女神の戸惑い
(どうしてこんなことになってしまったのかしら。)
ディアナは1人考えていた。
ハウメール侯爵令嬢の家庭教師の職を見つけてくれたのが父親だったことも驚きだった彼女は、侯爵の屋敷で熱烈な歓迎を受けた時は、自分と誰かを間違えてるのだと思い、慌てて帰ろうとした。
それを執事やその他、侯爵家の使用人の方々に止められ、あろうことか、侯爵の部屋で待つように言われた。
屋敷の主人である侯爵に会わないことには話は進まないと言われ待つこと2時間。
余りにも時間がかかるので一度出直してきますと言おうとしたら、これまた全力で止められた。
(帰ってきた侯爵にはいきなり抱きつかれるし・・・。)
初めて目にした侯爵は、それは美しい人で、銀の貴公子と言われていると聞いた時は、恐ろしく納得した。
夕食を共にしたのも恐れ多いことだったが、その席で令嬢と会え、とりあえず、受け入れていただいたようでホッとしたディアナであったが、
「ディアナ先生は、私のお姉さまになるの?」
令嬢であるクレアのこの言葉には、硬直した。
それに乗って悩殺モノの笑顔を見せられた時は、気絶するかと思ったディアナ。
(お金持ちって分からないわね。)
「先生っ?」
可愛らしい声に我に返ると自分を見上げているクレアがそこにいた。
クレアには、フランス語の書き取りをしてもらっていたのだと思い出し、思考を切り替える。
「ごめんなさい、ちょっと考え事をしてしまったわ。」
そう言った彼女に小さな天使はにっこりと笑った。
「お兄様のこと考えていたんでしょ?」
図星を言われて頬を赤くする。
「ち、違います。さ、その書き取ったものを声に出して読んでみて。」
口を可愛らしく尖らせるクレアにディアナはタジタジであった。
なついてくれるのは嬉しいが、当初、クレアは“お姉様”とディアナのことを呼び続け参ったのだ。
頼むから“先生”と呼んでくれと言ったが、勉強の時だけといわれ、勉強を離れたら、“お姉様”と呼んでいい?と言われた。
それも止めてくれというと、
「お兄様は、お姉様と結婚なさるつもりだから、今から慣れておくのはいいことでしょう?」
と言ってきた。
とんでもないことだと否定して、この世の中には身分と言うものがあってと語りだしたら、クスクスと笑われた。
「お兄様は、そういう煩わしいことは全て免除されてるのよ、お姉様。」
と言われ訳が分からなかった。
その理由を執事に聞いたディアナではあったが、まさかライモンの運命の人が自分であるなどとは決して思っていなかった。
ところが、ココ最近、毎日のように部屋に花が届くようになった。
忙しく働いているライモンからの贈り物で、ただただ恐れ多いことだった。
タダでさえ住む所と、仕事を与えてもらえているのだ。
ディアナが居なくなった途端、祖母の古い家には父が家族で乗り込んできたと家政婦長が手紙を書いてきた。
恩のある祖母のことを思うと、あの親子とはちゃんと話をつけないといけないのだろう。
しかし、今更戻れないし、戻りたくもなかった。
父親からは、貴族との縁を作り、姉を少しでもいい家に嫁がせるための足がかりになれと言われた。
いつ、侯爵家のタウンハウスに姉を招待してくれるのだと言う催促の手紙が来たのは2日前だ。
そのための就職だと言うことを忘れたわけではないだろうなと言う脅しも書いてあった。
父親がコレを貸しだと思っていることは明らかで、ディアナの悩みでもあった。
返事をしないと乗り込んでくる可能性もある。
そう思っていたある日、その最悪な訪問は現実のものとなった。
つづく