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精霊のシジル  作者: 染料
六章
123/135

第百二十二話 加害者


 案内された先は兵士と避難民を僅かに隔てる境目のような場所だった。

 隊列を整え各々が装備の最終確認をする兵たちと、それを見送りに来た人々の眼差しに挟まれ、公爵ケリュードランは指揮官のヘングストと幾人かの護衛と共に佇んでいる。

 互いを鼓舞する兵士の喧騒が見送り側の啜り泣きを掻き消す程の中、公爵と指揮官は声を張り上げる風でもなく静かに相対し、しかしながら不穏を間に置いて何事かを話し合っていた。

 ヘングストから微かに感じる魔術の気配は音の遮断、だが簡単なものとは言え魔術師でない者の術は拙い。聞こうと思えば容易く盗み聞くことも可能だが、明らかな密談の場に割って入ることは躊躇われた。そうして歩みを鈍らせたアルクゥに相反し先導していた護衛は歩調を速め術式範囲内にまで踏み入る。術式が破綻したのか二人は弾かれたように護衛を見遣り、反応はそれぞれ、あからさまに表情を緩ませた公爵と険しく口を引き結んだヘングストが対照的だ。とは言え公爵はアルクゥを見てすぐに顔を歪める。「なぜここに」と乾燥した唇が動いた。

 かつての父子を引き合わせた護衛は憂いを湛えていた目を本来の職分に相応しい鋭利なものに戻し、公爵の背後に控えて気配を薄くした。お節介を公爵がどう思っているかは、アルクゥに視線を定めない態度から瞭然である。アルクゥとしても護衛の思惑外の用事を済ませる為に訪れたにすぎず、余計な感傷を前に出すことなく淡々と会話の口火を切った。


「じきに刻限ですが何か問題でも起きたのでしょうか」


 私用を後回しにするのはヘングストの行動が奇妙なものであったからだ。兵士側ではなく避難民の方向へと歩き去った様子は指揮官の職分を放棄しているようにさえ見える。その背中を一瞥する視線の中には護衛たちの目もあり、自分だけが特別奇異に感じたのではないのだけは確実だ。

 何を話していた。胸の奥で鎌首をもたげた猜疑が公爵を睨み据えている。目を伏せた公爵には幸か不幸か、敵意を露わにする金眼が見えていない。


「最善を模索している」

「……最善?」


 長い間考えた果ての答えは要領を得ていない。アルクゥが問い返すと公爵の下がり気味だった顔が益々俯く。落ち窪んだ眼窩に差した影は、頭蓋に穿たれた二つの虚ろを見ているかのようだ。


「問題というのなら現状の全てがそうであろう。全戦力を傾けて霧の除去に失敗すればここに避難した住民は盾を失うことになる。戦力、と言う数え方をしてはいるものの兵士は一人の人間で彼らにも家族があるのだ。彼らを死地に向かわせない方策がもし、万が一にもあるとすれば、私は躊躇ってはならないのだろうな」


 浮かされたような様子はヘングストの行動よりもひときわ奇矯だ。

 ――ここに来て一体何の思考に取り憑かれている。

 舌打ちしたい気分を押さえて牽制する。


「誰一人として犠牲にならない夢のような手段が思い付かないから全力での排除を選択したのではないのですか」

「その通りだ。死にたいであろうはずもない者たちに死の覚悟をさせてしまった」


 石畳を向いていた公爵の視線が兵士の方角に移動する。


「お前はどうだ」

「え?」

「多くの死を招き寄せたお前には、この港の為に死んでくれる気はあるのか」


 喧騒に紛れて聞き取りにくい筈の声が嫌に鮮明に届いた。無関係の顔をして第三者に扮していた護衛が目を見張る。

 死を求められると同義の確認をした公爵にアルクゥは冷めた眼差しを投げた。僅かに残っていた心すらも離れていく。


「それは死んだ娘に対する侮辱ですか」


 公爵だけに聞こえるように無機質に囁く。はっとしてこちらを向いた顔は段々と苦いものに染まっていく。


「諾々と死を受け入れる気はないと申し上げておきます。私にも残してはいけない人がおりますから。それで、今回の出撃は見送るのでしょうか」


 ようやく捕らえた目を睨み付けて他に逃がさない。

 頷けばアルクゥはこの場を捨てる。

 それがこちら側にとっての最善だ。自ら敗北を選ぶ人々を助く力はなく、それに今は軽々しく犬死に付き合えるほど身軽ではない。

 公爵はこの問いにも長々と思考を重ね、指揮官が戻るのを待つという曖昧な判断を下した。


「わかりました。ヘングスト様はどちらに?」

「頭を冷やしてくると。すぐに戻るだろう。先の話し合いでは互いに冷静さを欠いていた。ウルスス、彼は一人だ。念の為に探してきてはくれまいか」


 後ろの護衛は数秒物言いたげに公爵を見詰める。その目から何を受け取ったのか、身を翻した知己を見送る公爵の表情からは推し量れなかった。




「衣服をありがとうございました」


 ヘングストを待つ時間、ただ沈黙を垂れ流すだけだと今し方の刺々しいやり取りを互いの中で反芻する時間となる。それは毒にしかならないと判断したアルクゥは、まず伝えていなかった謝意を公爵に告げた。思考に沈んでいた公爵は不意打ちを食らったように顔を上げ、やや慌てた調子で頷く。


「ああ。大きさは合っていただろうか」


 シャツの丈は少し短いが丁度良いと返事をする。すると公爵は不意に眉間に寄せていた深い皺を緩め、ほんの一瞬笑みと言って間違いない表情を浮かべた。よく見ようとしたときには顔はすでに凍り付いた後で、本当であったのかさえ心許ない。

 しばしの間、両手を握り合わせていたアルクゥは脳裏に残った表情を否定して後回しにしていた用事に手を掛けた。


「お尋ねしてもよろしいでしょうか」


 改まった態度に公爵は肩を強張らせる。質問の予想は付いているのだろう。


「何を……訊きたい」

「奥方様はどちらにいらっしゃいますか」


 母と呼ぶか迷った末、他人行儀な名詞に収まる。

 僅かに動きを止めた公爵だが返答は澱みない。


「リーネは屋敷の一室で静養している」


 何度も答えてきたかのように心のこもらない返事と、苦しげな瞳が嘘を打ち明けている。アルクゥは一度サタナを振り返り、周囲に警戒を配っていた目に合図をした。同行を願ったのに締め出すようで心苦しくはあるが身内の話だ。他人が耳にして面白いものではないだろう。

 一歩下がったサタナに礼を言ってアルクゥは外と内の音を遮断した。

 夜のような沈黙がアルクゥと公爵の間に落ちてくる。

 呼吸一つすら躊躇われる恐ろしげで耳が痛くなる静寂の中で公爵は前言を翻した。


「リーネはいない」


 周囲の耳を憚る必要のない場において真逆の変化をみせた返答に、アルクゥはやはりそうかと、とうの昔から知っていたようにも錯覚する事実を改めて胸の中に受け入れた。


「最後にお会いになられたのは?」

「ひと月前だ。最後に会った人間はお前の乳母であるアンジェリカだ。それは三週間前になる。それ以降、使用人も私兵も、誰もがリーネの姿を見てはいない」


 存外、最近の出来事だということに一抹の寂しさを覚える。もう少し早く事が起きていれば再会も有り得ただろうに。そのことに未練が残る。


「一時は快癒したとテネラエさんから聞いておりました」


 幼いころに会ったばかりで顔も覚えていない祖父が母を治したとテネラエから聞いたことがあった。

 現世の存在を薄めた人間を引き戻す方法は、現世側に重石を置くしかない。それはネリウスがアルクゥに与えた情報であったり、互いに存在を繋ぐ契約という手段がある。

 そのどちらを用いたにしても、幽世側に傾くのが早すぎるように思えるのは、傍にいなかった者の無責任な考えなのだろう。幽世に行くと言う行動は聖人でもない限り止められない。

 あわよくば、愛する者を置き去りにすることが分かっていたのに、なぜ祖父による処置の後も幽世に行き続けたのか知りたかったが。しかし当人が消えてしまった今その胸中を知る術は失われてしまった。


「確かに一時期、屋敷に招いたリーネの父の手によりリーネは回復の兆しを見せた。どこか一点を見詰め日がな一日人形のように座り続けることも、姿を消すこともなくなった。寧ろよく笑い、怒り、泣くようになった」


 諦めを付けようとしていた感情に公爵の言が待ったをかける。具体的には引っかかったものが何かは不明で、アルクゥは手探りにそれを探し始める。


「それなのに、いつしか再び発作のように姿を消すようになり、段々と姿を見せない日の方が多くなり、そして」


 いなくなった、と。

 簡潔で薄情にさえ思える素っ気ない声音は恐らく本心ではない。

 愛しい妻が快癒し、共に生を歩んでいけると喜んだのも束の間、日毎に遠ざかっていく恐怖はどれほどのものかと考える。自分の大切な人間に当て嵌めると、その仮想すらもおぞましい。

 公爵は波打つ激情に疲れてしまったのだ。

 老け込んだ顔に疲労が深い皺を刻んでいる。何度も打ちひしがれたのだろう。それでも庭園に目を向け妻の姿を探すことを止められない愛情の深さは公爵の持つ業だ。

 これ以上は酷だ。

 そう思って会話を終えるつもりで口を閉ざしたアルクゥは、次の一言に眉を寄せた。


「妻はどこに連れて行かれてしまったのだ」


 原因が他にあると決め付ける口振りに、それが残酷なことだと思い至る前に認識を正してしまった。


「奥方様が消えたのは……誰かが連れて行ったせいでは」


 最後まで言う前に口を噤むが、術の内部はどんな囁き声でも相手に届く。

 目を見張った公爵は掠れた声で説明を求めた。


「どういうことだ?」


 斜め下を睨み付けて失言を悔いながらアルクゥは呟くように教える。


「能力の発現時ならばともかく、私たちは自覚的でなければ頻繁に境目を越えることはできないのです」

「ならば……リーネは自分の意思で?」

「彼女に消えてしまう理由を質したことはありますか」

「ある。どうしても、そうしてしまうのだと……悲しそうに笑っていた」


 どうしても、そうしてしまう。

 アルクゥは何かの呪文のように言葉を反復する。

 幽世は美しい世界だ。しかし心を囚われるには、その心自体が擦り減っていく場所でもある。そのような空間にどうしても行かなければならないような理由がどこに――。


「閣下が私の血を疑い始めたのは、お母様が初めてお隠れになって私が見つけてきた日の後ですか?」

「何?」


 公爵は血を疑った末に家から斬り離した当人からの明け透けな問いに怯む。


「……前だ。成長していくにつれ、リーネを写したようなお前の姿を見て、どこに自分の血が混じっているのか疑問を抱いた。その後に聖人の逸話を調べて、確信に変わっていった」


 アルクゥは真っ黒な目をじっと見詰めながら、頭の中で勝手に組み立てられていく仮説の結論を待つ。

 幽世は感情を失くす。感情を厭う人間にとってこれほど良い場所はない。

 母は自分の感情から逃れる為に幽世に染まったのではないか。

 その感情とは何か。

 ――父の疑心に気付いていたとするならば。


「お母様は貞淑を疑われていることにお気づきだったのですね」


 ――母はお前の眼差しから逃げたのだ。

 アルクゥはつい先に感じた同情さえ捨て、言葉を飲み込めないでいる愚者に口元を歪ませる。


「私は……疑ってなど……」

「矛盾しておられますね。娘の血の否定と妻への信頼の否定は同じことでしょうに。貴方は私が独りでに生まれてきた異形として捨てたわけではないのでしょう? 母と精霊の子だと思ったからこそ娘と認められずに切り捨てた」

「違う、私は!」


 勢い込んで掴まれた肩に指が食い込む。骨にまで達するような万力でアルクゥは少し顔を歪めた。

 気が済むまで喚けばいい。

 どうせ取り返しはつかない。

 冷めた気分で公爵を眺めていると不意に背筋が粟立つ。咄嗟に片腕で後ろを制する。にわかに殺気立った公爵の護衛からして、後ろの聖職者が柄に手でも掛けたか。警告を発しただけだろうが、万が一にでも公爵を斬ればここは敵地に早変わりする。

 口々に何かを言って臨戦を解いた護衛たちに、ひやりとした心臓が元の鼓動を取り戻した頃、肩口に食い込んでいた指先がゆっくりと剥がれて落ちていった。


「すまなかった」


 一体誰に対して何の謝罪なのか。

 どんな些細なものでも取り戻すことが不可能な謝罪の在り処を問い返す必要性は感じず、アルクゥは踵を返した。


「どこへ行くのだ」

「ヘングスト様が戻る前に庭園を見て来ます。お母様が貴方に愛想を尽かしていなければ……もしかすると待ってくださっているかもしれませんね」


 私はそうは思えませんが、と言い置いて術を解く。

 一気に流れ込んできた周囲の喧騒も、項垂れた公爵の耳には届いていないようだった。




「終わりましたか」


 安堵した風に迎えてくれたサタナに少し微笑んで庭園に向かう旨を伝えたとき、折悪くヘングストが戻ってくる姿が目に映る。今の公爵に冷静に話し合う余裕があるのか疑問だったが、ヘングストは真っ先にアルクゥへと近付いてきた。

 サタナが無言で前に出てアルクゥを視線から遮ると、ヘングストは怪訝そうにしたがその場で立ち止まった。


「魔術師殿、少し時間をくれないだろうか。貴女に会いたいという人がいる」

「……今はそれどころではないでしょう」

「このような時だからこそだ」


 眉をひそめる。

 ヘングストの様子はおかしかった。

 アルクゥが災禍の遠因と知った直後は汚らしいものを見る眼差しをしていた。この短時間で今のような好意的な態度に激変するには理由がない。


「頼む。来てくれ。急ぎなんだ」


 哀願する声音に公爵を取り巻く護衛が批難の眼差しを向けてくる。会話こそ聞こえていないが、公爵の消沈した様子からアルクゥへの認識を悪くした者が多いのだろう。

 そういえば、とアルクゥはヘングストの周囲を一望してウルススと呼ばれていた護衛の姿が戻っていないことに気付き、何とはなしに言う。


「護衛の方とは擦れ違いになられたようですね」


 ヘングストは一拍の沈黙を挟み「そうらしい」と付近を見渡す素振りをする。その際に巡らせた首筋に霧の中でもくっきりと浮かび上がる赤い飛沫を見つけた。

 随分と真新しい。

 血だ。

 指すとヘングストは手の平で首筋を擦る。拭いきれなかった赤が肌に線を引き、誰の目にも明らかな痕になった。一歩、二歩と下がっていくヘングストは何を言ってもいないのに勝手に追い詰められた目でこちらを睨んでいる。


「ヘングスト、どうし……」


 慄くように後退する指揮官の肩に公爵が手を置いた瞬間だった。

 半身を反したヘングストは公爵の襟首を掴み、一瞬の内に抜き払った剣先を突き付けていた。


「これで良いのだろう!」


 ヘングストの為人を知らないアルクゥとサタナは速やかに敵対の態勢に入ることが出来たが、公爵側はそうではない。

 信頼されていたのだろう。

 護衛も、剣を当てられた公爵ですらヘングストの行動に唖然としている。そんな彼らを差し置いて叫ぶヘングストは、それに応える影がなければ気が違ったのだと断じられる程に、目を血走らせ壮絶な顔をしていた。

 じりじりと公爵を引き摺りアルクゥからも護衛からも遠ざかるヘングストに、群衆からするりと現れた近付いていく男は見覚えがない。

 しかしどこの誰だかは見当が付いた。


「女一人拘束できないとは情けないな。まあそいつでも構わん。こちらに引き渡せ」

「霧を晴らすのが先だ」


 会話を聞いていればどのような取引があったのか想像は容易いが、アルクゥは静かに声を通す。


「ヘングスト様。よくお考えください。相手は自ら放った物の制御も出来ずにここまで逃げてきた人間です」

「耳を傾けるな。我々の目的はその女への復讐にある。傍に寄らねば意味がないだろう。アイツがここに来るまでまっていたんだ。霧の制御は出来る。本懐を遂げた暁には公爵含め全員の命の保証をしよう。霧と魔物の脅威から解放してやる」


 ヘングストは既に己の中で背反を確固たるものにしているようだ。アルクゥの言葉に聞く耳を持たず公爵の身柄を引き渡す。

 もし男が約束を履行したとしても、公爵に刃を向けた罪と敵に加担した罪は消えない。死罪もあり得るとヘングスト自身よく理解しているだろう。

 ヘングストは敵の甘言に自らの命が含まれないと知った上で、この決断をしたのだ。無駄よりも最悪な行動であるとは知らずに。

 武人然とした体格のヘングストよりも小さな男は、人質である公爵と比べても貧相な体つきをしている。三日月のように刀身が反った短剣を携えてはいるが、男が戦いに疎いのであれば背丈に勝る公爵が少し暴れれば逃れられる。

 表情に抵抗の意思を見て取りそう判断したアルクゥだが、公爵は次の瞬間に膝を突いて顔を苦痛に歪ませた。左の足に小振りのナイフが深く突き刺さっている。ヘングストはそれを見ながらも何も言わない。

 異変に気付いた兵士と避難者がざわつき始めている。じきに騒ぎは波及し全員に知れ渡ることになるだろう。拙いなとアルクゥは焦りに一歩踏み出すが、サタナが腕を引いてそれ以上の前進を許してはくれなかった。


「初対面だな」


 男は首を傾げて唇を歪める。答えずに目線だけ返すと、それを余裕と取ったのか男の顔はにわかに怒りの形相へと変わった。


「よくも我々の指導者を殺したな、竜殺し」


 果たして指導者と呼べるほどの人物だったか、盲信する男の頭では判断が付かないのだろう。人質がある以上それを教えることは出来ず、神経を逆なでしないように口を閉ざす。

 竜殺し、と聞いてヘングストは微かに驚いた風にアルクゥを見た。偉業だとか言っていたなとどうでも良いことを思い出しながら、男に守る位置に立つヘングストが邪魔だと手の平に静かに魔力を込め始めた。


「何が英雄だ。何が聖人だ。新しい魔術の祖となる人を殺しやがって。なあ、何か言ったらどうだ。――動くなサタナキア!」


 サタナは腰の短刀に這わせかけていた手を止め、降参を示すように軽く両手を相手に示す。それが人を喰った行動に見えたのは男も同じらしく、噛み締めた歯の隙間から唸るように罵倒した。


「腹の底までどす黒い聖職者が、竜殺しの名に縋って国政に返り咲くつもりか?」

「その程度は自力でもできます。しませんが」

「貴様は黙っていろ!」


 理不尽ですねえ、とぼやいたサタナが一瞬、横目で目配せをするのをアルクゥは見た。何を伝えたかったのか分からず、察しの悪い自分の頭がもどかしい。

 周りは完全に騒ぎに気付き、続々と集まってきている。アルクゥたちを円形に取り囲む人垣は、敵を逃がさない檻にもなると言うのに男はそれについては落ち着き払った様子で周囲を窺っている。寧ろ、人が集まるのを待っているかのようにも思える。


「何が望みですか」

「お前が苦しんで死ぬことが彼の望みだ」


 問いに対して返答は間髪入れない。

 そして男は、自分を指さして口々に叫ぶ人々でアルクゥとの会話が難しくなった頃に魔術で高々と声を響かせた。


「聞いてくれ――俺たちが親や友を失ったのはこの魔術師のせいだ!」


 満面の笑みで苦しげに絞り出す声を装う男にアルクゥは金色の目を丸くする。

 段々と静かになっていく周囲の様子を見回し、そう言う手もあるのかと自分ならば思い付かない敵の策略にどこか遠い気分で賞賛を送る。


 

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