風上先輩とバスケ
風上先輩がリハビリを終えて退院し、今日から通学を始めたということが、校内で話題になった。
そのことは俺の耳にも当然入ってきた。
だから、俺は先輩のクラスに向かった。
三年の教室で、ガタイの良い男子生徒が扉の前で女子生徒と談笑していた。
「あの、風上先輩、いますか」
「あ? ああ、疫病神君か。おーい、疫病神君が来たぞ。風上も呪われてるなぁ」
と、大笑いされた。……俺は悔しくて。でも、自責の念から解放するためにも握っていた拳を開いて、もう一度風上先輩を呼ぶ。
「お前、しつけえって。そもそもなんの用事があるんだよ。あいつもお前なんかに会いたくないって」
「俺は、会いたいんです――」
頬を一発、殴られた。少し視界がぐらつく。ふらつきながらも、床に伏せるわけにはいかないと思い、足を踏ん張った。
「何やっているんだよ。雷太。……ここじゃああれだ。中庭に行こう」
風上がクラスから廊下に出てきて、いつも通りの優しい声音と、柔和な表情を浮かべる。
□■□
中庭には中央に噴水があり、その四方を囲むように四つの三人掛けのベンチがある。そのひとつに腰掛ける。
「あの……怪我のこと、本当にすみませんでした」
「いいんだよ。と言ってやりたいが、どうしても割り切れねぇな。正直なところ……」
そう言って風上は屈託ない笑みを湛えた。
ああ、こういう裏表のない性格の人だから、人望があるのだろうな。
「俺、あれからずっと考えていたんです。けど、阿保みたいな答えしか出なくて、それでも聞いてくれますか?」
「いいぜ」
「俺と、もう一度バスケしてくれませんか?」
「……は? お前いまなに言っているのか分かっているのか? 俺を馬鹿にしているの?」
俺は土下座した。
「失礼を承知でお願いしています。これは……俺への《《言い訳》》でしかないかもしれませんが……」
「言い訳か……オーケー。だったら、明日、昼休みにワンオンワンをする。負けたら只じゃあ済ませねぇぞ」
彼は立ち上がり、片足を少し引きずりながら去っていった。
後悔が俺の心臓を土足で踏みつけた。
「俺は最低だ。人の優しさに付け込んで。……やっぱり虐められて正解な人間だろ、俺なんか」
□■□
翌日の昼休憩。体育館には大勢のギャラリーが集まった。
「負けろ。負けろ。負けろ」
俺への顰蹙コール。
すると風上は卑屈な笑みを浮かべた。
――パシュ。ドン!
まず俺の番だ。三回風上からボールパスを貰った瞬間からドリブルを始める。円を描きながらまず二点、ゴールを決める。
大ブーイング。
次に風上の番。どうしても足がもたつく。確実に俺がボールを奪える瞬間、脳裏に風上の足首を捻らせた残像が見えた。結果、風上が困惑した顔でシュートを放ち、三点入れる。
どんどん、このように点差が開いていった。風上に対してブロックが出来ない。
「見損なったよ」
風上からの言葉。
俺は、何がしたかったんだろう。結局、自分が可愛いだけか。
「負けんな!」
俺は声のした方向に目を向けた。
二階のフェンス内側にいた河合。
「風上に絶対に負けるな。負けたら別れてやるからな。自分の人生から、逃げるなぁあああ!」
風上先輩は苦笑した。「面白い女だな」
その言葉で、俺の火が付いた。
「俺の女の悪口だけは許さないっすよ」
そこから最後の五分間。
俺は徹底的に風上をブロックした。ボールを奪い、サイクルを早くしてポンポンとシュートを決めた。そして点差二点。
俺は、風上先輩に負けた――。
だが、会場にいた生徒は誰も俺に嘲笑を向ける者はいなかった、
風上はボールを手に持ち、こう言った。
「お前はバスケで俺に負けて、勇気と覚悟は俺に勝ったんだ。それは誇ってもいいぞ」
俺は笑みを浮かべた。
「ありがとうございます」
「これからも頑張れ。変な噂や苛めがお前を一年間苦しめただろう。だがな、それは血となり糧となっているはずだ。お前はもう、十分強い。エースを超えた男だ」
「……」
風上は河合を見た。
「その、悪かった。さっきは。お前の恋人だったとはな。……大事にしろよ」
「もちろんです」
□■□
「あれから風上さんは?」
いつもの屋上で俺と河合は談笑していた。
「念のため、保健室に行ったけど何ともなかったよ」
河合は心の底から安堵しているようだった。
「良かった……もしかしたら雷太、退学になっていたのかもしれないんだから。これで懲りたらもう変なことはしないでね」
「変じゃないよ。男同士の闘いだ」
「はいはい。女には分からない世界だね」
小雨が落ちるなか、河合はぼそりと「変わるといいね」と言った。
それは、俺に対する苛めが止まることを意味した言葉なのか、俺の心根が変わってトラウマを克服して前進することを意味しているのか。
――どちらなのかは分からないが結局のところはどちらでもいいだろう。




