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精霊のシジル  作者: 染料
五章
61/135

第六十話 穴倉を抜けて



 地の奥底へと続いているかのような隧道を下っていく。

 入口付近は乾いていた道だが、少し奥に行くとカビの混じった水気の匂いがした。昏い道には時折水滴の音が不気味なまでに反響する。

 最後尾を行くアルクゥは何者かの手が伸びてきそうな背後を気にしつつ、前方のマニたちを観察する。

 関係は芳しくない。

 荷物よろしく、アルクゥにサタナたちへと身柄を譲渡されたマニは不機嫌の権化であり、無意味に猛禽に似た橙の眼を剥き周囲を威嚇している。

 サタナとヤクシを含む魔術師四人は無視という方向で一致しているが、一人だけそれに付き合っている者がいる。アルクゥに突っ掛かってきた若い魔術師だ。

 売り言葉に買い言葉。意味が分からないが、恐らく下品な言葉も飛び交い非常にうるさい。

 同年代ゆえの反目といったところか、とアルクゥは自分の年齢を棚に上げて子供の口喧嘩にそっと嘆息した。そろそろ溜息も枯れる頃か。

 ――それはいいとして、だ。

 閉所での戦闘を危惧して彼らにマニを頼んだ。戦闘でなくとも、確実に起きる問題に対処してくれるだろう。その点についてアルクゥは彼らを信用している。


 心配なのはマニのその後と――そして自分のこの後だ。


 北領、そして魔術師たちにしたみれば首を突っ込んできた完全なる部外者。客観視すればアルクゥはマニの味方、ひいてはサタナたちの味方ということになるが、諸々の事情を考慮すればその立場が非常に危ういものとなる。

 政務補佐の司祭を刺して王宮から逃亡した人間。

 実際に刺したのはヴァルフだがサタナにとってそう変わりはあるまい。法に照らせば傷害、その幇助だろうか。

 デネブに帰還する際、英雄を大々的に手配する阿呆はいないとヴァルフは笑っていたが、まさか傷害の被害者当人に会う羽目になろうとは。因果の過度な応報が理不尽に身にしみる。

 アルクゥは苦い顔で前を行くサタナの後頭部を睨む。生存を知った時はそれとなく安堵したものの、この状況では死んでくれていたほうがいくらかましだったかもしれないと思う。

 事ある毎の訝しげな視線はやはり思うところが――つまり直接的に言うならば、恨みの意思表示かそれとも利用価値の値踏みなのか。どちらにしても真っ平御免であることには違いない。

 そして、とアルクゥはサタナたちの更に前を行く者たちを睨む。

 北領の人間は言うまでもなく敵である。

 唯一の味方はマニだが、実のところ最も得体が知れない筆頭だろう。

 追われる理由を明かしてくれていれば、それが納得できる理由であれば最後まで付き合ったかもしれない。

 だが、とアルクゥは足を止め肩越しに後背の暗闇と見詰め合った。


「どうかしましたかのう」


 探知を担っている白い顎髭の老魔術師が穏やかに言うと全員が立ち止まる。

 視線を一手に受けたアルクゥは些か緊張しながら首を振った。


「お構いなく。少し足を痛めたようです。先に行ってください」

「仕方ねぇな。運んでやっか。荷物のように」

「あ、お気持ちだけで結構です。治癒術がありますから」


 マニの好意を素気無く断りしゃがみ込むと、視界の端で彼らの持つ灯りが遠ざかっていくのが分かった。

 長く伸びた影が揺ら揺らと離れていく。完全な闇を待って自分でも灯りを作り、すっくと立ち上がり踵を返した。

 さて問題は引き返した先の竜をどうするかだ。


「おい、どこに行く」


 心臓が飛び跳ねて思わず光源を握り潰した。

 光の飛沫が幽く消えると、声の主が代わりに灯りを作って辺りを照らす。ヤクシの不機嫌な顔が陰影を帯びてすさまじい。


「方向もわからんのか貴様は。そっちは今来た道だ」


 知っていると答えかけたアルクゥはヤクシの態度に口を閉じる。逃走への牽制かと思いきや顔は本気だ。


「貴方が私を気にかけるとは思いませんでした」

「誰がかけるか」


 そう切り捨てたヤクシだがアルクゥの歩みを待つ姿勢を崩さない。

 しばし迷ったアルクゥは今は大人しく頷いておくべきだと判断する。示された方向に進み始めると、ヤクシは一つ距離を空けた後ろから付いてくる。

 落ち着かずにチラチラと視線を遣っていると、ヤクシは盛大な舌打ちを零してアルクゥの視界に入る範囲に移動した。


「機嫌を悪くなさるくらいなら放っておいてくださればいいのに」

「黙れ。貴様と会話する気はない」

「先ほどは何の御用だったのですか?」

「……なぜ貴様がここにいる」


 ヤクシはふてぶてしい様で前言を翻す。


「廃域調査です」

「偶然ここにいる、と。あの小僧と知り合いではないのか」

「不慮の事故でここに来た、と言った方が正しい。いわゆる神隠しです。誰が好き好んで北領の廃域調査など」


 正しくは人の不興を買ったことによって引き起こった人為的な事故だ。

 限りなく被害者ではあるが、神隠しにあう直前にあの色白の女性の手に出来た酷い火膨れが、アルクゥの加害者を弾劾する気概を殺ぐ。

 何となく胸元の首飾りで手遊びをしながら続ける。


「あと彼とは出会って半日の仲です。不幸同士、協力して鉱山街で別れる予定でした。なので彼を取り巻く事情は、追われていること以外に一切知りません」

「聞きたいか」

「……特には。それよりも、はっきりさせておきたいことが」


 薄情な女だというぼやきを無視してアルクゥは問う。


「私の立場は、今どのようなものになっているのですか」

「どのような、とは何だ」


 平坦に返ってきた声に含むものは一切感じられない。鼻白んだアルクゥはまごつきながら言葉を選ぶ。


「退官の届け出もせずに王宮を去りました、それに」

「護衛官の身でありながら、サタナ様が刺されてもただ眺めていたな」

「……知っていたのなら手早く教えてください。時間の無駄ですので」

「貴様はまるで自分の立場を自覚していない」


 ヤクシは面倒臭そうに呟いて深海色の魔眼を細める。


「英雄を罪人として手配などできるわけがないだろう。外聞が悪いにも程がある。あの目つきの悪い貴様の兄弟子にしてもそうだ。海魔を際限なく召喚する陣を破壊した英雄の兄弟子、貴様に次ぐ功労者だ」

「それは初耳です」

「そもそも、貴様らがサタナ様を害した事実を知る者すら少ない。それに知られたとしても、貴様らを咎める者などいなかっただろう。あの時のサタナ様の立場は、権に溺れ過激な私刑を行った極悪人だ。もし死んでいたとしても、褒めこそすれ責める者など誰もいはしなかった」


 アルクゥはしばし口を閉ざし、胸の奥に燻った黒いものを抑える。


「あの人が刺される場面をただ眺めていた私が言うことでもありませんが……随分な仕打ちですね」


 思わず顔を顰めずにはいられない。

 アルクゥにとってサタナは正道ではなかった。しかし王宮にあった者たちにとっては、少なくとも国王らにとっては彼は必要な者であり、大変な仕事を成し遂げ国を助けた者である筈だ。

 それを、事の仕上げに起きた不具合と共に切り捨てたというわけか。不快を隠さないでいると、ヤクシは珍しいことに苦笑を見せた。


「そういうわけではない。失脚は元から仕組んでいたことだ。サタナ様は最初から、一切が終わればただの聖職者に戻ると明言していたからな。むしろ良い機会だと言っていた」

「そうですか。でも見たところ“ただの聖職者”には戻っておられないようですが」

「まだ終わっていないと凡愚こくおうが泣き付いたからな。実際、国は乱れている。元凶を調査せよとのことだ」

「ヤクシさんも? ユルドさんはどうしたのですか?」

「俺はサタナ様の護衛を辞める気はなかったのでな。他の魔術師三名は復讐、酔狂、好奇心だ。彼女は王都にいる。佐官に抜擢されて今は中佐だ。直前でこちらに寝返ったホルスト参謀長の補佐官かんしをしている」

「ああ、そう言えば参謀長の主であるコンラート大元帥は、最後まで蚊帳の外でしたね」

「ホルストが御していたからな」


 監視ということはユルドは常に参謀長の傍にいるのだろう。だからなのか、随分と憎々しげだ。


「とにかく貴様は罪人ではない。それに契約は果たされたと聞いた。貴様は歪んだ権力分立を是正する手助けをし、対価としてネリウス様の治療を得る。前者は間違いなく履行された。それは……」


 ヤクシは微かに言い淀み、溜息を吐きだして続けた。


「――賞賛されて然るべき大業だ。王宮正門から堂々と出ていく資格が貴様にはあったが、まあ夜逃げを望む疚しさがあったのなら仕方がない。凡愚やオットーの狸外相、側近共は英雄を手の内に置きたがったようだから、穏便な出立としては正解だったがな」


 アルクゥは驚いて目を瞬かせる。


「明日は雨ですか」

「知るか」

「しかし、あれは穏便とは言えないでしょう。剣呑な門出だったのですけど」

「あの茶番はなかったことにしておけ」

「――茶番」


 アルクゥは鸚鵡返しにしてそれの指す意味を考える。

 新月の夜だった。サタナは去ろうとする自分の前に立ちはだかり、残留か死かの二択を刃と共に突き付けた。だが急襲したヴァルフに胸を穿たれ、アルクゥを留めも殺しも出来ず、逆に自らが死の淵に立つような怪我を負った。

 互いの生死が朧気だった夜だ。

 ――それが茶番と言い切るのか。

 困惑するアルクゥにヤクシは言葉を重ねる。


「茶番だ」

「それは……どういった趣向の?」

「知るか。本人に聞け」

「一番肝心な部分が分からないのは困ります。恨まれているのなら逃げ出したいのが本音です」

「だから逆方向に行こうとしていたのか。呆れ果てる程の馬鹿だな。まあ俺は貴様が困ろうが痛くも痒くもない。……が、情けで一つ教えてやる。あの人はあれでいて自罰的だ」


 自罰的、と聞き慣れない語句の意味を脳内で探るアルクゥをヤクシは遮る。


「ところで、一つ教えた代わりというわけではないが……こちらも、一つ聞いても良いか」


 散漫する思考で諾と頷くと、ヤクシは重たげに口を開いた。


「ネリウス様は」


 不意の質問に呼吸が止まる。

 掠れた蚊の鳴くような声で逝去を告げる。


「そうか」


 ヤクシはただ悼むように目を伏せ、遅れるなと一言置いて前を進む。



++++++++++



 本来使用すべきであろう昇降機が当然壊れていたので、錆付いた梯子を長々と下り竪坑を下りる。

 生きた心地がしないまま目の眩む高さを下りきると、そこでヤクシを待っていた魔術師らと合流した。一歩引いたアルクゥにマニが慌てた様子で近寄ってくる。


「遅かったじゃねぇか。足、大丈夫かよ」

「ありがとう。大丈夫です」


 そうか、と目に見えてホッとしてからマニは坑道の先を顎で指した。 


「第二坑口はすぐだ。無能じゃなけりゃ、北領の犬共が先に作業してるだろ。へばってくれりゃあ楽なんだが、問題は撤去後だな」

「どうしますか」

「あー癪だが、領に睨まれちゃどうにもなんねぇよ。北を抜けるまでは精々貴族気分で守られてやることにするわ」

「魔術師五名の護衛なんて貴族でもそうありませんよ」

「おお、そりゃすげぇ。――おいコラぼさっとしてんなよ。俺様を守るんだろ」


 心配したのが阿呆らしくなるほど順応したマニにあの若い魔術師が噛みついているああやって張り合っているお陰で不安がある程度払拭されているのかもしれない。

 これで懸念の半分は消えた。

 安堵したアルクゥが再び集団の最後尾を進むつもりで動きを待っていると、先頭にいるサタナが不意にこちらを向いて心臓が嫌な音を立てた。


「魔物が出る可能性もあります。貴女もできるだけ近くを歩いてください」

「私が、守られる必要はないでしょう」

「お願いします」


 笑みの欠片も見当たらない真顔に威圧されて思わず頷く。

 敵ではない。ヤクシの言葉は未だによく理解できないがそれだけはわかる。だが怖いものは怖いのだ。

 性格が変わったのかもしれないと自身の動揺を取りなしてみるが、ヤクシ以外の魔術師三人は目を見張ってサタナを凝視している。


「お加減でも悪いのですかのう」

「万全ですよ」


 それは一大事、と老魔術師が呟くのを黙殺したサタナは先んじて歩き出す。すると魔術師たちの視線が今度はアルクゥに集まる。


「そんで、お前はどうすんだ」


 マニはその微妙な空気に臆さず、ヤクシを押し退けてアルクゥの横に陣取る。ヤクシは眉間に皺を刻むが何も言わずにサタナの後ろに位置を移した。何となくホッとしたアルクゥはぎこちなく笑う。


「ご心配なく。私は一人でも帰れますよ。顔も覚えられていませんから」

「なあ、それ取ってくんねぇと次会ってもわかんねぇんだけど」

「私が分かるから良いのです」

「あァ? お前はそれでいいだろうが……」


 口を尖らせたマニはふと顔を上げる。

 アルクゥもそれに倣うが、上に見えるのは煤けた天井ばかりだ。


「あァ、雨だな。これであのクソ竜は完璧に匂いも魔力も辿れねェ」

「雨? よくわかりますね」

「え……おう、まあな。天気の予報で食ってたこともある」

「明日も雨ですか?」

「雨だな」


 自信を持って頷いたマニにやはり雨かと呟くとヤクシの肩が微かに跳ねた。

 到着した崩落現場では北領兵士は黙々と作業を進めていた。

 中には泥のゴーレムもいて、こちらは人の手に余る岩を運んでいる。

 第三坑口の事故は多数の死者を出したが、この第二坑口は浅く崩れただけだとマニは言う。


「奴らに任せっぱなしでも一時間もありゃ済むだろ。つまり俺らが手伝わなくても構わねぇってことだな」

「彼らが消耗してくれるとやりやすいですからね」


 木の枠組みで補強してある箇所に背を預けて撤去を待つ。

 呑気に休む魔術師の一団には頻繁に悪意の混じった視線が向けられるが、サタナたちは全く意に介していない。

 同様に涼しく悪意を受け流したアルクゥが素直な感想を述べるとマニは微妙な表情を浮かべた。


「おっかねぇ言い方すんなよ。……まあ、しかし、竜ってのは想像してたのと違ったな。ありゃ何つーか、品性が足りねぇ。それに翼ある癖に飛ばねぇしよ、何かトカゲみてぇな造型が格好悪ぃ」

「たしかに、本にあるような華々しい形ではありませんでしたね。それに思ったより小さかった。無翼竜だとあれくらいなのでしょうか」


 記憶にある大蛇の竜とは比べるまでもない。

 クエレブレの頭部よりも小さいくらいだ。「小さい?」とマニの声で追想から我に返る。


「アレが小さいはねぇだろ。お前もしかして他にも竜を見たことあんのか」

「ええ……一度だけ」

「ん? ああ、そりゃ当然か。だったらお前」


 後に続く言葉が大方予想できたアルクゥは墓穴を掘ったかと苦虫を噛み潰す。逆にマニは少年のように瞳を輝かせた。


「竜殺しを見たことあんのか?」

「少しは」

「どうだった? 美人だったか?」

「私はすぐ気絶してしまいましたから……何とも……」


 居た堪れずに口ごもると突如若い魔術師が咳払いをし、会話に割り込んできた。


「俺は話したこともある。羨ましいか」

「あァ? 何でテメェが……ああそういや最近王都にいたって話だったか。けっどうせちょろっと喋ったぐらいだろうが。あっちはテメェの名前すら覚えてないってオチだろ。……で、どうだった」

「無礼な発言を取り消すのなら教えてやらんこともない」

「悪かった」


 アルクゥは居た堪れずそっとその場を離れる。

 サタナの目があるので坑道の少し奥に移動するに留めねばならなかった。聞こえてくるのは赤面を通り越して青くなるような美辞麗句の英雄譚だ。魔術師の口によってマニに披露されている。

 羞恥で消えてしまいたくなる。

 若い魔術師の言葉は、余分な装飾を切り落とせば間違ってはいない。王宮にいただけあって巷に流れるような嘘はない。アルクゥが引き起こした騒動などで内容は事実だ。

 にもかかわらず主観の思い込みが事実を捩じ曲げんばかりに飾り立て大仰なものにしている。

 英雄は華々しくあれ。

 そういうことか、とアルクゥは手の平を見つめる。人は無意識にそう望む。英雄という言葉は人の潜在にすり込まれている。デネブの住民がアルクゥを英雄と呼ばず、例えば救済者などとでも称していれば、過度に誉め囃されることはなかっただろう。


「実際どうなんだ」

「何がですか」


 足音もなく近付いてきたヤクシがほとんど唇を動かさずに尋ねる。


「大蛇と比べると、無翼竜など」

「まさか」


 敵と自分とを隔てる強力な盾があり、なおかつ敵が鈍重であれば倒すこともできただろうが。アルクゥは首を振った。


「私はよく切れる刃物を持っているだけで、それを使いこなせるかどうかは別の話なのです」

「そうか」

「……素直ですね。何か言われるものと思っていました」


 家畜が宝石を持つようなものだくらいの嫌味は覚悟していた。

 ヤクシはふんと鼻で笑い、英雄譚に集って一時停戦しているマニたちを見遣る。


「俺は貴様に何も期待していない。よって文句を言うのも馬鹿らしい」

「それはありがたく思います。……ヤクシさん、あれをどうにかして欲しいのですけど」


 気が付けばそこにある、探る目付きにいい加減辟易する。

 ヤクシは少しそちらを見て素っ気なく「嫌だ」と言った。


「貴様の問題だ。善処しろ。その胡散臭げなゴーグルとマスクをとって、面と向かって話でもすることだ」

「話すことなんて……ああ、終わったようですね」


 土と岩が取り除かれ、足場は悪いが道としての機能を取り戻していた。

 作業をしていた兵が小さく歓声を上げ――空気が緊張を孕む。互いに波乱を理解しての静寂が狭い坑道内を押し包む。

 臨戦態勢一歩手前の中、初めに声を上げたのはサタナだった。


「作業御苦労さまです。とりあえず外に出ましょうか。ここは狭い」

「……それについて異論はない。我々が先に出る」

「どうぞ。それくらいは構いませんよ」


 煽りを含む声に灰髪の男は凄まじい形相をし、乱暴な号令一下で十八名の生き残りを率いていく。


「どうさなる」


 初めて口を開いたがっしりとした体格の魔術師は酷く嗄れた声で問う。


「不意打ちに備えてください。相手には二択しかない。急襲か話し合いか。どちらにしろ勝ちを譲る気はありませんが……彼らには負けを察していても逃げる可愛げはないでしょうねえ面倒臭い」

「では私が最初に出るのが最善か。……保護する方々は事が終わるまでここにいるべきではなかろうか。お二人とも戦いの心得はあるようだが、市民を巻き込むわけにはいかぬだろう。誰か一人……クルニクの御爺が残って壁になればいい。どうだ」

「拙は構わんがのう。それでよろしいか司祭殿」


 アルクゥとマニに視線を寄越したサタナが頷いた直後だった。

 響き渡った悲鳴、そして必死の形相で逃げてくる北領の兵士。ただならぬ雰囲気に身構えた丁度その瞬間に、出口の方向が灼熱に発光する。真っ赤に光る波が熱と共に津波の如く坑道に押し寄せてくる。

 アルクゥは本能的に両腕で顔を覆い体を伏せる。次いで、身の内の魔力を膨れ上がり弾ける――それが三つ。魔術に転換されたものが二つ。整然と練り上げられた術が劫火を阻み、純粋な魔力の塊が消し飛ばす。

 一体何が起こって誰が魔術を使ったのかすら認識できず混乱する場に一声が響く。


「奥に退避を!」


 間髪入れず立ち上がったアルクゥは、呆然とするマニの手首を掴み奥へと走り出した。


「竜、か? んな馬鹿な。何でここが」

「マニ、走って」

「……くそっ」


 魔力は辿れない。魔鉱石の産出していたこの鉱山は地の力が濃厚だ。匂いにしても同様だろう。だったら、なぜ。

 ――二匹目。

 番か。あの大蛇と違って無翼竜には雌雄がある。

 アルクゥは枯れた筈の溜息を。外からは咀嚼音と断末魔、そしてマニが言った通り雨の降る音がさらさらと鳴っている。



 

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