第8話 村まで、あと少し
◆ 道
村まで、あと十五分ほどの道だった。
草地を抜けて林道に入ると、足元が変わった。踏み固められた土。人の通った道の感触だ。リリアが肩を借りながら、一歩ずつ歩いている。
ヨーヘイ:「足首、痛みは引いてきましたか」
リリア:「……はい。だいぶ楽になりました。ありがとうございます」
ヨーヘイ:「ポーションが効いたんだと思います。俺は運んだだけです」
リリア:「……そういう言い方をする人なんですね」
ヨーヘイ:「どういう意味ですか」
リリア:「……助けてくれたのに、自分の手柄にしない、という意味です」
ヨーヘイは少し考えた。
ヨーヘイ:「外資系にいた頃の癖かもしれないです。手柄を主張しすぎると、後で面倒なことになるので」
リリア:「……がいしけい、とは?」
ヨーヘイ:「あ、すみません。前の職場の話です。気にしないでください」
リリア:「……レンさんは、どこから来たんですか。ファスト村の人ではないですよね」
ヨーヘイ:(鋭い。確かに村の人間には見えないか)
ヨーヘイ:「遠いところから来ました。事情があって、ここに落ち着いています」
リリア:「……そうですか」
一拍置いて、リリアが小さく笑った。
リリア:「……私と同じですね」
それだけ言って、また前を向いた。
ヨーヘイ:(同じ、か。事情があって遠くから来た。それ以上は聞かない。お互い様だ)
林道に差し掛かったところで、石畳の段差があった。リリアの足が一瞬止まる。
ヨーヘイ:「段差があります。気をつけて——」
言い終わる前に、リリアの体が傾いた。
咄嗟に腕を引いた。リリアの体がヨーヘイ側に倒れ込んできた。金髪が顔にかかった。肩に体重が乗る。胸元が——
ヨーヘイ:(待って待って待って。これは事故だ。俺は今段差を超えようとしていただけで何もやましいことは——いや分かってる。分かってるんだが視覚が正直すぎる。目を逸らせ。逸らすんだ俺)
リリア:「……っ、すみません。足が」
ヨーヘイ:「大丈夫ですか」
リリア:「……はい。ごめんなさい、重かったですよね」
ヨーヘイ:「全然です。気にしないでください」
ヨーヘイ:(重くはなかった。そこは本当のことだ。ただ、それ以外の情報量が多すぎた。解析さん、今の件については報告不要です)
解析の声:「了解しました」
ヨーヘイ:(返事しないでください)
◆ 村
門が見えてきた。
夕暮れの光の中で、ドルグが槍を持って立っていた。こちらを見て、一瞬だけ目が止まった。リリアを見ている。
ドルグ(門番):「……連れか」
ヨーヘイ:「怪我人です。東縁で足首を痛めました」
ドルグ(門番):「……そうか」
それだけだった。脇に寄って、通してくれた。
ヨーヘイ:(ドルグさん、本当に余計なことを言わない人だ。村に来た最初の日からずっとそうだ)
村の中に入ると、夕方の市場が片付け始めていた。荷車が動いている。飯の匂いが漂っている。
リリアが、きょろきょろと周りを見ている。目が少し丸い。
リリア:「……大きい村ですね」
ヨーヘイ:「そうですか? 俺は小さいと思いましたが」
リリア:「……私が来たところより、ずっと大きいです」
ヨーヘイ:(どこから来たんだろう。もっと小さい集落か。それとも、わざと小さく見せているのか)
まずギルドへ向かった。
◆ ギルド
扉を開けると、ミナがカウンターで書き物をしていた。
顔を上げた瞬間、一瞬だけ動きが止まった。リリアを見ている。止まったのは本当に一瞬で、すぐに仕事の顔に戻った。
ヨーヘイ:(みんな同じ反応になるんだな。仕方ない)
ミナ(受付):「お帰りなさい。……お連れの方は?」
ヨーヘイ:「東縁で足首を痛めていたので、村まで送ってきました。依頼の報告も兼ねて」
ミナ(受付):「かしこまりました。まず依頼の確認を——魔石はお持ちですか」
G魔石を3つ、カウンターに出した。ミナが一つずつ確認する。三つ目を光に透かした。
ミナ(受付):「……今回は通常品ですね。G魔石3つで銅貨27枚。後脚肉は3本で13枚。手数料後の合計40枚になります」
ヨーヘイ:(40枚か。手持ち41枚と合わせて81枚。見込みより1枚少ない。端数の計算がずれたか)
ヨーヘイ:「ありがとうございます」
銅貨を受け取りながら、依頼の用紙を返した。ミナが達成の判を押した。
ミナ(受付):「達成です。お疲れ様でした——あの、ポーションはお持ちですか。東縁でしたら念のため」
ヨーヘイ:「使いました」
ミナの視線が、一瞬リリアに動いた。リリアが小さく頭を下げた。ミナが少しだけ目を細めた。
解析の声:「ミナさんの視線の意味は判別できません」
ヨーヘイ:(聞いていません)
ミナ(受付):「……お連れの方、よろしければこちらで足首の簡単な処置ができますよ。ポーションを飲んだとしても、捻挫は安静が大事なので」
リリア:「……ありがとうございます。お願いしてもいいですか」
ミナがカウンターから出てきた。リリアを椅子に座らせて、足首を確認している。手際がいい。
ヨーヘイ:(ミナさん、本当に仕事ができる人だ)
処置の間、ヨーヘイは壁際で手持ちを数えた。
ヨーヘイ:(81枚。ポーション30枚、短剣の更新が40〜45枚、俺の宿代30枚。合計で100〜105枚必要だ。どう計算しても足りない)
ヨーヘイ:(リリさんの宿代は……聞かないといけない)
◆ ラルフ
ミナの処置が終わったところで、ギルドを出た。
道具屋は隣の通りだ。リリアがついてくる。足取りが少し楽になっている。
扉を開けると、ラルフが奥から出てきた。ヨーヘイを見て、次にリリアを見て——頬が少し赤くなった。
ラルフ(道具屋):「いらっしゃいませ。あの……お連れの方は?」
ヨーヘイ:「一緒に来ました。短剣を見てもらいたいんですが」
短剣を鞘ごと差し出した。ラルフが抜いて、刃を確認した。5秒、黙った。
ラルフ(道具屋):「……使いましたね、硬いものに」
ヨーヘイ:「クロトカゲの甲殻に当たりました」
ラルフがまた黙った。今度は7秒。
ラルフ(道具屋):「念のため確認なんですが……生きていますか」
ヨーヘイ:「生きています」
ラルフ(道具屋):「……よかったです。本当に」
声が少し低くなった。冗談でも驚きでもなく、本当に安堵している声だった。
ラルフ(道具屋):「刃こぼれが3箇所。研いでも強度が戻らない状態です。今日中に新しいものに替えてください。Fグレード相手にこれを使ったら、次は折れます」
ヨーヘイ:「分かりました。同じ価格帯のものを」
ラルフ(道具屋):「銅貨40枚の短剣があります。前のより少し刃が厚いです。硬いものにも当てやすい設計で——あ、でもFグレードの甲殻は短剣では基本的に無理なので、くれぐれも正面からは」
ヨーヘイ:「肝に銘じます」
棚を確認していたリリアが、背伸びをして高い棚に手を伸ばした。その拍子に、上着の裾が引っ張られた。
ラルフが目線を逸らした。棚の反対側を向いた。耳が赤い。
ヨーヘイ:(ラルフさん……人間だった。俺と同じだ。俺たちは同志だ)
ポーションを2本追加した。ラルフが解毒薬の話を切り出した。
ラルフ(道具屋):「あの、クロトカゲに近づくようであれば、解毒薬もお持ちください。今日は在庫が1本しかないんですが……銅貨25枚です」
ヨーヘイ:「今日は資金が厳しくて。次に来るときに必ず買います」
ラルフ(道具屋):「取り置きしておきます。包丁と一緒に」
ヨーヘイ:「ありがとうございます。いつもすみません」
ラルフ(道具屋):「いえ、念のためお伝えしたかっただけなので。……本当に、お気をつけて」
短剣40枚、ポーション2本で60枚。合計100枚。手持ち81枚からの支出で、残り——
ヨーヘイ:(マイナス19枚だ。宿代も払えない)
支払いを済ませながら、ヨーヘイは静かに腹を括った。
◆ 宿代の話
道具屋を出たところで、ヨーヘイは立ち止まった。
ヨーヘイ:「リリさん、少し確認させてください」
リリア:「……はい」
ヨーヘイ:「今夜の宿代、手持ちはありますか」
リリアが少し黙った。目線が下がった。
リリア:「……ないです」
ヨーヘイ:(やっぱりか)
リリア:「……持っていたんですが、途中で——使い切ってしまって」
ヨーヘイ:(途中で。どこから来たんだ。何があったんだ。でも今は聞かない)
ヨーヘイ:「分かりました。今夜は俺が立て替えます」
リリア:「……そんな、できません」
ヨーヘイ:「村に知り合いはいますか」
リリア:「……いないです」
ヨーヘイ:「泊まれる場所はありますか」
リリア:「……ないです」
ヨーヘイ:「じゃあ立て替えます。必ず返してもらえれば、それで十分です」
リリア:「……でも、レンさんも余裕があるわけじゃ——」
ヨーヘイ:「余裕はないです」
正直に言った。
ヨーヘイ:「正直に言うと、今夜は俺の宿代も出ません。でも、泊まれる場所に心当たりがあります。女将さんに相談します」
リリアが、少し目を丸くした。
リリア:「……そんな状況なのに、助けてくれるんですか」
ヨーヘイ:「林に入ったのも同じです。声が聞こえたので」
リリアが黙った。今度は長い沈黙だった。
リリア:「……必ず返します。絶対に返します」
ヨーヘイ:「はい。それだけでいいです」
リリア:「……それだけ、じゃないです」
ヨーヘイ:「え」
リリア:「……ポーションも、林で助けてもらったことも、全部返します。返せるくらい、稼ぎます」
空色の瞳が、さっきより少しだけ強い光を持っていた。天然でおっちょこちょいで、でもこういう目をするんだな、とヨーヘイは思った。
ヨーヘイ:(……芯がある。見た目の話じゃなくて、本当に芯がある)
ヨーヘイ:「分かりました。じゃあ、一緒に稼ぎましょう」
言ってしまってから、少し驚いた。
ヨーヘイ:(今、俺は何を言った)
解析の声:「『一緒に稼ぎましょう』と言いました」
ヨーヘイ:(分かっています)
◆ サーラ
サーラの宿の扉を開けると、帳場でサーラが台帳を広げていた。
顔を上げた。ヨーヘイを見て、次にリリアを見た。
表情は変わらなかった。でも、目が少しだけ動いた。
サーラ(女将):「……また2枚足りないのかい」
ヨーヘイ:「今夜は2人分、足りないです」
サーラ(女将):「……2人分」
もう一度リリアを見た。リリアが小さくお辞儀をした。
サーラ(女将):「……名前は」
リリア:「リリア・ノクスといいます。リリ、と呼んでいただければ」
サーラが少しの間、リリアを見ていた。何かを確かめるような目だった。
サーラ(女将):「……今夜だけだよ。明日稼いで返しな」
ヨーヘイ:「ありがとうございます。必ず明日返します」
サーラ(女将):「部屋は空いてる。リリアちゃんは2階の奥。レンさんはいつもの部屋」
リリアが「リリアちゃん」と呼ばれて、少し目を丸くした。
ヨーヘイ:(サーラさん、名前で呼んだ。珍しい。ドルグさんもミナさんも、しばらく役職で呼んでいたのに)
サーラが台帳に視線を戻しながら、ひと言だけ付け加えた。
サーラ(女将):「……怪我してるんだろ。無理するんじゃないよ」
リリアが少し間を置いて、頭を下げた。
リリア:「……ありがとうございます」
サーラは返事をしなかった。でも台帳をめくる手が、一瞬だけ止まった。
ヨーヘイ:(この人は、こういう人だ。言葉が少ない分、動作に出る)
解析の声:「《解体》スキルの熟練度が上昇しました。現在8/100です」
階段を上がりながら、通知が来た。
ヨーヘイ:「……今ですか」
解析の声:「今日の解体行動3体分が蓄積されていました。遅れて反映されます」
ヨーヘイ:「遅れて来るんですね」
解析の声:「はい。行動の積み重ねが一定を超えた瞬間に反映されます」
ヨーヘイ:(なるほど。体感と一致している。解体が上手くなってきた感覚は、数字にも出てきた)
廊下で、リリアと向かい合った。
リリア:「……今日は、本当にありがとうございました」
ヨーヘイ:「お互い様です」
リリア:「……お互い様じゃないです。レンさんが助けてくれなかったら、私は今頃林の中にいました」
ヨーヘイ:「それは言いすぎです」
リリア:「……言いすぎじゃないです」
少しの間、二人とも黙った。廊下に夕暮れの光が差し込んでいた。金髪が、その光の中でまた明るく見えた。
ヨーヘイ:(……笑うと違う顔になるって思ったけど、こういう顔もまた違うな。真剣な顔だ。綺麗だな。いや今はそういう話じゃない)
ヨーヘイ:「ゆっくり休んでください。明日、話しましょう」
リリア:「……はい。おやすみなさい、レンさん」
ヨーヘイ:「おやすみなさい」
扉が閉まった。
ヨーヘイは自分の部屋に入って、壁に背をつけた。
ヨーヘイ:(……「一緒に稼ぎましょう」か)
言葉が、まだ頭の中に残っていた。
ヨーヘイ:(俺は今、何を始めようとしているんだ)
解析の声:「判別できません」
ヨーヘイ:(解析さんに聞いてない)
窓の外で、ファスト村の夜が始まっていた。
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【第8話 リザルト&ステータス】
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▼ ヨーヘイのステータス(第8話終了時点)
Lv:3 HP:118/118 MP:52/52
スキル熟練度:
・《解析》Lv1 熟練度 46/100(+2)
・《収納》Lv1 熟練度 14/100(+1)
・《採取》Lv1 熟練度 15/100
・《解体》Lv1 熟練度 8/100(+3)★遅延反映
・《料理》Lv1 熟練度 1/100
▼ 本話の収支
・換金(G魔石×3+後脚肉×3):+40枚
・手持ち81枚
・短剣更新:▲40枚
・ポーション×2:▲60枚
・手持ち▲19枚(サーラへのツケ・宿代2人分60枚)
▼ インベントリ
・短剣×1(新品・刃厚め)
・採取へら×1
・冒険者証(Gランク・探索者)
・アイテム《ポーション》×2
・シーオの実(残量)布包み
・ホーンラビット後脚肉(換金済み)
▼ サーラへのツケ
・宿代2人分60枚(翌日返済予定)
▼ 未購入・要入手
・解毒薬(ラルフ取り置き・25枚)
・包丁(ラルフ取り置き・55枚)
▼ リリア状況
・足首:ポーション+ミナの処置で回復中
・手持ち:なし(途中で使い切った理由は不明)
・宿:サーラの宿・2階の奥の部屋
・発言:「必ず返します。返せるくらい稼ぎます」→9話加入動機
▼ ヨーヘイの考察
解析さん、報告です。
村に戻りました。依頼達成、換金40枚。ポーションと短剣の更新で全部使いました。今夜の宿代はサーラさんへのツケです。4話でも同じことをしました。サーラさんはまた融通してくれました。
リリさんはお金を持っていませんでした。理由は聞いていません。「途中で使い切った」とだけ言っていました。どこから来て、何があったのか、まだ分かりません。
「必ず返します」と言っていました。目が本気でした。
俺は「一緒に稼ぎましょう」と言いました。言ってしまいました。今思い返すと少し驚いています。でも、撤回する気はないです。
明日、もう少し話してみます。
解体熟練度が8になりました。遅延反映、初めて経験しました。体感と数字が一致してきている感じが、悪くないです。




