をしていた。そして、やはり竜をモチーフにしているようだった。それも水の龍だ。
そして、腹部や腕の肘から上、足の膝上は完全にノーガードで肌が露出していた。これだけでも竜馬はいくら動きやすそうでも鎧としての役目を果たしているのか疑問に思った。
さらに一般的な甲冑と違って、もしあの甲冑を他の人間が借りたとしてもほぼ確実に着ることが出来ないであろうと思えるほど、見るからに彼女の体に合わせて作られていた。それは胸部の甲冑を見れば彼女の胸の大きさが大体分かるほどだった。
そんな明らかに女性用のオーダーメイドだと分かる甲冑と顔付きから真っ先に相手が女だと分かった。
彼女は敵意の籠った目で竜馬を見据え、手に持った剣を突きつけて言った。
「貴様が魔術師か?」
「俺のどこを見たら魔術師に見えるんだ?」
「魔術師って奴は変わった格好をしたがるからな」
「魔術師の奴らもあんたには言われたくないと思うぞ。何その鎧、全然体守れてないじゃん」
「この鎧は魔装と呼ばれるの特注品だ。内包する魔術効果により、並みの攻撃では触れることすら叶わん」
「そりゃあすごいっすね」
得意気に語る女騎士に対し、竜馬はどうでもよさそうに答えた。
「貴様、馬鹿にしているだろう」
「いやなんか中学生が考えたような鎧だなーと」
「中学生?」
「ああ、気にすんな。ともかく俺は魔術師じゃねえぞ。むしろ魔術師野郎から女達を助けた善人だぞ。なあ」
竜馬が呼びかけるとミエナ達は頷き、肯定の言葉を発した。
「信用できん。今回の魔術師は人を操るときいた。彼女達がお前に操られている可能性もある」
「面倒くせえな。確かに善人は言い過ぎたけど、俺は悪い奴でもな……」
「あぁ、やっとついた~」
そうしている内に竜馬達の後ろの地下入口からサッキュンが戻ってきた。それも何本もの杭が刺さった死体を引きずりながら。
その声を聞いた瞬間、竜馬は女達がサッキュンの方を振り向く前に、脱兎のごとく駆け出し、サッキュンに飛び蹴りを喰らわせた。
きゃんっという悲鳴を上げながらサッキュンは死体と共に階段を転がり落ちて行った。
「何するのよ! せっかく言われた通り運んできてあげたのに!」
「タイミングが悪いんだよ! ボケェ!」
「誰がボケよ! てかこの人もう死んじゃってたんだけど!」
「いや俺殺ってねえよ。部屋出るときは確かに息してたし、これでも死なないように止血したりとかしてたんだぜ」
「あんた以外の原因が考えられる?」
竜馬は少し考えるような素振りを見せた後、言った。
「いや現状考えられねえな」
「ほら見なさいよ。人殺し」
「人殺しってお前」
人殺しという言葉に竜馬の表情が暗くなったを見て、サッキュンは動揺した。
ただそれも一瞬でその表情はすぐに消えて元の竜馬に戻った。
「今それじゃまずいんだよ。今なんか騎士っぽい女が来ててよ」
「騎士ってこの国の?」
「いや知らん。ただ俺のことを魔術師じゃねえかって疑ってるみたいだな」
「じゃあ今こんなの持っていったら……」
「まずいだろ。てか悪魔といる時点で何の説得力もねえよ」
「確かに悪魔を召喚するのって魔術師ぐらいだもんね」
「やっぱそうなのか。まあそうだろうな」
「それでどうするのよ?」
「一旦魔界とかに帰れねえ」
「帰れてたら帰ってるわよ」
「じゃあなんか姿とか消せねえの?」
「それは無理、実体だし。あっでも隠れることはできるかも」
「隠れるってずっとここにいるつもりか?」
「ここじゃなくてあなたの中に隠れるの」
「なにそれ?」
「夢の中に入るときもそうだけど相手の身体の中というか意識の中に入るのよ」
「体を共有することになるのか」
「うーん、まあ合体みたいなものかな」
「お前が合体って言うとなんか別の意味に聞こえるな」
「そりゃサキュバスだし」
「それもそっか。じゃそれでいくか」
「は~い」
そう言ってサッキュンが竜馬の胸に飛び込むように抱きついたかと思えばその姿は消えていた。
しかし、竜馬には自分の中に別の存在があることが自覚できていた。
というのも、頭の中にサッキュンの声が響いていたからだった。
「うわっ、なんかまた強くなったみたい」
竜馬もサッキュンとの契約時にも感じた力の増大を再び感じた。
それでもあの女騎士との戦いはなるべく避けたかった。
竜馬は総司と自分の獲物を探す日々から相手の実力を見極める能力を育てていた。
そして、この世界に来てからというものその能力も強化されているようで、曖昧ではあるものの一目見て相手の女騎士の技量を察した。
おそらく先ほど戦ったゴーレム以上の実力の持ち主であり、今の自分なら勝てるだろうが無傷で勝つのはさすがに難しいと感じていた。
今は気分が良い。それでもあの剣で一度でも切られればその気分は地に落ち、そうなればあの女騎士を殺すまで満足しないだろう。
竜馬はなるべくなら人を殺したくはなかった。
人がいなくなれば自分は欲求不満で死ぬと思っているからだ。
だからこそなるべく弱い相手を選ぶようにしてきた。
相手が弱ければ傷を負うことも少ない。ただ一方的に殴らせてくれるのだ竜馬にとって好ましいことこの上ない。
ただ相手が強かった場合、傷を負う可能性が高い。もし軽い傷ならまだいい。もしすぐには消えないような痛みを与えられた場合は相手を死ぬほど痛めつけてしまうかもしれない。あの魔術師のように。
元の世界では総司はともかく竜馬はあっても相手の両手足を折る程度だった。この世界ではそれでは済まないだろう。なにせ剣で切られるなど竜馬にとって想像したくもない痛みだった。
「まあいざとなったらミエナちゃんに治してもらえばいいか」
そんな結論を出して竜馬は再び外へ出た。
「何をしていた? それに女の声がしたぞ」
「気のせいじゃねえの」
「余裕だな」
「まあな。ちょい強くなったみてえだし」
その言葉が嘘ではないことを女騎士は実感していた。
罠かもしれないと地下へ消えた竜馬を即座に追えなかった彼女の前に再び現れた竜馬の存在感は先ほどとは別物だった。
一体あの短時間で何をしたのか明らかに相手のからだから漏れ出る魔力が力強くなっている。
彼女が竜馬を魔術師と判断したのも一般人とは思えないほどの魔力を竜馬から感じたからだった。実をいえばこの世界に来てからの竜馬も無意識に相手の魔力を感じとり、それと元の世界での経験と直感を合わせることで相手の強さを測っていた。
「なあ騎士、でいいんだよな?」
「ああそうだ。王国騎士団ケーニッヒ隊、隊長補佐ジュリアナ・ミュンヘルだ」
「悪いその肩書がすごいかどうか全然分かんねえ。てか何で名乗った?」
「名乗るのは騎士だからだ。そしてケーニッヒ隊は王国騎士団で最も若くして隊長の座に就かれたレジオンド・ケーニッヒ隊長が率いる王国一の軍隊だ。そして私は隊長の補佐を命じられている」
「じゃあこんなところいないで隊長とやらの近くにいろよ」
「魔術師による誘拐事件の捜査が今の仕事だ。全くふざけたやつめ」
なんかこの騎士様はえらいからかい甲斐があるなと竜馬は思い、一つの考えが頭に浮かんだ。
「(あなた性格悪っ)」
「うるせえな」
「うるさいとは随分な言葉だな」
頭の中から聞こえたサッキュンの声に思わず竜馬は声に出して答えてしまい、それを自分への言葉だと受け取ったジュリアナ、通称ユナはさらに顔を険しくした。
「いやあんたじゃなくてってまあいいか。なあこうなったら勝負して白黒つけようぜ」
「勝負だと」
「そうだ。俺に勝てないようじゃどうせ俺を捕まえられないだろ。俺が勝ったらあんたは俺を魔術師じゃないと認める。もしあんたが買ったらそのまま俺を捕まえて連れて行けばいい」
「そうか。いいだろうその勝負受けて立つ」
そう言って剣を構えるユナを竜馬は制した。
「いや丸腰相手に切りかかるつもりかよ」
「貴様は魔術師だろう。魔法で戦うのではないのか?」
「だから魔術師じゃねえって。てか魔術師じゃないことを証明するための戦いで魔法使ってどうする。まあ使えねえけど」
「ではどうするのだ?」
「もう一本ぐらい剣持ってねえのか? 剣で決着つけようじゃねえの」
竜馬が言うとユナは腰に差していたもう一本の剣を抜いて竜馬の前に落ちるよう投げてよこした。
その剣はユナが手に持っている剣の半分ぐらいの大きさだった。
「短っ!」
「仕方がないだろう。今、手元にはそれしかないからな」
「だとしても短い方を、相手が不利なる方を渡すのが騎士道かよ。てっきり騎士は正々堂々いや逆境を跳ね除けるぐらいのやつじゃないとなれないと思ってたけどそうでもないんだな」
「文句を言うな。第一戦いとは相手より優位に立とうとするものだ」
「確かにな。まあ女が相手ってだけで俺のが随分と有利だしな。ハンデだと思ってやるか」
竜馬が剣を手に取り、構えると今度はユナが竜馬を制した。
「待て、今の言葉を撤回しろ!」
どうやら竜馬の男女差別発言がユナの琴線に触れたらしい。分かりやすっと竜馬は内心で呟いた。
「いやだって他の生き物はともかく人間においては男の方が女より強いってのは当たり前の常識だろ」
「貴様、それ以上の侮辱は許さんぞ」
「じゃあどうすんだよ?」
「その剣を返せ、私がそれを使う」
ユナの言葉に竜馬は事が思い通りに運びすぎて寒気すら感じた。
「そう言っといて返しに行ったところを切りかかるつもりじゃないだろうな?」
「そんな卑怯な手は使わん」
「でも迷わず短い方の剣を渡す騎士様だしな。信用できねえよ。てか本当にあんた騎士か?」
「なっ!」
ユナは思わず声を上げた。竜馬の言葉はユナを最大限侮辱するものだった。
「この紋章こそケーニッヒ騎士団の証だ!」
そう言ってユナは左胸についた竜が描かれた紋章を指差した。
「いや知らねえし。あっ、じゃああんたがさっきやったみたいに剣を相手の前に投げようぜ。お互い同時に」
「くそっ、ああ、分かったそれでいいだろう」
ユナは苛立たしそうに言った。
「先に言っておくけど、剣を相手にぶつけるのは無しな」
「そんなことはせん! さっさとやるぞ」
「へいへい、そんじゃ……三、二、一」
竜馬の掛け声で二人は同時に剣を投げた。
ユナが持っていた長い剣は弧を描き、ユナから十メートル程離れた竜馬の目の前の地面に突き刺さった。
そして、竜馬が持っていた短い剣は一回転し、再び竜馬の手元に戻った。
二人の間に一瞬の沈黙が流れた。
「うわぁ、本当にやっちゃたよ」
竜馬は額に手を当てて言った。
「貴様、謀ったな!」
「いやむしろこんな手に本当にひっかかる人間がいるとは思わんかったよ。……さて」
「くっ……」
竜馬が動きを見せるとユナは身構えた。
絶望的な状況だった。まさか武器を相手に奪われるとはとユナは歯噛みした。
そんなユナの反応に反して、竜馬は手に持った剣を横に捨てその場に腰を下ろして胡坐をかいた。
「降伏するわ。面白いもん見れたし、てきとうに連行していいぜ」