病室という時間
病室は、驚くほど静かだった。
心電図の電子音が、一定の間隔で空気を刻む。
点滴の滴が、目に見えない速さで落ちていく。
壁際の時計は、秒針が進むたびに微かな音を立てていた。
ほのかは、ベッドに腰掛けたまま、その音を聞いていた。
父を失った直後――
何も感じなかった、空白の時間に比べれば。
今は、ずっとましだった。
誰かの言葉に、微笑み返せる。
目の前の会話を、きちんと聞ける。
それだけで、回復と呼ぶには十分だった。
部屋の隅では、一人の青年が静かに動いている。
黒髪に落ち着いた佇まい――クロだ。
洗濯物を畳み、窓を少しだけ開け、
必要な物があれば迷いなく手を伸ばす。
父が倒れる前から続けていた喫茶店も、
今は彼が守っていた。
ほのかの代わりに、日常を繋ぐために。
「……それでね」
かなでの声が、病室を柔らかく満たす。
ベッド脇の椅子に腰掛け、少し身を乗り出して話していた。
「ヒカリが来た時、びっくりしちゃって」
「ほのかちゃん、顔色だいぶ良くなったよ」
「……そう?」
ほのかは、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「うん。最初の頃より、ずっと」
その隣で、ヒカリは黙って二人を見ていた。
椅子の背に手を添え、視線を落とす。
胸の奥が、わずかに冷える。
――来た。
理由は分からない。
けれど、はっきりと感じた。
空気が変わった。
世界のどこかで、何かが動き出した。
ヒカリは深く息を吸い、吐く。
無意識に、胸元のネックレスに指が触れた。
「……二人に、言わなきゃ」




