第百三十二話 別離
アルクゥはやや傾いた月を盗み見て眠っていた時間を把握し、寝起きから覚めない目を取って返し肩口に食い込む指を見遣る。
じわりと滲んで広がりつつある鈍痛は声を上げるほどのものではないが、決して無視できない加減の力だ。噛み付いて離れない五指は爪の先まで蒼白で血の気がなく、そっと冷たい人差し指に触れるとそれに応えて掴む力が増した。
サタナは月を背に負ってアルクゥを見据えている。
肩を大きく上下させ、次々暗闇に消える白い息を無理に抑え込もうと微かに震えている。白いシャツと黒のズボンという見慣れない出で立ちで、元の聖職衣は返り血で着れたものではなかったのだろう。だがその真新しい衣服も乱れて開いた襟からは汗ばんだ肌が覗いていた。
意識の霞が晴れていく。
同時に痛みにも勝る目前の異変にも気づいた。
アルクゥの双眸が本当の意味で目の前の人間を認識する。なぜここにと遅まきに芽吹いた疑問は、半ばアルクゥを睨むようにする目にあえなく霧散していく。
なまくらなアルクゥの反応に対し、サタナは辛抱強く沈黙に徹している。
「申し訳ありません。寝てしまっていて」
ついぞ胸中を推し量ることはできず、ひたとこちらを見据える態度に降参した。すると喉を焼き切ってしまいそうだったサタナの呼吸の音が途切れ、溜めた不安を吐き出すような大きな安堵の息が落ちる。肩を噛んでいた指先が離れ、ほっとのするのも束の間、サタナはアルクゥの方向に傾いた。
覆いかぶさる影にぎょっとして顎を引く。
とっさに目を瞑って両腕を開いた。支える腹積もりで身構えたが、すこし沈む程度の重みが左肩に乗っただけだ。困惑して薄目を開き、温もりの方向を見遣ると白い髪が左頬を擽る。
背凭れに両手を付いたサタナの腕の囲いの中で、アルクゥは所在無げな手を宙に浮かせたまま、しばらくの間サタナの息遣いだけを聞いていた。
「――見つからないかと思いました」
ほとんど吐息に混じった、だが確かに聞こえた言葉にアルクゥは目を瞠る。
自身の軽率な行いを振り返って自己嫌悪に顔を歪めた。アルクゥがいなくなることを厭ってくれた人間に対する仕打ちがこれか。寒空に汗を滲ませて、一体どれほど探し回った。配慮に欠けたと軽く言うにはむご過ぎる。
苦い表情のままハンカチを取り出して汗ばんだ首元に押し当てようとした瞬間、サタナはびくりと震えて飛び退くようにアルクゥから一歩離れた。追って差し出したハンカチに目もくれず「とんだ失礼を」と自身でさえ予期しなかった行動にか狼狽している。
アルクゥは首を横に振って立ち上がる。
戻らなければ。
何日も寝たきりだったかのように体が重く強張っていた。
部屋で休んでいたはずのサタナになぜ不在が知れたのか――就寝を確認しに来た乳母かそれとも他の使用人か。いずれにせよ余人にアルクゥの行方を尋ねた者がいて、その中にサタナも含まれていたに違いない。
取り戻した夜の静寂を破ってしまったのだとすればますます申し訳ない。サタナにも、屋敷の人たちにも。
「誰かに告げておくべきでした。迷惑をかけてしまって申し訳ありません」
「貴女は悪くない」
サタナは反射のように自戒するアルクゥを庇う。肯定を強要する呪いなどあっただろうか。そんな考えが伝わったかのように覆いを外した口元は常の笑みを取り戻していた。ただし視線は頑なにアルクゥを捉えたまま離さない。
「大袈裟でした。取り乱してしまいお恥ずかしい限りです。眠れなかったのですか?」
「部屋にいると色々と考えてしまって……とにかく戻ります。夜気は体に障ります」
「そんなにひ弱ではないつもりですが、貴女がそう望むのなら」
サタナが半歩体を引くとその背中に隠れていた帰り道が目の前に現れる。小道は先を見るにつれ樹影が折り重なり暗闇が深い。
こんなに恐ろしい場所だったろうか。
どうしてだか二の足を踏む。なぜだか――ここを出てはいけないような。
「戻りたくないなら、ここにいても良いのですよ」
「そう、ですね」
ベンチを手の平で促され、アルクゥは戸惑いながらも他人に許可を貰えたことに安堵して右詰めに座り直した。
律儀に同席を尋ねるサタナに頷き、何となく両手を擦り合わせ白い息を吹きかける。鱗の異彩で覆われた部分の肌は感覚が希薄だ。温かくも冷たくもない。
すると寒いのかと尋ねられてサタナの視線から出来る限り手を隠すが、鱗が見えないのははっきりしている。単なる気分の問題だ。
「そうだ」と何か思い付いた様子でサタナはようやく余所見をする。人心地ついていると不思議な色合いが辺りを照らす。
「……失われてしまったものと」
サタナは呆然とするアルクゥの手を取り火が灯る硝子の小瓶を握らせた。
「お返しが遅れて申し訳ありません。拾ったはいいものの、中々渡す機会が見つけられず。衆目があるところで取り出すのは憚られたので、こんなにも遅く」
「いえ……いいえ、こうして戻ってきただけで……灯り続けていただけでも、私には充分です」
まだ繋がっている。
それならきっと見ていてくれる。何をしてくれるわけでもない。けれども母の眼差しを思い出す。それだけでいい。
「ほんとうに、ありがとうございます」
小瓶を届け、声の震えも聞かなかったことにしてくれた。
鱗を隔てても伝わる熱は両手で握り込めばいっそう温かい。庭園の小さな一角は淡い夜明け色に彩られ、嫌った冷たい夜が小波のように木陰に引いていく。
小瓶の縁を指先で遊ぶと、合わせて揺れる火を中心に、放射状に伸びるアルクゥたちの影が踊った。
「うなされていました。どんな夢を?」
アルクゥは手遊びを止めて小瓶を二人の間に置いた。光源が移動し、万華鏡のように周囲の彩りが変わる。
何かと聞かれて答えられる類の理屈のある夢ではなかった。
夢見の大半がそうであるように、一度記憶に留め損ねるとそこから元の形に戻すことは至難の業だ。断片でさえもいざ言葉にしようとすると、開いた指で水を掬うように零れ落ちていく。良い夢なら何となく気分が良いし、悪夢ならば染みのようにこびり付いた不快な印象が残る。
「良くないことだけを覚えているような、とりとめのない悪夢でした。そんなに酷い様子でしたか?」
「いいえ。ですが苦しそうに見えたので、つい起こしてしまいましたが……むしろ起きない方が貴女にとっては良かったかもしれません。あのまま深く眠っていれば、悪夢を見たことも忘れられたでしょう」
「長い夜の間中、悪夢の中では気が滅入ります」
夜はまだ深い。今日に限って特別深く空に塗り込められているかのようだ。日付の上では昨日だが、うまく眠れないから明日との区切りを見出せない。父母を失い、怪物を斃した今日いう一日の中に停滞している。
そんな錯覚を先の予定を口に出すことで遠ざける。
「乳母たちの協力もあって、思ったよりも早く帰りの準備は済みそうです。あと二、三日と言ったところでしょうか。問題は保護した竜ですね。連れ帰るには問題が多すぎるので」
アルクゥは言ってみて、予想以上の難問だと気付いて頭を抱えたくなった。
ティアマトに持って帰ろうものなら入港拒否では済まない。軍が出てくる事態になる。置いていくとすれば、誰に世話と主の地位を任せるかという問題が出てくる。最低限の常識と良識を持ち合わせ、かつ竜の大食いに耐え得る魔力量を持つ魔術師でなければ。
「随分と急ぐのですね」
話題を向けた先からの思わぬ指摘にややあって答える。
「ええ。家督は継ぐことはあり得ませんし……薄情だと思われるかもしれませんが、葬儀も初めから予定に入っていないのです」
「貴女の情の深さはよく存じ上げております。ですが、よろしいのですか」
「私は最後の言葉を交わして、見送りましたから」
本来ならアルクゥが主催を務め、父母だけではなく犠牲者全ての弔いを先導しなければならないが、その時間がもう残っていない。
「乳母と、何人か親しくしてくれていた使用人の方々にはもう告げてあります。戻ってきたと騒がせておいて、何の責任も果たさず申し訳のないことですが、この身勝手を怪物退治の褒賞としてもらうつもりです」
「そうでしたか。出過ぎたことを申しました」
サタナは納得したように引き下がりふと憂う色を浮かべ、
「望めば大抵のものは手に入るというのに、貴女の願いはささやかすぎる」
「何でも手に入る、ではないのですね」
「世俗に疎い聖職の身ではありますが、世間が儘ならないものであることは知っていますので」
「破門されたでしょう」
「おや……言われてみれば。もはや節制せずとも良い身でした」
名実ともに似非司祭となった男に苦笑を零した。
薄闇から見上げる空は光を帯びて、夜は深い海色、高く吹き渡る風に乗ってかすみ雲が渦を巻いて流れていく。白く溶け合う月と雲は絶えず一面を波立たせ、たまに風に乗ってやってくる潮の匂いが本当に天から香ってくるようでもあった。
空全体がほのかに光っている。
星がとりどりに輝いて、雲の他に遮るものは何もない。
そこに海魔の影はなく――ああ、この安寧こそ攫われた哀れな令嬢が望んでいたものだったのだと。
少なくとも、昔の自分の願いは叶えられた。
アルクゥは手を固く握り込んで視線を落とした。
「他人事のように仰いますが、司祭こそ何か望むものは」
「微々たる貢献で何かを望むなど恐れ多い」
「私にできることがあれば良いのですが」
「貴女が? それなら初めからそう言ってくださらないと」
「……真面目に考えてください」
「ええ、真面目ですとも。ですが、まずは欲深になる努力をしなければ。そのときまで保留にしておいてください」
呆れ果てて小さく息を吐く。こういう人だ。仕方がない。
「司祭は――いえ、いつまでもこの呼び方は礼を欠いていました。サタナ……様は、あちらに戻ってからは、どうするのですか」
幾分か高いところにあるサタナの目が意外そうに見開かれ、「どうか敬称はお付けずにならないようお願いいたします」と細まる。「それで」と無視して答えを促すと、わずかな思案を挟んで返答があった。
「何事もなければ、王都に戻るつもりでいました」
すう、と冷たい風が吹き抜ける。
まるで何事かあったような口ぶりだが。アルクゥは追及するかどうか躊躇し、サタナを上目に窺う。
「何か問題が?」
「企みが露見するかどうか、半々といったところで」
「たくらみ?」
眉をひそめても微笑むだけでそれ以上話す気はないようだった。恐らくは王都における政治的な何かの話で、だとすれば口を噤むのも仕方のないことだ。
けれども一方で、反駁を加える自分もいる。
この奇妙なまでの穏やかさは何だろうか。
サタナが王都に帰るということは、方々からの買った恨みの負債を払いに行くのと同義だ。
「恨まないでいただけると助かるのですが、駄目でしょうね」
「それなら戻らなけば良いでしょう」
出過ぎた忠告だった。不自然に途切れた会話で自覚する。
サタナは今もなお王都にて彼が得たものを放棄し続けている。誰が為にそのような真似をしているのか考えるまでもなく、不用意な助言ほど無責任なものはない。止めるのならば本気でなければならないのだ。例えばサタナがアルクゥにそうしてくれたように。
無理だ。
北領でマニの手を引いたときとは違う。もう誰の手も取ることが出来ない。
「寂しくなりますね」
苦し紛れにぽつりと落とした呟きに重なって庭木の梢が風に揺れる。それでも高々小瓶一つを隔てた隣だ。聞こえないはずはなかったが返事はなく、どのような顔をしているのか見る勇気もなかった。
風が強く吹き渡り、空は恐ろしい勢いで表情を変えていく。
霞雲は押し流され、薄絹の向こうに隠れていた月が煌々と顔を出した。
青白い月明かりが透明な空気を引き裂いて落ちてくる。
真夜中の庭園はにわかに凍えた色で停止したように見えた。
木々や草花は白々と褪せて生気を失い、裏側に落ちる影は氷のように硬く針のように鋭く伸びている。アルクゥとサタナの影も地面に硬い輪郭を描き出した。
役に立たない感傷はいらない。
他に伝えることがあるはずだ。伝えておかなければならないことが。
出した答えはごく簡単なものだ。
アルクゥは体の芯に通すように息を吸い込む。
これ幸いにと暗がりから冷たい夜気が喉に滑り込む。その冷淡な空気が僅かにすらも言葉を凍えさせないように細心の注意を払った。
「王都に帰った後は、くれぐれもお気をつけて。あまり無茶はしないでください」
狭いベンチの中で体ごと向き直る。気分はどうにも苦く、静かに耳を傾けるサタナの目を見るとその感覚は更に強い。
「忘れることが時として幸福となる事もあります。一度それを強いた上、捨てさせる原因となった私が言うのは身勝手な話かもしれませんが、もう一度あなたに……サタナにその祝福がありますように」
「私は」
伝えた事柄の性質上、長く沈黙が落ちるものと思っていた。
そんな矢先に差し込まれた語勢の強さは視線すら逃げることを許さない。
「同じ過ちは繰り返さない。だから何があろうとも――たとえ死んだとしても、忘れはしません」
やっとの思いで強情だと呟く。サタナが困ったように笑ったことで、間にあった緊張は霧散した。
「貴女には鏡が必要なようです」
「本当に口が減らない……」
頭を抱えてしまいたくもあり、だが少し愉快でもある不思議な気分だった。
「想ってくださって、ありがとうございました。この手のことには疎くて申し訳ありませんが、たぶん嬉しかったのだと思います。いつも助けてくださったことも、私は忘れません」
サタナは笑みを大きく崩し、片手でそれを覆い隠して呻くような声を上げる。
「貴女の誠実さは時々凶器だ」
相手の反応につられてアルクゥも居た堪れず顔を逸らす。
眉間を指で解していると、月が雲に隠れたのか深い影が落ちた。
雨が降っては堪らない。先ほどから目まぐるしい空模様を伺おうと仰いだ方向には思いがけない近さに丸い月が二つ揺れ、何だこれはと訝る内に唇をかさついた熱が掠めていく。温度さえ残さずに離れていき、一拍おいて羞恥が頬に昇る。素知らぬ顔をしたサタナの耳もまた小瓶の火に色付いただけではないように思われた。
「聞いていなかったので、お尋ねしますが」
「何でしょう?」
いくらかの空白の後、今しがたの出来事に触れない不文律をもってサタナが口火を切る。アルクゥが応じる。
「貴女が帰った後のことです。これは単なる好奇心からの質問なのですが」
「特別何かやりたいことがあるわけではないのです。ただ、元通りになればいい。前みたいに拠点で、ヴァルフたちと穏やかに過ごせればいい」
先の展望はない。呆れられても仕方がない楽隠居のような返答だったが、理解を示す声は優しいものだった。
「険しかった分だけこれからは穏やかな道は続くでしょう。きっと貴女が望む限り、どこまでも」
アルクゥは目を瞬かせ、はにかんで頷いた。そう言ってくれる心遣いが嬉しかった。
ふとサタナに結んだ焦点がぼやけ、アルクゥは目を瞬かせる。何だ、と頭を振ってもじわりと瞼が重くなり手足の感覚が胡乱だ。心が緩んだせいか、その隙間から忍び込むように眠気が体を覆っていく。
一瞬視界が暗くなり気付けばサタナに支えられていた。眠ってしまっても良いのですよ、と低い声は暗がりに流れゆく意識に沿って睡魔と一緒に入り込む。大丈夫だと呂律が回ったかも怪しい自分を疑問に思えない。
髪を梳く手が心地良い。
「疲れているのですよ。もう何も心配はいりません。眠ってください」
夜そのものが話しているかのようで、違和感なく耳朶に馴染み、そう言うのならそうなのだろうと白を黒だと惑わせる声。
点々と途切れていく思考と、境界の縁に引っ掛かる意識が危うい均衡を保つ。
糸の細さでかろうじて開いていた瞼がとうとう落ちそうになって、頑なに握っていた小瓶を取り落とした。音もなく転がった先で船のようにゆらゆらと、複雑な灯りが瞼の裏まで映り込む。
早く眠ってしまいたいのに、そうすれば。
取り返しが付かないことになる。
底冷えする一瞬の閃きが瞼をこじ開けた。
おかしい、と考えられるようになって歯を食いしばる。
ぐいと半分も開いていない目を上げて、ぼやけた世界の中でこちらを見詰めるサタナを睨み据える。苛立ちがアルクゥの背中を押す。
口の中でヴァルフ譲りの悪態をつくと、よく聞こえなかったのか少し顔を近づけ、アルクゥはそれに合わせて思い切り自分の頭を持ち上げた。
鈍い音が響き渡ったのと同時に得た深刻な額の痛みをもって、アルクゥは睡眠の暗示を退けた。
「それでは、釈明を」
苦くアルクゥを見返していたサタナはしばし置いて両手を挙げて降参を示す。鼻からぼたぼたと重たく血が零れていることにも頓着しない様子で、仕方なしにハンカチをそっと押し当てる。
「いったい何のつもりで……企みとは、私に対して? 訳がわかりません。引っ掛かりそうになった私も迂闊だったかもしれませんけど」
「これだけは、誤解を解いておきたいのですが」
「悪意など疑っていません」
断固とした態度で言い切って、唖然としているサタナに溜息を突いた。
「今更どうやって疑えと言うのですか。何を考えているのかは分かりませんし、今のように何故そうするのか理解しがたい時もありますが。その行動に悪意の疑いを見出そうにも、とうに私は気を許しすぎているようです。さほど強力でもない暗示が心に忍び込むほどに」
サタナは目に見えて怯み、それでも口を割る気配はない。こうなると正答を突き付けるまで白状しないだろう。
こうまでして話さない――話せないこととは何だろうか。
悪意はない。だが企みと称する辺り、アルクゥの益に繋がっているとしてもアルクゥ自身が快く思わないと考えているはずだ。
直前までの会話を、その時の仕草をでき得る限り記憶から掘り起こす。
何かを企んでいる。恨まれたくはない。何事もなければ、王都に戻るつもりだと。
違う。
戻るつもりでいた、と。
ほんの少しの言葉の差異が解釈を変える。会話の流れから特に違和感を覚えなかった一言が重篤な意味を孕む。
何事かが起きたから戻れなくなった。だが、一体何が起こったというのだ。
じりじりと時間だけが過ぎていく。
それでも夜は更けたまま、時折思い出したように月明りが陰るだけだ。
引き伸ばされた夜の中に二人して閉じ込められたかのようだった。一日の終わりにずっと立ち続けている。
――見つからないかと思いました。
アルクゥはじわりと眦を開いていく。どうして今、思い出した。
狼狽えた目が自身の手の平に落ちる。人にはあり得ない鱗で覆われた肌を見て、
「――何日ですか」
そう問うてしばらく、諦観を窺わせる長い溜息が夜に落ちた。
「怪物が倒れてから三日です」
重苦しい沈黙を経て与えられた答えに唇を噛む。
「貴女は三日、どこにもいなかった。誰も見つけられなかったのです」