月の女神
厳しくも優しい父親と明るく朗らかでいながら、全てを悟っているような母。
そんな両親の元で生まれたライモンは、小さい頃から愛されて育った。
名門シルヴァリー公爵家を次ぐ男子として生まれたからには、すべきことがあるとその教育も厳しいものだった。
特に、公爵家の子息ではなく、とある子爵家の子供として全寮制の寄宿学校に入った時は現実を知った。身分に囚われ、下級貴族と偽っている自分に対するあからさまな攻撃を加える子供いた。
そんな生活の中で唯一、仲良くしていたのが従弟にあたるジオンだったが、小さい頃はとてもよく似ていたこともあって、あまり近くにいることはライモンにとっては好ましいものではなかった。
「クラインハイブ家の坊ちゃんと似ているからっていい気になるなよ、お前は、女王陛下の前にすら出れない下級貴族なんだ、俺たち上級貴族の言うことを聞いてればいいんだよ!」
勉強もスポーツも出来たライモンは、上級貴族を名乗っている子供達にとっては煩わしい存在だった。
言いがかりもつけられたが、優秀だったことはライモンの自信に繋がっていた。
危機回避能力というのか、何かされそうになる前に逃亡できるという特技も持っていた。
その日もライモンは広い敷地内を逃げていた。
「まったく、しつこいなぁ・・・。」
今日は試験の結果が出た日だったのだが、伯爵家の子息よりもライモンは上位にいた。
それが気に入らなかった彼は仲間とライモン狩りと称する遊びをし始めた。
静かに教室で読書をしていたライモンは不穏な空気を感じて飛び出し、彼等が来そうもない場所を目指し、裏道を進んでいたのだ。
その場所が林ともいえる敷地内の一角にある図書館。
校舎からは随分な距離があり、放課後から寄宿舎へ入る時間までの間そこで過ごそうと思ったのだ。
そこは外部者も利用できる施設であった。
利用しているのは大体が大人の男性であったが中には女性も居た。
佇まいから彼女達が学ぶと言うことに真剣であることはライモンにも分かっていた。
沢山の本。
実家シルヴァリー家の書庫にある蔵書もかなりの数だが、さすが学校所有の図書館。
色々な系統の本を読み漁るのが趣味になっていた。
そんな図書館でライモンは1人の少女とであった。
祖母らしき夫人に連れられてやってきた彼女はキョロキョロと頭を動かしている。
金色に輝く瞳と黒い髪が印象的な少女は、嬉しそうに祖母と話をしている。
祖母に言われて座った彼女の前には分厚い本が一冊あって、その頁をめくる彼女の表情はくるくると変わってとても愛らしくライモンに見えた。
そんな折、ライモンはしつこい伯爵家子息の仲間達の姿を目にした。
(本当しつこい。こんな外部の人間のいるところで暴れたりしないだろうが、見つかる前に去ろう。)
寄宿舎に入れば、ライモンはジオンと同室のため何も言われないことが分かっていた。
ふと彼女を目に入れる。
すると伯爵家子息、ギルバートが彼女の方へと行き、本を取り上げた。
「平民の小娘がなんで、ここに入れた!」
ヤツの口の動きで言葉を読んだ。
(彼女を救いに行きたい。)
そう思ったライモンは、立ち上がった彼女の凛とした声を聞いた。
「ここは、女王陛下の命令で多くの民に門戸を開く図書館だと伺って、祖母と参りました。私が利用するのはいけないことなのでしょうか。」
はっきりと言った言葉に彼は心を揺さぶられた。
緊張した顔、僅かに震える声。
相手は同じ年頃とは言え、貴族の息子達。
きっと反論するには勇気がいっただろう。
「生意気なっ!」
思わず手を上げた彼に声がかかる。
司書が助けに入ったのだ。
彼は極正当な理由で彼女はここにいて良いのだと説明する。
ギルバートは恐らく知らなかったのだろう、頬を赤くして彼女から取り上げた本を机に投げ捨てた。
その投げ捨てられた本を彼女が愛しそうに拾い上げ、抱きしめる。
騒動を聞きつけた祖母がやってきて、彼女を抱きしめた。
彼女は緊張の糸が切れたのか泣き出してしまっていた。
大声ではなくとても静かに。
その姿を見たとき、ライモンは神々しい月の女神が彼女の本当の姿なのではないかと思ったほどだった。
つづく