振ってきたチャンス
父の思惑
普段寄り付きもしない娘の部屋に父親はノックもせずに入ってきた。
その様子に怪訝な表情を見せたディアナに一瞬顔を引きつらせた父親であったが、
彼は一つ咳払いをすると自慢気に語りだした。
「ディアナ!シルヴァリー公爵令嬢が家庭教師を探しているというんだ。」
名前だけでもと父のつけた名前は彼女のコンプレックスとなった。
「頭のいい、できれば穏やか家庭教師を探しているというんだ!お前に打ってつけの仕事じゃないか?」
父親は自分の娘こそ相応しいと売り込んだ。
相手は、家庭教師に対しての形容として、“月のような”という言葉を述べてきた。
それに対しては意味不明だと思ったが、髪は黒髪、瞳の色は金色と指定までされていた。兎に角、静かで、芯はあるものの大人しい女性の家庭教師を探しているということを馴染みのサロンで聞きつけた。
ましてやディアナは“月の女神”の名だ。
この話がまとまれば、彼には上流社会への伝ができる。
ディアナは頭もよく、人に教えるのが上手で、その上、大人しいと彼は自慢しまくった。
「しかし、ジャンセン。君の娘と月に何の関係が?たしか、君の娘は金髪だろう?」
シルヴァリー公爵家と懇意になりたい者は沢山いた。
「はは、それはわが自慢の娘ミリアのことだ。私が言っているのは、母の強い希望で養女にだした次女のことだよ。」
父親の脳裏に浮かぶのは明るい将来だった。
なぜならば、爵位だけでなく、シルヴァリー公爵家は事業にも積極的で成功を収めていたからだ。
その成功は、彼、ライモンの代で著明となり、彼と協力している3つの貴族は、すでに貴族社会では特別な存在となっていた。
シルヴァリー公爵家・クラインハイヴ侯爵家・イシューバル伯爵家・アッテンボロー伯爵家。
この四つの貴族はこの時代の英国を支えていた。
「公爵家なんて・・・無理よ、お父様・・・。」
ぽそりと言った言葉。
その言葉に父親は激怒した。
先ほどまでの上機嫌な顔は何処にいったのか、ディアナを見る目はどこまでも冷たいものだった。
「勉強ばかりして役立たずのディアナ。お前は、ミリアのために何かしたいとは思わんのかっ!」
父親は、ディアナが公爵家との縁を持つ事で、姉のミリアと貴族との間にも縁が持てると考えたのだ。
運よくば公爵家の嫡男と、それがあまりにも高望みというのであれば、
別の貴族の息子の元に嫁がせて上流階級へと行きたいと考えているのだった。
「いいか、公爵家の跡取りと姉さんを近付けるんだ。それができたなら、お前をこの家の娘として認め、自由にしてやろう。」
自由。
今も対して不自由ではないわ、それに家の名前なんて、もうどうでもいい。
そう口を開こうとしてつぐんだ。
自分に興味などない親。
ディアナは、いつか振り向いてもらおうとはしなくなっていた。
つづく