第7話−2 林の奥の声と、金髪が邪魔をした
◆ 踏み込む
声が聞こえた。
言葉ではなかった。でも、人間の声だった。
ヨーヘイ:「解析さん」
解析の声:「Fグレードの反応、ダークボアが北東220メートル、クロトカゲが東180メートル。どちらも遠ざかっています」
ヨーヘイ:「今なら進めますか」
解析の声:「はい。ただし、長居はしないでください」
ヨーヘイ:「分かってます。行きます」
短剣を握り直した。刃こぼれが頭をよぎったが、抜かなければ関係ない。今は足を動かすことだけ考える。
林に入った。
足元の枝を踏まないように、一歩ずつ音を殺して進む。暗い。木が密になっていて、午後の光が細く、糸のように差し込んでいる。東、30メートル。
20メートル。小さな気配がする。
10メートル。
木の根元に、人が倒れていた。
◆ 発見
最初に目に入ったのは、金髪だった。
地面に広がっている。光の届かない林の中で、なぜかそこだけが明るく見えた。
近づいた。足元を確認しながら、慎重に。3メートル。2メートル。
足が、止まった。
ヨーヘイ:「……あの」
顔が上がった。
空色の瞳。金髪。そして——
旅装の上着が、胸元で限界に近い仕事をしていた。前に傾いた拍子に布地が引っ張られて、谷間が深く、深く開いている。Gカップ相当——いや、それ以上かもしれない。腰のくびれから腰骨にかけてのラインが、服の上からでもはっきりと分かる。光の乏しい林の中で、なぜかその輪郭だけが鮮明に見えた。
ヨーヘイ:(待って待って。なんだこれ。異世界に来てまだ1週間も経っていないのに、こういう存在と遭遇するとは思っていなかったぞ。なんで林の中にいるんだ。スタイルが良すぎる。服が全力で仕事してるのが分かるレベルで良すぎる。谷間が! 腰のラインが! 異世界ってこういうのがいるのか。いや待て。落ち着け。助けろ。助けるんだ俺)
女性が、瞬きを一度した。空色の瞳がこちらをまっすぐ見ている。
リリア:「……あの」
ヨーヘイ:「はい」
リリア:「踏んでます」
足元を見た。
金髪の上に、自分の足が乗っていた。
ヨーヘイ:「……すみません。全然気づかなかったです」
一歩下がった。金髪が地面に戻った。
ヨーヘイ:(おっちょこちょいなのは俺の方だった)
◆ 会話
ヨーヘイ:「怪我はしていませんか? どこか痛いところは」
リリア:「……足首を、少し。転んでしまって」
右足首を両手で押さえている。顔色が悪い。痛みで動けないというより——何かに追われた後の消耗、という感じだ。
ヨーヘイ:「魔物に追われましたか」
リリア:「……はい。クロトカゲ、だと思います。逃げていたら、根っこに引っかかって」
ヨーヘイ:「それは怖かったですね。でも今はもう遠ざかっています。ここはしばらく安全です」
少しだけ、女性の肩から力が抜けた。それを確認してから、ヨーヘイは続けた。
ヨーヘイ:「ポーションがあります。飲んでみてください。味は……自分も飲んだことがないので分からないですが、足首が楽になるはずです」
リリアが、小さく吹き出した。
リリア:「……分からないんですね」
ヨーヘイ:「まだ飲んだことがないので」
リリア:「……そうですか。ふふ」
笑った。さっきまでの緊張が、すこしだけほぐれた顔だった。
リリア:「……いただいても、いいんですか」
ヨーヘイ:「そのために持ってきてるので。どうぞ」
手渡した。指が触れた。女性の指は細くて、少し冷たかった。本人は気にしていない。ヨーヘイだけが意識した。
女性がポーションを飲んだ。目を閉じて、小さく息をついた。
リリア:「……あたたかい」
ヨーヘイ:「少し待ってください。急がなくていいです。足首が楽になったのを確認してから動きましょう」
リリア:「はい。……ありがとうございます」
しばらく、静かだった。
林の奥で鳥が鳴いた。風が来て、金髪が揺れた。前に傾いた拍子に、また胸元の布地が引っ張られた。
ヨーヘイ:(見るな! 見るな見るな見るな! 俺は44歳だ。娘でもおかしくない年齢だ。助けに来た人間が何をやってるんだ。落ち着け。これは業務だ。救助活動だ。プロとして振る舞え)
解析の声:(小声で)「ダークボアの反応、北東230メートル。問題ありません」
ヨーヘイ:(今のタイミングで言いますか、それ)
解析の声:(小声で)「業務の範囲内です」
ヨーヘイ:(……いつもと違うところで使わないでください)
このまま黙って待つのも気まずい。ヨーヘイは口を開いた。
ヨーヘイ:「自己紹介が遅れました。ヨーヘイ・レンといいます。ファスト村に来てまだ日が浅くて、Gランクですが、一応冒険者です」
リリア:「……リリア・ノクスといいます。リリ、と呼んでいただければ」
ヨーヘイ:「リリさん。——どこから来たんですか。この辺り、一人で来るには少し物騒ですよね」
リリア:「……少し遠いところから。その、事情がありまして」
それ以上は言わない顔だった。
ヨーヘイ:(聞かないことにしよう。44歳の判断として、他人の事情に踏み込むより、まず安全な場所に連れ出すことの方が先だ)
ヨーヘイ:「分かりました。事情は聞きません。でも——声が聞こえた時、正直びっくりしました。こんな林の中に人がいるとは思っていなかったので」
リリア:「……声、出していたんですね、私」
ヨーヘイ:「小さかったですが、聞こえました。あの声がなかったら気づかなかったです」
リリア:「……そうですか」
女性が少し下を向いた。何かを考えているような、短い間だった。
リリア:「……少し、楽になりました」
ヨーヘイ:「立てそうですか。無理はしなくていいですよ」
女性が右足に体重をかけようとして、顔をしかめた。まだ完全ではない。
ヨーヘイ:「肩を貸します。つかまってください」
リリア:「……でも、重いですよ、私」
ヨーヘイ:「気にしないでください。最近少し体が動くようになってきたので、これくらいは大丈夫です。行きましょう」
リリア:「……ふふ。なんか、頼もしいですね」
ヨーヘイ:(褒められた。44歳、素直に嬉しい)
立たせた。
女性の体が、ヨーヘイの右側に寄り添う形になった。肩口に体温が伝わる。金髪がヨーヘイの首の辺りにかかった。
腰に手を添える必要があった。仕方ない、支えないと歩けない。手のひらに、くびれから腰骨にかけてのラインが伝わってくる。服の上からでも分かる。その、なんというか——
ヨーヘイ:(落ち着け。俺は今、人を助けている。それだけだ。それだけのはずだ)
リリア:「……ごめんなさい、こんな形で」
ヨーヘイ:「気にしないでください。林を出れば草地です。そこまで行けば安全なので」
一歩ずつ、林を抜けていった。女性は歩くたびにヨーヘイに体を預けてくる。軽くない。でも重いとも思わなかった。
リリア:「……レンさんは、冒険者になってどのくらいですか」
ヨーヘイ:「まだ一週間も経っていないです。もともと別の仕事をしていたんですが、事情があってこっちに来て」
リリア:「……Gランクで、この林に一人で?」
ヨーヘイ:「声が聞こえたので」
女性がヨーヘイの顔を見た。空色の瞳が、少し丸くなった。
リリア:「……それだけで来たんですか」
ヨーヘイ:「それだけで十分でしょう」
女性がしばらく黙った。何か言おうとして、やめた。口を開きかけて、また閉じた。
ヨーヘイ:(何を言いかけたんだろう。まあいい。今は歩くことだけ考えてもらえれば十分だ)
林の縁を抜けた。
草地に出た瞬間、午後の光が一気に広がった。目が慣れるまで少しかかった。金髪が光の中で、さっきより何倍も明るく輝いて見えた。
ヨーヘイ:(……綺麗だな)
思った瞬間に、打ち消した。
ヨーヘイ:(いや、それはそれとして。村まで送る。それだけだ)
◆ 引き
草地の入り口で、一度立ち止まった。
女性が体を少し離して、ヨーヘイの顔を正面から見た。背筋が伸びている。旅装のはずなのに、その立ち姿だけが妙に整っていた。
リリア:「レンさん……助けてくださって、ありがとうございました」
深いお辞儀だった。
ヨーヘイ:(育ちがいい。服の布地もそうだが、この所作は普通じゃない。どういう人なんだろう)
ヨーヘイ:「気にしないでください。無事でよかったです。そのまま村まで送りますよ。ギルドで足首を診てもらった方がいい」
リリア:「……あの、もう一つだけ、お願いしてもいいですか」
ヨーヘイ:「何でしょう」
リリア:「村まで……もう少しだけ、付き合っていただけますか。足が、まだ少し頼りなくて」
空色の瞳がこちらを見ている。上目遣いではない。ただまっすぐ、真剣に見ている。それが、妙に効いた。
ヨーヘイ:(断れるわけがない。というか最初からそのつもりだ)
ヨーヘイ:「もちろんです。というか、一人で帰すつもりは最初からなかったです。行きましょう」
リリアが、小さく笑った。今日初めて見る、力の抜けた笑顔だった。
ヨーヘイ:(……笑うと、また違う顔になるな)
ヨーヘイは前を向いて歩き始めた。金髪がまた肩の近くにやってきた。体温が伝わる。
ヨーヘイ:(……長い一日になりそうだ)
村への道は、まだ続いていた。
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【第7-2話 リザルト&ステータス】
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▼ ヨーヘイのステータス(第7-2話終了時点)
Lv:3 HP:118/118 MP:52/52
▼ 使用アイテム
・ポーション×1 → リリアに使用(残り0本)
▼ 手持ち
・41枚(換金前)
・ポーション消費により次の購入が必要
▼ 新登場
・リリア・ノクス(愛称:リリ):金髪ロング・空色の瞳・20代前半。Gカップ以上・スタイル抜群。足首を負傷した状態で発見。クロトカゲに追われて転倒。林にいた理由は不明(本人が語らず・伏線)。所作と服の布地から育ちの良さが窺える。
▼ 進行中
・依頼達成(ホーンラビット討伐×3):報告未
・リリアを村まで送り届ける(→8話へ)
・短剣:刃こぼれあり・要更新
・ポーション:残0本・要補充
・包丁取り置き:ラルフ(55枚)
▼ 資金の先読み(8話以降)
・換金後見込み:82枚
・ポーション補充▲30枚→残52枚
・短剣更新▲45枚前後→残約7枚
・包丁(55枚)・宿代(30枚)は今回の換金では届かない
・包丁は9話以降・換金を重ねてから購入予定
▼ ヨーヘイの考察
解析さん、報告です。
林の中にいたのはリリア・ノクスさん、愛称リリ。足首を捻っていたのでポーションを使いました。残り0本です。次の補充が必要です。
林にいた理由は教えてもらえませんでした。事情があるのは分かったので聞きませんでした。服の布地と所作が普通の旅人と違います。育ちがいい。でも一人で魔物のいる林の近くにいた。何かを探しているか、何かから逃げているか、どちらかだと思います。
容姿については……まあ、正直に言います。金髪ロングで、スタイルが、その、とても良かったです。胸元が特に目に入りました。異世界に来てまだ1週間も経っていないのに、こういう遭遇は初めてでした。44歳のおじさんが動揺するのは仕方ないと思います。解析さん、笑わないでください。
資金の話です。換金後の手持ちは82枚の見込みです。ポーション補充と短剣更新で約75枚使うと、残りは7枚程度です。包丁55枚にはまだ届きません。ラルフさんへの取り置きは継続してもらって、もう1〜2回換金を重ねてから買います。
今は村への道を一緒に歩いています。
解析さんへ。「業務の範囲内」の使い方、今日のは違います。以後、場面を選んでください。




