妹の選択
「……良いのです」
穏やかな声。
「セレス……!」
アトラの呼びかけに、少女は静かに首を振った。
「私は、難しいことは分かりません」
「でも……民が苦しむ時に、我が身可愛さで逃げては、示しがつきません」
彼女は、真っ直ぐに兄を見つめた。
「我々は、民の安寧を守る者です」
「それを捨てて生き延びる未来は……私は、望みません」
通信画面の向こうで、騎士たちが慌てる。
無は、すでに部屋の外まで迫っていた。
それでも、セレスは微笑んだ。
「尊敬するアトラ兄様」
「私は……兄様にとって、良い妹でいられましたか?」
アトラは、迷いなく答えた。
「当たり前だ!」
「お前は私の世界で、ただ一人――誇り高き妹だ!」
セレスの瞳が、わずかに潤む。
「ああ……」
「そんなふうに言っていただけるなんて」
「私は……幸せですね」
その瞬間。
通信画面が、ぷつりと音を立てて消えた。
沈黙。
「……通信、途絶えました」
若い兵士の声が、かすれて響く。
ジェイドは杖を強く握りしめた。
それ以上、言葉はなかった。
アトラは、ただ空白となった空間を見つめていた。
拳が、わずかに震えている。
彼は理解していた。
もう、戻る場所はない。
もう、待つ時間もない。
――世界樹の実は、
欲望ではなく、希望となった。
そして、その希望の名を知る者は、ただ一人。
立花ヒカリ。
物語は、ここから
引き返せない地点へと踏み込んだ。




