孤独な娘
自分には縁がなかったのだと彼女はその場から出て行こうとした。
何せ王族の血を引くとまで言われているシルヴァリー公爵家の次期後継者であり、現在はハウメール侯爵を名乗っている人をひっぱたいたのだ。
相手が失礼な事をしたと分かっていてもこの世界には身分というモノがある。
文句など言うだけで自分の未来など簡単に閉ざされてしまうのだ。
それなのに・・・。
彼女は出された食事を前に呆然としていた。
(雇われたのかな?)
しかし、使用人と主人は一緒のテーブルになどつかないはずだ。
「クレア・・・先生に挨拶は?」
目の前には、同じように食事を前に固まっている少女。
「は、はじめまして・・・。」
銀色に輝く髪と緑の瞳は兄である彼と同じなのだと思った。
「はじめまして、クレア・・・。って、あの~侯爵?」
「なんだい?」
「私は、その雇ってもらえるということでいいんですか?」
彼の瞳が細まり、その微笑がとても優しいものだったことに彼女は少々慌てて視線を逸らしてしまった。
「そうだよ、ミス・・・いや、今この時から君のことは、ディアナと呼ばせてもらうよ。」
地味な自分に似合わない派手な名前だと幼い頃から好きじゃなかった。
「月の女神に相応しい見事なブルネットの髪に金の瞳だね。」
その髪も瞳の色も家族には、受け入れられず、母の不義の子などとも言われ、一時は夫婦仲も最悪になった。
しかし、間に入った祖母のお陰でディアナは住む場所を失わずにすんだ。
彼女は少しでも認めてもらいたくて、褒めてもらいたくて頑張って勉強をしただけだったが、両親には受け入れてもらえなかった。
中流階級に生まれた彼女の家庭は、商売をしていて、見栄張りだった。
成金といってもいいほどの趣味は周囲の人を苦笑させていたが、妻に似て華やかな雰囲気を持つ長女のミリアを何とか良い家柄の、つまり上流家庭に嫁がせたがっていた。
ミリアと違い、自分と同じ黒髪に気味の悪い金色の瞳。
ディアナに関する父親の感想はこんなものだった。
その上、性格も服の趣味も妹のディアナは地味だった。
自然と彼の意識は姉の方にばかり向いた。
ディアナは、それでも近寄ろうとしない父親に振り向いてほしかった。
そのためにはどうすればいいのか考え、祖母の進めもあり本を読み漁り、勉学に勤しんだ。
祖母は有名な作家だった。
その作品は女王陛下の耳にも入り、女男爵の地位を得た人である。
女性にも知識や教養は必要だと考える祖母と父は馬が合わず、よく言い争っていた。
祖母は父の家に来るたび、ディアナがとても辛く当たられていることを見抜いていたのでよく自分の家に招いたり、勉強を見たりした。
仮にも男爵の位を女王陛下から賜った祖母である。
ディアナの父も母、そして姉も本当は、彼女に取り入りたかったのだが、祖母はディアナ以外はあまり相手にしなかった。
祖母の言うように、せめて自分の得意な分野で自分と言うものを確立しようと頑張ってきたが、勉強はできても地味で誰からも声などかからないであろう彼女の存在は、父親にとっては何の戦力にならないものだった。
ましてや、祖母の彼女への可愛がり方を見ると腹立たしく、父は段々とディアナを無視するようになった。
「家族だと?お前は居候だよ。淋しいと言うのなら婆さんのところに行くがいい。可愛がってもらえるだろうよ。」
何回もそう言われた。
母親はそれなりにディアナに優しかったが、父親に逆らえるほどの女性ではなく、彼の前ではディアナを庇うこともしてはくれなかった。
どうしてそこまで嫌われなくてならないのか。
ディアナは何度も考えたが、その疑問は解決できないままであった。
ある時、父親はディアナを祖母が娘として育ててはどうかと言ってきた。
「俺たちの娘の家族でいるより、母さんの娘の方がディアナも幸せだと思うんだ。」
その提案に祖母はため息をもらした。
1人立ちもできない12のディアナを金に困っている訳でもないのに養子に出すそう考えた息子に呆れたのだ。
「お前は何故、この子をそんなに嫌うのかい。」
ディアナの頭のよさ、勘の鋭さ、全てが祖母の生き写しのように思えて、父親は彼女がいるだけで息苦しかったのだ。
祖母は、前向きに考えると言いながら、常識的に考えても普通の家庭のすることではないと、せめてディアナが16になるまで、待ちなさいと言ったが、父親は、それなら、とある金持ちが若い娘を嫁に欲しいといっていたので、そこに嫁げと言ってきた。
父親がディアナの相手として選んだ男は、父親よりも年配で、それにはさすがの母親も、祖母も反対をし、その縁談は流れた。
「わしの望むことには、何でも反対するのだろう、母さんは!」
そう言ってまた口論となる。
父親はその件からますますディアナを相手にしなくなったが、遠く離れた祖母宅よりもロンドンにいる方が勉学には適してると同じ家で暮らすことは許された。
しかし、年老いた醜男のもとにすら嫁げなかった娘など、同じ苗字を名乗らせることもイヤだと言い、
ディアナは事実上、祖母の家の娘となった。
親子の縁など切れたはずなのに、この時代の女にとって勉強など意味がないと考えていた父親は、家の事に口出しをしないという約束で彼女の向上心に対して口をはさまなかった。
ディアナは孤独ではあったが学ぶ事に喜びを見出し、家庭教師という職業に就いた。
この時代、家庭教師は女性が就くことのできる数少ない認められた職業だった。
1人で生きていくためには、自らが行動を起こさなければならないと考えていたディアナは、祖母の死をきっかけに家庭教師を斡旋している事務所に自分を売り込み、できれば家を出るために住み込みの仕事を得たいと思っていた。
そんな彼女に両親が仕事を持ってきたのだった。
つづく