第三話
「んー、コア魔結晶がざわついてる……」
朝、最下層で目が覚めると、コア魔結晶が妖しい輝きを放っていた。というか、そのせいで起こされたといってもいい。
寝ている隣でピカピカと輝かれたら良い迷惑なのだが、そういう機微はコア魔結晶は持ち合わせてはいない。
一応意識や感情などは無機物っぽい外見ながら存在しているはずなのだが、配慮を持ったコア魔結晶は今のところお目にかかったことがない。
俺の運が悪いのか、それとも傍若無人が基本なのか。どちらにせよ、朝から良い迷惑だった。
しかし、コア魔結晶が激しく反応しているということは、どうも、近くに多量の生命力を感知したようだ。
恐らくは地上にいる人間が異常な魔力を察知して、こちらに向かっているんだろう。
成長したコア魔結晶は、地上のことも把握出来る様になる。逆に地上の人間も、こちらを補足するのだ。
この段階で、ようやくダンジョンとして正式に機能し始めるというのだから、毎度のことだが気の長い話だと思う。
しかし、コア魔結晶からしたら今夜はご馳走とかそういうノリでピカピカ光っているのかもしれないが、こちらとしては今夜が峠といった所。
むしろ、今日でこのダンジョンが終わりやしないかと不安でいっぱい。警告灯に逃げろと急かされている気分だ。
「……リビングアーマーがギリギリで間に合って、本当に良かった」
無かったら今頃逃げ出しているところである。経験上、リビングアーマーが無かったら明日明後日でダンジョンは抜かれていただろう。
俺のゴーレム作成能力はそこまででもないし、死霊術も中途半端だ。
今回のことで少しは腕が上がったかもしれないが、それでもダンジョンを安定して守れるほどとは思えない。
それに……。
「凝っちゃったもんなぁ、凝っちゃったもんなぁ……ゴーレム作らないでダンジョン改装しちゃったもんなぁ」
思い出す。リビングアーマーと契約して次の日、どう配置しようかと考えている時に「これ、あれだな。こう、壁の横に溝を作って配置したら最高にかっこいいな!」という意味不明なことを思い立ち、二日かけてそうなるように改装を始めてしまったびだ。
おかげ様で、今いる第五層は立派な出来であり、俺は大変満足したが、その日にコア魔結晶がさらに下の階層のダンジョン化を行ってしまい、今日に至る。
端的にいうと、モンスター不足が否めない。もっというと、まだ第六層を階層化していないし、何より罠も設置していない。素のダンジョンのままである。
なおかつ。
「リビングアーマーも物理耐久型であって魔法に弱いんだよなぁ……」
顔を手に覆いながら嘆く。戦力は確かに整い、個人的には見た目麗しい素敵ダンジョンにはなったが、魔法使いがいるとモンスターがものすごい勢いで削られるダンジョンになってしまった。
反面、戦士系は苦戦することだろう。とはいえ、しょせんは低レベルのゴーストと低レベルゴーレムの群である。
歴戦とは言わずとも、ある程度の強さを持った冒険者ならば勝てなくない。つーか、割と余裕な部類。リビングアーマーも急造部隊であり、数はあっても意思疎通が図れていない。
もし、このまま迎え撃つような形を取れば、俺の敗北は必須である。
「し、仕方ねぇ……やりたくなかったが仕方ねぇんだ……」
俺は、一時的に美学を捨てる決心をした。
■■
第三話「だ、ダンジョン補正が薄いから苦戦してるだけだから」
「どらー! 挟み込め-!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
ドタドタと大乱戦が起こる。どうやら、今回来たのは偵察が主だったようで、突入している冒険者は、そこまで強い部類ではない。
数も、普通の量だ。ガチで攻略しようという気概を感じない。
前回のように、ちょっと稼ぐつもりだったのに、いきなりガチな軍隊、しかも王を守っているはずの近衛騎士が特別権限で出張サービスとかいうことは免れた。
とはいえ、普通に侵入を許していれば、恐らくは第三階層辺りまでは順当に来られて、次の日は最下層に押し寄せられていただろう。
だが、今日の俺は違う。とりあえずお金を稼ぎたい。装備欲しい。ついでに生命力寄越せという崇高な想いにより、ある決断をしたのだ。
「く、なんてことだ! ま、まさかこのような戦略があったとは!」
相手が狼狽している。その隙をついて、俺は叫んだ。
「これが俺のダンジョンの全勢力だ! どうだぁ!」
俺が思い付いた作戦。それはそう、二段構えのモンスターハウス大作戦。
ぶっちゃけ、ただの物量任せの大突撃である。
事は単純であり、一々深く説明する必要など皆無だが、俺が思い起こしていて大変気持ち良いので説明しよう!
まず、俺は全てのモンスターを第三階層まで避難させた。そして、冒険者がいっぱい押し寄せているというのに、工事を開始したのだ!
第三階層の大広間の横に幾つかに穴を開けて、先を空洞にしたのだ。ちなみに、土は現在第五階層に一時的に置いてあり、大変土っぽくて不快である。
とにかく、横穴を作り、そこに幽霊とゴーレムを待機させた。一応、穴は石壁で埋めてあるが注意深く観察すれば見破られる程度の補強だ。
……じゃないとモンスターが大広間に出られなくなってしまうためである。俺としては、その辺もこだわりたかったのだが、いかんせん時間がなかった。
もしも、冒険者達がダンジョンの美しさを楽しもうという豊かな心と、麗しさへの熱い欲求があったら、この作戦は成功していなかっただろう。
だが、そんなことは特になく、冒険者達は無警戒に第四階層まで降りて来てしまったのだ。
それが運の尽き。第四階層には、全リビングアーマーが待機させていた。冒険者が来た途端、アホのような量のリビングアーマーが一斉に襲いかかって来たのだ!
これが第一段階、びっくりまさかのモンスターハウス大作戦である。この作戦が成功したことにより、場は一時騒然とした。だが、事態はさらに悪化する。
何故なら、第三階層のモンスターが一斉に階下へと押し寄せたからだ! これが第二の作戦、ダブルモンスターハウス大作戦だ!
以上が、俺の思い付いた作戦だ。なお、それだけ策を巡らしても、未だに勝ち切れない模様。
「うおらぁ!」
俺の豪腕(自称)から繰り出される一撃が、敵を切り裂く。たかがショートソードと侮っていたが、中々使い勝手が良い。手に馴染む。
実際、既に愛剣と言っても良いだろう。教会で夜盗まがいのことをしている時からの相棒だ。まったく罪な奴である。正直、早く良い装備に変更したいが。
ちなみに、俺がショートソードを使っている理由は、良い武器はリビングアーマーにプレゼント(と言うか強請られ……)してしまったためだ。
こんな所にもダンジョンマイスターのヒエラルキーの低さが垣間見える。だってさー! あいつらがほしがるんだもんよー! 渡さないわけにはいかねーだろぉー!?
てっとり早く好感度を上げるには、いつだってプレゼントと相場が決まっているのだ。身銭を削るのは、いつだって好感度の為!
そして! 良い武器を手にするために! 俺は戦っているのだ!
「ぬおりゃー! 良い武器ドロップしろやぁー!」
「く、貴様ぁ! 同じ人間相手に何を!」
「うっせー! こちとら生活がかかってるんじゃー!」
『大雑把大斬り!』
上段から激しく剣を叩きつける。腕力と体重移動のみを重視して、防御とか一切考えてない一撃が相手を切り裂いた。
激しく血しぶきが飛ぶが、すぐに床に落ちた分は消えていく。
これもダンジョンの効果である。小難しい正式名称があった気がするのだが、俺は面倒なので「グロ禁止補正」とだけ呼んでいる。
実際、斬られた相手は気絶したものの、傷そのものは癒え始めていく。なので、一々治療してやることもない。大変便利だ。
「さすがダンジョンだ! グロなんてなかったし、重傷患者も存在しなかったぜ!」
剣を振りながら、俺は大仰に叫んだ。グロいことや、死亡などは、ダンジョンでは、やろうと思えばかなり軽減することが出来る。
もちろん死なないわけではないが、よほどのダメージをたたき出すか、呪文で即死でもさせない限りはダンジョンは敵味方問わず愛の手を施すだろう。
随分とご都合主義なように思われるかもしれないが、それは違う。凄く簡単にいうと、キャッチ&リリースの精神を体現しているだけだ。
コア魔結晶は、ダンジョンに生命体がいるだけで、生命力と魔力を奪うことが出来る。だが、奪えるのはそこまでであり、魂や死体といったものは飲み込めない。
本来はそこから死体や魂をさらに死霊術で操ったりしてモンスターを無限に増やすのがダンジョンマイスターの仕事なのだが、生憎と俺は死体とか苦手だった。
出来れば触りたくない。また、魂もその辺にいる奴ならば問題ないが、直接手を下した相手だと呪いをかけようとするなど、気が抜けなくなる。
なので、装備だけ剥ぎ取って、後は外に再びポイと投げ捨てることにしていた。それにより、怒り狂った冒険者は再びダンジョンに潜るだろう。
だが、往々にして装備を調えるのは時間がかかるもの。
その頃には、ダンジョンも強くなり、能力補正や敵弱体化もダンジョンの恩恵として受けられるようになっている。前回よりも有利に戦えるという訳である。
あと、俺の目的がお金や武器防具を集めることなのだから、何度も挑戦して来られた方が都合が良い。何度もお金を搾り取ることが出来る。
お金を持っていなくても、装備品は必ず手に入るだろう。つまり、ダンジョンにとっても、俺にとってもキャッチ&リリースが利に適っている。
そういうわけで、死人が出ない、大変お得で挑戦しやすいダンジョンなので、ガンガン来ればよいと思う。ただし軍隊は勘弁な!
「ひゃっはー! 略奪だー!」
思うがままに剣を振り抜く。敵を切り裂く。だが、どうにも調子が出ない。ぶっちゃけ、あんまり倒せてない。
「っていうか! ぐおっ! い、勢いが全然減らないんですけど!?」
どうも退路を絶ったのがマズかったのか、敵の勢いが全然衰えない。むしろ相手の方が押してね? あれやばくね?
「ど、どらぁ! えいやこらぁ! そいやぁ!」
ガゴンガゴンとショートソードを叩きつけるも、盾で防がれたり剣で防がれたり、逆に反撃されたりする始末。
もちろん、倒してはいるのだが、減っている気がしないほど敵が強い!
今も相手を押し込んで切り倒すが、何度か起き上がられている。も、もしや、こいつも祝福持ち……!?
「いや、っていうかマジで強い……っ!」
「はぁ!」
裂帛の気合いと共に、鋭い突きが繰り出される。相手から。そこは俺であるべきだろう!?
ま、負けてられない! 薄皮一枚としか表現出来ない避け方をするが、すぐに反撃が来る。
おいおいおい、何で相手にしてやられてばっかりなんだ!
「次は俺だろうがあああああああああ! ぶった斬りいいいいいい!」
構えも何も無視して、力任せに剣振り抜く。ガオン!という音が、無造作に叩きつけた剣から部屋全体へと響き渡る。
ビリビリと揺れる得。確実な手応え。とんでもない力で振り抜かれた相手の一撃を、俺の渾身の一撃で迎え撃った結果……。
「お、折れやがったぁ!?」
俺の安物ソードは根元からポッキリと折れてしまった。確実な手応えとは、一体何だったのか!
や、安物はコレだから! もっと良い物を買っておくべきだった! 後悔先に立たずであるが、愚痴くらい言わせて欲しい!
「チャンスか!」
弾かれて姿勢を崩していた相手が、すぐさま立ち直して向かってくる。こちら武器なし、相手は中々ご立派な武器持ち。
「くそがぁ! 俺は武器がなくたって、それなりに強いんだぞオラァ!」
相手の振り抜きに合わせて、俺は突っ込んでいく。上段からの鋭い振り。食らったら、死ぬのは確定だ。恐れずに、剣の横をすり抜けるように体を滑り込ませる。
紙一重の交差。相手の一撃は、確かに俺を捉えていた。そのまま行けば俺に当たる。だが、出し抜いたのは俺だった。剣が、横から飛び出して来たゴーレムに突き刺さる。
「な!?」
「―――残念だったな!」
走った勢いをそのままに、拳を顔面にぶち込む。渾身の右ストレート。相手の後ろを打ち抜くような一撃だった。
剣がゴーレムに刺さり、ひるんでいた相手は為す術もなく、まともに食らってしまう。
拳に骨を砕いた感触と衝撃が直に伝わってくる。手を見ると、硬い物を殴ったせいだろう。血がポタポタと流れていた。
それも、少しずつ回復していく。殴られて気絶した相手も、直に回復するだろう。それにしても、剣が折れた時はマジで焦った。
「ふ、ふぅ……マジ冷や汗かいた。つうか、嫌な汗かいたわ! やめてよね、本気で剣と拳が交わったら剣が勝つに決まってるだろ!?」
なので、ゴーレム一体を生け贄にして、どうにか一撃を凌いだのだ。先ほどから、俺としか戦っていなかったので周りが見えていなかったのだろう。
だが良く考えて欲しい。今は乱戦中だ。つまり、仲間を犠牲にして俺が助かるのは何も問題ないのだ。タイマンじゃないからノーカンって奴だ。
俺は両断されかかっているゴーレムから剣を抜く。というか、石を斬るとか、皆どうやってんの? 俺出来ないよ?
「や、やはり祝福持ち……」
俺以外の全員が祝福持ちとか、どうなってるの? 祝福されし土地か何かなの? それとも俺に対するいじめなの?
ついでに、初心者の皆に言うが武器は良い物を買うのをお勧めする。安物はやっぱないわ。大事な時に折れるとか、マジないわ。
「だが、こいつさえあれば……俺はまだ戦える」
得物を見る。中々の武器だ。刃が分厚く、頑丈であり重たい。いわゆるファルシオンという武器だ。一応片手剣なので、俺でも問題なく使える。
戦闘が終わったら、リビングアーマーに強請られる予感がするが、今は俺のものだ。
グッと力を入れる。まだまだ元気である。冒険者は、まだまだいる。だが、先ほどよりも勢いが減ってきている。このまま押せば、行ける!
「皆! もうちょいで勝てるぞ! 気を抜くなよ!」
「良いから戦えボケぇ!」
「ボス、ハヤク タタカッテ」
「主、良いから戦うのだ」
「……はい」
演説は、無駄だったようだ。俺は、敵へ突撃する。
結果、その後2時間の激闘の末、退路を解放する形で俺たちの勝利が決まった。
……勝ったんだよ?
Q:祝福持ちばっかりなの?
A:一人としていない