邪まな感情。
ホテルで身分証明書を出すと、受付のおばさんから怪訝な顔をされたが、なんとかカギを渡してもらえた。
俺はポケットに一度カギを直すと、ぐしゃりと変な音がした。中身を取り出すとコンドームが入っていた。
ただ雨宿りをするだけだ。それだけ。
しかし、彼女に対して邪な気持ちが無いかと考えればそうでもない。このまま流れで情事を行えればどれだけ幸せだろう、とも思う。
けれども、その反面こんな状況で彼女と初夜を迎えることは、もったいない気もする。男子高生というのは、エモーショナルな恋愛に憧れを抱くものだ。
母親の隣で観た月9ドラマのような、感涙的な恋愛を。……それは少し違うか。
部屋に入ると不思議な甘い匂いがした。
「先に風呂に入ってくるから」
「分かった」
「覗いてもいいけど。がっかりするよ」
「貧乳なのか?」
「……失礼。下品。そして変態」
――バタン、と扉を大きな音を立てて閉めた河合。
「変態は名誉ある男爵のことだと思うけどな」
俺にはその名誉? をぶら下げられるほど格式高くは無いが。
ってか、なにを考えているのだろうか。
椅子に座って自宅に連絡を掛ける。三歳の妹は当然連絡には出られない。なので、留守電にメッセージを残す。
「ごめん。兄ちゃん、遅くなる。戸棚にあるお菓子食べておいて。帰ったらちゃんとした飯、作るから。本当にごめん」
電話を切る。
こういうことをしている度に、母親としての責任を果たしていない“あいつ”のことを酷く恨めしく思う。俺はもういい。でも、歩美だけは……歩美だけは幸せな人生を送ってほしい。子供時代はその俗世的な「幸福な人生」とやらの基礎を作り上げる大事な期間だと、俺は思うからだ。
だから……
「風呂上がったよ」
バスローブに身を包み、のぼせた顔をしている河合。どこかエロティックで、しかし彼女の性格さ故なのか、誠実さも雰囲気としてあった。それが俺の男としての性を刺激させて仕方がない。俺はそんな気分からも目を逸らすように立ち上がり、風呂場へと向かった。
シャワーを浴びて、数十分。浴室から出る。彼女は椅子に座り、缶に口を付けていた。ジュースでも飲んでいるのだろうか。
「なに飲んでいるんだ?」
「缶チューハイ」
「はぁ⁉」
「そんなに叫ばなくても。こういう場所でしか飲めないじゃない。ほら、雷太も記念に」
「う、うん」
俺も缶チューハイを一口含んだ。感覚的にはあっけなかった、と言えばいいか。酒と言えば大人たちが「美味い」と口をそろえて言い、悪口を肴に傾ける、現代の風刺の象徴だと思っていた。これを飲めば全てから一瞬の間、解放されるのだと期待していたのだが、すぐにもそれは幻想であったと確定された。下手なファンタジー小説の読後感のような、そういう気分だ。つまりは、ほとんど味のしないガムを噛んでいる、くだらないもの。
「あれ、あんまり口に合わなかった?」
「うん。俺には酒は向いてないようだ」
彼女は手中で缶を左右に傾けながら、
「確かに、サイダーでは泡沫と強炭酸によってひと時の非日常感が味わえる。でも、酒はそういうわけでもない。場合によっては二日酔いもするし。でも、それが大人なのかもね」
「……」
「私が、一度も味わえないもの……」
「もう一本頂くよ」
俺は、今度はビールに挑戦した。
苦すぎて飲めたものではなかったが、それでも飲み続けた。
人生の延長線。大人としての道をこれから歩むことになる。そのときに、彼女と一緒に酒を汲み交わした思い出を抱けるように。
酩酊状態の中、俺はベッドに寝転がった。彼女も酔っていた。
視界が狭まった状態で、彼女のことを見た。
性欲が高まった瞬間、ある物を見て、すぅっとそれが冷めた。
彼女のはだけたローブ。背中に鞭打ちの痕跡があったのだ。
「それ……」
俺は追及をしようとした。だがそれを阻止したのは、彼女の唇だった。
「おやすみ」
それは彼女の作為的な口付けだったのか。はたまた酔いつぶれた彼女の、遊び半分の接吻だったのか。
理由が分別しないなか、瞼が重くなった――
音がした。小雨だ。窓の外で小雨が鳴いている。
「おはよう」
彼女は少し顔の血色が悪かった。きっと二日酔いだろう。もちろん、俺も気分がすこぶる悪い。
だからこそ、早急的に解決しないといけない問題があった。
「さいしょはグー、じゃんけんポン」
「やったー、勝った。う、うう」
じゃんけんで負けた俺は嘔気との戦いが始まった。
「は、早くしてくれよ」
彼女のために、トイレで何をしているかの詳細は語らない。
順番が来て、処理をして、入れ替わりをしての繰り返し。
これが三十分間続いた。ひどい初デートの一日だった。




