第百二十一話 愛憎半ば
正門付近には列を組んでこそいないものの既に兵が集っている。
少し離れた場所で遠巻きしている人だかりは彼らの友や親族だろうか。涙を滲ませて親しきものを戦地に送り出す悲哀を誘う光景に、アルクゥは真っ先に警戒を抱きそのような自分を嫌悪した。
キメラを討伐する前まで存在していた、兵士が詰める門前と魔物を恐れて奥に籠る避難民の間にあった空白距離は、今はほぼないに等しい。
人の集中は敵にとっての隠れ蓑であり狙い易い的だ。その上、避難民は時に死すら職務に含まれる兵士ではない。もし人質に取られても諸共にという判断が下し辛い。
遣り難い光景だな、と同じ思考をしていたらしいサタナが後ろでぼやくのを聞き流し、これ以上人が押し寄せて来ないように対策を頼もうとモーセスの姿を探した。魔術師の服装は物々しい装備の兵士と違い軽装な為、目を凝らせばすぐに見つかる。モーセスの方もアルクゥたちを見付けたようであちらから近寄ってきた。両脇に前には居なかった護衛を引き連れている。
出向くのが礼儀とは思ったが足を止めて到着を待つ。魔術師、聖職者、魔物と悪目立ちする組み合わせを懸念し簡単な隠密魔術で兵士や避難民らの注意を散らしてはいるが、近付き過ぎるとそれも効かない。
一定の距離まで近付いた護衛はアルクゥたちが突然現れたように見えたようでぎょっと目を剥いた。モーセスはそんな二人を一瞥してその場に留まるように手振りで示し無防備を晒しながら歩いてくる。アルクゥの前に立つのを待たず「手伝いたまえ」と居丈高に言い放った。
「その前に避難民がこれ以上詰めかけないようにしてください。……それで、何を手伝うのですか?」
「魔力不所持者の昏倒を防ぐ結界だ。触媒は作り終わっているから最終確認くらい手伝いたまえ。ったく、呼びに行かずに済んだのは不幸中の幸いだな。独り身が二度も逢瀬に踏み込むなど良い面の皮だ。お前もさぞ肩身が狭かったことだろう。肉は足りたか」
「逢瀬なんて」
意地悪く言ってケルピーに同意を求めるモーセスに否定を発しかけたアルクゥは、それが過剰な反応の気がして口を噤む。閉じた口内に噛み砕けない靄のようなものが残り気分が良くない。アルクゥは後ろに立つ存在を意識して苦虫を噛んだ。
――恋情を抱いている。
溢れた感情の一滴を零すように囁いた張本人は至極いつも通りだ。まるであれは注意を引く為の詭弁だったと言わんばかりの態度にこれ幸いとアルクゥも便乗してはいるが。しかし表面上いくら変化がないと言っても内心は違う。少なくともアルクゥは穏やかではいられない。
否が応でもその仕草が、向けられる視線の一つ一つが目に留まる。その時々で意識に留め置かれた部分は、内心が波紋を広げ始めていくらも経っていないというのにアルクゥに様々なことを告げ口した。今までならば見落としていたような細やかな気遣いや、表情の微細な変化までを。
サタナは視線が合うとほんの一瞬息を詰める。そして誤魔化すように笑みを深めて静かに熱のこもった息を吐き出すのだ。そのことに気付いてからアルクゥはサタナを直視できない。
「ヘングストから聞いた」
アルクゥは意識を目の前のモーセスに戻す。
「事情を暈した上で警備も増やした。が、こそこそと企てを準備する魔術師を未然に発見できるほどの数も質もない。精神的な圧迫にはなるだろうが、あまり意味はないだろう」
霧の漂う現状について愚痴っぽく口舌を回していたモーセスの声音は更に機嫌を損ねた人間のそれに変化している。ヘングストはモーセスにもアルクゥの罪業を教えたのだろう。
盗人猛々しい言い分ではあるが、彼がアルクゥに罪があると言い触らしたところで周囲が得られるものと言えば恨みを向ける対象と疑心暗鬼だ。ゆえに指揮官として他言しない分別を期待していたが、モーセス一人なら構わないかと思い直す。
「なぜ早く教えなかった。エルザ守護の魔術師が全滅したのはおかしいと思っていたのだ。この霧が人の仕業ならば、それもそいつらが仕向けたことなのだろう? 私まで狙われていたらどうする。この五日間を振り返ってみてもいつ殺されても可笑しくない状況だった」
悪罵か呪いの言葉かと覚悟していたアルクゥは、肩透かしな小言程度の叱責に目を瞬かせ、憤る部分が清々しく自分本位なことに共感を覚えた。他者の死を悼み惨状を憤ったヘングストとは相容れない性格をしている。
「申し訳ありません。全てお聞きに?」
「ああ。少し突いたら全部吐いた。あれは実に一兵卒向きの男だな。口が軽すぎる」
「望んで指揮官になられたのではありませんから。……私を恨まないのですか」
モーセスは不眠の浮かぶ目を擦りながら小難しい顔をして腕を組む。
「恨まないでもないが、遅かれ早かれどこかがこうなっていただろう」
「それは……どういう?」
「黒蛇とやらは我々グリトニルの魔術師の間でも話題に上っていたということだ。あれの前身はシャムハットと聞いたが、それは本当か?」
「ティアマトではそう言われていたようですが……」
モーセスは納得した風情で首肯を繰り返す。
「あれが暴れていた当時、グリトニルにも騒動は飛び火している。この国の魔術規制にかなりの影響を与えたせいで研究熱心な魔術師には蛇蝎の如く嫌われているが……まあ、それはどうでもよいとして、確か以前も被害を受けたのは港ではなかったか」
「不勉強で申し訳ありませんが」
「無知は罪ではないが魔術師ならば励みたまえよ。それでだ。今回もどこかで火がつくのではないかと仲間内ではまことしやかに囁かれていたのだ。キミという切っ掛けがなくともエルザ港が国の要港である以上候補の内にはあったろう。その時選ばれていた場合を考えれば、対抗策を知る者がいるという現状は幸運とも言える」
モーセスは憂うように溜息を吐く。演技がかった様子に困惑していると、突然口元に歪んだ笑みを浮かべた。
「まあ建前はこのくらいにしておこう。正直に言うと、このような大災厄を起こすことが可能な魔術には少し興味がある」
「……生粋の魔術師でいらっしゃるようで」
天候を操る。命を生み出す。そして死の克服。古来に定められたという三大禁忌は魔術師たちの手により既に前の二つを破られる段に至っている。貪欲な研究者としての血筋は数こそ少ないものの今代を担う魔術師たちにも受け継がれているのだ。
自分や周囲の人間にその因子がないだけに、なぜ多くの魔術師たちが違法と知りながらベルティオの研究に協賛したのか理解が出来なかったが、いかにも小物臭いモーセスが陶然と笑んだ表情を目の当たりにして漠然とはしているものの得心がいったような感覚がある。
魔術に傾倒する人間にとって神の世界への干渉は酷く魅惑的に見えたことだろう。幽世は否定された最後の禁忌を実現する可能性すら秘めた未知の空間だ。
ベルティオ自身にその意思がなくとも彼は後続に道を示して死んだのだ。そう考えると確かにベルティオは偉大な魔術師だったのかもしれない。
「心配することはない。好奇心に殺されるような愚物に見えるかこの私が。霧が晴れた後に原因を回収して調べるだけだ」
アルクゥが軽い蔑視を込めた眼差しを向けるとモーセスは逆の意味で受け取り満足げに頷いた。
「にしても、国を挙げて神など信仰するから邪教などという集団が出てくるのだ。カビ臭い田舎国家め。……なんだ、肉が足りないか。人が食せない部位が残っているから持って来させよう。空腹で走れなくなっては困る」
モーセスは立て板に水だった口を一旦閉じ、畏まる風に咳払いをして視線をアルクゥの後ろに移動させた。
「魔物を霧の元凶から引き離す囮役はそちらの神父殿で問題はないか」
「ええ、私が。馬上に慣れた者が操る方が、騎も人も生き残り易いしょうから」
知らぬ間に取り決められたことに抗議することも叶わず、真っ当な理由を先んじられ唇を引き結ぶ。間に落ちた沈黙に何を考えたのか、モーセスはアルクゥとサタナを交互に見てから卑屈そうに肩を竦めた。
「聖職者とは戦えるものなのか? いやまあ、類は友を呼ぶというから、そちらの実力も確かなのだろう。ああいや友ではなく」
睨み付けると軽口は途中で止まる。作業場に案内すると逃げるように踵を返したモーセスはふと半身だけ振り返り「そう言えば」と話し忘れを付け加えた。
「囮と言えばな、キミと似た背格好の女性兵士に同じ外套を着せてそれとなく歩き回らせたが、敵は炙り出せなかった」
顔を顰めたアルクゥにモーセスは同じ表情を返す。
「強制はしていない。魔術師を狙うものがいると何人かの女性兵士に事情を告げて志願を募ったのだ。ヘングストは本人がやるべきだと抗議していたがな」
「モーセス様は指揮官より強い権限を持っているのですか?」
「私がいくら優秀な魔術師でもそんな馬鹿な話はあるものか。キミを時間まで休ませよと命じたのは公爵閣下だ」
話しに突然現れた人物に頭から冷水を被せられた気分で立ち竦む。
それはアルクゥ自身に対する気遣いではない。貴重な戦力を温存する為の指示だ。何も可笑しなところはない。
モーセスの姿が人混みに紛れてしまう直前にまで胸の重苦しさと戦ってようやくアルクゥは歩き出せた。努めて見ないようにしていた傷跡を見せつけられた気分だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
モーセスが作業場所として案内したのは屋根どころか机すらもない、正門からやや左に進んだ塀の下だった。椅子替わりに引っ繰り返された複数の木箱は恐らく工具を入れていたものなのだろう。鋏や金槌が無造作に地面に散らばっている。屋敷の一室を借りなかった理由は衆目が危険を退けるからだとモーセスは言う。実際、視線は煩わしいほどに多い。話しかけてこそ来ないが、こちらを窺う兵士の目は騒々しさと過分の期待を含んでいた。
「キミを霧の原因に届かせる為に彼らは死地に赴くのだ。せいぜい手でも振って士気を上げてやれ」
至極どうでもよさそうに言ったモーセスは触媒に関して幾つかの説明と指示を出した後そのまま寝てしまった。
分厚い白壁を背にしてアルクゥとサタナは触媒を手に取る。
煌びやかな紅玉たちは全て親指の爪程の大きさで恐ろしい程に均一だ。滑らかに磨き上げられた表面には光の筋が輝き、紅色に星を彩っていた。公爵家の所有する宝飾品の一つにこんな宝石が使われていた気がする。尤も前に見たときには銀の細工に収まった首飾りの形をしていたが。
公爵はモーセスに伝来の宝を惜し気もなく提供したのだろう。
アルクゥは眉を下げて霧のように幽かな笑みを漂わせた。
公爵はこういったことに関して無私でいられる人格者だ。
誰に対しても分け隔てなく誠実だ。民衆の寄せる信頼も揺らぎない。今でこそ兵士の抑えが必要だが、霧の発生当日に避難者の混乱が暴動に変わらなかったのは、速やかに彼らを公爵邸に迎え入れたケリュードランの度量と人徳によるところが大きい。
かつてアルクゥの父親はそういう人間だ。
――だからこそ、尚更に。アルクゥが公爵家から切り離されたあの日が浮き彫りになる。
アルクゥの血を疑い、眉間を撓めて苦渋を露わにするケリュードランの表情は鮮明に思い出せる。アルクゥは否定された。拳を握り手の平に食い込ませた爪の痛みまでも覚えている。
「アルクゥ?」
差し挟まれた声によって回想は中断する。
意図して視線を避けていたことも忘れてサタナを向いたとき手の中で嫌な音が弾けた。数秒、気まずい沈黙を交わしてから音の出所に目を向ける。いつの間にか握り締めていた拳を開けば白い亀裂の走った宝石が横たわっていた。辛うじて形を保っていたそれは、アルクゥの動揺が伝わったかのように静かに砕けた。過剰な魔力供給によって破砕した宝石に職人の技巧は見る影もなく、輝きの失せた断面は血のように赤い。
「触媒同士で線を結び内側を保護する結界です。一つくらい駄目にしても問題はないでしょう」
迅速な慰めの言葉が虚しい。
後は私に任せて休んでいてください、とサタナはいかにもアルクゥが今まで点検の数を熟してきた風に言うので居た堪れない。しかし他の触媒まで壊しては取り返しが付かないので大人しく任せることにした。
今の現象についてぼんやりと考えを巡らせる。無意識に発した魔力が触れていた宝石に流れたのだろう。特に悩みもせず解答を見付けたアルクゥは次の瞬間青褪めて胸元を探る。取り出した首飾りの黒い宝石には幸いにも瑕一つなく、過度な心配の反動に大きく脱力した。
手持ち無沙汰に銀色の光沢を放つ黒をしばらく眺めていると、視界の端に映り込んでいたサタナの作業をする手が止まる。終ったのかと伏せた横目で手元を見遣る。まだ半分程度残っていた。
ほどなくして何事もなく動き出した手から目を外し、再びぼやけた思考に浸る。
「届かないとは理解していましたが、告解の直後ですら思考を独占できないでいるのは我ながら滑稽ですね」
引き戻される。
しかしどのような返事を求めているのか知らないが、今はどうあってもサタナが望む反応に沿うことはない。ふざけないで欲しいと言うつもりでアルクゥが伏せた顔を上げると、サタナは少しだけ申し訳なさそうに目を細めた。頭の中で反復した今し方の言葉が全く真剣みを帯びておらず、アルクゥの目を泥沼から逸らす為だけの軽口であること気付く。避けたいと思っている話題を選択し感情の吐露を告解と自ら皮肉る人の悪さではあるが、それでも滲む心配の念はアルクゥを慰めた。
「公爵家の娘は死にました」
触媒の点検があと数個を残すところにまできたとき、アルクゥは宙に向かって口を開く。話し相手はさしずめ霧だ。真実を吐き出しても隠してくれる。
「その死に際に、恐らく、たった一言でもあれば報われたのだと思います。嘘だとしてもそれだけで救われたに違いないのに、しかしあの人は騙すことさえしてくれなかった」
それなのに今になって気に掛ける様子を見せる。戦力に対する気遣いだとしてもそれは卑怯だ。だが誠実な公爵は恐らくそのことに気付いておらず、自分だけが苦しいようにアルクゥを見て顔を歪める。霧の原因を話した直後の無関心を貫き通すこともできず、手ずからアルクゥの衣服を調達し、ヘングストの怒りから庇い立てする。
アルクゥは目を瞑り瞼の裏にケリュードランを思い浮かべた。そこに描かれる父の表情から笑みが消えたのはいつからだっただろうか。
憎い。
自覚しないでいただけで、きっと随分前からそうだった。
膝の上で握り締めた頼りない拳を大きな手が包む。喉を灼く悲しみが通り過ぎるまでサタナはそうしていてくれた。
柔らかい布袋にさらさらと収まっていく触媒の宝石は万全の輝きと術式を宿している。自分は結局一つ破壊しただけかとアルクゥは小さく息を吐いた。
「本当に全部任せてしまいましたね。疲れてはいませんか」
「私はこういった細かい作業は嫌いではないので楽なものでしたよ。貴女こそ見ているだけでは退屈だったでしょう」
「私は……色々と、吹っ切ることが出来ましたから」
親であった人間を嫌悪する背徳に動揺はある。しかしそれ以外の感情もアルクゥは確かに持ち併せているのだ。今まで食い縛ってきた漠然とした息苦しさに名前が付いたことで、少しは気持ちに余裕が生まれたのかもしれない。
「モーセス様を起こしましょうか」
アルクゥは衣服に付いた木屑を払って腰を上げた。軽い鼾を立て幸せな夢の中にいるモーセスを叩き起こすのは忍びないが。
「もう時間でしょう」
「それにしては……」
言葉を濁したサタナの視線を辿る。
正門に集まる兵士の表情は出撃の時を待つ緊張に彩られているものの浮ついていた。それもそのはずだ。いくら探しても彼らに指示を下すべき指揮官の姿がない。
時間を延ばすつもりだろうか。
状況が状況なだけにアルクゥには異常事態のように思えたが、サタナはそれを否定して声が掛かるまで静観すべきだとアルクゥを宥めた。
「気にし過ぎでしょう。騒ぎが起こっている様子もありません。……貴女はここに居た方がいい」
サタナがそう言うならと腕を引かれるままに腰を下ろす。
しかし一度向けた意識は憂慮から戻らず、アルクゥはサタナと会話しながらも頻繁に視線を廻らせて何か変事がないか探す。そうして何度目かのとき、兵士の制服とは違った装いの男がこちらに歩みを向けてくるのに気付いた。
近付いてくるにつれ空気が張り詰めていく。目だけを動かして隣を見ると、剣の柄に気だるげに掛けられた手が見えた。ただ手を休ませているように見えるが、男の顔が霧に紛れない距離まで来ると手は柄を滑り鞘を握り口を下に向ける。
流石に男は足を止め、腰に佩いていた武器を近くの兵士に預けた。降参を示すように軽く無手の両手を見せる。その顔を思い出したアルクゥが「公爵の護衛の一人です」と耳打ちすると微かな鍔鳴りと共に威圧が引いた。
「お返しするのが遅れて申し訳ない」
その言葉と共に男が差し出したのは面会の際に預けていた短剣だった。アルクゥは大きな両手に恭しく載せられた横向きの短剣を受け取る。預けたときに付着していた魔物の血は綺麗に清められていた。王侯貴族に物でも渡すかのような態度とあわせ、酷く気を遣わせしまったようだとアルクゥは身が縮む思いで頭を下げた。
「わざわざ、ありがとうございます。閣下はどちらに? 傍におられなくとも大丈夫なのでしょうか」
「代わりの者が付いておりますので。指揮官殿も」
ヘングストか、とアルクゥは眉を寄せる。彼に何事も起こっていないことを知って安堵するより、事情を知る二人が額を寄せ合って話しているところを考えると少し嫌な感じがした。
「まだ、彼女に何か」
用事を終えたのに立ち去ろうとしない護衛にサタナが冷たく問う。いくらなんでも過剰反応ではないかと気を揉んでいると、護衛は何か考え込むように目を細め、何が辛いのか眉根を強く寄せ深く吐き出した。
「出過ぎたことだとは分かっているのですが……ケリー様は、貴女のことを目で探さずにはいられないようです」
アルクゥは目を見開く。他人の口から聞く公爵の態度に対する動揺をやり過ごしてから、事情を知る風情を匂わせた身贔屓な護衛に苦笑を向けた。
「よく気付かれましたね。閣下の護衛の方々は接点はまるでなかったと記憶しておりますが」
「アトル様が生きておられることは知っておりましたから。後はケリー様の反応で判断いたしました」
あの人も態度に出るのかと、長く暮らせば似る部分もあったのだなとアルクゥは切なげに考えて「それで」と表情を消した。
「私に何をして欲しいのですか」
「誰もが明日の知れない身であれば」
「主人の心残りを一つでも晴らそうというわけですか」
「御三方の仲睦まじいところを目にしたことがあります」
男は巌のような外見に反して、どうも頭に花が咲いているらしい。今更、修復など叶うはずもない。公爵はアルクゥを受け入れない。アルクゥは公爵を憎んでいる。
そして――母は。
「お母様はどうしておられますか?」
男はアルクゥの視線を受け切れず目を逸らした。「一介の護衛には分かりかねます」と言葉を濁すがそれだけで答えは見えてくる。
しかし詳細は分からない。
「……公爵に会います。司祭も一緒に来てくださいませんか」
「来るなと言われたらどうしようかと考えていました」
考え抜いて出した答えにサタナは肯定を示して僅かに微笑むが、行くべきではないと考えているのだろう。静かに周囲を警戒する眼差しと、剣に触れた手を見れば明らかだった。




