静寂の街 赤ん坊の泣き声
街を歩く。いつもの光景。
人口100万人を超える、この国の首都。
だが、今日もどこからも<声>は聴こえてこない。
2040年に義務化された脳内へのAIチップの埋め込みは、
我々から「言葉」を奪った。
勉強も、
他人とのコミュニケーションも、
生活のすべてが
オペレーションAIとのやりとりだけで済むようになり、
他者との交流は、
視線を交わす程度で事が足りるようになったからだ。
たまに友人と出会っても「脳内の端末同士」が、
言葉では表現できないほどの濃密な情報をやりとりし、
互いの関係を調整する。
対人関係では、
ただ視線を合わせ、ニコリと微笑むだけで、
いっさいの誤解もなく、
コミュニケーションが成立するのである。
そうなると、喉は必然的に退化を始める。
何日も、
下手をすれば、何週間も声をひとことも発さず
日常生活を過ごせるようになったのだから、
それも当然のことだろう。
今日も、いつもの静寂の街を歩く。
ただただ、思索を重ねるために歩き、
適当な場所で休憩する。
オーダーにも言葉はいらない。
「ただ考える」だけで、チップが店側に注文を行い、
ただ座っているだけで、コーヒーが目の前に現れ、
その会計も同時に完了する。
私は、この音のない世界の喫茶店で、
窓の外の景色を眺める。
そして、この窓の外と内、両方の景色が、
水槽の中の景色のようにも思え、
ひとり苦笑する。
ギャーーーッ!!
―― 刹那、金切り声が上がる。
私も含め、店内にいる全員が背筋を凍らせ、
外の通行人までもが、店の方を見つめる。
先ほどまで、ヒューマノイドの腕の中で
すやすやと眠っていた赤ん坊が目を覚まし、
泣き出したのであった。
皆が、悲鳴の発生源が赤ん坊であったことに安堵し、
声も出さずに肩を揺らし始める。
<今どき、街に赤ん坊がいること自体が稀だから、ほんと驚いたね>
隣のテーブルに座る老紳士風の男からの
メッセージが脳内チップ経由で届く。
私は<ほんとですね>と短く同意のメッセージを返し、
今の自分がフレンド登録以外からのメッセージも
受け付ける設定になっていることに気づき、少し驚いた。
おそらく、昨晩酔っぱらったときに ――
―― 未来の<日常風景>におけるワンシーンをエッセイ風に。




