タウンワーク
「お前、噂になってんぞ」
拓真に、教室でそう言われてつい眉をひそめる俺。
「なにが?」
「いや、タウンワークを凝視していたら『あいつ学校辞めるのかな』って話題にもなるって」
俺は笑って返した。拓真は婉曲的に言ってくれたが要するに、『あーあ、あいつやっと学校辞めてくれるらしいぜ』と、クラスメイトの中で話題に上がっていたということか。
「で、学校辞めないよな。俺、お前に辞められると泣くぜ」
俺は頬杖をついた。
「泣くだけか?」
「え、えっと、あ、逆立ちしながら風船ガム膨らませるわ」
「そうか。俺のことは忘れて、将来はサーカス団で働いてくれ」
「雷太~」
俺は上機嫌で笑った。こいつからかうと面白いんだよな。
すると真面目な表情になった拓真。
「で、なんで求人雑誌見てるんだよ」
「……金が要りようでさ。バイト探しているんだよ」
「ほー。なんでまた急に?」
俺は鼻をこすって自信満々に、
「彼女が出来たんだよ」
「へー」
「あれ。それだけ? 興味無し?」
「興味はあるぜ。で、どういうところで働きたいんだよ」
「その子と一緒に働ける業種かなって思ってるんだけど。だとしたら力作業は無理だし」
「うーん。だったら、俺の叔父さんの経営しているスタジオで働くか?」
「え? いいのか?」
「ああ。下町にある寂れたミュージックバーだよ」
「そりゃあいいな」
「なんで?」
彼の疑問に、俺は得意げに答えた。
「俺の彼女、凄い歌が上手いからさ」
その部屋は、例えるなら歴史の中で置き去りになっているような、不思議な空間だった。
ギターが三弦、壁に吊られている。その横にはビートルズの横断歩道のポスターが貼られていた。チューナが三台に、年季の入ったキーボード。
室内なのに、ハットを被った店主が会釈をする。
「小汚いところで悪いね」
「いえ。あっ、すみません」
「はは。正直な子供は嫌いじゃないよ」
一方そのころ河合はというと、室内を見回しながら目を輝かせている。
「あのギター、弾いてみてもいいですか?」
「いいよ。ピックはキーボードの上にあるから」
河合はギターを取り下げて、バンドを首に回す。ピックで弦を弾きながらチューニングしているようだ。
そして、弾き始めたのは2packの「LIFE・GOZE・ON」だった。
ギャングの仲間の死を嘆きながら、今度は自分の番か。その時はきっと天国には行けないかもしれないが、それでもお前とあの世で飲む酒のために、今日もギャングスタとして生きるよ、という曲だ。
老人が目を丸くさせた。少し咳払いをし、
「お嬢ちゃんみたいな若い子が2packを知っているとは驚きだよ」
「すみません。こんな素敵な場所でギャングの曲は不相応でしたよね」
まったくだよ。
「いや、そんなことは無いよ。お嬢ちゃんにはDJガールを任せようかな」
「何です? それは」
「ここは演奏を聴きながら食事や談笑を楽しむ場所なんだけどね。演奏者がいなくて困っていたんだ。お嬢ちゃんは他に弾ける楽器は?」
「ここにあるものは、一通り」
「なら、DJガールをお願いするよ」
彼女は苦笑しながら質問をした。
「なんで“DJ”って呼ぶんですか?」
「その方が現代らしくて、しかもハイカラだろ」
俺は思いっきり溜息を吐いてしまいそうなのをグッと堪えた。このご老人は俺たちの雇用主となる方だ。失礼があってはならない。これ以上変なことは言うなよと目線で河合に釘を刺した。
「あの、俺はなにをすれば……」
「うーん。歌は唄える?」
「音痴です」
「チューナーセッティングとか、楽器のチューニングは出来る?」
「……すみません……」
「ごみ捨てとか、食器洗いとか。掃除は?」
「できます。むしろ全力でやらせていただきます」
店主は笑みを浮かべて、俺の肩を叩いた。
「頼んだよ。雑用」




