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精霊のシジル  作者: 染料
六章
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第九十四話 凶の再来




 街道沿いの街、旅人の休息地ウリディスは人の笑顔が弾けている。

 昨日の夕方に小規模な嵐を巻き起こしていた廃域は軍人らの活躍により消え去った。直接的な被害がないとはいえいつ廃域が拡大するか分からない重圧から解放された住人らは、祝祭でも迎えたかのように足取り軽い。

 昼過ぎに到着したアルクゥたち三人は花が舞うような雰囲気に少し気圧されつつひとまず一泊分の宿を確保する。ケルピーと駿馬もそこに預け、ギルベルトとの待ち合わせ場所へと向かった。

 途中マニが浮かれた空気に足裏を擽られたかのように露店の呼び込みに吸い寄せられて離脱する。夕の鐘には宿に戻るよう声をかけたが届いたか定かではない。


「一人で大丈夫かな」


 心配するアルクゥにヴァルフが揶揄るように「少なくともお前よりは歩き方を知ってるだろ」と笑った。

 しばらくむくれていたアルクゥの機嫌が回復した辺りで指定の店に到着する。中心街にあるような高級な店ではなく、かといって身分不明の者たちが出入りするような薄暗さもない、清潔感のある食事処といった風情だ。

 扉を引き開ける。ドアチャイムの涼やかな音に数人の客が振り返った。

 外の喧騒が一気に遠のく。案外繁盛していないものだなとごく普通の感想を持ったアルクゥは、ヴァルフが自分を後ろに押し遣り一歩踏み出した動作で客の視線の鋭さに気付いた。


「お前たち柄の悪いことは止めろ。その二人が悪逆を挫いた英雄だ」


 奥から出てきた金髪を短く後ろで括った男だ間に入る。ギルベルトだ。仲裁によって緊迫した空気は消えるが、ヴァルフの機嫌はむしろ傾いたようだった。


「何が英雄だ気持ち悪い。それに俺は一人で来いと言ったが」

「すまん。そのつもりだったが撒けなくてな」

「子守が必要な歳かよ」

「何かと物騒な時世だからだろう。皆信頼できる部下たちだが、気になるようであれば魔術で音を遮断してもらって構わない」


 アルクゥは警戒から好奇心に変わった視線を避けてフードを被る。ギルは再び部下を窘めながら少し緊張した様子でアルクゥに向き直り、何を思い出しているのか悲喜が入り混じった複雑な表情で微笑んだ。


「久しいなアルクゥ殿。俺は」


 直前までの明朗さを欠く声にアルクゥはヒヤリと背筋を凍らせギルの言葉を遮った。


「急にお呼び立てしてしまい申し訳ありません」


 ギルが口にしかけたのは十中八九、謝罪か悔恨かその類だと踏んだ。

 心にもないことを色々並べ立てつつギルを見つめて、次いで横目で何度も訝しがるヴァルフを見遣る。兄弟子に聞かれたら血を見る羽目になるから何も言わないでくれ、と。

 ギルは眉を下げて微かに俯き、自嘲のような笑みを一瞬口元に過ぎらせてから「用件を聞かせてくれ」と二人を椅子を勧めた。

 ヴァルフが魔術で音を遮断したことを確認してアルクゥは侯爵からの手紙を取り出した。


「これを司祭……いえ、陛下か、その側近か誰か。信用できる力を持った方に渡してください」

「読んでも?」

「構いません。信用しています」


 ギルは目を見張り、重々しく手紙を受け取る。何度か視線を上下させてから額に手を当てた。


「著名な魔術師、有力者のお抱え共までか。責任ある者が非道なことを。……アルクゥ殿はこれをどうしたい?」

「判断は国を動かす方々にお任せします。私が立ち入っていい領分ではありませんから」

「渡す者によってはこれは握り潰されるぞ。侯爵の告発ではない、何の証拠もない偽物だとな。……陛下に直接お渡ししてみるが、まだこういったことに疎くていらっしゃる。恐らくは最初に側近のオットーに相談する。敵か味方かという点で言うなら奴は確実に味方だが慎重すぎるきらいがある。北領のほとぼりが冷めるまで大きく動くことはないかもしれん」

「蝕まれることを良しとするなら、何も言うことはありません」


 つい口を突いて出た厭味ったらしい言葉に自分自身で憤然としているアルクゥに「本来なら」とギルは顎を引いて上目で窺うようにする。


「貴公の言う通り司祭に渡すべきだと俺も思う。しかし」


 別に言ってないと否定しかけて歯切れの悪さに違和感を覚える。


「王宮に襲撃があった」


 それは、と膝の上に置いていた両手を握る。


「俺は王都を離れていたから詳しくは知らない。皆の口も堅く断片を繋ぎ合せた情報しかないが、白昼堂々と侵入してきた者がいたそうだ。二人襲われた。一人は軽傷だが、もう一人は体を潰されて生死の淵を彷徨っていると聞いた」

「司祭が……ですか」

「そうだ」


 アルクゥは口元を覆う。動揺は少なくなかったが、深く呼吸を繰り返して自分を落ち着かせた。生きているのなら、魔力保持者は生命力が強い。きっと大丈夫だ。


「――犯人は」

「捕まっていない。それと軽傷の方は小柄な黒髪の娘だったらしい。ふと思ったのだが、アルクゥ殿の外見と同じだ。気にしすぎかもしれないが……それに王都には英雄が帰ってきているという噂が流れている」

「気にしすぎでしょう」

「だといいのだが。貴公の居所については諸説入り乱れている。もし狙われているのだとしても易々と見付かりはしないだろうが、充分気を付けてくれ」


 ギルはアルクゥを、次いで腕を組み無言でいるヴァルフに念を押すような視線を向けてから手紙を丁寧に畳み懐に仕舞った。


「これは確実に届けよう。俺の真名と誇りに誓う」

「お願いします。押し付けてしまって申し訳ありません」

「これくらい何てことはないさ」


 受け渡された厄介な荷の重さを感じさせない様子でギルは力強く頷く。

 こうして無事に手紙を託すことができたアルクゥはヴァルフと店を後にするのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 外に出ても明るい喧騒はアルクゥの耳から遠く離れている。

 肩の荷は下りた筈なのに別のものを拾ってしまった心地だ。

 ――体が潰されるのはどれほどの痛みか。

 心配して思乱れるには相手との距離が足りず、かといって他人の災禍だと見て見ぬ振りはできない心情の近さはある。

 いつまで悩ませるつもりだと頭を抱えてふと思う。

 逃亡中は追手として怯え、主従時にはその命令に脅えて、そして今。意識していない期間の方が実は短いのだと。

 物思いに沈むアルクゥの傍らで、ヴァルフもまた何か考え事をする風情でどこか気がそぞろだった。合流したマニに辛気臭いと鼻を摘まれたアルクゥが引っ張り回されながら街を観光している最中、途中で一言置いて姿を消す。夕方になって宿に帰る頃にようやく戻ってきた兄弟子に何をしていたのか聞くと、妙にすっきりした顔で「犬が纏わりついてきたんでな」と首を傾げるようなことを言っていた。

 おいしい夕食を三人で食べ、二人と別れてアルクゥは個室に入る。

 色々とあった一日の小旅行は和やかな雰囲気で終わり、後は暖かくして眠るだけで幸せだ。なのに今日に限って睡魔は訪れを拒否している。頭の中で数えた羊すら柵を飛び越え逃げ出すので始末におえない。

 寝付けない理由をベッドのせいにしてから数時間。

 明け方近くにようやく意識は微睡むが、正体不明の感覚がアルクゥを眠りの淵から引き戻した。


 はじめはなぜ起きたのかわからなかった。


 ベッドを飛び起きている自分の体を見下ろして、部屋を見回す。ほの白く光る窓をそっと開けると空は紺から朱に向かって流れていた。じきに夜明けが来る。

 しばらく空を眺めていたアルクゥの髪を、朝の光を含んだを微風が遊ぶ。

 二度三度と髪を揺らしてから、四度目に少し強く吹きすさび、不快な音をアルクゥの耳に届けた。

 窓枠を強く握って身を乗り出す。息を止めて耳を澄ませば、また聞こえた。命の危機を訴える悲鳴だ。

 何も考えることなく窓から飛び降りる。石畳の道を覆う霧のような朝もやに一瞬鼓動が跳ねるも、アルクゥは走り出した。

 小路を出て大通りに差し掛かる。向かいから必死の形相で逃げてくる朝市の証人らしき男女に何が起きたのか聞こうとすると、口を開くと同時に腕を取られて引っ張られる。


「早く逃げるんだよ!」

「な、何が」

「魔物だ!」


 口々に上がったその叫びが聞こえたかのように道の先から大きな影がのっそりと現れる。

 距離があるように見えたのは一瞬、石畳を砕くほどの強い跳躍で間近に迫ってくる。

 靡く竜の尾、うねる蛇のたてがみ、犬の頭が三つ。その影にすら易々とアルクゥたちを飲み込む巨体が落ちてくる。

 ――三つ首犬サーベラス

 地獄に繋がるような深い洞穴を好む魔獣の最上位がなぜこんな場所に。

 腕を握りしめていた女が硬直する。それを突き飛ばし、自身も避難しながら頭の一つに狙いを定めて魔力の刃を突き入れた。サーベラスの分厚い鼻面は空中に出でる刃が最高硬度に達する数秒を耐え抜き、巨体の重みで刃を砕きながら着地する。

 あれが通じないならここでは無理だ。

 他が散り散りに逃げ出した中で一人転んだままの女の手を取り路地に逃げる。小山のような巨体が一拍遅れて両側の建物にぶつかった。小回りの利かない図体に助けられた。


「あ……ありがとう」

「下がって」


 サーベラスは路地に頭の一つをねじ込みガチガチと宙を噛んでいる。

 煉瓦の壁にはすでに罅が入り始めている。炎を作り迎え撃つ暇はないと倒すことに見切りをつけ奥へ逃れる判断を下した。不意に聞こえた大きな軋みに壁の脆さを舌打ちしながら肩越しに後ろを確認する。

 サーベラスの頭が左側の壁にめり込み血を吐き出していた。

 足を止める。舌を噛んだわけじゃなさそうだ。

 警戒を解かずに観察していると再び大きな軋みが上がった。サーベラスがぐらりと傾いて血泡を吐く。軋みは、壁が壊れる音ではない。魔獣の体躯が破壊される音だ。

 二度目の衝撃で犬の頭は完全に煉瓦の中に埋没する。そして三度目の軋みで壁を抉りながら左に吹き飛び、轟音と共にアルクゥの視界から外れた。

 空白となった路地の入口を凝視する。

 左から腹に響くような低い唸りが聞こえた直後、地を蹴り上げたサーベラスが一瞬視界に過って右側に消える。気絶した頭がだらりと垂らす舌が猛毒の唾液を撒き散らして地面を溶かす。状況を覗こうとしていたアルクゥはそれを見て立ち止まった。


 牙が空気を噛む音と咆哮が続くがすぐに段々と弱まっていく。亡者すら震わせるサーベラスの唸りはじきに細い子犬の鳴き声へと変わった。

 獰猛に突進していった姿とは打って変わった、竜の尾を後ろ脚の間に丸めて退却するサーベラスが再び視界に現れる。頭は残り一つにまで減っていた。

 降参を啼く背中に容赦なく飛び乗った人影は、蛇のたてがみを踏み潰しながら後頭部に切っ先を深々と突き立てる。その一撃が致命傷となり、サーベラスは上半身から石畳に倒れ伏して虚脱した格好で石畳を滑っていった。

 勝敗は決したようだ。

 腰の抜けた女を置いて路地を出たアルクゥは、首筋を解すように手を当て軽く剣を一振りして血糊を払う背中を呼ぶ。


「ヴァルフ?」

「あー……こんなとこで何してんだお前」


 寝癖がそよそよと風に揺れている。寝起きの掠れた低い声と普段にも増して酷い目付きは、いかにも無理やり起こされた人間のそれだ。アルクゥが悲鳴が聞こえてからの一連の流れを話すと、しばらくぼんやりと考える素振りをし、おもむろに拳骨を落とした。声も無く痛みに悶絶するアルクゥに蹄の音が近づいてくる。


「アルクゥ殿、怪我を?」


 息を弾ませたギルが馬型の魔物からアルクゥの傍に下りるギルは、頭をぶつけただけだと言うと強張った表情を少し緩めた。

 制服姿ではないラフな格好で、白いシャツには返り血が付着している。

 それを見たヴァルフがいくらかしっかりとした声で尋ねた。


「他にも出たのか。廃域は魔物の苗床じゃなかっただろ」

「廃域から溢れたものではないだろう。噂の魔獣の群れかもしれん。中心街にも別種が五体出た。すまないな、一番厄介なそいつは取りこぼしだ」

「対魔物の特別師団ならこぼすな」

「ごもっともだ。……人が集まってきた。場所を変えよう」


 三人は人が少ない道を選んで歩き出す。人気が完全に途絶えた辺りでギルは口を開いた。


「魔獣は囮だ。部下が一人殺されて廃域の核が盗まれた」


 アルクゥもヴァルフも目を丸くする

 廃域の核は発見次第破壊するのが原則だ。廃域外に持ち出しても廃域自体は消えるが、移動させた先で廃域が再発生したという話もある。


「なぜ持って帰った」

「重要な研究に使うと上からのお達しがあった。俺たちが出張ってきたのはそのせいだ。核の力が漏れないように厳重に封じて、今日にでも使いの者に渡す予定だった」


 淡々の言ってはいるが握った拳の指先が白い。血の気が失せた顔にありありと悔悟が浮かんでいる。


「早く街を出た方がいい」

「言われなくてもそうするが、お前はどうするんだ」

「俺は部下を残して一旦王都に帰還する。預かり物まで盗まれては困るからな。ついでに魔術師も引っ張ってこよう。魔獣群れを統率していたのが人間であるとすれば、詳しく調査しなければならないだろうから」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 夕方近くに拠点へと帰ってきた三人を出迎えたのは、なぜか隠者のアーチメイゴーだった。

 ヴァルフとマニが素早く自室に逃げる中で一人出遅れたアルクゥが捕まる。

 流暢な弁舌の受け皿と見定められたようで、半ば無理やり談話室まで連行された。そこで先客を見つけて軽く驚きの声を上げる。


「ガルドさん、珍しいですね」


 部屋に引きこもって怪しげな作業に没頭しているはずのガルドは呻くような返事をする。くたびれたとんがり帽子を顔半分まで引き下ろし、蹲るようにソファに座っていた。まさかと思ってメイを見上げると、紳士の顔が穏やかにほころぶ。


「引っ張り出したんだけどあの調子でね」


 前々から思ってはいたが自由な人だ。

 ガルドはその声すら不快とばかりに帽子を深々と被り直した。


「知り合いでしたか」

「お互い長く生きているからねえ。少しは丸くなってもいいはずなんだけど、彼女は相変わらずケチ臭い。何を研究してるか覗こうとしたら殴られてしまった。しかも平手じゃなくて拳で。何だか行き詰っているみたいで、八つ当たりされたような損な気分だ」

「明らかに正当防衛でしょうに。……大丈夫ですか?」


 帽子で顔を完全に覆ってしまったガルドの窒息を心配して覗き込む。相当参っている様相に甘い菓子を勧めてみると、血色の悪い手がそれを受け取った。


「ありがとう。少しだけ愚痴を言わせておくれよ。研究材料が届かなくてね。あれを当てにしていたものだから、落胆してしまって……せめてあと五つはないと……一つも無駄にはできないのに……」


 薄暗くぼそぼそとした声で言って膝を抱えてしまった。

 医者を呼ぶべきかと逡巡するアルクゥを余所に、対面に座ったメイは軽快に喋り始める。


「ウリディスに行っていたんだろう? 一度行ったことがあるけど良い街だよねえ。魔獣騒ぎがあったようだけれど大丈夫だった?」

「はい。ヴァルフが一体仕留めて、他は王都の軍人の方々が。ですが……」

「うん?」


 つい口を滑らせかけたアルクゥだが、言葉を飲み込んだ後に世捨ての隠者と権力を捨てた魔女をまじまじと見つめる。文殊の知恵にも勝る可能性がある二人だ。ここはむしろ助言を求めた方がいいのではないかと思い至り、ウリディスに出かけた経緯と廃域の核が盗まれたことを語り聞かせた。


「へええ、告発かあ。僕の名前なかったよね?」

「もちろん」

「そっちの魔女の名前はあったよね?」

「いえありませんでしたが」

「それはおかしい。悪い魔女をのせないなんて、それ偽物じゃないかな」


 いつの間にか帽子から顔を引っこ抜いていたガルドが光のない目でメイを睨む。メイは冗談だと口髭を撫で付けアルクゥに手の平を突き出した。


「何ですか?」

「アルクゥ君の性格からして写しがあるはずだけど?」

「……持ってきます」


 自室の机に保管していた告発文の写しを持ってくると、メイは喜々として受け取り上から順番に朗読を始めた。

 この人は知り合いだとか、こいつは昔から気に食わなかっただとか注釈を加えながらさして目新しい情報もなく読み終わる。

 収穫なしかと写しを回収したアルクゥの横で、ガルドは前触れなく立ち上がり確たる足取りでどこかに行ってしまった。

 呆然と見送ったアルクゥは恐る恐る廊下を覗く。「頭をやられてしまったようだね」というメイの言葉を真に受けたわけではないが、危ういものを嗅ぎ取ったのは確かだ。 開いた書庫の扉を見つめていると、しばらくしてからガルドは視界を塞ぐほど山ほどの本を腕に積み上げて出てきた。よろけながら無言で階上に消えていく。

 困惑しながら談話室に戻るとメイまで居なかった。かわりに置いてあった書置きには「時間なので帰ります」とある。

 自分も歳を重ねればこのような奔放な精神を身に着けることができるのだろうかと、アルクゥは空のティーカップを片付けながら肩を落とした。


 そして、ガルドはその日から前にも増して騒音を巻き散らかすようになる。

 歪んだ魔力を頻繁に感じるようになってからは危機感を覚えたヴァルフがガルドを追い出そうとし、その度パルマが立ちはだかり、アルクゥが割って入るという循環が出来上がっていた。マニは居候の負い目かどちらにも一切加担しなかったが、美味しい夕食を作ってヴァルフとパルマの機嫌を直していた影の功労者と言えるだろう。

 アルクゥは胸に蟠るものに時折目を向けながらも騒がしい日々に没頭した。


 そんな日々が一週間ほどが続いた、とある日のことだった。


 掃除に精を出していたアルクゥは派手な扉の開閉音に肩を竦ませた。あの開け方はパルマかと予想すると「ちょっと出てきなさい竜殺し!」と肉声によるアルクゥの召喚が行われる。

 手を止め苦笑しながら小走りに迎えに出る。

 パルマは両腕一杯に荷物を抱えたながら仁王立ちの半眼でアルクゥを見る。なるほど手伝えばいいのだなと差し伸べた手に、何が気に入らないのか眉を寄せ、その場で体を半回転させて横向きになり人差し指を立てた。かろうじて荷物と指の間に挟まっていた記事がアルクゥの足元に落下する。


「いっつも気にしてるから持ってきてあげたわよ。結構な事件があったみたいね」


 パルマは重い足音を立てて階段を登っていく。

 その音が消えてしばらく経ってから新聞を拾い上げた。

 最悪を予想してぎこちなく強張る指で紙面を開く。目に飛び込んできたのは、大罪人捕まるという大きな見出しの文字だった。

 なんだ、と無意識に安堵の息を吐きながらその下に続く文面を読み――記事の両端を握り潰す。

 ――指名手配中の魔術師ベルティオが王宮に侵入し、事態に気付いた近衛騎士が一時捕縛するも、逃げたベルティオは王宮魔術師一人を攫って煙のように掻き消えた。


 アルクゥにとって彼の魔術師の出現は間違いようもなく凶兆であろう。

 そして性急にも、その先駆けは夜に訪れた。


 

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