表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
金賞いちご  作者: やしゅまる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/16

【第1話】壁の高さは金の色

久留米シティプラザ。

 大ホールは、いちごの香りと緊張で満ちていた。


 年に一度の“久留米いちご品評会”。

 観客席には、農家だけじゃない。市場関係者、百貨店のバイヤー、有名シェフ、食品メーカーの開発、メディアまで来ている。空気がピリついている。


 紅野いちか(20)は、出品箱を抱えながら震えていた。

 家業のいちご農家を継いで、初めての挑戦。母が横で涙目になってる。


「大丈夫、いちか。うちのいちご、いっちゃん美味しいけん」


「うん……味は勝っとるけん」


 いちかは食べて判断する農家だった。

 糖度も、酸味も、水分も、舌で読む。

 病気の気配も、株の姿を見ればすぐ分かる。

 感覚で“味の答え”を掴む天才だった。


 ただ――分析値は読めないし、微生物は雑に扱うし、流通やブランドなんて考えたこともなかった。


 審査が始まる。

 項目は細かい。


 ✔ 外観

 ✔ 色

✔ 香り

✔ 熟度

✔ 糖酸バランス

✔ 余韻

✔ 重量

✔ 技術性

✔ 均一性


(味が答えやろ?食べたら分かるって)


 いちかはそう思っていたが、審査員の手元のメモが目に入る。


→「粒の揃い△」

→「色ムラ」

→「パックの見せ方惜しい」


(え、そんなん見るん?)


 ギャップがある。

 彼女の世界は“味”だったが、審査の世界はもっと立体だった。


 そして――表彰式。


司会

「金賞――京極綺羅!」


 会場がざわつく。百貨店バイヤーが前のめりになる。

 静かに壇上へ上がる女性。黒髪をまとめ、姿勢が綺麗で、無駄な動きがない。


 京極綺羅(24)。

 田主丸で“熟香王”と呼ばれる絶対王者。


 綺羅のいちごは、食べた瞬間ではなく“飲み込んだ後”に香りが返る。

 喉から逆流するような余韻。香りが尾を引く。


 市場では扱いづらい。

 だが品評会では最強。


 次々と順位が続く。


「銀賞――畠山 調!」


 王道の完成度。土壌医らしい総合点の高さ。

 CEC、EC、pH、リン酸固定。全部読める農家。


「銅賞――相良仁花!」


 仁花の箱は、粒が太くて重い。

 “地力で殴る”タイプ。


「審査員特別賞――宇良 彩葉!」


 いちごが花束みたいに見えるパッケージ。

 審査員の視線が食う前に奪われる。


「技術賞――蔵本 澪!」


 技術賞の理由は“菌の協奏”。

 光合成細菌、乳酸菌、酵母。微生物の深みで香りが伸びている。


 さらに追い打ち。


「入賞――蔵本 澪!」


(ダブル受賞!?)


 会場がざわつく。

 そして入賞の名前が20人ほど読み上げられていく。


 母がいちかの手を握る。


「いちか……」


「……」


 そして司会が締める。


「以上をもちまして入賞発表を終了します」


 沈黙。

 いちかの名前は呼ばれなかった。


(味が答えって……嘘なん?)


 笑っていたが、顔は固い。

 母は何も言わなかった。


 ロビーではバイヤーと受賞勢の商談が始まっていた。


「綺羅さん、今年も百貨店企画でぜひ」

「調さん、また企業案件お願いします」

「仁花さん、あの太さは武器です」

「彩葉さん、パッケージ教えてほしい」

「蔵本さん、技術賞すごいですね」


“同じいちご農家”ではなかった。

 市場が求めてるのは彼女たちだった。


 いちかは試食コーナーで綺羅のいちごを一粒取った。

 噛む。甘くないわけではない。

 飲み込んだ瞬間だった。


 喉の奥から香りが返る。

 ふわっと、花の香りの余韻。


「……うそやん」


 母は小さな声で言った。


「これ、香りで勝負しとんね……」


(こんなの反則やろ……)


 悔しさと衝撃と嫉妬と敬意が混ざる。


 駐車場。

 いちかは受賞勢の会話を偶然聞いた。


仁花

「緑肥増やす!もっと地力で押し切ったる!」


調

「堆肥と水管理の再配合。改善には年単位かかる」


蔵本

「菌は裏切らない。培養は倍に増やす」


彩葉

「審査員は一秒で決める!見栄えを極める!」


綺羅

「作品は畑で作る。勝負は流通前に終わる」


(全員、本気で戦っとる……)


 車に乗り込んだ時、母が言った。


「悔しいなら、悔しいって言ってよかとばい」


 いちかは小さく吐いた。


「……悔しい」


 帰宅後。

 父の遺品のノートを開く。


“一番学ぶのは、負けた年”


 いちかは涙を拭いた。


「来年、金賞獲る。綺羅の香りに勝つ」


 母は笑った。


「うん。やろう」


(味が答えやけん。なら香りも余韻も全部、味にしてしまえばいい)


 戦いはこれからだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ