第11話 森の異変
────
拠点に帰るべく、
イグニス達は森を歩いている。
しかし、
不自然なほど辺りは静まり返っていた。
──鳥の声すらない。
風も、止まっている。
「……どうしたんだろ?」
ハークはキョロキョロと、
落ち着きがない。
「…ねぇ、森の中がおかしいのに」
「コタロウ一人を偵察に行かせて大丈夫なの?」
ローザは、今この場に居ないコタロウを心配していた。
《…心配ご無用》
しっかり念話で安否報告もしているのだから、
大丈夫なのだが──
ついさっきまで戦闘していたから、
気が気ではないだろう。
「コタロウよりフクが心配です」
アンは首を振りながら言った。
フクは、
ガレンシアとの戦闘が終わった直後から応答が無いのだ。
「……スキルの使い過ぎ…」
ゴエモンまで不安そうに言った。
フクのスキルは便利すぎる。
フクもそれを理解して、
自分の限界以上の情報収集をする事がよくあった。
そして倒れる。
つまり働き過ぎなのだ。
「…帰ったらお説教ですね」
そんな会話をしていると──
《……主……》
フクだ──
声が弱い。
「……フク?」
イグニスは優しく名を呼んだ。
しかし返事がない。
しばらくして──
《空が……燃えて……》
そう言って、念話がぷつりと途切れる。
──まるで、その光景に呑まれたように。
「……フク!」
アンが青ざめる。
「…主──、フクの精神が限界です!」
「……急ぐ」
ゴエモンはそう言うと、
アンとローザを肩に抱えて走り出す。
ビーグルもその後に続く。
《…コタロウ、引き揚げてすぐ戻れ》
ハークと共に、
戦利品を引きずりながら帰路を急いだ。
────
数時間前には居たのに、
懐かしさすら覚える我らが拠点。
アンとローザが駆け込んでいく。
フクの傍には既にコタロウが居た。
フクと一緒にいたシル、ジン、ミルは、
隅で申し訳なさそうに正座している。
アンとローザがフクの容態を見ている間──
この三人に事情を聞くことにした。
「……なにがあった?」
イグニスの問いに、
三体のゴブリンはびくりと身体を震わせた。
最初に口を開いたのは、シルだった。
「グ……」
言葉にならない。
だが必死に伝えようとしている。
ジンが補足するように身振りで示す。
「耳」
「空」
「痛い」
ミルが続く。
「……フク様」
「ずっと……見てた」
アンが振り向く。
「……見ていた?」
コタロウが低く言う。
「無理をした」
その言葉に、
イグニスは静かに目を細めた。
「……お前達三人は悪くない」
「……よくフクを守った」
イグニスの言葉に、
シル達はやっと安堵を見せる。
そして、その場で同時に跪く。
「……次こそ──、 フク様を守る!」
(……いい覚悟だ)
改めてイグニスはフクに向き直る。
呼吸は浅いが、
命に別状はない。
だが──
その表情は苦しそうだった。
まるで、
何かを見続けているような顔。
イグニスは静かにしゃがみ込む。
そしてフクの手を取った。
その瞬間──
《絆──発動》
頭の奥に、
焼き付くような光景が流れ込む。
空。
燃えるような赤。
巨大な影。
翼。
あまりにも巨大な存在。
《──危険》
《──格が違う》
《──これは……》
フクの感覚が、
そのまま流れ込んでくる。
イグニスは目を開いた。
「……なるほどな」
アンが息を呑む。
「主……見えたのですか?」
「ああ」
そう静かに呟くと───
イグニスの中で、
何かが“決定”された。
⸻
《主の意思を確認》
⸻
イグニスはフクの手を強く握った。
《聖魔王──魔力供給》
魔力が、フクを満たしていく。
その瞬間──
光が弾け、世界が──
静止した。
⸻
《絆──異常反応》
《絆──異常同期》
《全個体接続》
《個体間信頼値──閾値突破》
《限界突破処理──開始》
《統合条件達成》
《スキル統合──開始》
──それは、進化ではない。
“統合”だ。
《全個体、進化段階へ移行》
《個体識別:種族進化適性を検知》
《名称付与──開始》
⸻
視界が白く染まる。
次の瞬間、
仲間達の感覚が一気に流れ込んできた。
コタロウの静かな呼吸。
ゴエモンの重い鼓動。
ハークの荒々しい熱。
アンの冷たい思考。
そして──
フクの、壊れかけた感覚。
さらに仲間の“存在”が、
一つに重なる。
コタロウの影。
ゴエモンの壁。
ハークの熱。
アンの思考。
フクの感知。
すべてが──
“繋がった”。
⸻
ステータス更新
~~~~~~~~
コタロウ
種族:忍影ゴブリン
: 影と一体化する暗殺種。
気配遮断・瞬間移動・奇襲性能が飛躍的向上。
固有スキル:影王
: 影を支配する王の力。
あらゆる影を通じて移動・潜伏が可能。
影内での存在遮断。
主の影と同化することで防御補助が可能。
~~~~~~~~
ゴエモン
種族:守護鬼ゴブリン
: 全てを受け止める守護種。
防御時、攻撃力と耐久が同時上昇。
固有スキル:守護王
: 絶対防御の体現。
主への攻撃を強制的に引き受ける。
防御時、力はさらに増幅される。
~~~~~~~~
ハーク
種族:戦鬼ゴブリン
: 戦闘に特化した狂戦士種。
闘志に比例し能力増幅。
固有スキル:戦鬼王
: 戦闘により力が増幅。
感情の昂りに比例し能力上昇。
瀕死時、最大出力に到達。
~~~~~~~~
フク
種族:千里巫ゴブリン
: 広域感知・未来予測の初期領域。
念話の精度・範囲が拡張。
固有スキル:千里女王
: 広域感知・未来予測の片鱗。
仲間への情報共有を常時展開。
危機察知能力の大幅強化。
~~~~~~~~
アン
種族:叡智ゴブリン
: 情報処理・戦術演算の上位存在。
戦場の最適解を導き出す。
固有スキル:叡智の魔女
: 情報解析・戦術演算の極致。
敵の行動予測、弱点の即時導出。
味方全体の最適行動を導く。
~~~~~~~~
ビーグル 軽進化
種族:嗅覚強化種 → 嗅覚王(微覚醒)
危険察知能力が飛躍的向上。
敵意・殺気の感知が可能。
~~~~~~~~
ローザ 軽進化
固有スキル:魔導演算 → 魔導演算・改
魔力制御精度向上。
外部魔力との同調が可能。
~~~~~~~~
シル・ジン・ミル 微調整
結果→成長成功
シル:鑑定 → 精密鑑定(精度向上)
ジン:盾化 → 防壁(範囲拡張)
ミル:見破る → 看破(嘘・罠感知)
⸻
光が収まる──
少しの静寂──
「ワンッ!!」
ビーグルが嬉しそうにジャンプする。
自分の成長を喜ぶ様は、
とても可愛らしい。
体格も少し大きくなったようだ。
「……っ、なんだよこれ」
「……最高だなぁ!!」
ハークが思わず声を上げる。
身体の奥から、力が溢れてくる。
ニコニコとして、
ビーグルと拠点の中を駆け回る。
(……走るな)
だがイグニスは、言葉にはしなかった。
コタロウが目を細める。
そして目を閉じる。
「……影が、応える」
「……俺を、呼んでいる」
ゴエモンは拳を握る。
「……護れる」
その瞳は、新たな覚悟を表していた。
アンが呟く。
「……なるほど」
「……これが、“絆”ですか」
「……演算速度が、桁違いに──」
目は真剣。
しかしその口元は、
ニヤニヤと緩んでいた。
隣でローザは。
「……は?」
「なにこれ……制御、できる…?」
イグニスの魔力と“噛み合っている”。
その事実に喜びと混乱が入り交じって、
逆に表情を失っていた。
跪いたままのシル達三人は──
震えていた。
ミルがやっと言葉にする。
「……な、なんか…すごい…」
ジンは、ブンブンと何度も頭を縦に振る。
そんなジンに向かって、
シルは早速スキルを発動していた。
今までと違うモノが見えて嬉しそうだ。
そのニヤケ具合はアンと並ぶだろう。
その時。
フクの身体が、かすかに光を帯びた。
────
《個体名:フク》
《過負荷状態──改善処理》
《成功》
《保護状態維持──意識覚醒》
────
フクの目が、ゆっくり開いた。
「……見える……全部……」
「……主……」
弱い声。
だが──
確かな意志が宿っている。
全員が息を呑む。
フクは震える声で言った。
「空を覆う……炎の翼……」
「……あれは──、 竜」
イグニスは静かに空を見上げる。
低く、確信を持って言う。
「……だから──、 俺達は強くなった」
その瞬間──
「……敵性反応、接近!!」
「……数は、 複数!」
フクが叫んだ。
それと同時に──
地面が揺れた。
全員、外へ駆け出す。
ドドドドドドドド──!!
森をなぎ倒しながら現れたのは、
巨大なイノシシ型魔獣。
三体。
いや──
後ろにまだいる。
「グォォォォ!!」
「……かっ、 鑑定!!」
シルが咄嗟にスキルを使った。
《鑑定──成功》
鑑定された情報が共有される。
⸻
ジャングルボア(複数)
生息地: 東大陸南部、亜熱帯ジャングル
生態: 10体以上の群れを形成
体格は巨大だが温和で臆病
《状態:恐慌》
: 目が赤く、呼吸が荒い。
理性がなく、何かに恐怖。
⸻
目は血走り、恐怖に歪んでいる。
完全に暴走していた。
その前方には──
弱々しく走るコボルト達が。
「助けてくれえええ!!」
アンが即座に判断する。
「主、迎撃推奨」
イグニスは一歩前に出た。
「……やるぞ」
全員の意識が揃う。
《絆発動──連携開始》
《……戦闘開始だ!》
⸻
「ゴエモン!!」
「……うん」
ゴエモンが前に出る。
ドゴォォォォォン!!
正面衝突。
だが──
止まる。
「……通さない」
腕に更に力を込める──
完全に止めた。
──巨体が、まるで壁に衝突したかのように。
「いっくぞぉおおお!!!」
ハークが横から突っ込む。
力いっぱい殴りつける。
ドガァァァ!!
イノシシの首が大きく揺れる。
「…うぉおおっ! 硬えっ!」
そうは言うが、
殴りつけた個体は口から血を垂れ流して
倒れている。
「……遅い」
コタロウが影から出現。
ザンッ!!
──気付いた時には、斬られていた。
脚の腱を切断。
イノシシが崩れる。
その一体に躓いて、数体が転がった。
「今です」
アンの声。
「燃えなさい!!」
ローザの魔法が放たれる。
ドォォォォォ!!
炎が一点に集中。
今回は──
制御されている。
二人は思わずハイタッチした。
《……ハーク、 コタロウが左をやるので》
《あなたは右からやれって…言ってるです!!》
……念話では、
ハークに怒りながら指示を出していた。
「ワンッ!!」
ビーグルが別個体を誘導。
「……右、来る!」
フクの指示。
「任せろぉ!!」
ハークが迎撃。
いつの間にか手に持った剣を振り回す。
デタラメな太刀筋だが、腕力で押し通した。
ビーグルも負けじと、
ゴエモンが止めた個体の目に噛み付く。
────
数秒後──
森に静寂が戻る。
イノシシは全て倒れていた。
「……ざっとみて、 30体ほどでしょうか?」
アンの冷静な声が響いた。
フクが口を押さえながら言う。
「……この魔物」
「理性がありませんでしたね」
「……怖がって、逃げていました」
ローザが顔を顰める。
「……ただの暴走じゃないわ」
イグニスは顎に手を添える。
「南の影──、 竜 の影響か」
──気配がした。
離れた場所にいた──
コボルト達が震えながら近づく。
痩せている。
怯えて息も荒い。
所々、血が付いている。
明らかに──
逃げてきた集団。
よく見れば、
子供や雌、老人が殆どだ。
「……た、助かった…」
先頭にいた一人が呟いた。
「……南からの流入です」
フクが不安そうに言う。
ローザが眉をひそめる。
「冗談じゃないわね」
「森のバランスが崩れるわよ」
イグニスは振り返る。
「大丈夫か」
その言葉に、
コボルト達は目を見開いた。
今気付いたのだ。
魔物が、
自分達を助けたと。
戦いが終わった森に、
まだ緊張の余韻が残っている。
倒れた魔獣。
焼け焦げた地面。
そして──
怯えたままのコボルト達。
その中から、
一体が前に出た。
少し年長の個体。
体格も、他より一回り大きい。
(……まるでシェパードだな)
「……助けて、くれたのか」
声は震えていた。
だが、目は逸らさない。
イグニスは静かに頷いた。
「結果的にはな」
コボルト達がざわつく。
「……魔物が……助ける…?」
「……ありえない…」
「今言ったよな!
……助けるつもりなんか無かったんだ!」
当然の反応だった。
アンが一歩前に出る。
その目は笑っていない。
「訂正を」
「私達は“助けました”」
「その返しがこれとは、失礼ではありませんか?」
その言葉に、
コボルト達が一瞬固まる。
「ですが」
アンは続ける。
「私達は無意味な殺しはしません」
「その意味を考えてから発言しなさい」
森に、静寂が落ちる。
その沈黙を破ったのは、
ハークだった。
「お前ら、弱いな!」
「っ……!」
空気が一瞬張り詰める。
だが次の瞬間、
ハークは笑った。
「だから助けた!」
「……は?」
コボルト達が困惑する。
イグニスはため息をついた。
「言い方ってもんがあるだろ…」
ローザが小さく笑う。
「でも間違ってはないわね」
イグニス達の空気が、少し和んだ。
コボルトのリーダーが、
ゆっくり口を開く。
「……なぜ、 我らを助けたのです」
「流入を防ぐなら、殺せた…」
イグニスは少し考えた。
そして、答える。
「使えるからだ」
一瞬、
空気が凍る。
だが──
「そして──使える奴は、見捨てない」
イグニスは続けた。
「弱いままなら、また死ぬ」
「でも、生き残れば──」
「価値がある」
その瞳は、
強く優しい炎が揺らめいているようだ。
コボルト達の表情が困惑を表す。
「……俺達はな」
イグニスは力強く言う。
「群れを作る」
「強い奴も、弱い奴も関係ない」
「全員で、生き残るための群れだ」
ゴエモンが静かに言う。
「……守る」
コタロウが続く。
「……殺させない」
フクが優しく言う。
「……一人も、失いたくない」
その言葉に、
コボルト達の目が大きく揺れた。
リーダーが、拳を握る。
「……我らは」
「群れを失った」
「南から来た“何か”に」
空気が変わる。
アンが反応する。
「……詳細を」
コボルトは続ける。
「空が燃えた」
フクと同じ言葉。
「その後、魔物が狂った」
「強い奴から、弱い奴まで」
「……全部だ」
やがてその瞳から、
ボタボタと大粒の涙が零れていく
ローザが小さく呟く。
「……最悪ね」
少しバツが悪そうだ。
イグニスは静かに言う。
「……災害だな」
そして、
コボルト達を見渡す。
「選べ」
「ここで震えて死ぬか」
「俺達と来るか」
大きく響く声は、空気を揺らした。
沈黙。
長い沈黙。
やがて──
コボルトのリーダーが、
地面に膝をついた。
「……頼む」
「我らを、群れに入れてくれ」
「我らコボルトは──」
「……貴方様に従います」
その瞬間。
⸻
《絆──新規接続》
⸻
空気が、
わずかに震えた。
ビーグルが嬉しそうに駆け寄る。
「ワンッ!」
コボルトの一匹が、
おそるおそる手を伸ばす。
「……あったかい」
その光景を見て、
ローザがぽつりと呟いた。
「……ほんとに」
「変な魔王ね」
イグニスは肩をすくめた。
「今さらだろ」
────
森の奥で、
風が揺れる。
誰もいないはずの場所。
「……確認した」
静かな声。
木々の影から、
細い影が現れる。
長い耳。
淡い光を宿す瞳。
森エルフ。
「ゴブリンが……群れを作る」
「ありえない」
もう一人が呟く。
「……だが」
「“あれ”は──森の理を乱す」
その視線の先には──
イグニス達。
「報告する」
風が吹く。
次の瞬間──
エルフ達の姿は消えていた。
──森は、すでに見られている。
読んでいただきありがとうございます!
面白いと思っていただけたら
ブックマークや評価をいただけると嬉しいです。
次回もよろしくお願いします!




