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突然、異世界に迷い込んだアラフォーパパ。帰れないから冒険者やって、焼肉屋はじめました  作者: きりざく


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第5話−1 今夜だけの炊事場

 炊事場の扉は、宿の廊下の一番奥にあった。


 夕方の薄明かりの中で、木の扉だけが少し重たく見えた。鉄の取っ手が冷たい。引くと、煤と油の混じった匂いが出てきた。何度も火が入り、何度も飯が炊かれた場所の匂いだ。


ヨーヘイ:(いい匂いだ)


 中に入ると、石積みの竈が二口あった。薪が横に積んである。棚には鍋が二つ。壁に何枚かぶら下がっているのが、鉄板だ。


 鉄板。あった。


ヨーヘイ:(よし、さあやるか)


 そこへ、廊下から足音がした。



サーラ(女将):「炊事場は勝手に使えるけど、火の始末だけはきっちりお願いね」


 扉の向こうから顔だけ出して言った。帳場での仕事途中らしく、台帳を片手に持っている。


ヨーヘイ:「分かりました。鉄板を一枚借りてもいいですか」


サーラ(女将):「鉄板? 何を焼くの」


ヨーヘイ:「レバーとハツです」


 少しの間があった。


サーラ(女将):「内臓かい。あんなの捨てるもんだよ。腹壊すよ」


 声の質は、呆れと、少しの心配が混じっていた。悪意ではない。ただ本当に、知らないのだ。


ヨーヘイ:「処理の仕方があるんで、大丈夫だと思います」


サーラ(女将):「……好きにすれば。壁にかかってるの使っていいよ。使ったら元に戻してね」


 そう言って、扉の奥へ消えた。


ヨーヘイ:(あ……昨日の銅貨2枚の件は?)


 言い出しそびれてしまった。今夜の宿代は払ってあるから大丈夫だろう。昨日の2枚は明日稼いで返すと伝えてあるし、サーラは一言も触れなかった。待ってくれているのか、忘れているのか。どちらにせよ、明日返すとしよう。



   ◆



 鉄板を竈に乗せた。


 薪に火打ち石を当てる。一度、二度——


ヨーヘイ:「お、三回で着くようになってきた。最初は十回かかったのに……」


 声に出すと、少しだけ地に足が着く気がする。炎が薪に移って、じわじわと広がっていった。


 インベントリを開いて、レバーとハツを取り出した。布をほどくと——


ヨーヘイ:「おっ、色がきれいだ」


 鮮度は取ったときとほぼ変わっていない。レバーはまだ艶がある。ハツは小さいが形がしっかりしている。解体してから、もう夕方だ。数時間は経っている。それなのに——


ヨーヘイ:「……これ、収納してたせいで鮮度が保たれてる?」


 手の中でレバーをじっと見た。色も、弾力も、取ったときと変わっていない。


ヨーヘイ:(収納すると、時間の経過が止まるか、かなり遅くなるのか……? 後でちゃんと検証しないといけないな)


 今夜は、とりあえず使える。それだけ分かれば十分だ。


ヨーヘイ:(確か秋田の農場がジャンボうさぎの内臓を出してるって記事で読んだことを思い出した。ハツもレバーも食用になる、豚より臭みが少ないかもって書いていたな。……でも食べるのは実際、今日が初めてだから大丈夫かな。しかも、ただのうさぎじゃなく異世界の魔物だし……)


 腕まくりをした。


ヨーヘイ:「まずは血抜きして、レバーから焼いていこう」


 竈の横の桶から水を汲んだ。レバーをそっと入れて、手で揺らす。水の中に、じわっと赤みが広がった。


ヨーヘイ:「おぉ〜、出てる出てる——ほら、こんなに。もう一回いこう」


 水を換えて、もう一度。二度目はほとんど色が出なかった。布の上に置いて、次はハツだ。真ん中に刃を入れると、中にまだ血が残っていた。


ヨーヘイ:「ここも流して——よし、きれいになった」


 並べてみると、小さな二切れだ。でも今夜はこれで十分だ。


 棚に陶器の壺があった。蓋を開けると動物性の油らしかった。指先に少しつけて、温まってきた鉄板に薄く伸ばすと、じわっと煙が立った。


ヨーヘイ:「そろそろかな〜……来た来た。もうちょっと待てよ〜、鉄板が熱されるまでだ」


 手をかざすと、じんわりと熱い。中央が揺れるように熱くなっている。


ヨーヘイ:「——よし、行こう」


 レバーを置いた。


 ジュッ。


 音が、炊事場に広がった。


ヨーヘイ:「うわぁ〜、匂いが最高じゃないか」


 脂が小さく弾ける。端から色が変わり始める。焦げではない。肉が熱に当たる、あの香ばしさだ。白い煙が細く立って、炊事場の空気ごと変わっていく。


 次にハツを置いた。小ぶりな固まりが鉄板の上でわずかに縮んで、表面が白くなり始める。


ヨーヘイ:「ハツは、いい感じだ。レバーは——あと少しかな。焼きすぎないのが肝なんだよな」


解析の声:「……そろそろ焼きあがりそうです」


ヨーヘイ:「わ、わざとじゃないんだよ、ごめん……」


解析の声:「……」


ヨーヘイ:(返事ないし)


 焼きながら、ふと蓮の顔が浮かんだ。


ヨーヘイ:(蓮のやつ、焼き鳥のハツは喜んで食うくせに)


 串をちゃんと自分で抜いて、口に入れて「ハツ、おいしい」と言う。あの顔は本物だ。でも焼肉屋で同じ鉄板にレバーを乗せると、なぜか首を振る。


ヨーヘイ:(食べてみろって言うと「におい、やだ」……どの口が言うんだか。豚のニラレバはおかわりするくせに)


 湯気の向こうで、レバーの縁が艶を増した。


ヨーヘイ:(こっちのレバー、臭みが少なかったら食べるかもしれないな。食わせてやりたいな)



 そのとき。



解析の声:「……あの、ヨーヘイさん」


ヨーヘイ:「はい」


解析の声:「その、火加減なのですが——」


 少し間があった。


解析の声:「……すみません。何でもないです。このまま続けてください」


ヨーヘイ:「……今、何か言いかけましたよね」


解析の声:「言いかけていません」


ヨーヘイ:「言いかけてましたよ。火加減が、って」


解析の声:「……問題ない、と言おうとしました。火加減は問題ありません」


ヨーヘイ:(間が長すぎる。絶対他のこと考えてた)


 鉄板から音が変わった。パチパチという脂の弾ける音が、少し落ち着いた。


解析の声:「もう少しで仕上がります。ひっくり返してください」


 声が、少し早かった。


ヨーヘイ:(……匂いに釣られてたと思うんだけど)


解析の声:「釣られていません」


ヨーヘイ:(声に出してないのに聞こえてるの、普通に怖いんですが)


解析の声:「……業務上、仕方がないことです」


 ヨーヘイは苦笑しながら、細い木の棒でレバーをひっくり返した。断面が艶やかな茶色をしていた。生ではない。でも焼きすぎてもいない。


ヨーヘイ:「おっ、これいい色だ」


 シーオの実の布包みを取り出して、砕いて振りかけた。塩の粒が脂に溶けて、煙が細く増えた。塩と脂と肉の焦げが混ざって、炊事場の外にまで届きそうな匂いになった。


ヨーヘイ:「これは……本気でいい」



   ◆



 食べた。


 レバーを一口。


ヨーヘイ:「……臭みがない」


 思っていたより、ずっと少ない。豚のレバーを初めて食べたときの、あの重たい後口がない。脂の甘さと塩気が一緒に来て、後口がすっと消えた。


ヨーヘイ:「なにこれ……めちゃくちゃ旨い」


 声が出た。思っていたより大きかった。


 続けてハツを食べた。弾力がある。嚙むと肉汁が出てくる。火は中まで通っている。


ヨーヘイ:「ハツの方が上かもしれない」


 鉄板の上に、まだ二切れ残っていた。


ヨーヘイ:(……ここに店を出せたら、どうだろう)


 心の中でそう思ったとき、少し驚いた。食べたい、ではなく、出したい、という気持ちだった。この鉄板の上で、誰かに食わせてやりたい。捨てられている内臓が、こんな旨さになる。知らないだけで、もったいない。


解析の声:「……スキル《料理》を——」


 また少し間があった。今度は長かった。


ヨーヘイ:「どうしました?」


解析の声:「……いえ。スキル《料理》を取得しました。熟練度Lv1、1/100です」


ヨーヘイ:「ありがとうございます。……さっきの間は?」


解析の声:「特に何もありません」


ヨーヘイ:(嘘だ絶対)


解析の声:「嘘ではありません」


ヨーヘイ:(声に出してないのに聞こえてるの、業務ですか)


解析の声:「……業務の範囲内です」


ヨーヘイ:(さっきも業務って言ってたな)


解析の声:「……おめでとうございます。最初のスキルとしては、とても良い取り方でした」


ヨーヘイ:(その「良い取り方」って、どこかで見てたってことですよね)


解析の声:「……業務の範囲内です」


 ヨーヘイは少し笑った。業務の範囲内、が三回出た。そのたびに少し間があった。


ヨーヘイ:(匂いが届いてたんだろうな、たぶん)


 誰かに聞いたわけではない。今度は返事がなかった。



   ◆



 廊下に、足音がした。


ヨーヘイ:(来た)


 ヨーヘイは動かなかった。鉄板の上はもう空だ。でも焦げと脂の匂いは、まだ炊事場の空気に染みついている。匂いが廊下まで届いていることは、ほぼ間違いない。


 炊事場の扉が、少し開いた。


サーラ(女将):「薪を補充しに来たよ」


 扉を開けながら、目が一度だけ鉄板の上に落ちた。視線がそこで一瞬だけ止まる。何も乗っていないのに、止まる。


 ヨーヘイは棚から小皿を取る。さっき取り分けておいた最後の一切れを乗せて、差し出した。


ヨーヘイ:「よかったら」


サーラ(女将):「……いらないよ」


ヨーヘイ:「一口だけ」


 サーラは皿に目を落としたまま、動かない。断るでもなく、受け取るでもなく、ただそこに立っている。炊事場が静かだった。鉄板が少しずつ冷えていく、かすかな音だけが聞こえてくる。


 手が、伸びた。


 口に入れた。


 何も言わない。ただ、噛んでいる。ヨーヘイは息を止めたまま、その横顔を見ている。


サーラ(女将):「……変な人だね、あんたは」


 薪を一本補充して、出て行った。扉が静かに閉まる。


 ヨーヘイはしばらく、鉄板の前から動かない。


ヨーヘイ:(……「変な男」から「変な人」になった)


 昨夜、「2枚足りません」と正直に言った。そうしたら融通をきかせてもらえた。今夜、捨てるものを焼いた。そうしたら、一口食べてもらえた。この世界でも、正直に動けば何かが返ってくる。そういうことが、少しずつ見えてくる。


 鉄板の上は、空だ。


 煙だけが、まだ細く上がっている。



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【第5話前半 リザルト&ステータス】

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▼ ヨーヘイのステータス(炊事場終了時点)

Lv:1 HP:85/85 MP:37/40


スキル熟練度:

・《解析》Lv1 熟練度 27/100

・《収納》Lv1 熟練度 9/100

・《採取》Lv1 熟練度 12/100

・《解体》Lv1 熟練度 1/100

・《料理》Lv1 熟練度 1/100 ←NEW


▼ 使用アイテム

・ホーンラビットのレバー×1 使用済(完食、一切れはサーラへ)

・ホーンラビットのハツ×1  使用済(完食)

・シーオの実(残量減)


▼ 手持ち

・銅貨 3枚


▼ インベントリ残留

・採取へら×1

・シーオの実(残量) 布包み

・短剣×1

・冒険者証(Gランク・探索者)


▼ ヨーヘイの考察

 解析さん、聞いてますか。今夜、わりと大事なことが分かったんですよ。


 まず収納の件。インベントリに入れると鮮度が保たれる。解体から数時間後なのに、レバーの色がきれいだった。時間が止まるのか、遅くなるのか、そのへんはまだ分からない。でも使えることは間違いない。今度ちゃんと検証します。


 次に内臓の件。うさぎのレバーとハツを焼いた。血抜きして火を通しただけで、臭みは豚の半分以下だ。むしろ旨かった。サーラさんも食べた。何も言わなかったけど、あの間は悪くなかった。


 それと、解析さんが途中で何度か変な間を開けてましたよね。業務の範囲内って三回言いましたよね。匂いが届いてたんじゃないかと思ってますが、どうですか。


 あと、ここで店を出せたらって思った。まだ何も考えてないけど、思ったのは本当です。


 昨日の2枚、明日必ず返します。

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