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彼女の選んだ世界  作者: taka
第29章 彼が背負い、彼が捨てたもの
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階段を駆ける皇帝

 階段の遥か下、街は夕暮れの光に包まれていた。

 石畳の道、寄り添うように並ぶ家々、屋根の隙間から覗く煙突――かつて、ヒカリと並んで歩いた街並みが、まるで箱庭のように眼下へと広がっている。


 アトラは振り返らない。


 黄金に輝く全身鎧をまとったまま、彼は階段を駆け上がっていた。

 重装であるはずの鎧は足取りを鈍らせることもなく、呼吸は一切乱れていない。

 ただ前へ、前へと進むその姿は、もはや人というより、意志そのものが形を持って走っているかのようだった。


 岩陰が弾けるように崩れ、数人の妖精騎士が飛び出す。


「先に進ませるな!」


 叫びと同時に、彼らの手に光が集束し、鋭い槍の形を取る。

 複数の光槍が、一直線にアトラへと投擲された。


 その瞬間、アトラはほんの僅か、視線を向けただけだった。


 彼の前に光の障壁が展開され、槍は乾いた音を立てて弾き返される。

 砕け散る光。

 唖然と立ち尽くす妖精騎士たち。


「……避けろ!」


 一体が叫んだ時には、もう遅かった。

 彼らの足元に、赤い魔法陣が静かに広がっていた。


 次の瞬間、三メートルを超える炎柱が噴き上がる。

 熱と魔力が絡み合い、空間そのものを焼き裂いた。


 妖精騎士たちは倒れなかった。

 だが、動けもしなかった。


 熱に縫い止められ、魔力に押さえ込まれ、

 追うという選択肢そのものを奪われたまま、

 彼らは走り抜けていく黄金の背中を見送るしかなかった。


 アトラは止まらない。


 ――世界樹へ。


 ただ、それだけを胸に刻み、階段を駆け上がる。


 *


「ヒカリちゃん、これ……」


 焼け焦げた大地を前に、雪代かなでが足を止めた。

 黒く変色した岩肌。溶けたように歪んだ地面。

 空間そのものが裂けた痕跡も、点々と残っている。


 ヒカリは静かに周囲を見回した。


 炎。

 氷結。

 そして、暴力的なまでの魔力の残滓。


「……皇帝ね」


 短く、そう呟く。


 その声には、驚きも恐怖もあった。

 だがそれ以上に、確信があった。


「先を急ぎましょう」


 ヒカリは胸元に手を当てる。

 ネックレスが、微かに――

 本当に微かな鼓動のような振動を返してきた。


 何かが、終わりつつある。

 そして同時に、何かが決定的に動き出した。


 二人は再び走り出す。

 黄金の背中を追い、世界樹へと続く階段を。


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