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精霊のシジル  作者: 染料
六章
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第百二十三話 意地



 一度の難詰では事態を飲み込めずいる者は多くいた。

 再度、今度はよく聞こうと声を戒めていたアルクゥたちを取り巻く人垣は、それ以降黙す男に焦れて付近の者と己の考えを交わし合う。男の叫びは真実か否か、この霧は廃域ではないのか、なぜ公爵が刃物を突き突き付けられているのに傍にいるヘングストは男を捕らえないのか。

 一見に置いて明らかな罪人は男であったが指揮官がそれを擁護する態度でいるため、公爵を助けろと誰かが声を上げても兵士は混乱して手が出せない。守るべき人物を人質に取られ臍を噛むしかない護衛たちの様子も、周囲の目には状況を許しているように取れた。

 やがて現状を理解する要素の乏しさに憶測の議論が飛び交う。

 声高に自分の考えを主張する者、それを否定する者、それらが入り混じり怒声が怒声を呼ぶ。比例して深まる混乱がいよいよ白熱し、暴力沙汰に至るのも時間の問題と思われたとき、公爵が声を張り上げた。


「皆、静まれ! この者の言葉に騙されてはっ……」


 男は公爵のナイフが突き刺さった左足を容赦なく蹴り付けた。慕う領主を心配して目を離さないでいた者たちがどよめき、その少なくない数の動揺で渦中に注目が戻った。

 公爵は痛みに声を失い額に脂汗を浮かべている。

 平然と暴力に打って出た男はいかにも作り物臭い顰め面で人々をぐるりと見回した。


「ケリュードラン様はそこの魔術師に惑わされている」


 突拍子もない言葉に大半が疑いにも届かない困惑を示す。あちらこちらで次々と上がる正気を問う声に男は分かっていないという顔で首を振った。


「考えてみろ。お前たちはこんな無謀な作戦は聞いたことあるか? 戦える男を全員出して、無力な怪我人や女子供を残す。門だってもう少しで壊れそうに歪んでいるじゃないか。今度魔物が攻めて来たら残された俺たちは魔物に喰われてしまう。外に出る奴らだってそうだ。ここまで逃げる時に見ただろう。あんな数の魔物に太刀打ちできると、まさか本当に思っているのか? 外も内も、全滅だ。そしてその作戦を提案したのが……」


 視線の誘導に従い数多の目が音を立ててアルクゥを見た。

 馬鹿な、と食い縛った歯の隙間から公爵が唸る。男は淡々とした動作で上げた足を落とし傷口を踏み付けたが、痛みに公爵の気勢が勝った。


「ヘングスト! なぜ屈した! どちらが悪か、火を見るよりも明らかであろうが!」

「仰る通りです閣下。ですが貴方は何をもってしてその悪よりも彼女を信じられると判断なさったのですか」


 首に刃が食い込むのも厭わず身を乗り出す勢いに任せ口を開いた公爵は、寸でのところで空気を失ったように掠れた呼気を吐き出した。何度か口を開閉させるが、終ぞ答えが出ることはない。アルクゥは心に失望にも似た感情を伴いそれもすぐに消える。僅か一秒にも満たない落胆がアルクゥに残っていた公爵に抱く期待の全てだった。


「俺は皆で生き残る道を選んだつもりです。その代わりに彼女は排除されなくてはならない」


 ヘングストには人の心を掴む説得力があった。白々しさが滲み出て信用ならない男とは違い、どこまでも真意から発せられた言葉は揺れていた聴衆の意思を一つに纏めていく。

 ここに至ってアルクゥは真っ先に排除すべき相手を読み違えていたことに気付く。

 ヘングストの裏切りが発覚した瞬間に、人質に構わず殺しておかなければならなかった。恐らくヘングストは公爵を殺せなかっただろうから。

 悲壮な表情の中にも精悍さを失わない指揮官は悪人を糾弾するに相応しい面構えをしている。霧が発生してからの五日間、兵士や避難者と培ってきた信頼と併せて、ヘングストは現状においての英雄だった。

 人々は一人の魔術師を仇として結束する。

 アルクゥは喉元に手を遣り軽く咳き込む。無理やり深呼吸を繰り返しても肺に酸素が満たされる感覚が希薄だ。空気が薄くなったような錯覚に陥る異様な敵意だった。

 それでもぎりぎろのところで暴力に至る一線は越えないのは、ある意味では公爵の功労かと皮肉に思う。娘を亡き者にして、敵に容赦ない私刑が横行するような戦争から遠ざけた為政者の英断だ。

 しかし、所詮は脆弱な倫理に過ぎない。

 切っ掛けは文字通り一石として投じられた。


「殺しちまえ!」


 怒声に振り返ると目前でサタナの腕が空を切った。アルクゥの頭を庇うように動いた手がゆっくり開かれると、何の変哲もない石ころが一つ重力に従って石畳に落ちる。不気味に静まり返った場に石と石がぶつかる鈍い音だけが響いた。

 ――二人目。

 石を投げた男は嗤っている。アルクゥはその顔をしっかりと目に焼き付ける。

 潜む敵は残り一人だ。アルクゥは敵が三人だというサタナの予想を信じる。

 最後の一人は事態が良く見える場所で静観しているという確信があった。失敗したときの保険に一人残しておくのは、いかにもベルティオの部下らしい行動ではないか。いるとすれば最前列ではないが、事態がよく見渡せる輪の内側のどこか。

 だが探し当てるまでにアルクゥが無事でいられるかは怪しい。

 視線を移すごとに目に入るのは判を捺したような怒りの表情。それらは溜まった鬱憤を晴らす方法を実地で学び、次の瞬間爆発した。


 あまりの大音量に鼓膜が痺れたのは幸いだった。


 口の形を見るだけでも聞いていて愉快な内容ではないことがわかる。

 殺せ。死ね。お前のせいで。

 大約すればこの三つだ。思ったより飛んでくる石の数が少ないのは庭師の手入れが行き届いていたお陰だが、投げ付けるものに窮して無暗に刃物を投げる馬鹿が兵士側に何人かいた。アルクゥに当たる軌道は全てサタナが払ったが、それ以外は対面の味方を掠める惨事となっていた。だがそれを咎める声は悪罵の渦に飲み込まれ、いつしかそうする人間もいなくなる。

 老齢の男女や冷静な人間は暴力の気配を察知し既に輪から姿を消している。

 残ったのは血気盛んな、突然平穏が崩された理不尽にどうしようもなく憤る者たちだ。なぜ霧がアルクゥの責任なのか未だ説明がないことにも気付いていない。愉しくて堪らないという顔をする男の企てに見事に乗せられた道化振りは、抑圧された状況に捌け口を求めていたことも大きい。

 廃域という天災に拳を向けても虚しいだけだが、人ならば殴る手応えは充分にある。

 これ見よがしに公爵の首に刃を当てる男は笑いを堪えるのに苦労しながら事態を観賞している。今はまだ攻撃を防ぐことを容認されているが、どのタイミングでアルクゥに無抵抗の死を要求するかは男の気分次第だ。その時がくればアルクゥは命を秤にかけることになる。

 蒼白な顔で唇を噛み締め時折喧騒に負けず何事かを叫んでは踏み付けられている惨めな男と、自分の命を。

 どちらを選ぶかは考えるまでもない。ない、が。

 反論も許されずただ殴り付けられる苛立ちに、強く噛み合せた歯が口の中で鈍い音を立てる。

 敵に強要された二択だけではどうにも腹に据えかねる。


 アルクゥは飛来物を払い除けるサタナの腕を握った。

 驚いてこちらを向いた意識の隙間を掻い潜り、石が額を直撃した。脳に響いた衝撃にたたらを踏み、しかし倒れずに踏み止まる。

 投げた物が一つも当たらないことに焦れていた人々の歓声がわっと上がり、間髪入れずに投石の方向を射殺すように睨んだサタナが剣の柄に手を掛けた。


「今からは手を出さないでください」


 アルクゥは敵の挙動を注視しながらその上に手を重ねる。サタナの抵抗に合わせて公爵の首を薄く切った男は、それでいいとばかりにニンマリと笑った。

 見咎められずに言葉を交わせる機会はこれきりだ。企んでいると思われた瞬間にこれからの努力は水の泡となる。

 男は人質を捨てることを躊躇わない。

 アルクゥをどれだけ甚振り尽くすかが敵の全てだ。叶えられもしない約束をヘングストと交わしている時点で命の後先を考えてはいないことは明白であり、付け入る隙があるとすればそこだ。

 アルクゥの制止を退けようとして手の平を柄の底が押す。剣は僅かに鞘から刀身を覗かせたが、アルクゥが柔らかく押し返すと力が抜けた。


「戦えでも、守れでもなく、黙って見ていろと。そう仰いますか。私に」

「そうです」


 きっと最後は自分の手で復讐を遂げに来る。何よりも己の感情を優先するのが命を投げ打った者の心理だ。

 一度は必ず人質の傍を離れる。その時を逃さなければ勝ちだ。

 目下、手に手を取り合って霧の大本を断つという試みは断たれた。

 公爵を助けてもそれは変わらない。誤解が解けたとしても、それによりアルクゥへの不審が払拭されるかと言えばそうではないのだ。それこそ奇跡でも起きない限りアルクゥは疑わしき魔術師のままである。

 どうせ道は潰えた。

 煽動されるままに動く者たちに同情はしないが、ここには居ない滅びゆくまともな人々の為に、まともな指導者くらいは残してやらなければならない。男とヘングストが残るか、公爵が残るかで、行き着く先は同じとしても、その過程には大きな差があるだろう。

 アルクゥは額から伝ってきた血を拭い、しっかりとフードを被った。


「本当に殺されそうになったら助けてください。それまで死なないように努力します」

「……貴女が死ねばこの場にいる者全てを区別なく殺します」

「自分が死んだ後に誰がどうなろうと無関係ですが……退くこともできずに、かといって公爵を助けられるわけでもないまま棒立ちになっている護衛の方々が可哀想です」

「一番哀れなのは自刃する私です」


 一番の馬鹿もお前だろうなと内心眉を顰めるまでが限界だった。

 昔からの慣れた習慣であるかのように公爵を蹴り付けることでアルクゥとサタナの会話を遮断した男は、眉間に皺を寄せて瞑目するヘングストを呼び寄せ、横目でアルクゥを見ながら何事かを耳打ちする。段々と目を見開いていったヘングストは話が終わると弾かれたように男から離れ、それは出来ないと首を振っていたが、顎で行けと言われてしまえば抗う術はないようだった。気が進まない表情でアルクゥに近付いてくる。

 何が起こるのか観衆が静まり返り期待に息を詰める中、ヘングストは感情の籠らない大根役者ばりの台詞を吐いた。


「魔女め。ケリー様にかけた術を解け」

「茶番ですね。楽しいですか」


 言った瞬間、頬を打たれて倒れる。ずれたフードを被り直しながら、焼けるように熱い頬を擦った。渋った割には容赦がない。

 感情と行動が直結する性向では、最初の申告やモーセスの言った通り指揮官ではなく兵卒向きなのだろう。

 目の端に映るサタナは握り締めた拳から血を滴らせながら、耽々と敵の喉元を噛み千切る機会を窺っている。ヘングストの脆弱な理性との差に微かに笑うと、蹴りが飛んできて腹に入った。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「約束は必ず反故にされる」


 熱狂が公爵邸に響き渡りどれほどの時間が経過したのか。

 肌を締め付けるような閉塞した霧は観衆の吐き出す息でますます重たく濃くなってきているように感じられた。

 狂っているのは避難民と兵士のごく一部、それ以外の人々は不安と恐怖で狂乱を見詰める。危険な魔物の動向をひっそりと窺う目をしながら、出来る限り遠くに端にと間違ってもそちらには近付かないように身を縮めている。

 なぜこんなことに。

 肩を寄せ合い、互いの凍えた体に少しでも温度を求めながらひっそりと息を吐く。

 つい先ほどまで、出立する兵士を見送るときまでは、胸に抱いていたのが希望ばかりだったとは言わないが、それでもこのように身を切るような寒々しさはなかった。例えその先が悲劇であろうとも待ち受けるものが破滅であろうとも、人同士で相争い肉を貪り合うような末路よりは幾らもましだった。

 だというのに、咆哮し唾を飛ばし分別を失くし秩序を手放したあの獣の群れは何だろうか。

 外の自分たちにはあの中で何が起こっているかは分からない。

 様々な憶測が飛び交い囁かれてはその根拠の頼りなさに霧散していく。止めに行こうと声を上げる者もあったがそれも積極的ではなく、その提案には数を頼みにできるほど賛同者が集まる覇気がなかった。

 また観衆が湧いている。

 悲鳴が聞こえてこないことだけが目を背ける人々にとって唯一の救いであった。



 ――なぜこんなことに。

 ヘングストは顎を伝う汗を拭いもう一度足元に転がる魔術師を蹴った。軽い体は容易く転がり、人垣にぶつかっては観衆から無理やり起こされてヘングストの方向に突き返される。うんざりだった。無抵抗な女性に暴力を振るう気分の悪さに吐き気がする。

 何度目になるか分からない公爵の叫びが耳に届くと、心臓を刺すような悪心が強くなる。


「やめろ! 何て、むごいことを……!」

「はは、まだ魔術は解けていないぞ! がんばれ指揮官殿!」


 公爵は何度も血を吐くように魔術師の助命を嘆願するが、男がげらげらと笑いヘングストを焚き付ける。先程からその繰り返しだ。罪悪と嫌悪に顔を歪めながら再度足を振り抜くと、よたよたと目の前に戻ってきていた魔術師が膝を突いて血混じりの唾液を吐いた。

 こんなことがいつまで続く。

 復讐と言うのなら自分の手で制裁を加えればいいものを、男は観客に回り演劇を見るようにしているだけだ。時間を追うごとに露わになっていく性根はヘングストに一抹の不安を抱かせた。

 ――約束は必ず反故にされる。

 最初にヘングストが殴った後に、魔術師はフードの位置を直しながら囁いた。それが今になって胸に沁み始める。霧は晴れない。お前の判断が全員を殺すのだ、と。

 今や遅行性の毒のように全身を巡るそれを振り払おうと、甚振れと命じられた当初にあった加減をしようという心遣いはすでに失せている。

 自分の手から余裕と容赦が失われていくごとに、ヘングストは刻々と追い詰められていく。

 私刑はやがて魔術師の命を奪う。

 霧が晴れた後、甘んじて敵方に与した裁きは受けるつもりだった。しかしこんな醜い役回りは想定していない。

 救いを求めて周囲を見回す。すると当初は魔術師を守っていた聖職者らしき男がこちらを見もせず真っ直ぐと前を向く様子が目に入った。少しだけ気休めになる。よく知る人間すら見捨てたのだ。やはりこの女は見捨てられるに足る人間だったのだろう、と。握り締められた拳には気付かずにヘングストは安堵した。

 汗を拭う。

 これが終れば霧は晴れる。

 男はヘングストに取引を持ちかけたとき周囲の霧を消してみせた。嘘ではない筈だ。そうでないと裏切りの決意も今の状況も何も報われないではないか。もう引き返せない。


「霧は晴れない」


 ――逡巡を見透かしたように、魔術師は口元を拭って呟いた。

 布の下に翳る目元が嘲るように薄く光っている。反照かと理由を見つけてほっとするのも束の間、そもそも人間の目は獣と違い暗闇で光りはしないのだ。思わず惹き込まれるように凝視し、瞳孔が突き立てられた剣のように鋭いと気付いたときには、自身の爪先が柔らかい体にめり込む感触を返していた。

 それは命じられて行う制裁ではなかった。自身を守る為の、完全に自己の為に行った行動だった。

 肩を上下させて短い呼吸を繰り返す。だらだらと冷や汗が湧き出して止まらない。

 魔術師が転がって行った先の観衆がそのぐったりとした体を引き起こし両腕を拘束したのを見て反撃がないと――最初から無抵抗であるのにヘングストは安心したが、近付いて制裁を続けなければならないと思い至り絶望した。

 そうと悟られないように、血の気が引いて震える足をゆっくりと魔術師の前にまで進める。

 やはり目は金色の光を帯びている。瞳孔は魔物のようだ。

 人ではない。


 二目と見られない顔にしろと野次が飛び、ヘングストは振り上げた拳を迷わせる。最初は仕方なくそうしたが、女性の顔を殴り付けるのだけは正当性がない気がして今まで攻撃を避けていた。

 今はその偽善以上に薄く人外に光る目が怖い。

 その顔に手や足が触れた瞬間、隠された牙に食い千切られそうで怖い。

 自分が何か誤った選択をしてしまったようで怖ろしい。


 兵士を助けるには、残される住民らを助けるには敵の言葉に従うしかないと思った。魔物の群れに挑んでどれ程が死ぬか。ここに置いていく避難者たちは門が破られてしまえばそれで終わる。たった一人を犠牲にそれら全てを救えるのなら、そちらの選択するのは指揮官として当然のことで、どこまでも正答であるはずなのに。


「指揮官、どうした」


 後ろから不機嫌な声が飛んでくる。肩を揺らして振り返ると、男が声と同じ表情をしていて、咄嗟に言い訳が口を突いた。


「もうすぐ死んでしまう」


 実際はそんな様子はまるでないが、ヘングストは早く終わらせてしまいたかった。

 男が眉を寄せるが、それよりも公爵が顕著な反応を示した。悲愴という言葉がこれほど適した顔はない。何度も何度も事実を受け入れまいと首を横に振り、ふと全てを諦めたように項垂れる。


「逃げなさい」


 今まで周りに叫ぶだけだった公爵は嘆願の先を変えた。暴力を行うヘングストでも、自分を人質に取る男にでもなく、魔術師自身に。


「逃げるがいい。お前なら簡単だろう。この場から逃げることも……」


 公爵は溜息を挟んで続ける。


「……この場にいる全員を殺すことも。そうしてお前は生きるべきだ」

「っ皆聞いたか! お優しい公爵様がこんなことを言っているのも全て魔術師のせいだぞ! 囲いを崩すな! 絶対に逃がすなよ!」


 更なる私刑の材料を見つけて男は歓喜の声を上げ、ヘングストはまだ続くのかと公爵を恨む。口を開けば開くほどに状況は悪くなる。

 魔術師自身も、もう終わらせてほしいだろうと幾分か冷静さを取り戻した頭で視線を戻すと、丁度金色の目が忌々しそうに細くなる場面を目撃した。

 直後ガリ、と音が聞こえ、数秒後に魔術師は大量の血を吐いた。

 近くで見ていたヘングストには自害に見えた。だが遠くから観賞していた男にはそれが身体の限界を示しているように見えたようだ。詰まらなさそうに舌打ちをして怒鳴る。


「こっちに連れて来い!」


 自傷だと告げるべきか迷い、男と魔術師に視線を交互させていると、よく透る声がヘングストを呼ぶ。


「ヘングスト、聞け」


 静かなのに人を萎縮させる為政者の声にヘングストは固まる。

 無様で無力に叫んでいた男の突然の変化に首が締まる思いでいると、公爵は奇妙な命令を下した。


「魔術師の顔をよく見なさい」


 

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