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金賞いちご  作者: やしゅまる


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第18話 『作品の土』


 朝の光が、彩葉のアトリエの白壁を淡く照らしていた。

そこに彩葉から呼び出されたいちか、仁花、調、澪。


 いちかがまだ迷いの残る顔で立っていると、彩葉が来て迷いなくスマホを取り出した。


「今日、行くよ。本丸」


 仁花が眉を上げる。

「本丸って……あそこ?」


 澪は白衣のポケットを握りしめ、調は腕を組んだ。


「見せてもらえる保証はなかよ」


 彩葉は画面を見つめたまま、短く言う。


「取る」


 発信音。

 空気が張りつめる。


「京極さん。彩葉です」


 沈黙の向こうに、静かな声。


「ご用件は」


「土を見せてほしい」


 間。


「理由を」


 彩葉は一瞬だけ、いちかを見る。


「あなたを味で超えたい子がおる」


 全員の心臓が跳ねる。


「逃げん王者なら、見せられるはず」


 長い沈黙。


 やがて、淡々とした声。


「……何人ですか」


「五人」


「構いません。本日午後」


 通話が切れた。


 仁花が低く笑う。

「マジかよ」


 澪は小さく呟く。

「王者は、逃げないんだ」


 いちかは拳を握った。


 午後。


 京極農園の門をくぐった瞬間、空気が変わった。


 石畳は磨かれ、竹垣は歪み一つない。

 足音すら吸い込まれるような静けさ。


「圧がある……」


 仁花の声が低い。


「発酵臭が尖ってない。均一……」


 澪が鼻を鳴らす。


「水分が揃っとる」


 調は地面を見ただけで言う。


 いちかだけが、何も言えなかった。


 “完成”の気配。


 縁側に、着物姿の女性が立っていた。


 京極綺羅。


 背筋は真っ直ぐ、指先まで無駄がない。


「ようこそ」


 視線がいちかを射抜く。


「はじめまして。実績もないのに、私を味で超えたいと?」


「はい」


 いちかは逸らさなかった。


 静かな火花が散る。


 案内された堆肥場。


 そこにあったのは――


 深い琥珀色の山。


 黒でもない。赤でもない。白でもない。


 近づくと、匂いが層になって立ち上がる。


 茶の渋み。

 柑橘の皮のほろ苦さ。

 竹の青さ。

 奥に、わずかな熟成香。


「……何、使っとるんですか」


 いちかは一歩踏み出した。


 綺羅は淡々と答える。


「竹パウダー。八女茶の茶葉。米ぬか。みかんの皮と金柑の皮」


 澪が息を呑む。

「揮発設計が揃ってる……」


 仁花が腕を組む。

「根が暴れられん土や」


 調は一握り取り、崩す。

「粒度、水分、固定……完璧」


 いちかだけが、立ち尽くす。


(私は、何も決めてない)


「材料は隠しません」


 綺羅の声は穏やかだった。


「隠すのは思想です」


 空気が張る。


「同じ材料を使っても、同じ味にはなりません」


 いちかは拳を握る。


「どうやって決めたんですか」


「いちごに何をさせたいか、です」


 甘くするのか。

 香らせるのか。

 残すのか。


「私は、飲み込んだ後に香らせたい」


 言葉が胸を打つ。


 いちごを一粒、差し出される。


 香りは静か。


 噛む。


 甘い。酸が丸い。


 飲み込む。


 ――来る。


 喉奥から、茶と柑橘がふわりと立ち上がる。


 長い余韻。


 いちかの指が震えた。


「……悔しい」


 綺羅が、初めて微笑む。


「良い舌ですね」


 その言葉が、誇りでもあり、屈辱でもあった。


「あなたの堆肥は何色ですか?」


 問いが突き刺さる。


 いちかは答えられない。


「色を混ぜると濁ります」


 綺羅は静かに言う。


「作品は、削ぎ落とすものです」


 帰り道。


 誰も軽口を叩かない。


「完成しすぎやろ……」仁花。


「均一すぎて怖い」澪。


「隙がない」調。


 彩葉が、いちかを見る。


「どうする?」


 夕空が橙に染まっている。


 桃でも赤でもない、深い色。


 いちかは空を見上げた。


「……混ぜん」


 全員が止まる。


「混ぜるんやなくて、選ぶ」


 胸の奥で、何かが定まる。


 家に戻り、父のノートを開く。


 味

 → 菌

 → リン酸


 その下に、ゆっくりと書き足す。


 ――色


 まだ空白。


 でも、止まらない。


 いちかはペンを握りしめた。


「味が答えやけん」


 小さく呟く。


 その答えに、ようやく“思想”が追いつき始めていた。

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