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契約の夜
その夜。
空は不思議なほど静かだった。
かなではベランダに立ち、夜空を見上げていた。
理由もなく眠れない。
胸の奥が、落ち着かない。
――誰かのために、何かができたら。
ニュースの映像が、何度も頭をよぎる。
そのとき、風が吹いた。
音もなく、やわらかく。
「……?」
目の前に、小さな光が浮かんでいた。
鼓動に合わせるように、ゆっくり瞬いている。
手を伸ばす。
光は逃げなかった。
指先に触れた瞬間、
判断できない温度が伝わる。
『……君だ』
声が、直接心に届いた。
光は形を変え、小さな生き物の姿をとる。
丸い耳、長い尾、金色の瞳。
「……あなたが、妖精?」
『そう分類されている。君の名前は?』
「……雪代、かなで」
『記録する』
『君は、誰かを助けたいと思っている』
それは質問ではなかった。
『そのための力を、提供できる』
怖さはなかった。
ただ、胸の奥が静かに震えた。
「……誰かを、助けられるなら」
『条件は一つ。役割を担うこと』
光が、強くなる。
『――契約を開始する』
夜空に、桜色の粒子が舞い上がった。
それは誰にも見られず、
静かに闇へ溶けていった。




