階段を駆ける皇帝
階段の遥か下、街は夕暮れの光に包まれていた。
石畳の道、寄り添うように並ぶ家々、屋根の隙間から覗く煙突――かつて、ヒカリと並んで歩いた街並みが、まるで箱庭のように眼下へと広がっている。
アトラは振り返らない。
黄金に輝く全身鎧をまとったまま、彼は階段を駆け上がっていた。
重装であるはずの鎧は足取りを鈍らせることもなく、呼吸は一切乱れていない。
ただ前へ、前へと進むその姿は、もはや人というより、意志そのものが形を持って走っているかのようだった。
岩陰が弾けるように崩れ、数人の妖精騎士が飛び出す。
「先に進ませるな!」
叫びと同時に、彼らの手に光が集束し、鋭い槍の形を取る。
複数の光槍が、一直線にアトラへと投擲された。
その瞬間、アトラはほんの僅か、視線を向けただけだった。
彼の前に光の障壁が展開され、槍は乾いた音を立てて弾き返される。
砕け散る光。
唖然と立ち尽くす妖精騎士たち。
「……避けろ!」
一体が叫んだ時には、もう遅かった。
彼らの足元に、赤い魔法陣が静かに広がっていた。
次の瞬間、三メートルを超える炎柱が噴き上がる。
熱と魔力が絡み合い、空間そのものを焼き裂いた。
妖精騎士たちは倒れなかった。
だが、動けもしなかった。
熱に縫い止められ、魔力に押さえ込まれ、
追うという選択肢そのものを奪われたまま、
彼らは走り抜けていく黄金の背中を見送るしかなかった。
アトラは止まらない。
――世界樹へ。
ただ、それだけを胸に刻み、階段を駆け上がる。
*
「ヒカリちゃん、これ……」
焼け焦げた大地を前に、雪代かなでが足を止めた。
黒く変色した岩肌。溶けたように歪んだ地面。
空間そのものが裂けた痕跡も、点々と残っている。
ヒカリは静かに周囲を見回した。
炎。
氷結。
そして、暴力的なまでの魔力の残滓。
「……皇帝ね」
短く、そう呟く。
その声には、驚きも恐怖もあった。
だがそれ以上に、確信があった。
「先を急ぎましょう」
ヒカリは胸元に手を当てる。
ネックレスが、微かに――
本当に微かな鼓動のような振動を返してきた。
何かが、終わりつつある。
そして同時に、何かが決定的に動き出した。
二人は再び走り出す。
黄金の背中を追い、世界樹へと続く階段を。




