第12話 生きていい理由
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夜。
忙しなかった昼間の出来事が嘘のように、
拠点の中は静寂に満たされていた。
大きな洞窟で良かった。
数は少ないが、コボルトも群れである。
イグニス達よりもはるかに大人数だ。
拠点の中央──
火が、小さく揺れていた。
ビーグルとハークは火のそばに寝転んでいる。
その少し後ろで、
アンとフク、ローザが座って話していた。
仲良くなって何よりである。
コタロウとゴエモンは、
地下水のある通路でボアの解体をしている。
シルとジン、ミルも解体した物を運んだりと、
手伝いをしている。
意外というか、
盾化持ちのジンも力持ちだった。
(これからは力仕事もバンバン振っていこう)
ある程度はコボルト達の手を借りて、
血抜きと皮剥を済ませている。
だが数が数である。
ローザの魔法で一部は燃え尽きたが、
それでも相当数ある。
暫くは食糧に困らないだろう。
それにしても──
コボルト達は、まだ落ち着かない様子で、
部屋の隅に固まっている。
子供は母親にしがみつき、
大人達も周囲を警戒している。
無理もない話だ。
思えば──
ビーグルやコタロウ達と出会った時。
ゴブリンはコボルトを襲っていた。
今では並んで寝転ぶ程の仲になっている。
「……絆の力だけではない。」
イグニスはビーグルを見つめた。
彼がまだ子供だったから、
ハーク達を簡単に受け入れられた。
今回は──
違う。
「……怖がらせちゃったわね」
ローザが小さく呟く。
「仕方ないです」
アンは淡々と言った。
「彼らの常識では、私達は“敵”です」
少し離れた場所で、
コボルトのリーダーがこちらを見ていた。
目が合う。
すぐに逸らされた。
(……まぁ、 まだ無理か)
イグニスは立ち上がった。
「……話をする」
ゆっくりと歩く。
驚かせないように。
コボルト達の前で止まる。
沈黙。
ビーグルは何かを察して、
イグニスのそばに寄った。
「……クゥウウン?」
やがて──
リーダーが前に出た。
「……先程は」
「助けて頂き……感謝します」
丁寧な言葉。
だが、声は硬い。
イグニスは答える。
「気にするな」
そして気になっていたことを聞いてみた。
「……ところで、お前達に名前はあるか?」
リーダーは思ってもみなかった問いだったのか、
口を開けて固まっていた。
(…仕方ない)
(邪推されても困る)
イグニス内心溜め息をつきながら、
丁寧に説明する事にした。
「……このビーグルには名がなかったんだ」
「だから聞いた」
「 俺達が主と初めて会った時の話してやるよ!」
いつの間にか隣にハークがいた。
そして誰も返事をしていないのに話を始める。
遠くでアンが鬼のような表情をしている。
「俺と、コタロウとゴエモンとフクとアンは」
「 腹が減ってたんだ!」
ニコニコして言う、ハーク。
アンは頭を抱えた。
「 だから、みんなで歩いてた」
「 そしたら、ビーグルを見つけた!」
勢いよくビーグルを指さした。
ビーグルは、
話が詰まらないという様に欠伸をする始末。
ハークは気を取り直して話しを続けた
「 ビーグルは、ふわふわして小っちゃくて」
「 かわいくて、美味しそうだったんだ!!」
「 ぶふーーーっ!!」
「 ……っげほっっ! ごほっっ!!」
衝撃の一言に、
ローザが飲んでいた水を吹き出してしまった。
おまけにむせている。
ウケたと思ったのか、
ハークはさらにニコニコしている。
さすがのイグニスも頭を抱える。
「 襲おうとしたら、主が現れてボコられた!」
「 そんで俺達に名前をくれたんだ!」
「 俺達はその時から、みーんな仲良しだ!」
ハークはそのまま、
ビーグルの頭をぐしゃぐしゃに撫でた。
イグニスはハッとした。
アンやフクも、唖然とした後──
眩しい笑顔でハーク達を見つめる。
コボルト達は、
困惑しながらも感情を揺さぶられたようだ。
沈黙は相変わらずだが、
その瞳は和らいでいる。
沈黙を破ったのは──
コボルトの子供だった。
「……ねえ」
小さな声で、イグニスに問いかけた。
「どうして……助けたの?」
コボルト達の空気が、変わる。
リーダーが焦る。
「やめろ──」
だがイグニスは止めなかった。
片手でリーダーを止める。
「……昼間も言ったが、 使えるからだ」
コボルト達の表情が強張る。
やはり──
そういう存在か。
彼らの目が、その思考を物語っていた。
その空気の中で、
イグニスは続けた。
「……コタロウは、小さな身体で立ち向かった」
「 仲間の為に」
ちょうど、焼いた肉を運んできた──
コタロウとゴエモンの動きが止まる。
「……ゴエモンは、図体に似合わず優しい」
「 フクとアンの盾になった」
みんな、気が付く。
声色は淡々としている──
しかしイグニスの瞳は、
限りなく優しい色をしていた。
「……フクは泣き虫だが、怖くても立ち向かう」
「 誰よりも強い心をもってる」
その言葉に、フクは静かに泣き出した。
「……ハークは素直だ」
「 だから、仲間が傷付けば怒り」
「 喜びは共に分かち合う」
ハークは胸を張った。
「……アンは賢い」
「 それを感じさせる瞳が、俺に決断させた 」
「だから──使える奴は、見捨てない」
最後の言葉は、重く響いた。
「……は?」
コボルト達は言葉を失う。
理解が、追いつかない。
そんな彼らを見渡して──
イグニスは大きな声で言った。
「 そしてビーグル」
「……こいつは、襲ってきた五人を受け入れた」
ビーグルの額を優しく撫でる。
「…器の大きい奴だ」
一拍おいて──
イグニスはリーダーをみた。
「 弱ければ死ぬ」
「だが、お前達は今ここにいる」
「 生きろ、群れの為に働け」
「 仲間の為に、価値を示せ」
イグニスは、
バンっと胸を叩いた。
「 生きていい理由を創れ!!」
その言葉に、
一匹のコボルトが崩れた。
「……っ……」
膝をつく。
「……守れなかった……」
震える声。
「仲間も……」
「子供も……」
空気が重く沈む。
「……逃げるしか……できなかった……」
「……奪われたんだ」
「南から来た“何か”に」
「 全てが呑み込まれた!」
空気が変わる。
アンが一歩踏み込む。
「……話して」
コボルトは震えながら続ける。
「最初は──空だった」
「……空?」
フクが反応する。
「空が……赤く、染まった」
「まるで──燃えているみたいに」
イグニスは黙って聞いている。
「その後だ」
「森の奥から、音がした」
「……ドクン、ドクンって」
「心臓みたいな音だ」
ローザの眉が動く。
「……気持ち悪いわね」
コボルトは首を振る。
「違う」
「音じゃない」
「“中から鳴ってる”んだ」
全員が一瞬黙る。
「……は?」
ハークが顔をしかめる。
「体の中から」
「頭の中から」
「声がした」
────
「もっと奪え」
「もっと喰らえ」
「もっと──壊せ」
────
「仲間が……変わった」
「目が赤くなって」
「笑いながら──」
「仲間を襲い始めた」
シル達が息を呑む。
「止めようとした奴から死んだ」
「強い奴ほど──壊れていった」
フクが震える。
「……嫌だ……」
「逃げるしかなかった」
「でも……」
コボルトは震えながら言う。
「逃げてる最中も──」
「ずっと“声”が追いかけてきた」
そして手をみつめた。
「……まだ聞こえる」
「……今も、少しだけ」
誰も、言葉を出せない。
その時。
ゴエモンが、静かに言った。
「……違う」
全員が顔を上げる。
「……まだ、生きてる」
たった一言。
それだけで、
何かが崩れた。
フクの声が重なる。
《……来て》
《……一緒に、生きよう》
優しい声。
その瞬間。
コボルトのリーダーの目から、
涙が溢れた。
「……我らは……」
拳が震える。
「……まだ、生きていいのか……?」
イグニスは、迷わない。
「いいに決まってる」
即答だった。
その一言で、
すべてが崩れた。
リーダーが、
ゆっくりと膝をつく。
「……我が名は── ネーロ」
「どうか、我らを──」
「この群れに、入れてくれ」
静かに、頭を下げた。
「我らコボルトは──」
「貴方様に、従います」
先程言った言葉。
しかし、それに込められた意味は──
まったく違う。
その瞬間。
⸻
《絆──信頼値、大幅上昇》
《新たな群れを認識》
《スキル生成──成功》
⸻
空気が、
静かに震えた。
────
《コボルトに共通スキルを付与》
《個は全也》
────
「……もう、聞こえない」
コボルト達の顔から、不安が消えていく。
ネーロは泣きながら、イグニスの手を握った。
「……っ、我が主よ……」
「……まだ、生きていいのか……?」
イグニスは、迷わない。
「いいに決まってる」
そして──
一歩、踏み出した。
「だから創れ」
「生きていい理由を」
「──お前達の手で」
その夜。
新しい“群れ”が、生まれた。
────
遠く南の森。
誰もいないはずの場所。
空気が歪む。
「……増えたな」
声がした。
だが──
姿は見えない。
「群れを作る魔物、か」
「面白い」
くすり、と笑う気配。
その瞬間──
周囲の影が、わずかに蠢いた。
「壊れる音が、聞こえる」
「まだ足りないな」
「……全然、足りない」
「もっと──」
「もっと、混ぜろ」
「もっと奪え」
「もっと喰らえ」
「もっと──壊せ」
──重なっていた。
──それは、誰の声でもなかった。
「選別は始まっている」
「誰が残るか」
「誰が壊れるか」
空気が震える。
「……さて」
「次はどこを壊そうか」
その瞬間──
気配が消えた。
まるで最初から何もなかったかのように。
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