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精霊のシジル  作者: 染料
四章
29/135

第二十八話 風の主


 その後のことをアルクゥはほとんど覚えていない。


 王宮敷地内にある兵舎の近くでサタナと何か会話したような気もするが、明日迎えを寄越すということ、ネリウスは王立の特別病棟に入ることの二点以外は記憶から抜け落ちていた。とにかく疲れていた。使用人に部屋へ案内してもらうと即座にベッドに倒れ込んだ。

 意識は即刻暗闇に変わった。

 夢は見なかった。

 そして覚醒したときもまた暗闇だった。


 目を開けたアルクゥは小さく痛む頭を振って顔を顰める。

 寝ればある程度整理がつくはずの記憶や感覚は、なぜだか昨日から地続きであり少しも休んだ気がしない。

 慣れない部屋の匂いを吸い込みベッドから起き上がる。

 暗闇の中に窓を探し、手に触れた分厚いカーテンを手繰る。ガラス越しの空はまだ明るくなり始めたばかりだ。雲は見当たらない。今日も美しい秋晴れなのだろう。


 あと数時間で精霊祭の二日目が始まる。


 アルクゥは溜息を吐いて、とりあえず部屋の設備を確認して回った。浴室に空の本棚が三つ、大きな机にすわり心地の良さそうな椅子。その他も充実している。あらゆる面で優遇極まる魔術師ならではの兵舎ということだろう。


 浴室で体を清めてからタンスに入っていた衣服に着替える。シャツに軍のズボンという簡素な出で立ちだが非常に動きやすい。

 そこでようやく一息つけた気がして体を伸ばした。何か食べ物がないか探すと机の上に濃藍の外套を見つける。広げて見ると軍と魔術師の紋章が刻印されていた。

 しばらく眺めてから慎重に袖を通し、鏡の前に立つ。

 そこに居るのは見知らぬ顔色の悪い娘だ。


「お前は誰だ」


 問えば目の前の娘も口を同じように動かし――アルクゥは笑う。数ヶ月前は公爵令嬢、昨日までは魔術師の弟子で、そして今は軍人となった。これからも自分は何かに変わり続けるのだろうか。

 フードを被ってみると目元が影になりいよいよ顔すら曖昧になる。

 いつかこうして自分というものすらぼやけてしまうのかもしれない。

 それは楽な――とても楽な生き方だろうと思う。


 棚にあった軽食を食べ、時間まで体を休めておくつもりで椅子に座っていると、いつの間にか目を閉じていた。急かす様に扉を叩く音に飛び起きる。念のため外を確認してから開けると、昨日ここまで案内してくれた女性の使用人が深々と一礼した。


「おはようございます。司祭様のご命令でお迎えにあがりました。ご案内いたします」


 頷くと一刻も早くここから離れたいと言わんばかりの早足で先導を始める。

 アルクゥは魔術師が恐れられていることを思い出し、一定の距離を取って彼女について行く。

 案内された場所は兵舎から王宮方向に歩いた場所にある小さな噴水だった。

 そこにはサタナと見知らぬ大男、そしてなぜだかケルピーがいた。

 役目を終えた使用人は再び深い礼をし、噴水脇に立つ二人の異性のどちらかに熱っぽい視線を遣って立ち去っていった。


「おはようございます。眠れましたか?」

「おはよう、ございます」


 アルクゥはサタナと大男を見比べて、どちらからも目を逸らしてケルピーを見上げる。

 使い魔ネロのように見えるが確証は持てない。サタナとの契約がケルピーのものよりも強いせいだ。主従間に存在する見えない回路が別の契約で押しつぶされてしまっているらしい。

 試しに「ネロ」と呼んでみる。

 するとケルピーは首を大きく振って寄って来た。


「どうしてここに……」

「昨晩、東通用門で門番と睨み合っていたところを保護しました。貴女が昨日話していたケルピーだと思いましたから」

「話?」


 何か話したか。覚えていない。

 問い返すものの答えはなく、サタナは常の笑みを浮かべて隣の大男を示した。


「今日は彼と行動してください」


 指の動きに倣って大男を見る。

 上背があるサタナよりも大きな体躯に厳しい印象を与える銀と鉄黒の騎士服――そして鳥が卵を暖めるのに丁度良さそうな髪の毛。

 優しい顔つきではないものの人の良さそうな相好は秋の晴天が似合っている。荒仕事には向いていそうだが裏仕事には不適な、そんな印象だった。


「そんなに時間はかからねぇだろうから、半日は休暇でいいか?」


 大男は朗々とした落ち着いた声でひとりごちる。サタナはそれを聞いて微笑んだ。


「私だけ忙しいのは癪です」

「おい」

「時間が空いたら精霊鳥の鳴かせ方でも調べておいてください」

「お前な……」

「働き者の部下を持って幸せです。では、私は用事があるので失礼します」


 投げ遣りに言ってからサタナはアルクゥを一瞥して去っていった。

 充分な説明もないまま投げっ放しにされた気分だ。アルクゥは大男を見上げる。大男はアルクゥを見おろして「うん」と頷いた。


「ケルピーを連れて行くわけにもいかねぇし、それなら厩舎からな」

「何がですか?」

「俺の今日の仕事のことさ。あんたに色々案内して回るんだ」

「案内?」

「位置とか分かってないと不便だろ? ま、観光気分で気楽にしてりゃいいよ。あ、俺はスキャクトロってもんだ。階級は中尉、所属は近衛」


 クロって呼んでくれ、と大男は明るい目を向ける。陽光に透かされた鳥の巣頭がフワフワと風に揺れていた。




 王宮の敷地は宮殿を中央最後尾に据え、そこか各所の建物に向かい幾何学的な道が広がっている。緑地は少ない。グリトニルの屋敷には当たり前にある庭園もない。どことなく遺跡のような神錆びた雰囲気を感じるのは、アルクゥの頭にある王宮と言うイメージが華やかであってしかるべきと言うグリトニル国民のものだからだろう。

 クロは親切な説明を加えながら案内してくれた。

 主要な場所をアルクゥの住まうことになる兵舎を基準とした位置に言い換えてくれるので随分と分かりやすい。

 奇妙だったのは、門や抜け道といったところを繰り返し強調するところと、道行く兵や魔術師、官僚がそろって自分たちを振り返るところだった。

 首を傾げたが、言われるままに場所を頭に叩き込んでいく。一通り回り終えるころには陽が中天に昇る時刻となっていた。


「――これで大体は終わりだ。一度にゃ覚えられんだろうし、今日は門と抜け道だけ頭に入れておけばいいさ」

「王を逃がすために?」

「いんや、俺たちが逃げるためだな」


 クロはのんびりと伸びをしながら宮殿方向を見遣る。


「お前さんは来たばかりで知らんだろうが、俺らの状況はちっとばかし危うい。サタナと王が敵さんの外側を削っているが、こちら側はそれ以上の速度で削られてる感じだな。味方の流出は止められないのに、敵ばかりが増えていく」

「もしかして、近衛のあなたが私の案内をしてくださったのは」


 王宮内が危険だからか、と続けようとした言葉はクロの謙遜で遮られた。


「いやいや、俺は単に暇だったんだ。でも危険ってのはあるな。特にお前……ってさっきからすまんな。育ちが良くないもんで口の利き方が悪いんだ。アルクゥ、さん? でいいですか?」

「今まで通りで構いませんが」

「って言ってもお前……じゃなかった。アルクゥさんは俺の上司ですよ」

「私が?」

「ああ、知らないんですか。魔術師は全員が大尉始まり……あ、でも今まで通りのほうが気楽でいいか」


 余程嫌な顔をしたように見えたのか、クロは前言を撤回して話を戻した。


「ああ、危険の話な。俺ら王に味方するヤツが狙われる可能性も高い他に、王宮ってのは噂の回りが速い。特にサタナはほら、有名だし容姿も目立つだろ? そんなヤツがフードで顔を隠した、いかにも謎めいた魔術師を連れ帰ってきたとなりゃ、色んな憶測がぶんぶん飛び交ってお前さんは半日足らずでちょっとした有名人だ」

「謎めいた、ですか」


 余りのくだらなさに鼻で笑うとクロも苦笑する。


「野次馬は気にする必要ねぇが、お前さんを警戒して予め排除しようとする輩もいるかもしれん。が、かと言ってサタナの下で働いていることを隠せるわけもない。俺が考えるに、サタナはあえて見せることで敵さんが手を出しにくいようにしたんだな、うん」

「クロさんは狙われたことはありますか?」

「いいや。俺なんかは単なる王の護衛だし、腕っ節くらいしか特技はねぇ。政治的なことはからっきしだ。敵が邪魔に思い始めるのはユルドとかヤクシ……サタナの側近だな。あいつらは頭も良いし有能だ。明日には帰ってくるから会うといい」

「わかりました。……その敵というものを具体的に教えてください」

「どれだけ知っている?」

「教会と軍部が敵としか」

「その認識で合ってる」


 二つだ、とクロは二本指を立てる。


「その二つが王と対立する主な敵だ。いや、敵というより指針かもしれん。一つは教会権力を一昔前に戻したい連中、もう一つは軍閥政治を目論む連中。大体がそのどちらかについている構図だ」

「二つは大きい?」

「こっちよりも遥かに。数で言えば、武力行使に出られちゃ一瞬で終わるくらいに差がある。なにせ軍人と魔術に精通した聖職者だからな。残念なことにこっちの味方といえば大臣の爺様や俺みたいな爪弾き者ばっかだ。頼みの国民はそっぽを向いてやがるし、神様も冷てぇ」

「王は人望がないんですね」

「ははっ、辛辣だな。たしかに言っちゃ悪いが凡庸だ。けど平和を望むなら一番良い。敷かれた道を踏み外すようなお人ではないから。……ここ一年が山場だろう。生き残ってくれたらいいが」


 ティアマトの国民としては切実な願いなのだろう。クロは重い溜息をつき、もとより周囲に人がいないにいも関わらず人の耳を憚るように声を落とす。


「逃げたくなったら逃げていい……って言ったらサタナに恨まれるかな。あいつがわざわざ外から引き入れたくらいだ。お前さんも優秀なんだろうさ。いや、謙遜するなよ」


 クロはアルクゥの否定を差し止めてイヒヒ、と口の端を持ち上げた。


「実のところ、俺も相当に根は野次馬なんだ。お前さんの身の上が気になるんだが、話す気は?」

「ただの魔術師ですよ。期待に応えられず申し訳ありませんが」


 サタナが素性を伝えていないのならアルクゥが言う必要もない。


「ううむ、ガードが固いな。ま、いいか。……さて、説明も済んだし今日の俺の仕事は終わっちまったわけだが、他に見ておきたい場所とか聞いておきたいことはないか?」


 そこまで聞いてからクロはふと道の先を見遣った。

 一瞬顔に浮かんだ警戒は、足早にこちらへ歩いてくる黒地の騎士服の紋章が見て取れる位置になれば緩んでいた。知り合いのようだ。そしてアルクゥもその人には覚えがあった。

 デネブ救護院の病室で、中央大広場で、二回だけ会話した。クエレブレ討伐隊の副隊長だと名乗った男だ。

 クロが片手を挙げると向こうも快く挨拶に応え、近寄ってくる。


「クロか。久しぶりだな。隊長を見かけなかったか? こっちに行ったはずなんだが」

「見かけてないぞ。幸運だな俺は。見たら目が潰れるらしいじゃねぇか」

「そんなわけあるか。……そちらは?」


 ギルベルトはクロの体で隠れていたアルクゥに今しがた気付いたように眉根を寄せた。そしてすぐに破顔する。


「ああ、司祭一派のお前と一緒にいるってことは、貴公が噂の魔術師殿か! 俺はギルというものだ。以後、お見知りおきを」

「一派とか言うなよ、悪者みたいだろうが」

「違うのか?」


 二人は軽口を叩き合う程度に親しい間柄のようだった。

 二度目の自己紹介だと考えていたからか、アルクゥはおざなりに名を名乗る。


「アルクゥといいます」

「……どこかでお会いしたか?」

「気のせいでしょう」


 しらっと嘘を吐くとギルは引き下がったが訝しげだ。


「女性に失礼なのは承知なのだが、お顔を拝見したい。やはり知り合いのような気がしてならないんだ」

「目の前で口説くな色ボケ! おいアルクゥ、間違ってもそいつだけは止めておけ」

「人聞きが悪いぞ。俺は純粋に顔が見たいだけだ」

「そういうのを不純って言うんだよ!」


 口論が始まった。

 はじめの方こそ楽しげな罵倒の応酬は愉快だったがすぐに飽きる。大の男がじゃれ合っているのを見ても何の実りはないと悟るまで一分程、脱力して佇んでいるとどこからか風が吹いてきた。

 秋風だ、と身を縮める。

 ハッとするほど冷たい一条の風。ティアマトの冬は厳しいと聞いているが、秋でもアルクゥには辛いと感じる温度だ。着込まなければ凍えてしまうな、と外套の下でシャツの襟を掻き合せている間にも風は容赦がない。

 風が吹き、一旦引いて、再び吹きすさぶ。波のようだ。間隔が空けば空くほど次の風は大きい、そんな気がする。

 ああ次は大きいな、と一層体を固めたときだった。

 ――暖かい。

 奇妙なそよ風が踊るようにアルクゥの傍を吹きぬけていった。

 どこからともなく訪れる秋風とは違い、それは明確な方向をアルクゥに示した。密集した建物の隙間。アルクゥは白熱しているクロを見て、近くだから別に告げる必要もないと考えそこに向かった。



(ここからだ)


 覗き込むと前髪が柔らかく浮く。

 細い隙間だがこの体格なら難なく滑り込めそうだ。吹き続ける風に誘われて入り込む。

 目の前には存外長い通路が続いていた。それだけ両側の建物が広いということだ。日の差さない地面には雑草がひっそりと生えている。

 奥へ奥へと進んでいくと建物の片方が少しだけ途切れた。

 右を見ると小作りな中庭が見え――そこに風の主を見つけた。


 ベンチに座り目を閉じた姿に数秒間アルクゥは動けなかった。


 彼、もしくは彼女に対して脳が感情に郷愁を強制する。

 燻した銀色の長い、癖のある髪。透明感のある黄褐色の瞳。中性的な顔の作り。

 外見のどれも似ていないのに――アルクゥにはその人を母に重ね見た。


(そうだ……雰囲気だ……)


 何気なく目を逸らせば消えてしまいそうで、けれども人を惹きつける強烈な存在感。状況も類似を後押しする要因だった。まるで庭園で母を見つけたときのような――。


「――変な所から出てきたね」


 唐突にその人は話しかけてきた。思わず肩をビクつかせると、その人は呆気なく、目に見えない神秘的な壁を取り払うように笑った。


「魔術師は研究室に閉じこもる人種だと思っていたけど、違うんだ? 探検でもしていたのかな?」

「その……風が……いえ、お休みのところ申し訳ありませんでした」


 我に返って頭を下げる。

 相手が身に着けているのは黒い騎士服だが品格や携えた剣からして遥かに上の地位にある者だ。


「風が、どうしたのかな?」

「お気になされるようなことではありません」

「言ってごらん。大丈夫、笑わないよ」


 そんなことを気にしているわけではないのに、風の主はずれた気遣いでアルクゥを促す。しぶしぶ理由を告げると、あっさり約束を反故にして隠しもせずに笑った。


「ああ、ごめんごめん。そう、風を辿ったのか。叙事的だな。綺麗な表現だ」

「私は失礼させていただきます」


 流石に目の前で建物の隙間に入っていくことは出来なかったので、ベンチの裏側に見えた小路に出ようとする。するとその人も立ち上がった。


「待って。わたしも行こう。そろそろ出ないと怒られてしまうからね。それに、ここを見つけられる者は少ないんだ」

「そう、ですか?」


 言う意味が分からないでクロたちの方を目指して歩くと、何を考えているのかその人もついて来た。方向が同じなのか聞いても微笑むだけだ。困り果てながら、大まかな方向を元に進んでいると建物が邪魔で通れない。

 仕方なく踵を返すと、鼻先に差し出された手があった。


「見つけられる者は少ない。すなわち出ることも難しい。わたしの目なんて気にせず、元来た道を戻れば良かったのに。ほらおいで迷子さん」


 戸惑っていると優美な手がアルクゥの手を掬った。その人は、そのまま先に立ってすいすいと進む。すぐに見覚えのある風景が現れ、クロのいる場所に近付いていくのがわかった。

 道中、人に会わないかビクビクしていたが不思議なことに誰にも遭遇しない。


「どうかした?」

「いえ、ただ人が少ないと思っただけです」

「わたしは鼻がいいから」


 避けて歩いているから人と会わないのだと言いたいのだろうか。どうにも不思議な感触を返す人だ。母の影を見て何となく女性ではないかと思っていたが、手に触れていても性別は分からない。優美だが固い。剣を扱う者の手が性別を不明にしていた。


「到着。キミがいたのはここ辺りだと思うんだけど、どうかな」


 元いた場所に辿りつく。クロとギルは軽口こそ止めていたが真剣な顔で何事か話し合いをしているようだ。

 アルクゥは深く頭を下げる。


「ありがとうございました」

「いいや、楽しかったよ。じゃあ、また今度」


 その人は笑ってふらりと立ち去っていった。

 まさに風のような人だった。いつの間にかあの微風も止んでいる。


「おおい、アルクゥ。そこで何してんだ?」


 丁度あの人がいなくなるタイミングを計ったようにクロが声をかけてくる。

 ――本当に不思議な人だった。

 ぼんやりとしながらクロの元へ戻ると、ギルがごく自然な動作でアルクゥのフードを外した。あまりにもさり気なかったので気付くのが数拍遅れたくらいだ。クロが「あ」と声を漏らさなかったら更に時間が掛かっていたことだろう。


「貴公……よりにもよって司祭の手を取るか」


 ギルは苦笑を三回ほど重ねたような複雑な表情だ。

 クロはギルとアルクゥを見比べてきょとんとする。


「何だ? ほんとに知り合いだったのかよ」

「ああ。――どうだ、貴公。今からでも遅くはないぞ。俺のところに」

「駄目だ! お前はさっさと上司探しに行けよ。ほら、行った行った!」


 手で虫のように追い払われたギルは「面倒なお目付け役め」と舌打ちする。


「仕方ない。今日は退散するが、考えておいてくれよ。竜殺しの英雄殿が味方についてくれたら心強い」


 ギルが去った後、寝不足が祟ったのか一気に疲れがやってきた。アルクゥは欠伸を噛み殺し強く口を抑える。


「そういえばクロさん。聞きたいことが」


 風の人のことを尋ねようと思いクロを見上げると、クロはまなじりを裂かんばかりにしてアルクゥを凝視していた。


「どうしましたか?」

「竜殺しって……デネブの? 英雄?」


 すごいの拾ってきたなアイツ、と高揚混じりの声は恐らく誇張にまみれた伝聞を信じている。訂正するには大きな労力が必要になりそうだ。アルクゥは肩を落とし、今にも誰かに喋りに行きそうなクロを引き止め、しっかりと釘を刺す。

 そして明日に備え早目に兵舎へと帰還するのであった。

 明日は精霊祭の最終日。

 魔力が満ち、人を狂わせる満月の日でもあるのだ。


 

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