第14話 ネーロとハーク
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エルフ達が去った。
森に生き物の気配が戻る。
同時に──
静かでおぞましい気配も。
ネーロの背に、蠢く気配が触れた。
微かに──
“声”がきこえた……。
バッ、と振り返る。
何もない。
いや。
様子のおかしい同胞がいる。
気のせい──
ではない。
(……気のせい…、 そう思ってはいけない)
(そう思ったから……前の群れは)
そう遠くない記憶が、よみがえる。
ネーロの身体は──
震えていた。
汗が滲む。
「……ダメだ…! 落ち着け…!!」
拳を握って、目を閉じる。
すぅ── はぁー
そして目を開ける。
目の前には、ギョロリと見つめる赤い目。
「……っく!!!」
「……ネー…ロ……さん」
ガッ
腕を掴まれる。
物凄い強さだ。
「……っ…た……すっ…け……」
同胞の掠れた悲鳴のような声が聞こえた。
その声に、ネーロの中で何かが弾けた。
それは────
決意。
ガシッと同胞の両腕を掴む。
「……お前の辛さ、悲しみ、後悔……」
「……全部」
「……俺が、替わってやる!!」
虚ろな赤い目を睨みつけて、言った。
その瞬間──
身体が、
頭が重い鼓動の音に包まれる。
そして絶えまなく“声”が語りかけてくる。
……ドックン……ドックン……ドックン……
「……悔しい」
「……なんでおれたちが……」
「……怖い」
「……全部……壊せ」
……ドクンドクン……ドクンドクン……ドクンッ……
意識が赤く塗りつぶされていく中。
ネーロの強い意識が叫んだ。
(……イヤだ)
(……おれは)
(……守りたいっ!!)
ネーロの瞳は赤く染っていた。
だが、元に戻った同胞に訴える。
「……に…げろっ!!」
「……い……イグ…ニスっ……様に!!」
恐怖に震えながら、
そのコボルトは精一杯声を絞り出した。
「……っ……は、……はいっ!!」
そして、つまづきながらも走り出す。
イグニスの元へ──
────
イグニスの中で、途切れた感覚があった。
それは、
初めての事である。
でも、“以前”はよく感じていた感覚だ。
心と心が──
離れていく。
「……主」
後ろからフクに呼び止められる。
「……聞こえない」
「……でも、五月蝿い」
「……何かおかしいです」
彼女は身体を抱え込むようにしていた。
すぐ側で、
アンとローザが支えるようにして立っていた。
今度はローザが言う。
「……あたしもイヤな感じがする」
綺麗な顔を歪める。
「…こう、ゾワゾワした空気が触ってくる」
「……そんな感じ」
「……それでいて息苦しい」
横でアンがメガネにふれて言った。
「……私の《賢者》が言ってます」
「……これは、【世界の悪意】が──」
……なんとか這い出そうとしているのです」
一瞬、アンはメガネをクイッとあげた。
(…ぶっ……!!)
イグニスは内心で吹いた。
だが顔にはおくびにも出さなかった。
「……【世界の悪意】…か」
イグニスは少し考え込む。
────
その時──
《……主!!》
ハークからの念話だ。
その声色は聞いた事のない程焦っている。
《ネーロが── おかしい!!》
イグニスの瞳がス──と細まる。
(……絆が万能だとは思ってなかった)
(……だが、こんな事は──)
(……到底、 許せる事じゃない)
瞳に炎が宿る。
それは、怒りか。
それとも、新たな決意か。
「場所は」
《すぐそこだ!!》
「……行くぞ」
地面を蹴る。
コタロウは既に消えている。
ゴエモンが後ろからついてくる。
ビーグルが駆ける。
────
拠点から少し離れた森の奥。
ネーロの身体は、すでに変質していた。
筋肉は膨れ上がり、
爪が伸びている。
呼吸が荒い。
そして──
目は、完全に赤。
「……あぁ……あああぁ……」
低い唸り声。
理性が、削れている。
(……間に合え!!)
先に着いたハークが飛び込む。
「ネーロ!!!」
ネーロが振り向く。
その瞬間──
拳が振り下ろされる。
ドォンッ!!!
ハークの身体が吹き飛んだ。
木を数本なぎ倒して、ようやく止まる。
「……っぐ、 ……ペッ」
勢いよく血を吐く。
だが──
ハークは笑っていた。
見たことの無い程の、冷笑。
「……いいなぁ、 おまえ」
ゆっくり立ち上がる。
「全部ぶっ壊す顔してんじゃねぇか」
嫌味だ。
ネーロは応えない。
ただ、唸る。
その瞳はまだ虚ろだ。
「……守れなかった」
「……全部……奪われた……」
「……壊せ……壊せ……!!」
ハークが一歩踏み出す。
地面が沈む。
「……なぁ、 ネーロ」
「それ、違ぇだろ!!」
ネーロが突っ込む。
速く、そして重い一撃。
ドゴォォン!!!
拳がぶつかる。
その衝撃が爆ぜて辺りを白く包みこむ。
ハークの腕が軋む。
骨が悲鳴を上げている。
(……重っ……!)
だが、踏み込む。
「……一人で背負ってんじゃねぇ!!」
燃えるような眼差しで、
ネーロを睨みつける。
「今、守れりゃいいだろうが!!」
ネーロの動きが一瞬止まる。
だが──
次の瞬間、さらに強くなる。
────
《……負の感情増幅》
《……外部干渉確認》
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ネーロの身体がさらに膨れ上がる。
イグニス達が駆け込む。
「……止めるぞ」
それは短い声。
だが、絶対的な響きを持つ。
すかさずゴエモンが割り込んだ。
「……止める!」
ドォンッ!!
受け止める。
だが──
押される。
地面が抉れた。
「……無理……」
ガレンシアとの戦い以来、
感じなかった敗北感。
(……負けたくない!!)
(……絶対に、 守るっっ!)
その思いだけでゴエモンは踏ん張る。
コタロウが影から出る。
「……遅い」
ザンッ!!
斬る。
だが──
止まらない。
まるで、何も感じないかのように。
ネーロの拳が返る。
速さはコタロウが上。
拳が直撃する事はなかった。
だが風圧だけで、
コタロウの頬が裂ける。
「……チッ」
初めての舌打ち。
攻撃が通用しない。
コタロウの瞳に悔しさが滲んだ。
ハークが笑う。
「……ネーロ! ……聞けよ!!」
血を拭う。
「……自分自身の、 こえをっっ!!!」
その時。
ネーロの中で、
“何か”が膨れ上がる。
《……守る……今度…こそ!!》
────
《罪の受容──発動》
仲間恐怖。
後悔。
絶望。
《個体名: ネーロ 負荷受容を確認》
《群れの感情を一時統合──成立》
────
全てが、ネーロに流れ込む。
「……っ……ぐぁあああああ!!!」
イグニスが呟く。
「……背負ったか」
アンが言う。
「……限界を超えています」
ハークが前に出る。
「……なら」
拳を握る。
「今度は俺だ」
ネーロが突っ込む。
ハークも踏み込む。
衝突。
ドゴォォォォォン!!!
空気が裂ける。
その瞬間。
ハークの中で“何か”が変わる。
痛み。
怒り。
そして──
守りたい衝動
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《守護衝動──臨界》
《戦鬼王──進化条件達成》
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身体が熱を帯びる。
地面が、軋む。
空気が重く沈む。
筋肉が膨張する。
骨が軋む。
角が生える。
「……っは」
笑う。
「いいじゃねぇか」
「──全部、任せろ!」
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《固有スキル進化》
《戦闘狂 → 戦鬼王》
《新スキル:限界突破》
《新スキル:戦線支配》
────
ドクン──
ハークを中心に、
“空気が変わる。”
恐怖が、
押し返される。
ネーロの暴走すら、
一瞬だけ鈍る。
ハークが消えた。
次の瞬間。
ネーロの懐。
ドゴォォォォォォン!!!
拳が突き刺さる。
「……っ、が……」
ネーロの身体が吹き飛ぶ。
そのまま地面を転がった。
ハークが前に立つ。
「もういい」
低く言う。
「お前が背負うなら」
一歩踏み込む。
「俺は…お前ごと全部──」
「…ぶち壊してでも」
「……背負ってやらぁああ!!」
ネーロの瞳が揺れる。
赤と理性が混ざる。
「……守る……」
ハークが叫ぶ。
「守れよ!!」
拳を振り上げる。
「今を!!」
ネーロの中で、
“声”が砕ける。
その瞬間。
イグニスが手を翳す。
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《聖魔王──干渉》
《個は全也──補助》
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「──戻れ」
ネーロの身体から黒い揺らぎが剥がれる。
「……っ……はぁ……」
崩れ落ちる。
心地良い静寂。
ハークがその場に座る。
「……ったく」
ネーロを見る。
「次は一緒だぞ」
ネーロが笑う。
「……ああ」
その瞳は、涙で揺れていた。
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《称号付与》
ハーク:《破軍》
ネーロ:《背負う者》
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少し離れた場所で、
ビーグルはネーロを見ていた。
流れてくる匂いを嗅ぐ。
血の匂いでも、
恐怖でもない。
もっと、濁った何か。
ビーグルは小さく鼻を鳴らす。
わずかに、嫌そうに。
そして──
ゆっくりと、首を振った。
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