父親の思惑
姉のミリアが愛嬌のある美人なら、ディアナは、根暗な本の虫。
母親のように地味で、黙っている時のあの憎たらしい金の瞳。
可愛げのない事といったら。
ディアナを産んだ時、妻はその黒髪に悲鳴を上げた。
“捨ててきて”とさえ言った。
商家の女主人であった彼の母は、その才能と若かりし頃の美貌を武器に夫亡き後、『女男爵』の地位を手に入れた。
その地位をミリアが継げば家は安泰だと思っていたが、母はミリアを気に入らず、いつもディアナを構っていた。
ミリアには一銭も、一冊の本も買ってやったことなどないのに、毎週のようにディアナの様子を見るためだけに母はやってきた。
何事にも完璧だった母は、家の管理が妻に出来てないと来るたびに指摘し、言い争いも度々起こっていた。
それは娘達の教育方針についてだった。
「娘達には、学ぶことが必要です。何故ちゃんとした家庭教師をつけないのです。」
「ミリアは頭も良く、ちゃんとした家庭教師をつけてます。ディアナは家庭教師に逆らってばかり。先生の方から断られたんです。あの子は本があれば落ち着くんですよ。」
姑と折り合いの悪かった妻にとって、ディアナは鬼門だったのだ。
ディアナの味方ばかりする母に妻はイライラしていた。
「鬱陶しい。早いトコ引退して、男爵の地位だけ残してくれないかしら、」
「おい・・・。」
「あら、貴方だってそう思っているでしょう?あんな人に似ているなんて、ディアナも可哀想。ミリアみたいに私にさえ似ていれば・・・。あの人がディアナばかり構うから、私はあの子を大切に思えないんだわ。」
夫婦、特に母親は祖母に対する対抗心からか、ディアナに対して冷たい態度を取り続け、一生懸命愛されようとしたディアナの心を傷付けていった。
ディアナは淋しさから本の世界に逃げた。
本の世界は優しく、ディアナに色々なことを教えてくれた。
父や母は本を読んでいる暇があったら、家事でもしろと、使用人のようにディアナをこき使ったが、たまに尋ねてくる祖母は、本が好きで聡明なディアナを褒めてくれた。
『これからの世は、女も教養が必要です。今からしっかりと学びなさい。』
女男爵である祖母はとても厳しいが家族に虐げられているディアナには優しかった。
祖母には、自分と嫁が不仲であるばかりに、この子を傷つけてしまったという負い目もあるが、素直で聡明な彼女のことを一人前のレディに教育したいと思っていることも本心だった。
姉のミリアは外見ばかりに拘って中身がない。
同じように接していても苛められてると錯覚し泣き喚くのだ。
母親がディアナを心から嫌っているわけではないことも知っている。
しかし、直接自分に文句を言えないために、夫婦揃ってディアナに矛先を向けたのだろう。
嫁が本心でディアナを嫌っている訳ではないと思えるのは、ディアナの結婚相手に恐ろしく年配の相手を選んできた時の態度で分かった。
普段対立している祖母と意見を同じに反対してきたからだ。
それでもあの黒髪の娘が傍にいると、祖母のことを思い出してしまう母親はイライラを止めることができなかった。
ディアナに冷たく当たる両親を見て育てばミリアの性格も歪んでいくことは明白で、ディアナさえいなければ平穏な生活が送れるのだと考えていたことは、その言動や態度の端々で分かった。
だから祖母は自分の方からディアナを養女に欲しいと言った。
父親に捨てられたと言う事実にディアナが傷付かない訳はない。
女男爵としての地位だけで彼女を守れるのは自分が生きている間だけ。
それまでにどうにかして彼女の後見人を見つけたいと祖母は思っていた。
しかし、頭は悪いくせに金儲けのことだけには、その当時才のあった長男は、裏から手を回しディアナの後見人になってくれそうな祖母の知り合いたちに資金援助をして、話は断るようにと申し合わせしていた。
父親は考えた。
“誰も後見人になってくれないとなれば、祖母はイヤイヤながら、ディアナの両親に頼みにくるはずだ。”
“お気に入りの学者の弟にしてみたところで、彼は金がないため、自分の妻と子供を養うので必死。”
後見人を頼みに来た時にこそ、母の好きそうな笑顔でディアナを引き取る旨を伝え、母が亡くなった後、持っているもの全てが自分の手に入るようにしてやると息巻いた。
父親の思惑通り、後見人が決まることなく彼の母『女男爵』は他界し、屋敷には古くから彼女に使えていた者達とディアナしか残っていなかった。
まだ成人していないディアナを父親が無理矢理引き取ったのは祖母の死から3日経った時で、ディアナは、両親と姉の住む家で勉強しながら家政婦と同じように働いて、わずかな賃金を得ていた。
つづく