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突然、異世界に迷い込んだアラフォーパパ。帰れないから冒険者やって、焼肉屋はじめました  作者: きりざく


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第3話 門の向こう、笑顔の裏

 夜明け前に目が覚めた。


 焚き火は炭になっていた。赤い芯がわずかに残っていて、そこだけ暗がりの中で光っている。陽平は体を起こして、空を見た。木々の隙間に、白みかけた空が見えた。


 腹は、まだ満ちている。昨夜のホーンラビットが、きちんと体に入っている感触がある。


 体が、動く。


 それだけを確かめて、立ち上がった。



   ◆



 街道に出た瞬間、足の裏の感触が変わった。


 踏み固められた土。轍の跡。砂利が混じっている。人が何度も歩いた道の感触だった。それだけで、少し息が楽になった。森の中で一晩過ごしたことが、ここに来てやっと遠い出来事になる気がした。


 街道を歩くと、しばらくで村の外壁が見えてきた。


 思ったより小さかった。高さは二メートルほどの木の柵。隙間に泥を塗り固めてある。王都の城壁みたいなものを想像していたわけではないが、それでも思ったより素朴だった。村、という言葉が正確だと思った。


 門が近づいてくる。


 槍を持った男が立っていた。


陽平:(……槍。本物の槍だ。)


 口が少し開いた。声は出なかった。


 頭の中で、危機管理センサーが鳴った。


 待って待って。槍じゃないか。鉄の槍。先が尖ってる。あれで刺されたら普通に死ぬぞ。いや敵じゃないはずだ。確認の動作のはずだ。でも怖い。怖いな。槍が怖い。普通に怖い。


 でも顔には出していない。歩調も変えていない。足が少し早くなりそうになるのを、意識して戻した。


解析の声:「敵対していません。確認の動作です」


 分かってる。頭では分かってる。


 外資系にいた頃、先輩に言われたことがある。「受付と警備員を大事にしろ。その会社の人間関係が全部分かる」。ここが異世界でも、たぶん同じことが言える。


 門の手前、五メートルほどで自然に足を緩めた。


ドルグ(門番):「止まれ。ギルドカードは?」


 がっしりした体格で、四十代くらいに見える。腕を組んで、こちらを見ている。眉間に皺が寄っているが、敵意じゃない。確認の目だ。


 陽平は心の中で素早く読んだ。


 意地悪じゃない。毎日同じことを繰り返してる人間の顔だ。仕事として聞いている。こういう人に長い説明はいらない。選択肢を出してやると一番早く動く。


陽平:「持っていません。今日、ここで登録する予定です」


ドルグ(門番):「入場税は」


 頭の中でぱっと計算した。


 お金がない。一枚もない。どうする。正直に言う。そのうえで、代わりになるものを出す。シーオの実がある。あれは価値を知っている人間には効く。


陽平:「手持ちが薄くて。これで足りますか」


 懐からシーオの実の布包みを出した。口を開けて、掌に少し傾けた。


 門番の目が、一瞬だけ止まった。


 視線の止まり方が違う。「これは何だ」ではなく「これがなぜここにある」という止まり方だ。


解析の声:「受け取る気配があります」


 心の中でガッツポーズした。


 効いた! シーオの実、効いた! 価値を知ってる! これ正解だった! 払い過ぎかもしれないけど払い過ぎでも通れた方がいい!


ドルグ(門番):「……今回だけだぞ。登録したら、ちゃんとカードを持って来い」


陽平:「ありがとうございます。今日中に済ませます」


 門番は実を受け取って、脇に寄った。


陽平:(あ、名前聞いておきたい。)


陽平:「すみません、お名前を聞いていいですか。また来るときに、ちゃんと呼べるように」


 門番が少し目を丸くした。そういうことを聞く奴は珍しいらしい。


ドルグ(門番):「……ドルグだ」


陽平:「ドルグさん、ありがとうございます。お世話になります」


 頭を下げて、中へ入った。


 口から、小さく息が漏れた。


陽平:「……通れた。通れたぞ」


 頭の中ではもっと叫んでいた。


 やった! 交渉成立! 槍持ってる人間に正面から話しかけて、シーオの実少しで入場できた! 外資系の経験、異世界でも使えた! 入口の人間を大事にするのは万国共通だ!



   ◆



 村の中は、思ったより音があった。


 朝の市場が動き始めていた。荷車が軋む音。籠を並べる音。どこかで誰かが大声で値段を言っている。空気が湿っていて、パンを焼く匂いと干し草の匂いが混じっている。


 陽平はゆっくり歩きながら、周りを見た。


 人がいる。普通に、人がいる。


陽平:(……みんな、ファンタジーな見た目してるな。)


 口の中だけで、そうつぶやいた。


 頭の中では観察が止まらなかった。


 耳が尖ってる人がいる! あれはエルフか? 半エルフか? 普通に市場で買い物してる! あっちはドワーフっぽいがっしりした人がいる! みんな普通に生活してる! そういう世界なんだ! 分かってたけど目で見ると全然違う!


 そして、肉屋が目に入った。


 店の軒先に整えられた塊肉が並んでいる。ホーンラビットらしい後脚が数本、吊り下げられている。奥に牛に似た大きな動物の背肉が、厚く切られて並んでいる。


 足が、止まった。


 正肉だけだ。


 内臓が、どこにもない。


陽平:「……もったいない」


 昨日と同じ言葉が出た。今日は声に近かった。


 頭の中で計算が走った。


 ホーンラビットを一頭捌けばレバーがある。ハツがある。シマチョウに相当するものもあるはずだ。それを全部捨てているとしたら——。いや、知らないだけかもしれない。価値を知らないか、処理の手間が合わないか。どちらにしても、もったいない。


 今は金がない。寄っている場合じゃない。


 でも目に焼き付けた。ここに内臓が並ぶ日を、陽平は少し遠くに置いた。


 ギルドの建物が、通りの先に見えた。



   ◆



 建物は小さかった。外壁に剣と盾を組み合わせた木の看板が下がっている。


 陽平は扉を開けた。


陽平:(……あ、読める。)


 看板の文字が、自然に日本語として目に入った。頭の中で翻訳しているのではない。目に映った瞬間から日本語に見える。さっきの市場でも掲示も看板も全部そうだったが、今この瞬間に気づいた。女神が「文字が分かるようにする」と言っていたのは、これのことだ。


陽平:(……異世界の文字で書いてあるのに、日本語に見える。スキルって、こういうことか。)


 奇妙な感覚だった。視覚が書き換わっている感じ。でも不便ではない。むしろ便利すぎて怖い。


 内側は思ったより明るかった。窓から朝の光が入っていて、受付のカウンターが正面にある。壁には掲示板。依頼の紙が何枚か貼ってある。右手に小さなベンチ。


 カウンターの向こうで、人が顔を上げた。


陽平:「……うわ」


 口が、また少し開いた。声は出なかった。


 頭の中が、一瞬だけフリーズした。


 本物の受付嬢だ。ファンタジーの受付嬢が本当にいる。セミロングの赤茶の髪。まつ毛が長い。二重の目がこちらを見てる。スタイルも良すぎだろ、何なんだ。あと耳! 耳が少し尖ってる! 半エルフか? 普通に業務してる! ここは異世界なんだ! 改めて実感した!


ミナ(受付):「いらっしゃいませ。初めての方ですか?」


 笑顔が、早い。


 陽平は表情を整えながら、その一秒で判断した。サービス業の人間に二種類いる。本当に好きでやっている人間と、仕事として完璧にこなしている人間。前者は笑顔が少し遅い。感情が出てから表情になる。後者は表情が先に来る。


 この人は後者だ。


 悪い意味じゃない。プロだ。つまり、めんどくさい客には慣れている。変に媚びる必要はない。必要なことを順番に言えば、この人が一番早く動いてくれる。


陽平:「はい、初めてです。登録をお願いしたいんですが」


ミナ(受付):「かしこまりました。では、こちらに名前と出身地をお書きください」


 羊皮紙らしい紙を出された。インクと羽ペン。


 陽平は羽ペンを手に取った。


陽平:(……何でできてるんだこれ。)


 鳥の羽根だとは分かる。でもこんなに軽くて、先がこんなに細く整えられているのは、どうやって作るんだろう。紙も、表面がなめらかすぎる。異世界の素材か、それとも加工技術が違うのか。


 頭の中で「あとで聞きたい」リストに追加した。


 そして、紙を見た。


 名前欄がある。異世界の文字で「名前」と書いてあるのに、日本語に見える。


陽平:(……あ。きた。これ、きたぞ。)


 心の中で少しだけテンションが上がった。異世界あるある、ギルド登録。名前を書く欄。俺は今まさに、その場に立っている。


陽平:(ちょっと待て落ち着け。名前、どうする?)


 鈴木陽平。それが俺の名前だ。でも「スズキ ヨウヘイ」をそのまま書いていいのか。苗字と名前、異世界だとどっちが先なんだ。ミナさんが「ヨウヘイ・スズキ」みたいな形式で読むとしたら、名前→苗字の順か。でも「鈴木」をそのまま書いたら、異世界人に正しく読んでもらえる保証がない。


陽平:(解析さん、名前の順番って……)


解析の声:「この地域では、個人名→家名の順が一般的です。家名がない場合は出身地や特徴で補います」


陽平:(ありがとう。じゃあ、苗字はどうする。「鈴木」のまま書いたら絶対浮く。)


 頭の中でぐるぐると考えた。苗字を捨てるのか。でも何もないのも落ち着かない。何かにしたい。何かに——


 蓮。


 ふっと、息子の顔が浮かんだ。五歳。スニーカーを逆向きに履こうとして、美咲に直されてた、あいつの顔。


陽平:(……レン。)


 声に出さなかった。でも頭の中で、はっきり聞こえた。


陽平:(ヨーヘイ・レン。名前はそのまま、苗字は蓮から借りる。本人には絶対言わないけど。……ていうか言えないけど。)


 おかしくはない。異世界の名前として、むしろ自然に響く。悪くない。いや、これがいい。


 羽ペンを紙に当てた。ゆっくり書いた。


 異世界の文字で書いている。でも、目には日本語に見える。自分が書いたのに、どこか遠い場所の名前みたいに見える。


ヨーヘイ:(……ヨーヘイ・レン。悪くない。)


 出身地の欄には、少し考えてから「遠方の村」と書いた。嘘ではない。


ミナ(受付):「ありがとうございます。登録料は銀貨1枚になります」


 ヨーヘイは懐を確認した。お金は一枚もない。


 そのまま顔を上げると、ミナはすでにこちらを見ていた。視線が一拍で下りて、また上がった。懐を見た。それだけで分かったらしい。


ミナ(受付):「こちら、今日の買取の査定額から差し引くこともできますよ。何か、お持ちですか?」


 心の中でひとつだけ思った。


ヨーヘイ:(あ、見てた。できる人だ。)


ヨーヘイ:「魔石を持っています。あと粘液が一つ」


ミナ(受付):「では査定を先にしましょうか。こちらに出していただけますか」


 ヨーヘイはインベントリから魔石を三つ、それから粘液を一つ、カウンターに出した。


 ミナが手を伸ばして、まず粘液を見た。それから魔石を順番に取り上げた。一つ目、二つ目。三つ目のとき、指が少しだけ止まった。石を目の高さまで持ち上げて、光に透かした。


ミナ(受付):「……こちら、地属性付きです。品質も良い。G扱いではなく、上振れでF査定になります」


ヨーヘイ:「お願いします」


ミナ(受付):「少々お待ちください」


 ミナがカウンターの内側でペンを走らせた。少しして、顔を上げた。


ミナ(受付):「G魔石二つで銅貨18枚。地属性のこちらがF扱い、高品質と属性の係数を乗せて手数料後37枚。粘液が銅貨3枚。合計58枚から登録料の銀貨1枚、銅貨換算で30枚を引いて——お手取りは銅貨28枚になります」


 ヨーヘイは、表では静かに頷いた。


ヨーヘイ:(……よし。)


 頭の中では跳んでいた。


 よっしゃ!! 28枚! 2800円! 宿が銀貨1枚で3000円だから——2枚足りない! でも初日でここまで稼げた! G魔石がF魔石に化けたのが効いた! 解析さん、マジで頼りになる!


ミナ(受付):「Gランク、クラスは——解析系のスキルをお持ちですね。探索者、でよろしいですか」


ヨーヘイ:「はい」


 ミナがカードに何かを書いて、判を押した。カウンター越しに差し出された。


 鉄製の小さなカードだった。角が丸く、表面を磨いてある。文字が刻んである。


 ヨーヘイ・レン Gランク 探索者


 さっき自分で書いた名前が、そのまま刻まれている。


ヨーヘイ:(本物になった。)


 変な感覚だった。さっきまでは紙に書いた文字だった。それが今、金属のカードに刻まれて、俺の手の中にある。鈴木陽平は、ここにはいない。ここにいるのはヨーヘイ・レン、Gランク探索者だ。


ヨーヘイ:(探索者か。……まあ、正確だな。)


ミナ(受付):「こちらが冒険者証です。外出の際は携帯をお願いします。ギルドの掲示板は毎朝更新されます。何かご不明な点があれば、いつでもお声がけください」


 淀みない。一度も詰まらない。何度も言い慣れた言葉だ。でも投げやりでもない。仕事の言葉として、ちゃんと機能している。


ヨーヘイ:「ありがとうございます。解体場は、ここで使えますか」


 ミナが少し目を動かした。初めての客が最初に聞く内容ではないらしい。でもすぐに表情は戻った。


ミナ(受付):「使えます。チケットが1枚銅貨5枚です。先にお申し付けいただければご案内します」


ヨーヘイ:「次に来るときに、お願いします」


ミナ(受付):「かしこまりました。お待ちしています」


 笑顔がまた出た。最初と同じ速さで。仕事の笑顔だ。


 ヨーヘイは頭を下げて、ギルドを出た。


 扉が閉まる。


ヨーヘイ:「……ふう」


 息が出た。



   ◆



 ギルドを出て、ヨーヘイは銅貨28枚を掌の上で数えた。


 銅貨は銅貨だ。現代の硬貨より少し厚くて、少し重い。全部で28枚。一枚一枚、指で数えた。


 2800円。


 宿が銀貨1枚、3000円。今夜で200円足が出る。串肉が一本200円。明日の朝飯も要る。全部計算すると、かなりギリギリどころか足が出る。


 目線が肉屋に戻った。


ヨーヘイ:「……内臓」


 頭の中で、また同じ言葉が来た。


 今日捨てた内臓の話を、ずっと引きずっている。仕方がない。技術がなかった。でも次は違う。解体場を使えば、スキルが取れる。スキルのレベルが上がれば、希少部位を傷つけずに切り出せるようになる。レバーも、ハツも、ハラミに相当するものも。


 包丁が欲しい。あの短剣じゃ部位を綺麗に分けられない。刃の形が違う。厚みが違う。


解析の声:「包丁に相当する道具は、村の鍛冶屋に在庫があります。価格は銅貨50枚前後と思われます」


ヨーヘイ:「……高い」


解析の声:「解体場のチケットは銅貨5枚です。まず解体スキルを取得するほうが先決かもしれません」


ヨーヘイ:「そうだな」


 短剣を腰で確かめた。これで当分やるしかない。


 空が高かった。青くて、雲の形まではっきり見える。


 頭の中で、優先順位が並んだ。


 まず宿を取る——あ、2枚足りない。

 女将に正直に話す。まけてもらえるかもしれない。

 今夜は寝る。

 明日の朝、掲示板を見る。

 クエストを受けて、倒す。

 解体場を使う。スキルを取る。

 内臓を使える状態にする。

 包丁は、そこから先だ。


ヨーヘイ:(……よし。)


 声にはならなかった。でも、足が前に出た。


 村の空気が、少しだけ自分のものになった気がした。



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【第3話 リザルト&ステータス】

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▼ ヨーヘイのステータス(現在)

Lv:1 HP:85/85 MP:37/40


スキル熟練度:

・《解析》Lv1 熟練度 19/100

・《収納》Lv1 熟練度 5/100


▼ 討伐記録

なし(第3話は村内行動のみ)


▼ 換金収支

・G魔石(小・普通)×2     → 銅貨9枚×2=18枚(手数料5%・.5は冒険者側)

・F魔石(小・地属性・高品質)×1 → 銅貨37枚(F基準20×高品質1.5×属性1.3、手数料5%後)

・粘液×1           → 銅貨3枚(手数料8%後・端数処理)

・合計58枚 - 登録料30枚(銀貨1枚) = 手取り銅貨28枚(≒2800円)


▼ 入手・使用アイテム

・冒険者証(Gランク・探索者) 取得

・シーオの実(布包みから少量) 門番ドルグへの現物納付として使用(残量:布包み1個分)


▼ ヨーヘイの考察

「F魔石の上振れ37枚が効いた。でも手取り28枚で宿が30枚——2枚足りない。

 女将に正直に話すしかない。

 問題は解体だ。内臓を使えるようにならないと、毎回肉の半分を捨てている計算になる。

 解体Lvが上がれば希少部位を傷つけずに切り出せる——

 レバー、ハツ、ハラミ相当への道が開く。

 鍛冶屋の包丁は銅貨50枚。今は買えないが、2〜3回換金すれば見えてくる。

 ミナの査定精度、高い。上振れを一瞬で見抜いた。あの目は信頼できる。」

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