第13話『失敗は土に埋めろ』
― 地力番長のワイルド堆肥 ―
相良仁花の畑は、「圃場」という言葉からいちかが想像していた景色と少し違っていた。
畝は確かにある。
だが、その周りには雑草が残り、ソルゴーとセスバニアは風に押されたまま少し倒れ気味だ。
きっちり管理された“展示用の畑”ではない。
そして、畑の端に――
明らかに異物な山があった。
「……あれ、何?」
思わず指をさすと、仁花は満面の笑みで手を振ってきた
「よう来たな、いちか!
今日? 見学やなくて参加やけん」
近づくにつれて、山から立ち上る熱と匂いが分かる。
青臭さ、甲殻類の匂い、発酵した甘さ。
「……すごい匂い」
「ええ匂いやろ?」
仁花は誇らしげに胸を張った。
「失敗を積み重ねた匂いたい。
今は蟹殻多めにして、株が強くなる堆肥作りしよる」
仁花がスコップを突っ込むと、湯気がふわっと立ち上った。
中から現れたのは、細かく砕けた緑肥で育てたソルゴー、セスバニア、白くなりかけた蟹殻とエビ殻、そこに絡む米ぬか。
生きている。
いちかは直感でそう思った。
「最初な、うち欲張っとった」
仁花は蟹殻を一掴みして、ぽんと山に投げる。
「欲張る?」
「数字も、量も、スピードも」
指を一本ずつ立てながら笑う。
「糖度も上げたい
実も太らせたい
結果も早く欲しい」
両手を広げた。
「全部盛り!」
いちかは苦笑した。
「……で?」
「完璧✨」
親指を立てる仁花。
「でもな」
そのまま、親指をひっくり返す。
「株はボロボロ!」
二人で畑にしゃがみ込み、過去の株跡を見る。
掘り返された写真が残された場所。
根は浅く、白く、細い。
「根がな」
仁花は土を指でほぐしながら言った。
「『もう勘弁して』って言いよった」
その言い方が、あまりにも軽くて、優しくて。
いちかは思わず笑ってしまった。
「失敗しても、そんな顔で言えるんですね」
「そりゃそうよ!失敗したから今がある!」
仁花は即答した。
「強いもんはな、効きすぎる」
蟹殻を砕きながら続ける。
「唐辛子と一緒たい。
ちょいが美味い」
いちかは自分の胸に手を当てた。
「……うちも、盛りがちかも」
「知っとる」
間髪入れずの返事。
「いちか、結果がほしいが強かけん。
すぐ“もっといける”って思うやろ?」
図星だった。
二人は畑の奥へ歩いた。
そこには、すでに枯れたヒマワリの跡が残っている。
「覚えとる?」
仁花が言う。
「リン酸、弱い言うとったろ」
いちかは頷いた。
「だから急がせん」
仁花はヒマワリの根が残る場所を足で軽く踏む。
「根に聞かせる。
菌根菌が運ぶけん、人は邪魔せん」
数字で押すのではない。
命の速度に合わせる。
いちかは、堆肥山の前に戻り、そっと手を突っ込んだ。
「……あったかい」
「生きとる証拠たい」
仁花はにっと笑った。
「失敗怖いか?」
いちかがぽつりと言う。
「……正直、怖いです」
「皆そう!でも失敗も」
仁花は足で土をならした。
「土に埋めたら、次の力になる」
その言葉は、軽いのに、深く染みた。
いちかは心の中で思う。
(数字は畑に落とすもの。
失敗は、土に返すもの)
帰り際、仁花は振り返って言った。
「次はな」
にやりと笑う。
「菌の変態に会いに行こか」
「……澪さん?」
「当たり!」
――次は、見えない世界だ。
土の下で、確かに動いているものへ。




