第6話 掲示板の読み方と、嫌な一文
◆ 朝
朝のギルドは、人の動きが早い。
扉を開けると、もう三人の冒険者が掲示板の前に立っていた。用紙を剥がしている人間が一人、メモを取っている人間が一人。残り一人は腕を組んだまま動かない。
ヨーヘイは受付へ向かった。
ヨーヘイ:「おはようございます。昨日の外殻、受け取れると聞いていたんですが」
ミナ(受付):「はい、お待ちしていました。昨夜、加工業者の方が引き取られましたので、銅貨18枚です」
カウンター越しに差し出された枚数を、ヨーヘイは手のひらに受け取った。18枚。昨日の53枚と合わせて、71枚になった。
ヨーヘイ:(71枚。ポーション30枚買っても41枚残る。いける)
ミナ(受付):「今日は依頼を受けていかれますか?」
ヨーヘイ:「受けます。掲示板、見てもいいですか」
ミナ(受付):「もちろんです。分からないことがあれば声をかけてください。朝の人気依頼は争奪戦になりやすいので、早めに決めていただけると確実です」
ヨーヘイは掲示板へ向かいながら、軽く頷いた。
ヨーヘイ:(道具屋は後でいい。依頼を先に取る)
◆ 掲示板
掲示板は、ギルドの壁一面に貼られた用紙の集合体だった。
昨日は流し見る程度だったが、今日はちゃんと読む気でいた。近寄ってみると、用紙ごとに書式が少し違う。種別、依頼内容、報酬、達成条件、期限——そこまでは読めた。問題は、その下の欄だ。
ヨーヘイ:(「その他・備考」欄が曲者だな)
一枚目。「ゴブリン討伐×5、森の西縁、報酬銅貨30枚」。達成条件は魔石の持参。悪くない。
その他欄を読む。
『※複数体が同時に現れる場合があります。グループ行動に注意』
ヨーヘイ:(……まあそうだろうな。群れる系か)
二枚目。「薬草採取×10束、報酬銅貨20枚」。
その他欄。
『※採取した薬草の状態は問いません』
ヨーヘイ:(ん?)
解析さんに確認する気で、でも声は出さなかった。受付の近くだ。
ヨーヘイ:(「状態は問わない」ってどういうことだ。傷んでてもいいってこと?)
解析の声:(……根を傷つけた採取物や、品質の落ちたものも受け取るという意味です。ただし買取単価はそれ相応になります)
ヨーヘイ:(良心的に見えて罠だな。丁寧に採ってる俺には関係ない話か)
三枚目。「ホーンラビット討伐×3、森の東縁、報酬銅貨35枚」。昨日より報酬がいい。期限は2日。
その他欄。
『※単独行動中の事故はギルドの補償外となります』
ヨーヘイ:(……まあそうだよな)
一瞬だけ、手が止まった。
単独行動中、という四文字が、思ったより静かに刺さった。言い訳のない書き方だ。事故が起きても、ギルドには責任がない。そういう話だ。分かっている。分かっているが——
ヨーヘイ:(でも報酬35枚は素直にいい。ホーンラビットは村に来た最初の日からやってる。倒し方は分かってる)
四枚目を手に取った。「クロトカゲ討伐×2、沼地の北側、報酬銅貨60枚」。
ヨーヘイ:(おっ。60枚は破格だな)
解析の声:(対象の個体は甲殻が厚く、再生能力があります。急所は腹部ですが、腹を見せる前に毒霧を使用します)
ヨーヘイ:(やめます。即決でやめます)
用紙をそっと戻した。
三枚目の「ホーンラビット討伐×3、東縁」に戻る。報酬35枚。東縁というのは昨日と違うフィールドだ。解析さんに聞いておく。
ヨーヘイ:(東縁って行ったことないですよ。どんな場所か分かりますか)
解析の声:(現時点では詳細な情報はありません。ただ、村から東に向かうと林道があります。その先です)
ヨーヘイ:(知らない場所か。まあ、それが普通だな)
これにする、と決めて受付へ戻った。
◆ 受注
ヨーヘイ:「これをお願いします」
用紙をカウンターに置いた。ミナが確認して、新しい用紙を出した。
ミナ(受付):「ホーンラビット討伐×3、東縁ですね。こちらに冒険者証をお願いします」
ギルドカードをカウンターに出した。ミナがカードと用紙に何かを書き込んだ。
ミナ(受付):「期限は明後日の夕方まで。達成の証明はホーンラビットのG魔石3個以上です。未達の場合は次回依頼に影響が出ることがあります。以上で受注完了です」
ヨーヘイ:「ありがとうございます。あの——東縁ってどんな場所か分かりますか。初めて行くので」
ミナ(受付):「視界は開けていますよ。草地と林の境目で、昨日の採取ポイントより少し北東になります。ホーンラビットは出ます」
ヨーヘイ:「出ます、という言い方が気になるんですが」
ミナ(受付):「……他にも出る場合があります。ただGランクの方が受けられる依頼なので、頻度は低いはずです」
ヨーヘイ:(「はず」か)
ミナ(受付):「念のため、出発前にポーションはお持ちですか?」
ヨーヘイ:「これから買いに行きます。道具屋さんで大丈夫ですか」
ミナ(受付):「ラルフさんのところで売っています。ギルドでも扱っていますが、ラルフさんの方が品揃えはいいですよ」
ヨーヘイ:「分かりました。寄ってから行きます」
ミナ(受付):「お気をつけて」
◆ 道具屋
ギルドを出て、村の通りを少し歩いた。道具屋は村の中ほど、鍛冶場の隣にある看板で分かった。扉を開けると、奥から細い人影が出てきた。
背が高い。でも肩が丸くて、どこか前傾みで立っている。四十代の後半に見えた。
ラルフ(道具屋):「いらっしゃいませ。あの、何かお探しですか。急かすわけではないんですが、欲しいものが決まってない場合は先にお聞きした方がお役に立てることもありまして」
ヨーヘイ:「ポーションを1本と——あと、包丁に相当するものがあれば見たいんですが」
ラルフが、一瞬止まった。
ラルフ(道具屋):「……包丁、ですか」
ヨーヘイ:「はい。調理用の。今は短剣で代用しているんですが、さすがに限界で」
ラルフ(道具屋):「あの、念のため確認なんですが——用途は食材の処理ですか。魔物素材の加工ですか。それとも両方ですか」
ヨーヘイ:「両方です。先に肉を処理して、そのまま食材として調理したい」
ラルフが、一段早口になった。
ラルフ(道具屋):「それは——刃の厚みと長さが変わってくるんですよね。解体用は刃が厚めで骨に当たっても折れにくい設計で、調理用は薄くて均一に引きやすい設計で、本来は別の道具なんですが、兼用できるものも一応ありまして——あ、すみません、つい」
ヨーヘイ:(急に早口になった。さっきまでと別人みたいだ)
ヨーヘイ:「いえ、続きを聞かせてください」
ラルフ(道具屋):「……本当ですか」
ヨーヘイ:「本当です。ちゃんと聞きたいので」
ヨーヘイ:(聞きたいのは本当だ。ただ、終わりが見えるかどうかは正直分からない)
ラルフが奥へ引っ込んで、木箱を抱えて戻ってきた。中に刃物が3本並んでいた。
ラルフ(道具屋):「これが今ある在庫です。左が解体寄り、右が調理寄り、真ん中が兼用を想定したものです。兼用はどちらも中途半端という見方もありますが、序盤に2本揃えるのは資金的に厳しい場合も多くて。どちらかといえば、今の状況では真ん中をお勧めします」
ヨーヘイ:(説明が的確だ。押しつけじゃない。こっちの状況を見て言ってる)
真ん中の1本を手に取った。長さは30センチ弱。刃は薄くなく、厚くもない。
ヨーヘイ:「これ、いくらですか」
ラルフ(道具屋):「銅貨55枚です。少し高めなのは鋼の品質が上なので。50枚の在庫もあるんですが、そちらは刃持ちが早めに落ちる印象で……あ、押しつけているわけではなくて、選択肢としてお伝えしたくて」
ヨーヘイ:(正しいことしか言ってない。今日は買えないが、この人は信用できる)
ヨーヘイ:「今日は見るだけにします。次に来たときに買えると思うので」
ラルフ(道具屋):「はい、取り置きもできますよ。念のため名前を教えていただければ——あ、申し遅れました。私、この店をやっておりますラルフと申します。以後、お見知りおきいただければ幸いです」
ヨーヘイ:(丁寧だ。こっちが名前を聞かれる前に名乗った)
ヨーヘイ:「ヨーヘイです。ヨーヘイ・レンで登録しています。よろしくお願いします」
ラルフ(道具屋):「レンさん——あの、もしかして昨日、ガリアントを6体倒した方ですか」
ヨーヘイ:「そうですが、なんで知ってるんですか」
ラルフ(道具屋):「ミナさんから聞きました。村は狭いので……あの、すごいと思って。1人で6体は普通じゃないので」
ヨーヘイ:(村、狭すぎる。昨日の今日でもう伝わってる)
ヨーヘイ:「足、滑りましたけどね」
ラルフ(道具屋):「それでも、です」
ヨーヘイは少し笑った。悪い気はしなかった。
ヨーヘイ:「ポーションをください。1本」
ラルフ(道具屋):「はい。銅貨30枚です——あの、念のためですが、今日の依頼はどちらへ?」
ヨーヘイ:「東縁です。ホーンラビット3体」
ラルフ(道具屋):「……東縁、ですか」
ヨーヘイ:「何か?」
ラルフ(道具屋):「いえ——ホーンラビットは普通に出ますし、問題ないと思います。ただ、東縁は林が深い側で、たまに……まあ、Gランクの方が受けられる依頼なので、大丈夫だとは思うんですが」
ヨーヘイ:(ミナに続いて、また「はず」系の言い方だ)
ヨーヘイ:「気をつけます」
ラルフ(道具屋):「お願いします。取り置き、しておきますね。包丁の方」
銅貨30枚を渡した。手持ちが41枚になった。ポーションを受け取って、インベントリに入れた。
ラルフ(道具屋):「あの、余計なことかもしれないんですが——刃物は、使う前に必ず確認してください。刃こぼれしていたら、当たっても通らないので」
ヨーヘイ:「……言われなかったら、やってなかったです」
ラルフ(道具屋):「そういう方、多いんですよ。道具屋としては、気になってしまって」
ヨーヘイ:(この人、本当に心配性だ。でも正しいことしか言わない)
ヨーヘイ:「ありがとうございます。また来ます」
ラルフ(道具屋):「お待ちしています。……本当にお気をつけて」
扉を閉める直前、ラルフがもう一度言った。今度は、少し小さい声で。
◆ 東縁へ
村を出て、林道を北東に向かった。昨日の草地を横切る道だ。
草地に差し掛かると、足元にカイフクソウが見えた。昨日採ったのと同じ場所に、また生えている。
試しに1本だけ抜いてみた。根付きで、状態は悪くない。一人だ、声に出して聞く。
ヨーヘイ:「解析さん、今の経験値いくつでしたか」
解析の声:「採取経験値、2です」
ヨーヘイ:「……2? 昨日は?」
解析の声:「初回採取時は15前後でした」
ヨーヘイ:「7分の1か。なんで」
解析の声:「同じ場所で同じ対象を繰り返すと、獲得経験値は急速に下がります。初めての行動や、新しい対象でのみ高い経験値が入ります」
ヨーヘイ:「……それ、早く言ってください」
解析の声:「聞かれなかったので」
ヨーヘイ:「…………」
カイフクソウを袋に戻した。
ヨーヘイ:(じゃあ昨日の2回目からもう落ちてたのか。新しい場所、新しい相手じゃないと意味がない。今日、東縁に行くのは正解だ)
林道を抜けると、景色が開けた。
草地より広い。遠くまで見通せる。奥に、林の縁が見えた。東縁だ。空気が少し変わった気がした。草地と違う湿度。土の匂いが濃い。
ヨーヘイ:「解析さん、周囲の反応は」
解析の声:「ホーンラビットの反応が2つ、北東120メートル前後です。他には——」
一拍、間があった。
ヨーヘイ:「他には?」
解析の声:「もう1種、反応があります。判別中です」
ヨーヘイ:「ホーンラビットじゃない何かがいる?」
解析の声:「はい。ただし距離は遠い。今のところ接近の気配はありません」
ヨーヘイは足を止めた。
ヨーヘイ:(ミナもラルフも、「他にも出る場合がある」と言っていた。これがそれか)
風が林の方から来た。葉が揺れる音が、思ったより重い。
ヨーヘイ:(依頼はホーンラビット3体だ。遠い反応には近づかない。それだけだ)
一歩、踏み出した。
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【第6話 リザルト&ステータス】
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▼ ヨーヘイのステータス(第6話終了時点)
Lv:2 HP:102/102 MP:46/46
スキル熟練度:
・《解析》Lv1 熟練度 36/100
・《収納》Lv1 熟練度 12/100
・《採取》Lv1 熟練度 15/100
・《解体》Lv1 熟練度 5/100
・《料理》Lv1 熟練度 1/100
▼ 本話の収支
・外殻買取(昨日分):+18枚
・ポーション購入:-30枚
・手持ち:41枚
▼ インベントリ
・採取へら×1
・短剣×1
・冒険者証(Gランク・探索者)
・ホーンラビット後脚肉×2(鮮度保持中)
・アイテム《ポーション》×1 NEW
・シーオの実(残量) 布包み
▼ 進行中
・依頼:ホーンラビット討伐×3(東縁) 期限:明後日夕方
・包丁取り置き:ラルフ(道具屋) 銅貨55枚
▼ ヨーヘイの考察
解析さん、報告です。
今日はまず依頼を取りました。掲示板の「その他」欄に癖があることが分かりました。いい報酬の依頼には必ず何か書いてある。60枚の依頼は毒霧を出すやつで即やめました。正解だったと思います。
ラルフさんというのに会いました。道具屋の人です。包丁の説明が止まらなくなるタイプで、俺と話が合う気がします。55枚の包丁を取り置きしてもらいました。次の換金で届きます。
東縁に来ました。ラルフさんもミナさんも「他にも出る場合がある」という言い方をしていました。解析さんも判別中とだけ言っています。何かいます。ホーンラビット以外の何かが、林の奥にいます。
近づくつもりはありません。依頼だけ終わらせます。




