第7話−1 東縁の三体と、見てはいけないもの
◆ 一歩目
ヨーヘイ:「解析さん。今、怖いって思ってるんですけど」
解析の声:「自覚があるなら、適切な判断ができると思います」
ヨーヘイ:「フォローになってないですよそれ」
でも、足は止まらなかった。
林の縁が近づくにつれて、地面の質が変わった。草地の固い土から、水気を含んだやわらかい土へ。踏むたびに足が少し沈む。靴の底から湿度が上がってくる感じがした。昨日とは違う——昨日は草地の端までだった。今日は、その先だ。
鞘から短剣を抜いた。ラルフに言われた通り、刃を確認する。傷はない。問題ない。今は。
ヨーヘイ:「ホーンラビットの反応、今どこですか」
解析の声:「3つあります。北東65メートル、北北東88メートル、東108メートル。昨日より全体的に近い。草地へ出てきています」
ヨーヘイ:「判別中の反応は」
解析の声:「2つ。北東175メートルと東155メートル。どちらも停止しています」
ヨーヘイ:(停止。今は動いていない)
ヨーヘイ:「ホーンラビットを先に片付けます。近い方から、一体ずつ」
解析の声:「北東65メートルの個体、地形は開けた草地です。弱点は首の後ろ、延髄付近。前回と同じです」
ヨーヘイ:「行きます」
◆ 一体目・二体目
一体目は、きれいに決まった。
草地の端で草を食んでいた。右手に石を拾って、左に投げた。音に反応して体が向く一瞬。その瞬間に踏み込んで、首の後ろへ刃を入れた。HP26が消えた。
ヨーヘイ:(……速い。自分でも分かる)
魔石を回収しながら、心の中でだけ呟いた。声に出す余裕は、まだない。体が動いている間は、頭より体を信じる。それがこの一週間で覚えたことだ。
二体目の方向へ向かった。北北東88メートル——林の手前の茂みに入っていた。
ヨーヘイ:「茂みの中に入ってます。石が使いにくい」
解析の声:「個体は茂みの西端にいます。東から回り込めば、視界が開けます」
東から回った。茂みの縁を歩いていると、土が変わった。柔らかい。足が沈む。
ヨーヘイ:(この辺、湿地に近いのか)
茂みの東端を抜けた瞬間、相手が動いた。角が来た。
ヨーヘイ:「っ——」
横に跳んだ。着地で足が滑った。泥だ。片膝をついた。
ホーンラビットが振り返る。次が来る。立ち上がる時間はない。膝立ちのまま、上半身だけ捻った。角が肩の上を通った。
そのまま前に出た。首の後ろに刃が入った。HP23、消えた。
ヨーヘイ:「…………」
息を吐いた。膝が泥に沈んでいる。立ち上がって、足元を確認した。
ヨーヘイ:「解析さん、さっきの足場、事前に教えてもらえませんか」
解析の声:「申し訳ありません。地質の変化まで把握できていませんでした。以後、足元の異変は優先して報告します」
ヨーヘイ:「お願いします。膝の泥、落とせないんで」
解析の声:「……それは私には解決できません」
ヨーヘイ:「分かってます」
泥を手で払いながら、三体目の方向を確認した。東108メートル——林の縁に近い。
◆ 三体目・異変
三体目に向かって歩きながら、解析さんに聞いた。
ヨーヘイ:「判別中の反応、動いてますか」
解析の声:「北東の反応、少し移動しています。距離155メートル。まだ遠いです」
ヨーヘイ:「まだ、ということは縮まってる」
解析の声:「はい。ただしこちらへ向かっているかどうかは不明です」
三体目が見えた。林の縁から10メートルほど草地に出ていた。こちらに背中を向けている。
石を拾おうとしたとき、地面が微かに振動した。
ヨーヘイ:(……地面が揺れた)
解析の声:「北東の反応——130メートルに縮まりました。移動速度が上がっています」
ヨーヘイ:「三体目を先に終わらせます」
走った。背後から踏み込んだ。三体目が振り向く前に首の後ろへ刃を当てた——刃が滑った。
ヨーヘイ:「っ——」
骨に当たった。刃が横に逃げた。HP残29。生きている。
ヨーヘイ:(まずい、倒れてない)
相手が向き直った。角が来る。後ろに跳んだ。距離を取った。
解析の声:「刃が骨に当たりました。首の後ろ、もう少し左です」
ヨーヘイ:「今は角が来てるんで後で聞きます」
相手が次の突進に移る前の止まる一瞬を待った。来た。今度は正確に、延髄の左。HP29が消えた。
倒れた。
ヨーヘイ:「……はあ」
膝に手をついて、息を整えた。短剣の刃を確認した。刃先に、細かい欠けが入っていた。骨への接触で刃こぼれした。まだ使える。でも、今日が限界に近い。
ヨーヘイ:(ラルフさんが言ってた通りだ。早めに替えないといけない)
解析の声:「北東の反応——90メートルです。東の反応も動き始めました。75メートル」
ヨーヘイ:「2つ同時に動いてる?」
解析の声:「はい。種別が、それぞれ異なります」
ヨーヘイは立ち上がった。依頼の三体は終わった。魔石は三つある。今すぐ戻れる。
ヨーヘイ:(でも)
戻れる、と分かった瞬間に、別の考えが頭に入ってきた。次に来る時の情報が欲しい。距離を保って、見るだけ。それだけだ。
ヨーヘイ:「解析さん、林の縁まで行きます。見るだけです」
解析の声:「……了解です。ただし、反応が70メートルを切ったら即撤退してください」
ヨーヘイ:「約束します」
林の縁の木の幹に背をつけた。奥を覗いた。
◆ 見てはいけないもの
最初に音が来た。
重い。地面の底から来るような、低い振動。葉が揺れる。6話で聞いた「重い音」の正体が、今、視野の中にあった。
大きい。
体高1メートルを超える。猪に似た輪郭。丸太のような四肢。前に突き出た二本の牙が、木漏れ日を鈍く光らせている。鼻を地面に近づけて、何かを嗅いでいる。縄張りの確認か、食い物を探しているのか。
ヨーヘイ:(……でかい)
解析の声:(声を落として)「ダークボアです。Fグレード。突進特化型。牙で木の幹を砕きます。今の装備では、正面からの衝突は避けてください」
ヨーヘイ:(分かってます。見るだけです)
ダークボアはこちらに気づいていない。
その時、別の方向から音がした。東からだ。重くはない。引きずるような、乾いた音。
ヨーヘイ:「解析さん、東は」
解析の声:「クロトカゲです。体長1.5メートル前後。Fグレード。甲殻が厚い。——距離55メートル、南に曲がりました。こちらへの反応はないようです」
10秒、動かなかった。
引きずる音が遠ざかっていく。林の奥へ入っていくクロトカゲの背中が、木の間から見えた。甲殻が黒に近い緑で、鈍く光っている。動きが遅い。でも——あの装甲に今の短剣を当てたら、刃が折れる。
ヨーヘイ:(掲示板の60枚の依頼、あれだ)
解析の声:「腹部が急所です。ただし、腹を見せる前に毒霧を噴射します。近接戦は非推奨です」
ヨーヘイ:(毒霧。解毒薬、持ってない)
心の中で、今日の装備を確認した。短剣——刃こぼれあり。ポーション——1本。解毒薬——なし。
どれが欠けていても、Fグレードとは戦えない。
ヨーヘイ:(今日は見るだけで正解だ)
ダークボアがまだ動いていない。今だ。
一歩ずつ、後ろへ下がった。木の根を踏まないように、音を立てないように。林の縁から出た。草地に出た瞬間、全身から力が抜けた。
ヨーヘイ:「……帰ります」
解析の声:「お疲れ様でした」
ヨーヘイ:「解析さんが『お疲れ様』って言うの、初めて聞いた気がします」
解析の声:「業務の範囲内です」
ヨーヘイ:「さっきのはそれじゃなかったと思いますけど」
走った。
◆ Lvアップ
草地の半分まで戻ったところで、頭の中に音が鳴った。
RPGで聞き覚えのある、あの音だ。
解析の声:「レベルが3になりました。HPとMPが全快します。ステータスをご確認ください」
足を止めた。体が、さっきまでの疲れを忘れたように軽くなった。左膝の泥の感触だけが、現実として残っている。
画面が展開した。
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ヨーヘイ・レン Lv3
HP:118/118(全快) MP:52/52(全快)
ちから 73 → 80(+7) D
たいりょく 68 → 73(+5) D
すばやさ 76 → 83(+7) C ★ランクアップ
きようさ 78 → 82(+4) C ★ランクアップ
かしこさ 98 → 100(+2) C
ちょっかん 83 → 85(+2) C
うん 91 → 93(+2) C
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ヨーヘイ:「……ちから7、すばやさ7」
解析の声:「今回のレベル間は戦闘行動が主体でした。ちからとすばやさが伸びやすい条件です」
ヨーヘイ:「戦ってたからか」
解析の声:「はい。採取や解体が主体だった場合、きようさやちょっかんが優先的に伸びます」
ヨーヘイ:(じゃあ、何をするかで伸び方が決まる。それは……意識的に使える情報だ)
すばやさがCランクになっていた。さっき二体目の角をかわせたのは、体が速くなっていたからかもしれない。膝をついた状態で上半身を捻れたのも。数字が、体の記憶と一致している感じがした。
ヨーヘイ:「かしこさ、100になりましたね」
解析の声:「はい。現代知識と料理経験の蓄積が反映されています」
ヨーヘイ:「Cランクのまま変わらないですよね。100でも」
解析の声:「次のランクアップは150です」
ヨーヘイ:「遠い」
解析の声:「料理スキルを積めば、かしこさの経験値入力効率が上がります」
ヨーヘイ:(……料理をすると、かしこさが伸びやすくなる。それも行動依存か)
短剣を鞘に収めた。刃こぼれが、頭の中に残っている。
ヨーヘイ:(包丁と、短剣の更新。両方が要る。資金が足りない。次の換金でどこまで届くか——)
計算しながら、林道の方へ歩き始めた。
その時だった。
林の奥から、音がした。
重くない。地響きでも引きずる音でもない。もっと小さい、不規則な音だ。
枝が折れる音。続いて、何かが落ちる音。
ヨーヘイ:「解析さん」
解析の声:「……人の気配があります。林の中、東およそ30メートル」
ヨーヘイ:「冒険者ですか」
解析の声:「判別できません。ただ——動けていないようです。気配が、一点から動いていません」
ヨーヘイは足を止めた。
東30メートル。さっきまでダークボアとクロトカゲがいた方向だ。
戻れ、と頭が言っている。依頼は終わった。魔石は手元にある。ここで引き返すのが正しい。
ヨーヘイ:(でも)
風が止んだ。
静かになった林の中から、小さな声が聞こえた。
言葉には聞こえなかった。でも、人間の声だった。
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【第7話 リザルト&ステータス】
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▼ ヨーヘイのステータス(第7話終了時点)
Lv:3 HP:118/118(全快) MP:52/52(全快)
能力値:
・ちから 73 → 80(+7) D
・たいりょく 68 → 73(+5) D
・すばやさ 76 → 83(+7) C ★ランクアップ
・きようさ 78 → 82(+4) C ★ランクアップ
・かしこさ 98 → 100(+2) C
・ちょっかん 83 → 85(+2) C
・うん 91 → 93(+2) C
スキル熟練度:
・《解析》Lv1 熟練度 44/100(+8)
・《収納》Lv1 熟練度 13/100(+1)
・《採取》Lv1 熟練度 15/100
・《解体》Lv1 熟練度 5/100
・《料理》Lv1 熟練度 1/100
▼ 討伐記録
・ホーンラビット(G)×3 魔石G×3・後脚肉×3(鮮度保持中)
・クロトカゲ(F):観察のみ
・ダークボア(F):観察のみ
▼ 収支(換金前)
・手持ち:41枚
・換金予定:ホーンラビットG魔石×3(27枚前後)+後脚肉×3
・短剣:刃こぼれ発生。使用限界が近い
▼ 課題
・包丁購入:55枚(ラルフ取り置き中)
・短剣更新:40〜50枚(優先度が上がった)
・解毒薬:未購入(クロトカゲ対策として要入手)
・合計課題:145〜160枚。現状では到底足りない
▼ 進行中
・依頼達成:ホーンラビット討伐×3(報告未)
・林の中の声:東30メートル・動けない人物(→7-2話へ)
▼ ヨーヘイの考察
解析さん、報告です。
ホーンラビット3体、依頼達成しました。二体目で泥に滑って膝をつきましたが、仕留めました。三体目は刃が骨に当たって一度外しました。刃こぼれが出ています。ラルフさんの言う通りでした。
Fグレードを2種、見ました。ダークボアは大きすぎます。クロトカゲは甲殻が硬くて毒霧があります。どちらも今は手が出ません。ただ、ダークボアの肉は気になっています。脂が乗ってそうです。あの体格なら、バラ相当の部位がある。
資金が足りません。短剣の更新、包丁、解毒薬、全部必要で、換金を重ねないといけません。
林の中に人がいます。動けないようです。声が聞こえました。
Fグレードが2体、あの方向にいます。




